SIDEレニ~怠けものかく語りき~
(実に――まずい)
困ったな、というのが率直な感想だった。
僕――レイニー=ライアット=グラナーダは怠けることに掛けては天下一品の男だと自負している。(えへん)
僕の世話を唯一してくれていたレヴェナントのフィーネ婆さんが恨みを昇華してしまい天国へと昇ってしまったことが今回の発端である。
彼女の為をと思って少し頑張った結果――彼女の使命を果たさせてしまい……まさかこんな事態になるとは思わず頭を抱えたのだ。
早く――次の世話人を雇わねば、と。
やはり僕が頑張っても良いことはないのかもしれない。
賊に襲われ、崖から落ちて死に掛けた母を助けたのが――僕の父であるヴァンパイアだった。
そこからなんやかんや、大人の事情がありつつ母は僕を妊娠出産した。
僕が齢3つを超えた頃、ヴァンパイアの父は姿を消し、母は僕を連れて生家であるこの地に戻った。
そうしたらまあ――大騒ぎである。
母はこの地の王族であり、そして――父がいないとはいえ僕は唯一の男子――跡取りであったのだ。
父が誰か――という問題はこの際伏せたまま、話は進められた。
僕は魔物との合いの子であるということは気付かれなかった。
まだ牙も羽も生えることなく、また太陽も苦手ではない――人としての特性を色濃く残していたのだから。
そんな僕は――そりゃあもう可愛がられた。何かを言えばすぐに満たしてもらえる――まさに天国極楽のぬるま湯生活である。
僕はその現状に飽くことなく――滅茶苦茶満喫した。
だって仕方ないじゃない?
ヴァンパイアの父は――人の生活に無頓着だったのだ。
食生活もひどく、父は人の血を吸うから良いとしても僕らはいつも似たようなパンやら野菜のスープを食し、父は服も適当に人里から取ってきた物を僕らに渡して――サイズも合わないのでそれを母が縫って使っていた。
家庭に関わるようなこと全般に疎く、正直父は所謂――カッコいいだけのチャラ男だった。
君だけだよ、と何回も母に呟いては浮気を繰り返し(まあ吸血鬼だし仕方ないかもしれないが)母がいい加減切れて三行半を突き付けた結果父が『もういい! 恩知らず!』と涙目になって出て行ったところで、僕らはここに帰ってきたわけだ。
『いい人なのよ? 命を救ってもらった恩もあったし……でもねぇ』と母が遠い目で呟いたのを僕はベッドで添い寝されながら聞いていた。
『でも――私以外の女に妊娠させたのは許せないわ』
僕は母の怒りがこれ以上噴出さないように彼女の胸に顔を埋めて寝たふりをした。
その後も父は未練がましくちょくちょくと母の様子を窺いに来ていたらしいが――詳細はよくわからない。
そんな父との清貧暮らしの反動からか、僕は放蕩に放蕩を重ね、立派なボンボンへと成長した。
夢の暮らし――そう、いつまでも続くと思われた夢の暮らしはしかし、唐突に終わりを告げられた。
そう――ある日この地は『生者が一人もいない土地になったから』だ。
「――はぁ、面倒」
僕は唐突に仕事をしなければならなくなったことを思い出した。あの時も、僕は一生懸命仕事したのだ。それで力を使い果たして深い眠りについて――
「シルヴァちゃんが長続きしてくれないかなあ」
怠ける前にはそれなりに頑張らなければならないことを僕はあの時学んだ。
何処かしらで誰かが蓄えた何かを消費していたからこそ、僕はのんべんだらりと贅沢に生活出来たのだ。
だから、面倒で嫌だったがわざわざ街まで出かけて新しい世話役を見つけ出してきたのだ。
彼女は――間違いない逸材である。
一目会った時から――『あの子凄いのよ』と僕の怠け者センサーは告げていた。
身のこなし、雰囲気、言葉遣い――要素は色々あったが、それよりも確かな――ばぶみを感じておぎゃるような何かを彼女に抱いたのだ。
時間は掛かるかもしれないが――きっと彼女がいればもっと――ああもっと――
――怠けられるはず。
「さて――」
今僕の目の前には呼び集めたゾンビの群れがいる。
その数、三十体。全部僕が保存用の魔法陣を施した使い魔――のようなものである。
「……何の御用でございますかなぁ」
一番年長のゾンビの爺さん――ゾンジさんが僕に訊ねる。
「うん、問題発生。それでちょっと協議したいんだよね」
「……はぁ」
総じて彼らの反応は鈍い。
スケルトンは霊体が声を発しているから聞き取りやすいが、彼らは一度腐った肉体を動かしているのだから当然かもしれない。
「この中で――彼女……ええとシルヴァリアという新しいメイドに会った人は?」
その言葉に手を挙げたのは全体の十分の一ほどである。
「そうか、それじゃあ――」
そう言って僕は幻影の魔法を使う。同じような質感――匂いを彼らの目の前に再現する。
とたん――彼らの目つきが変わる。
「――食べたいと思った者は……いや、愚問か」
そう言って僕は幻影を解除する。
彼らは正気に戻ったようで――次第に瞳も赤から灰色に戻っていく。魔族の本能か、やっぱり、人間にはどうしても反応してしまうようだ。
「――というわけでさ。君達に提案したいことがあるんだけど……一つは、スケルトンになってくれても構わないっていうゾンビはいないかな?」
挙手させてみると、ほぼほぼ皆手を上げてくれなかった。
「やっぱり、駄目?」
「そらあ……わしら肉が、好きですけぇ」
ゾンジさんの言葉に皆が頷く。
「それに、領主様もそれを認めて下さったから……わしらを腐らなくしてくださったんですよね?」
「うん……まあ、ね……」
そうなのだ。ゾンビというのは何年も経てば自然に肉が全て落ちて――勝手にスケルトンになる場合が多い。
しかし彼らは自分の身体に未練があり、どうしてもその形を残したいと望んだ者ばかりで――僕はその望みを叶えてあげたのだ。
「だってなあ……おっ母の判別がつかねえのはいやだべぇ」
んだんだ、とまたしても皆が頷く。
確かに骨だけの身になったら僕でも彼らを判別できないかもしれない。
二列目で手を繋いでいるあの仲睦まじいゾンビ夫婦が間違って別のスケルトンに騙されてNTRれることもあるかも……しれない。
「責任取ってくれるべか? なあ、ご領主の坊ちゃま?」
「うむむ……」
最初にゾンビの肉の権利を与えてしまったのは僕である。
今更、それを貸しはがすのも人の道に外れている気はする。(彼らはもうとっくに色々外れていると思うけど)
死者は生前に執着するものばかりだ。
だから過去に囚われ――成仏しない。そしてゾンビは肉に執着し――ここにいる。
「――仕方ない」
「坊ちゃま?」
「――恨むなよ」
やったことには責任が伴う。責任が伴えば――怠けられない。
僕は怠けるために――覚悟を決めて己が牙を煌かせた。