2話 道具屋のアリア
「…ご、ごちそうさまでした」
「よろしい。…じゃ、ミルクはここに置いておくから、好きな時に飲んでね?」
朝ご飯抜きと言われていたが、実はアリアも鬼ではない。
でも、「ごちそうさまでした」は、ボクたちには必要無いんじゃないかなぁ。
見た目も人間だけど、習慣まで人間じみてて変な娘だよ、アリアは。
「…って、流石にもう夏が近いから、ミルク常温じゃ腐っちゃうよ!?」
「あら?だって、モスなら常に体内に毒溜め込んでるんだから、そこらの菌が湧いたって別にどうって事無いでしょ?」
はあ?
何言ってんの?
バカなの?
この娘バカなの?
「ボクの毒は、幾つかの細菌やウイルスには効果が無いんだよ。人間はマタタビで酔わないのに猫は酔うみたいに、生物によっては効果が無いものとかあるでしょ?」
「もー、めんどくさいなぁ…」
はあ?
めんどくさい?
なんなの?
この娘なんなの?
「いやいや、もうちょっと飼い猫を労ろうよ?」
「んじゃ、あんたはどっか街の外でも行って、適当に川で水でも飲んでなさいよ!」
ムッカーッ!
ぷっちーん来たね!
「あー、そうかいそうかい!んじゃあボクは勝手に出てって、アリアがこの街に居る事を外で言いふらしてやる!」
「ふ〜ん、じゃあ、街の外に出た所でモスの命も終わるのね…?」
ああっ!!
怖いッ!!
またもや良からぬオーラがッ!!
「す、すみませんッ!!!」
猫の姿じゃ土下座もできないけど、顎を床に付けて全身で謝罪します!!
「…しょうがないわね。フタ位は自分で外せるわね?」
!?
はいはいはーいッ!
外せますったら外せます!!
ボクは気付けば頭を上下に振って、激しく頷いていた。
「じゃあ、一回り大きいお皿にお水張って、その上にミルク入れを浮かせておくから、あとは自分で適当な時に水の方を凍らせて保冷しなさい」
「ありがとうございまっす!」
ご主人は、言ったとおりに水を張って、ミルク入れを浮かせ、ミルクを注ぐと、フタを被せた。
「…凍れ!」
ボクの命令で精霊たちが皿の水を凍らせていく。
「…じゃ、あたしはお店を開けて、表の掃除でもしようかな」
なんだかちょっとご機嫌がよろしい様で。
さっきまでのすぐ怒る状態は何だったんだよ。
「じゃあボクは、店先で看板猫してるね」
「頼むわ」
店の入り口を開けると、すぐ横に花瓶置き位の小さなテーブルがあり、お店を開いた後は、概ねそこがボクの定位置なのだ。
店の入り口のドアノブは、ボクには高すぎて開けられないから、ご主人が開けた隙間をスルリと抜ける。
その勢いのまま横に回り込んで、定位置に飛び乗った。
「あらぁ、アリアちゃん、今日は早いのね?」
隣の家のおばちゃんが、ご主人に声をかける。
「あ、おば様、おはようございます」
おしとやか?な仕草で、ご主人が挨拶すると、おばちゃんも挨拶を返してきた。
「おはよう。朝から元気ね?」
そう返したおばちゃんに、ご主人は笑顔で答えた。
「昨日、おば様から、この街のお店は開店が早いと伺ったので、私のお店も早く開けようと思って…」
「あら、そうなの?偉いわねえ、まだこんなに若いのに」
「ふふふ、若く見える事だけが私の取り柄なんですよ」
「あらあら、若くてかわいいくて、しっかりしてて、取り柄なんてアリアちゃんには沢山あるわ。私の娘にしたいくらいよ」
この街に来てまだ2週間で、よくまあアリアの全てを見てるような言葉を吐けるな、おばちゃん。
アリアの裏の顔も知らずに…。
「…なんか言った?」
後ろのボクの方へ振り向いたアリアは、おばちゃんに聞こえない程の声で、あのオーラを解き放つ。
ひいいぃぃぃ〜っ!!
怖い怖い怖い!!
でも、怯えるともっと怒られるから、ここは我慢しなくちゃ!
「いえ、な、何でも…」
…って、ホントにボクは何も言ってないぞ?
心で思っただけなのに、アリアのヤツ、ボクの心を読みやがったのか!?
「そう、それなら良いけど」
どうやら違う様だ。
一応、お互いの心の内は絶対的に覗かないっていうのが、ボクとアリアとの契約条件の1つだからね。
「それにしても、猫ちゃんとお話できるなんて、本当に不思議な力よね?」
そうだった。
おばちゃんには、…ってか、アリア以外の人にはボクの声は猫の鳴き声にしか聞こえないんだった。
…あ、アリアも忘れてたみたい。
今の動揺は「そう言えばそうだった」的な反応だな。
「じゃ、アリアちゃん、今日も1日、お店頑張ってね!」
「はい!頑張りますっ!」
深々とお辞儀するアリアを見ると、つくづく不思議な気分になる。
あのアリアが頭を下げる…。
ちょっと前までのアリアでは、絶対に見られない光景だよね。
アイツらが見たら、何て思うんだろうなぁ。
そんな事を思っていたら、突然、少し強い風がボクたちの周りを吹き抜けていった。