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ちょっとだけ、汚いです。
「――殺気が」
消えた。
ずっと私に纏わりついていた四方からの殺気が綺麗さっぱりと消え去り、庭掃除を終えた私は不思議な気持ちで屋敷に戻る。
「今日の夕ご飯は……」
熊肉はたっぷりとあったが流石に保存の観点から燻製にしてしまっている途中だった。それに、主人に同じ食事を続けさせるのも従者の役目としてどうかと思い、今回は別の料
理を仕込んでみることにしていた。
「それにしても――広いわね」
まだ庭の草刈りは十分の一も終わっていない。
普通の草なら燃やしてもいいのだろうけど、ここの草はちょっと特殊だった。様々な薬草が多く生えていて、貴重ゆえに雑な除去や刈り取りをためらうものが多いのだ。
使える草は区画ごとに割り当て直して――出来れば植えなおしたいと思っていた。
今、私の右手には頭を潰した蛇も握られている。
無造作に放置されていたのだからこれぐらいのものがいるのも当然だ。ある程度駆除しないと、安全に生活するには心もとない。
「私が去るまでにこれぐらいは終わらせたいのだけど」
やり始めたからには終わらせたい。ある程度の成果は残したい。
そう――ヴァンパイアと言えども、私は久々に誰かに『評価』して貰ったのだ。
せめてその分は恩返しを――と考えてしまう。
しかし、さっきもご主人様には難題を押し付けてしまう格好になっている。
ゾンビのことは私が上手く去れる様に場を整えるくらいしか、それをサポートすることは出来そうもない。
「やっぱり、私は無能ね」
「いやあ、よくやってるよ?」
ボコッという音と共包帯まみれの顔が地中から生える。
ボコボコ、と土をかき分けマミーが私のすぐ傍に姿を現す。
並んでみると――このマミー思ったより身体が小さい。頭二つ分は私より下で――子供程度の大きさである。
「ええと……」
「やあお姉さん、昨日ぶり」
朗らか? に片手を上げてマミーは答える。
「見分けつかなかった?」
「ええと……はい」
「それじゃ覚えてね? 俺はマーミィ。マミーの子供で……まあここには俺しかマミーいないんだけどね!」
「……はぁ」
「大体さあ、まったくもって考えなしに動くレニ兄ちゃんがいけないんだよ? なんだかんだで領民の希望を全部叶えようとするから――」
そこからマーミィというマミーの子供は延々と、彼の駄目を出し続ける。
「――つまりね……」
「……マーミィ様は、レニ様がお好きなのですね」
ぽつり、と私が言った言葉に、マミーの動きが一瞬止まる。
「ななななな、何言ってるの!? 何を根拠に!?」
キョどりながら彼はそう否定する。
「それは、お尋ねになられているのでしょうか?」
「そ、そうだよ! どうしてレニのことを俺が――」
「――好きの反対は嫌いではなく、無関心です。それだけ観察なされているのなら――それはきっと好きなのだと思いました」
「ば、馬鹿言うな! そんなこと……ないんだから!」
彼は強く私の言葉を否定する。
「いつもお調子者の怠け者で、そのくせつい頼られると応えちゃう――ただの馬鹿だよ、あいつは。ゾンビだってあのまま腐らせておけばいいのにさ。放置できないから無駄な苦労を背負いこむんだと思わない?」
「それは――」
ある意味では正しい。
上に立つ者はある程度ドライに割り切り方針を定めなければならないことが多々ある。
すべての者の意見を取り入れてうまくいった例などないのだ。大の為に小を切り捨てる、もしくは自分の意見を押し通すために反対派を粛正する。
そんな例は腐るほど見てきた。だが――
『――この屋敷ではどんな者であろうとも、私の家族だ』
老貴族の言葉が蘇る。
幾度裏切られようとも、彼はその信念を貫き通した。
それにより――たとえ命を落としたとしても。
「間違っていたとしても――それが、ご主人様の生き方なのです」
否定してはいけない。
彼が間違えたと思ったなら諭し、変わらなければそっと離れればいいだけなのだ。
「――お姉ちゃんも、馬鹿だね。やれることには、限界があるのに」
そう言って彼は再び土に潜っていく。
彼の姿が消えてから、私は自分に言い聞かせるように呟く。
「――その時は、一緒に責任を取ります」
今度こそ――間違えないように。
◆
私が夕食の準備を済ませ大広間で彼を待っていると――音もなく広間上部の窓が開き、彼――レニが目の前に降り立つ。
「――お帰りなさいませ」
「――ん」
私が下げた頭を上げ、彼の顔を見ると――その顔は――いつもより蒼ざめて見えた。
「お加減が悪いのですか?」
「あ――いや、大丈夫、うん」
そう強がって見せる彼だが、私の目には辛そうに見える。
「そうは見えません。少しお休みになられたほうが……」
きっとなにか辛いことをしてきたのだ。
それは恐らく――いや、確実に私の為だろう。
それは殺気が消えたことと連動しているのは明らかだった。
そしてその、まるで吐き気を押さえているような表情は、私がしたくもない暗殺をしたときの顔を想起させる。
ああ、やはり――
「――申し訳ございません。私があのようなことを言ったから」
ゾンビを――排除したのだ。
彼の、仲間を。人間の為に。
「――気にしないでいい」
「そうはまいりません。そこまでされては――」
――辞めるわけにはいかない。
「……私の我儘の為に、申し訳ございませんでした」
再び私は頭を下げる。
「――悩みの種を取り除いてもらったからには……微力ですが、今後も尽くしたいと思っております」
「え、ほんと!?」
彼の声が弾む。
「ええ――そのようにお手を穢させてしまっては、申し出は受けざるを得ないかと……」
「そっか! やった! ありがとうシルヴァちゃん!」
彼に不意にハグされそうになり、咄嗟に避ける。
「残像残して避けるとか――器用だね?」
「親しき中にも礼儀あり、でしょう?」
仕方ない。
金貨一枚+ゾンビ大量殺戮?までさせてしまってからには、はいそうですか、と去るわけにはいかない。暫くはここで厄介になろうと覚悟を決め――
「おーい! みんなよかったね!」
彼の声が広間に響くと――その大きな入口の扉がガチャ――と開く。そこには……。
「え」
いた。ゾンビの――大群が。
「え、いや……?」
「おめでとうございます、坊ちゃま」
先頭のゾンビが祝いの言葉を口にしながら近づいてくる。
それをよく見ると……肌は茶色や灰のままだが……何か様子がおかしいことに気が付いた。
肌が、つやつやで、目も落ちくぼんでいないし、損傷も消えている。むしろ腐った雰囲気はなく――なんとなく、ピチピチして、若干生気に溢れているような――。
「いやあ、心配で見に来たけど、よかったなあ、坊ちゃま」
「ああ、やった甲斐があったよ」
ゾンビ達とレニは抱き合って喜ぶ。
彼は何かの達成感からか、途端に顔色がまた悪くなってきた。
「あのう……これはどういうことでしょうか?」
私は何とか平静を装いつつ、顔を引き攣らせたまま質問をする。
「え? 大変だったんだよ……どうしても彼らが人肉を求めてしまうから……何とかしようと、それで僕も……うう……」
まるで思い出したくないかのように、彼は口に手をやり、首を振る。
「坊ちゃまはなあ――わしらの血を吸うたんよな」
「――は?」
そのゾンビの言葉にレニはおえっぷ、と言ってから少し酸っぱい匂いを口から零す。
「あの……大丈夫、なのでしょうか?」
「もう安心だで、シルヴァちゃん。わしら坊ちゃまに血を吸われ眷属ゾンビになったんよ」
私の心配に、ゾンビは呑気に答える。
「そうなっちまえば食欲も坊ちゃまに支配されるから、あんたを襲うこともないってな。いやあ、ほんま頑張った! わしらの願いを残したまま解決するとか、偉いぞ坊ちゃん!」
そう言ってゾンビが彼の背中を叩くと――
「おえ~~~~~」
「まあどっちかというと腐った汁みたいなもんやけど、頑張ったよなあ」
思い出したかのように――もう我慢できないと言う風に、彼はその場で――戻したのだった。