7話 レッドデーモンvs看板猫
戦場は、すっかり黒いオーラに包まれていた。
様々な音や声が、遠ざかるように消えていく。
レッドデーモン!
赤の魔王軍の前線部隊!
そのたった5千の兵で、魔界では数万の敵軍に何度も立ち向かわされ、敵が数千程度なら、レッドデーモンだけで殲滅して来たと言われる赤の魔王軍の将だ。
将自身が強いために、兵は数合わせ程度の弱い兵を雇用されるという。
それだけに、レッドデーモンの強さが際立つ!
…さあ、人間どもはどう戦うのかな?
「くそっ!ヤツは強い!」
長官は勘が良いね。
「こんな時に、ランク5以上の冒険者も居ないなんて…!」
…え?
ランク5も居ないの?
この街?
それ、ヤバいじゃん!
レッドデーモンは、人間の社会で例えるなら、ランク7か8の冒険者くらいの強さだよ?
何やってんの?この人達…。
だって、レッドデーモンが来るの、事前に解ってたじゃん?
ランク5が10人でうまく連携とって戦えれば、なんとか勝てるかもしれなかったけど、ランク4以下じゃ、いくら束になっても勝てる見込み無いじゃん!
まあ、冒険者のランクは、あくまで強さの目安程度のものだから、一概には言えないんだけど…。
…ま、ボクには関係ないか。
コイツら下衆がどうなろうと、知った事じゃないからね。
…
…
…
…んもー、ギャーギャー五月蝿いよ。
ボクは人間の血の匂いを嗅ぎながら、ゆっくり良い夢見たいんだ。
戦争は、決着ついたも同然!
赤の魔王軍の勝ちだよ。
だって、ザコをいくら倒せても、人間軍なんかレッドデーモン一人にやられて終わり。
ふふん。
良い気味だね。
あの警護兵の兄ちゃんが、魔王軍はバカで無能で〜とか言うんだから、だったら、そのバカで無能な魔王軍に勝ってみろっての!
バカで無能に負けたら、お前らは何なんだ!?
…って、ボク、なんでこんなにイライラするんだろう?
戦いを見て、興奮しちゃった?
いや、そんなはず無いよね。
だって、低レベル過ぎて、逆に冷めちゃうもん。
じゃ、期待を裏切られたから、ムカついた?
…違う。
そんなんじゃない。
ボクは…。
ボクは、ご主人の喜んだ顔が好きで、これからそれが見れなくなっちゃうのが寂しいから。
…。
…。
…。
…仕方ない。
…やってあげるかーーーーーー
「ぐわぁっ!!」
「クソぉッ!皆、食いしばれ!!この街を!ミースの街を守るんだッ!!」
「があっ!!」
レッドデーモンの暗黒瘴気が余計に重圧をかける中、ランク3以上の冒険者と、警護兵の一部だけがレッドデーモンに立ち向かっていた。
ハンス達5人パーティも、キール達4人パーティも、命まではまだ取られていないが、重軽傷を負わされている。
絶望的な状況。
ボクは、自分にかけられた封印を解く!
その時。
ボクの身体から、レッドデーモンのそれよりももっと闇に満ちた、正真正銘、暗黒の瘴気が吹き出す!
その光も届かない暗闇は、一瞬にして見渡す限りを覆い尽くした!
「ななっ!!なんだコレは!!!」
「未だかつて、こんな暗闇の瘴気を見たことが無い!!」
「ヤバい!!」
「これは、魔王クラスだ!!」
「ええッ!!!?」
「な、何だってッ!!!?」
状況を理解した人間どもは、錯乱する様に藻掻き始める。
中には絶望に打ちひしがれて、虚空を見つめる者も居た。
それもそのはず。
だってボクは…。
いや、俺様は…!!
「ウ!!ウソダ!!」
おお?
レッドデーモン、喋れるのか。
「マサカ!オマエガナゼココニイル!?」
「レッドデーモン。貴様、誰に向かって口を利いている?」
久しぶりに喋った!
人語だ!
ちょっと嬉し…ん"・ん"ん"!!
…何でも無い。
「フ、フン!オマエナド、ワガアカノマオウサマノテキデハナイワ!!」
レッドデーモンは、そう言い捨てて、大振りのサーベルを振りかざす!
「フ…」
こんなザコにお前呼ばわりされる事自体が不愉快だな。
さて、どうするか。
実際、デコピンでもコイツの肉体を粉々に吹っ飛ばせる。
だが、こんなカスに俺様の身体を動かす価値が無い。
仕方がない。
最小出力で、蝋燭の火でもくれてやるか。
「シネ!!」
俺様がのんびりとレッドデーモンを消す方法を考えている間に、ヤツはこちらに飛びかかっていた。
既に目前に迫る。
レッドデーモンのサーベルが、俺様の額に届きそうな刹那。
眉間から、蝋燭の火程度の小さな火の玉を放った。
それが、レッドデーモンのサーベルに当たる。
その衝突点から、レッドデーモンへ向け、壮大な爆発音と共に巨大な炎が包み込む!!
ゴオオォォォッ!!!
という音が辺りを満たし、目の前まで迫っていたレッドデーモンは、黒く、灰となって散り散りに消えた。
正に一瞬の出来事。
炎の柱は遠く西の空へ伸びて行き。
少しオレンジに染まり始めた、昼下がりの太陽の元へ消えていった。
やがて、辺りは静けさを取り戻し、俺様を刮目する人間共の怯えた顔が、幾つも転がっていた。
「ま、魔獣王…」
「き、キング、…ベヒーモス…」
俺様のことを知っているヤツが二匹も居る様だが、ゴミ共に紛れてどの蛆虫が呟いたのか、特定できなかった。
噂が立つのも不愉快だから、ここに居るゴミを全部焼却するか。
だが、中にはご主人のお気に入りも居る。
仕方がない。
そう考えた俺様は、このまま消える事にした。
後に残ったのは、魔王軍の骸の山と、つまらん人間共が無様な姿を晒していた。