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こうして私はメイドになりました。

「――申し訳ない」


 隣の部屋にあるオンボロなソファの上に寝かしたご主人様はそう言って謝る。


「いえ掃除は私の仕事ですので。それに――」

「それに……?」

「血よりは掃除しやすいかと」

「……はは」


 力なく答える彼に、私は木のコップを差し出す。


「――これは?」

「どうぞ、お口に合うかわかりませんが」


 彼は受け取ったコップの中身をひと嗅ぎしてから、意を決してグイッと一気に飲み干す。


「――にがっ……くはないか? いや、苦かったけど――スッキリ、サッパリ?」


 彼は後味を確かめるようにコップを舐める。


「これ何だい?」

「外の――薬草で作った秘伝の『青汁』というものです」


 そう、私の暗殺業時代に様々な薬草を調合した経験を基に作成した――健康飲料である。


「ちょうどいい材料が庭に自生しておりました。効用は胃のもたれや食中毒の中和――のようなものです」

「……さすがだね」


 そう言って彼は微笑む。


「ありがとう、気分が楽になったよ。そして、僕の目に狂いがないこともわかったし」

「大したことではございません」


 単に私も肉料理とパンだけではちょっと辛いと思っていたので食べられる野草を探した結果でもある。趣味と実用を兼ねただけで、あまり褒められてもな、と思う。


「それでも大分飲みやすかったよ。何か工夫をしたのかい?」

「ああ、ええと……多少の『血』では割りましたよ? ほんの少しですが……不味かったでしょうか?」

「ええ!?」


 彼は驚いた様子で目を見開き、その黒い瞳をぐるぐるとさせる。


「え――それ、血って……ああそんな……」


 顔に赤みが射し、何かもじもじと指をこねくり回す。


「駄目……でしたでしょうか? あまり好きではないとは仰っていましたが……もしかしたら合うかもとほんの、数滴……隠し味程度に、と」

「ううん! そんなことないよ!? でも……うふふ。そうかぁ……シルヴァちゃんの血かぁ……ううん。お、美味しいよ?」


 何か恥ずかしそうにチラチラと視線を這わしてくるので、私は――本当のことを言った。


「ええ、庭の草刈りで見つけた蛇の血です。これ――滋養強壮に効きますから、よかった。お口に合って」


 私の言葉に一瞬彼が固まる。


「あ、蛇、うん。そうか、うん」


 露骨に落ち込んでいる様子だったが、まあ――体の方は元気になっているようなので気にしないことにした。


「それでは――私は後片付けに戻ります」


 コップを受け取り、私は下がる。

部屋の扉に手を掛けてから、私はもう一度だけ、彼の方を向いた。


「ありがとうございました。明日からも――よろしくお願いします」

「うん――よろしくね」


 何とかやっていけるような気が――この時まではしていた。ただ、この直後に――その想いはすぐに砕け散ることになった。


「た、大変じゃ、坊ちゃん!」


 急に部屋の扉が開かれ私は後ずさる。


「ゾンジさん? どうしたの……」

「坊ちゃん、大変なんじゃ! とにかく外へ――」


 剣呑なゾンジさんの声に彼は身を起こしてついていく。私もその後を追い――玄関の扉から出ると――


「――」

「え――」


 レニも、私も絶句していた。なぜなら――


「どうして、ゾンビが増えてるの!?」


 そう、三十体ほどの新規ゾンビが、吸血ゾンビさんたちに連れられ、庭に集結していたのだ。そのゾンビたちは――全体的に水濡れが激しく……なんというか、滅茶苦茶膨らみ、ぷっくりしていて、時折身体の隙間から水がぴゅーと噴出している。

 呆然自失といった体のレニに、脇に立つゾンジさんが説明する。


「――話を聞いたら、こいつらどうも上流で船が壊れて川に流されたみたいでな。んで、何か呼ぶ声が聞こえてこっちにゆっくりと泳いで来てみたら――ってことらしいで」


 あの膨らみは、水のせいか。

死ぬと人の身体は変質し、空気と違う何かを発すると聞いたこともある。


「――ああ」


 と、水濡れゾンビが喋った瞬間もうその口から滝のような水が零れる。


「ああ――あんただ。あんたが――呼んだんだねぇ」


 ゾンビは私をみて、そう呟く。その瞬間――私の周囲にまた、例の風鳴りが響き始める。

 あの死者を呼ぶ――呪いの。


「……私のせい、ですよね? あの、やはり――」

「迷惑じゃない! 迷惑じゃないんだからね!?」


 レニはあふれ出る涙を止めることなく――水濡れゾンビの群れに――一人立ち向かっていき――私は鎌を取り、彼の為に再び野草を刈り始めた。

 翌朝から――暫く水分はいい、と言って彼は地下の棺桶に引き籠り――二日ほど寝込んだのだった。


とりあえず第一章終わり。

続きます。

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