3話 道具屋の看板猫
流石にちょっと暑くなってきた。
冷やしたミルクでも飲みに行くかな。
ボクはテーブルの上で身体を起こすと、ちょうどご主人の店に入ろうとする戦士風の男と共に、入り口を潜る。
カランカランと扉の鐘が鳴ると、ご主人に客の来店を報せる。
「おっ?モス、お前も入ってきたのか?」
男がボクに話しかけてくるけど、ボクは人間如きと会話をするつもりはない。
一瞥して、サッサと店の奥へ向かった。
「がっはっは!モスはオスだから、男の俺には用はねぇってか!」
後ろであの男が高笑いしてる。
ご主人の客じゃなきゃ、一瞬で消し炭にしてやるところなのに。
「いらっしゃい!えー…っと、ガバムさん!」
「お?アリアちゃん、もう俺の名前、覚えてくれたのか!?」
「よく来て下さるから…」
「嬉しいねぇ!じゃ、今日もこの街を守らなきゃならねえから、例のポーションを5つくれぃ!」
「はい!いつものハイポーションですね!今日も来て下さると思って、ここに用意しておきました!」
「おおっ!?さっすがだねぇ、アリアちゃんは!!」
「いえいえ!いつもご贔屓頂いてるので、せめてもの気持ちです!」
ははっ!
ご主人、顔では笑っててもボクには解るよ?
ソイツが毎日毎日店に来て、ぶっちゃけ五月蝿いから、サッサと用件済ませて追い出したいんだろ?
「ありがとうございましたぁ!」
再び扉の鐘が鳴ると、ガバムは手を振って出ていった。
「ふう…。」
「お疲れ様」
扉が閉まった直後にため息をつくご主人に、労いの言葉をかける。
「ほんと、どうしたら毎日毎日、あんなテンション保てるのかなぁ?」
おっと?
ご主人、ガバムとかいうオッサンにすら、学ぼうとするのか?
「あんな人間風情の考える事なんか、どうせ下世話な理由なんじゃない?」
…我ながら、あのオッサンについては本当に当たった気がする。
自分で言っておいて、言いながら考えてみると真実味が増す事って、よくあるよね。
「あ、そうそう、お昼ご飯できてるから、ついでに食べちゃって!」
「あー、そう言えばお腹空いてた。じゃ、頂きま〜す」
「終わったら、シンクに入れといてね」
「はーい」
ご飯、ご飯♪
お?
今日はカリーか。
これ、ボクにとってはすっごくウマいんだよね。
一応、説明するけど、カレーじゃないよ?
カリーだよ?
お魚をカリカリに乾燥させたやつ。
1度、色んな野菜のスープとかで煮込んだ魚を、水分を飛ばして乾燥させるんだ。
栄養もあるし、何より魚はウマい。
ボクは夢中で乾いた魚とミルクを交互に口付ける。
カリーばかりだと、喉が乾くからね。
ウマい。
うん、ウマい。
ウマすぎる!
ングッ!?
ほ、骨が刺さった!
「ん〜…」
大きく口を開けて、精霊に骨を抜いてもらう。
「あまりがっつくと、喉に骨が刺さるよ?」
ご主人のありがたい忠告。
「もう遅いよ…」
「なんか言った?」
「ありがとって言ったんだよ、注意するね」
「あ、そう」
これ以上話も続かないだろうから、食事を続けよっと。
ほんとにウマいよなぁ〜。
思わず顔が緩むのも自分では気付かず、少し落ち着いて昼食を済ませた。
「ごちそうさま〜」
「うん、お粗末様」
ボクがお店に戻ると、ご主人は椅子に座って片肘を突き、ぐったりしていた。
まあ、無理もない。
今、このイーシスには魔族や魔物が蔓延ってはいるけど、この街の周りには、ぶっちゃけそんなに強い魔物は生息してないんだよね。
だから、冒険者達も怪我とかはヒーラーが居れば十分に足りるし、ヒーラーが疲れたら街に戻って宿で休む。
つまり、道具屋のアイテムには、お金をあまり使わないんだよね。
無駄遣いは抑えて、良い武具を揃えて、他の街や他の国へ、その先は魔界へと目指す人達ばかりだから、道具屋なんて、そんなにお客さんが来る所じゃないんだ。
で、あまり儲けが無いから、この街の道具屋は件数が少ない。
ご主人は、道具屋が少ないから、競争率も少ないとか言って道具屋を始めたけど、世の中そんなに甘くはないよね。
「はぁ〜、お客さん、来ないかなぁ?」
「だから、ボクが前に言ったんだよ〜」
そう。
先の話は、ご主人が道具屋をやると言い出した時に、ボクが言っていた事だ。
そのボクの言葉が当たったのが嫌なのか、ご主人は頬を膨らませる。
「だってさ〜、…あ!そうだ!」
どうやらご主人が何か閃いたらしい。
ボクには嫌な予感しかしないけど……。
ーーーー30分後・・・
「いーやーだーッ!!」
「なによ!モスはお店の看板猫なんだから、これくらいやりなさいよ!」
「イヤだよー!なんでボクがァァーーッ!?」
「たまには言う事聞きなさい!じゃないと今晩ご飯抜きにするよ!?」
「ええぇぇーーッ!?」
「『えーっ』じゃない!」
ボクの予感は当たった!
ご主人は、お店の名前を書いた看板をボクの首にかけて、街中を回って来いって言うんだ!
こんなの、恥ずかし過ぎる!
ボクは断固…!
断固…ッ!!
「…言って参ります」
…
…
…
晩御飯は大事。
ご飯の為なら、仕方ない。
そう、これは生きるか死ぬかの問題なんだ!
この極限の選択の中で、ボクは生きる事を選んだのだった!!
「さっさと行ってきて!」
「…はい…」
ボクは、涙を堪えてご主人が開けたドアを潜った。