第3話~須賀健斗
第三話です
玄関を抜けてリビングへと進む。ドアを開けると木造建築のアパートの匂いが鼻を掠めた。一言で言うと落ち着く匂いだ。
荷物を下ろし、ベッドにダイブする。くたくたになった壮馬の体は休ませてくれと悲鳴を上げていた。
「はぁ、疲れた」
というのもあの日警察の人に連れられて病院に行くと、右足の捻挫、それと右腕が深い傷を負っていると診断された。ところまではよかったのだが、医師と警察いわく「結構大ごとなニュースになっている」のと「大事をとる」という趣旨で一週間入院することになった。
それに加えてあの事件の事情徴収。そんで今日は学校に行って簡易的な入学式を校長室で受けて、感謝状を受け取って帰ってきた。
「いろんなことが起こりすぎだろ本当に」
それがひと段落ついて、明日から普通登校だ。疲労もたまっていることだし、今日は早めに寝よう。と思ったとき、机の上に合った携帯が震えた。
重たい体をベッドから起こす。
「もしもし……」
「あ! 壮馬っ! 最近、鷹野宮高校の周りで通り魔事件があったらしいわよ、刺されたのが生徒さんだって!」
「あー刺されたの俺です」
電話の向こうから分かりやすくドンガラガッシャンっという音が響く。
「大丈夫なの? なんで壮馬が刺されたの!?」
「落ち着いて美智子さん。ただなんというか……」
「まあ君のことだ。どうせ誰かを庇ったとかそのへんだろう?」
「あ、院長……。流石っすね」
電話の相手が美智子さんと院長が入れ替わった。院長の反応は冷静なほうだが、二人とも心配してくれていたんだろう。
「昔から無茶ばっかりして。何度心配したか」
「いやぁ、本当に申し訳ないです」
「壮馬君。僕たちは君が本当に優しい子だってわかってる。そして誰かのために一番無茶をする子だってことも知ってる。だから僕たちは壮馬君のことを一番に心配してるんだ」
何も言葉が出ない。
心配をかけて申し訳ないという気持ちと、入学式の話をしてあげあれない残念な気持ち。そして俺のことを思ってくれる温かい気持ちがぐちゃぐちゃだ。
「壮馬君。よく助けたね」
--壮馬君、ありがとう。
いつだったか。あいつにも言われたな。
「院長、心配かけてごめん。明日から高校生活、楽しむよ」
「うん。それじゃあまたね。美智子からも頑張ってねだってさ」
「はい、ありがとうございます」
何から何まで温かい。今思い返すと大切なものはあの二人から教えてもらったな。
院長と美智子さんは、俺が大切にすべき本当に優しい人たちだ。
この前は忘れた伊達眼鏡を装備し、目を前髪でしっかりと隠して家を出る。
学校に到着したのは鐘が鳴る十分くらい前で、廊下を歩いていると教室からガヤガヤとした声が聞こえてきた。
(なんか緊張するな)
後方の扉を開けて静かに教室の中に入る。
「……あれって刺された人じゃない?」
「いや嘘でしょ。だって見た目陰キャだし」
「ね。ガタイもよかったって噂されてるし、助けた人ってかなりのイケメンだったらしいよ」
「眼鏡もかけてなかったって言うし、やっぱり別の学年なんじゃね」
全部聞こえてるっつーの。
なんとなく予想はしてたが、ひそひそ声によると結構噂になっていたらしい。
ちなみに心の中で答えるが、俺が刺された人です。はい。
聞こえていないふりをしつつ、後ろのロッカーと同化して窓のほうへと進む……とここで大きな問題に気が付いた。
(あれ……俺、席どこだ?)
もう入学して一週間も経っているから、それぞれの座席を示す紙が貼らされているわけでもなく、出席番号順が順当だと思うが俺はこの生徒たちの名字を知らない。
(やべぇ、どうしよう)
誰かに声をかけるべきかかけないべきか、迷いに迷ってだんまりとしていると後ろから肩をたたかれた。
「なぁ、お前の席、あそこだよ」
穏やかな表情で声をかけてくれた生徒が、窓側から二列目、後ろから二番目の席を指さす。
「あ、ああ、どうも」
少し息がつまりかけたが奇跡的に難を逃れたようだ。
俺に声をかけてくれたやつ、ちょっと見た目はチャラチャラしてそうだけどなかなか良いやつなのかもしれない。
鞄を横にかけて席に着く。やはりまだ誰かしらの視線を感じるが、息をひそめるようにして荷物の整理を始める。
「ねぇ、名前なんて言うの?」
「……え」
びっくりして声のほうに体を向ける。
声をかけてくれたチャラチャラ優男だ。
「ああ、俺は須賀健斗。よろしくな」
「……成神壮馬。よろしく」
「おいおい不愛想だなぁ。俺のこと嫌いか?」
心配の気持ちがこもった言葉とは反対に須賀はニコニコしている。多分冗談で言ったんだろう。
「別に。ただ、そんなに近づかないでほしい」
「えーなんでだよ。俺は壮馬にちょっと興味があるだけなんだよ」
「俺は男も女もそんなに好きじゃないんだ」
須賀健斗。席を教えてもらったのはありがたいが、ずいぶんと馴れ馴れしい奴だ。
「壮馬、もしかして陰キャっていうやつなのか?」
「陰キャとかわかんないけど、ただ人と関わるのが苦手なんだよ」
これは冗談じゃなく、本当に苦手なんだ。友達だって数えたら五本の指に簡単に収まってしまう。
まあ、単純に小・中学校は目つきが悪くて怖がられてたから話しかけられることもなかったし、一人でいたほうが人間関係どうのこうのがなくて楽だったし。
これは決して言い訳なんかではない。
「へぇー、そんな奴もいるんだな。あ、ドアの方見てみ」
急に須賀がこそこそ声で俺に耳打ちをする。言われた通りにガラガラ……と音のしたほうを見てみると、途端に目が丸くなった。
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