9話 二人の内緒なお話
あれから少し、アリアは口を閉ざした。
ちょっと考えてるみたい。
でも、すぐに微笑をこちらに向けて。
「あたし、本当は最初っから、普通の暮らしがしたかったの」
「は?」
「だから、平凡で、何気ない日々を送りたかったのよ」
「何を言ってるの?だって、アリアは赤の魔王でしょ?」
「シーーッ!お客さんに聞こえたらどうするの!?」
アリアは慌ててボクの口に手を当てる。
「ゴ、ゴメン…」
「だから、本当は最初からイヤだったのよ」
「…なんで?」
「それは…」
再び言葉に詰まるアリア。
何か言いたくない過去があるみたいだね。
「…ま、まあ、いいじゃない、そんな事!」
「…う、うん」
あまり詮索しない方が良いかも。
「アリアさ〜ん、お客さん来たよ〜!」
おっと!
話に集中し過ぎて、ドアの鐘の音も聞き漏らしちゃった。
「は〜い!いらっしゃいませ!」
アリアはバタバタとカウンターに出ていく。
「あ、ガバムさん!今日もポーション5つですね?」
「よう、アリアちゃん!今日も賑わってるね!?」
あのオッサン、今日も来たのか。
この店の皆勤賞はアリアとボクを除いたら、あのオッサンただ一人だよ。
「おかげさまで!では、ハイポーション5つで、銅貨5枚です!」
「ほんと、アリアちゃんのポーションは安い上に効果が良い!」
「うちのは私自身が作ってるから、製造代や配送料とかかからないですからね」
ほんと、あのオッサンはアリアを持ち上げ過ぎ。
気があるのが見え見えだ。
「え?ここの店のポーション類って、全部アリアさんが作ってるの!?」
お?
なんだ?
ここにきてシャンティがその話題に食い付くとは。
「ええ、そうよ?」
「へえ、すげぇ!どうやって作るの!?」
来たな、オレオレ君のルーバスとか言うヤツ。
アイツもやっぱり、アリアの事が気になってるよ、きっと。
「作り方はねーーー…」
アリアも、なに商売人が手の内明かす様な真似してんの?
…。
…それにしても、さっきのアリアの言葉。
『最初から』って、いつから?
何が『イヤ』だったのかは、あの口振りからすれば、"魔王になる事"だよね。
それはなんとなく予想できる。
じゃあ、なんで?
どうして魔王になったの?
「…ーーーって感じで、瓶に詰めるのよ」
得意気に話していたみたいだけど、シャンティはともかく、ルーバスは全然理解してないな。
…ま、いつかはアリアの方から話してくれるかな?
それまで、ボクはアリアを見守っていこうっと。
「アリアさん、凄いね!本当はめちゃくちゃ高いランク持ちだったりして?」
「…え?なんで?」
「だって、瓶に魔法を詰めるだけなら私達でもできるけど、あまり高純度のものや高性能なものって、かなりのエナを消費するって言うし…」
「そ、そうなのか?」
「そうよ!」
「シャンティ、意外と詳しいんだな」
「え?だって私も実は、若いうちは冒険者として冒険するつもりだけど、そうして自分の魔術を高めながら、将来は魔道具専門の道具屋をやろうと思ってるんだもの」
ほほう?
あのシャンティが、道具屋をねえ。
「へえ〜、シャンティにもそんな将来の夢があったんだなぁ」
「ルーバス、あたし達くらいの歳になって、将来の夢を持ってないのはアンタくらいのもんよ?」
「え!?うそだろ!?」
「ホントよ!」
「じゃあ、そういうネイスは何やるんだよ!?」
「あたしは、神官職を極めて王都の法術研究所に務めるの!」
「はあ?ネイスが法術研究所の研究員?…ないない!」
「いや、おれはあると思うよ?」
キールって言ったかな?
「え?」
「だって、ネイスはもう既に、基本の法術も自分なりに詠唱を短縮させたり、色々と研究しながら実践してるじゃん?」
「じ、じゃあキール、お前はどうなんだよ?」
「おれは、今のうちに剣に実力付けて騎士に転職して、その後、上位騎士になったらパラディンに転職、そしてシラザール法国に渡って法王騎士団に入る!最終的な目標は、15年後に最年少でセイクリッドパラディンになるんだ!」
「はあ!?マジか!?」
「キールのは、本当に一握りしかなれない大きな夢よね!」
「でも本気なんだ!だから、あと1・2年で騎士にはなっておかないと…!」
「…う、嘘だろ?」
「ね?アンタだけでしょ?」
ククク!
ルーバスってヤツ、見るからに戦士然としてるけど、戦士にありがちな、典型的な脳筋かな?
「…な、なんか誰かに笑われてる気がする」
うお?
ボクの思考を感じたのか?
仲間達は苦笑してるけど、同情しての苦笑だから、ルーバス自身も仲間達は本当は笑われてない事を理解してるみたいだし。
…こりゃ、面白いヤツだ。
「さて、欠品チェックは、午前中のはこれでおしまい!」
アリア、一段落したみたいだね。
それと同時に4人組がテーブルを立つ。
「さて、そろそろあたし達も、狩りに出ようか!」
「よし!行こう!」
「うん!」
「いや、待てって!俺、俺だけ将来決めてないとか恥ずいだろ?な?何やったら良いかな?なぁ、ネイス?いや、シャンティ、何か良い仕事知らない?キール、お前付き合い長いから、俺に向いてる仕事とかわかるだろ?なぁ?なぁって…」
オレオレ君は、実はおバカキャラだったんだなぁ。
4人が出た後の店内は落ち着きを取り戻して、女子二人組だけが優雅にお茶を嗜んでいた。