プロローグ~美智子さんと院長
お久しぶりです。今後ともよろしくです。
この作品は章ごと投稿にしますので、ブックマークのほどよろしくお願いします。
ーー……ま、そ……ま。
もやもやと霞む黒い霧の中で、誰かが俺の名前を呼んでいる。
--そう……ま。ちょっと待っててね。
待って、行かないで。一人は嫌だよ。
必死に叫んで手を伸ばす。
動こうとしても、黒くドロドロとしたものが足にへばりついて動けない。
--大丈夫よ。あなたは強い子なんだから。
違う、僕は強くない。一緒に連れて行ってよ。
ーーいい子にしてなさいね。
「……! はぁ……はぁ……」
布団を投げ飛ばして呼吸を整える。
手で額のあたりをなぞってみると、冷えた汗でびちょびちょになっていた。
(……最悪な夢だな)
ふーっと大きく息を吐いて枕横の目覚まし時計を確認する。短針は6、長針は3を過ぎたあたり、6時17分。少し予定より早く起きてしまったようだ。
「……シャワーでも浴びるか」
今更何を思い出してるんだか。
クローゼットから着替えを取り出し、お風呂場へと向かう。
ギシッギシッと軋む音が繋ぎ廊下に響いた。
(風呂場が一番さみぃんだよな……)
この部屋に引っ越してきてから約一週間がたったが、目を覚ました時の寒さには慣れたが、朝のお風呂場の寒さにはお手上げだ。
体を蝕む冷たさから逃げるように時短でシャワーを浴び、足早にお風呂場を後にする。
(さてと、飯でも作るか)
一人暮らしを始めてから、ご飯をはじめとした洗濯や掃除の家事にも慣れた。と言っても子供のころから手伝っていたから馴染み深いが。
冷蔵庫から材料を取り出し、ちゃちゃっと火にかける。今日の朝ご飯は卵焼きとウインナー、海藻サラダとご飯だ。
「いただきます」
口に広がるのはいつもの味。まだポカポカしている頭の中がさらに柔らかくなっていく。
寝るときもそうだが、ご飯の時が一番心があったまる気がする。
掛け時計は7時15分を過ぎたあたり。ごちそうさまをして椅子を立つ、とベッドのほうから着信音が聞こえてきた。
ーー誰だろう。
ホーム画面をのぞき込むと、良く知った名前が浮かんでいた。
「もしも……」
「ちょっと壮馬! 元気にしてるんでしょうねぇ!」
勢いしかない声が携帯から鼓膜に激突し、とっさに携帯を耳から離す。
「美智子さん……すんません、ちょっとバイトの面接やら買い出しやらで忙しくて。でも元気っす」
美智子、というのは俺が一週間前までお世話になっていた孤児院の副院長だ。
「今日は鷹野宮高校の入学式でしょう? もう支度できてるんでしょうねぇ」
「あとは制服に着替えるだけだよ。荷物とかは昨日鞄に詰めた」
「そう、でももう一回チェックしなさいよ? あっ健司さんに代わるわね」
わかった、と言ってベッドに腰を掛ける。
「もしもし壮馬君。今日から高校生活だね」
「そうっすね。本当に院長と美智子さんには感謝しています」
「いやいや、ずっと僕の家にいてくれてもよかったのに」
「もう十分大切に育てててもらいましたよ。俺も働ける年になったし、それに二人がいなかったら俺は」
「壮馬君、わかってるよ。今は目の前のことに目を向けなさい」
「……はい」
「高校生活、楽しんでね。それじゃあ時々連絡よこしてね!」
「はい、ありがとうございます」
相変わらず元気そうでちょっと安心した。
携帯を置き、あらかじめ準備しておいた制服に着替える。これは入学祝ということで院長と美智子さんに貰った大切なものだ。
「あとは……っと」
洗面所で顔を洗い、歯磨き、といつものルーティーンをこなす。
そして目のあたりまで前髪を下ろして、最後に伊達眼鏡をかけて……あれ、眼鏡がない。
時間を確認するが、眼鏡を探している余裕はあまりなさそうだ。
(ま、今日くらいはいいか。前髪で隠せるし、三時間くらい地味に静かにしてれば
何とかなるだろう)
ましてや入学式でほかの生徒と関わることはないだろうし。
「今日から始まるんだ、俺の高校生活が」
頼むから平和であれ。静かであれ。普通であれ。
そう神様に誓って家を出た。
お読みいただきありがとうございます。
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