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君が美味しそうだから、とゾンビが言った

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「さて――」


 まだ陽の上がり切っていない玄関先、メイド服に着替えた私はそこから広がる『庭』を眺めていた。

 余りにも雑然と――放置された庭を見て、少しだけ、引き受けたことを後悔していた。

しかし――一度引き受けたからには一週間とはいえやり切るしかない。

どうして引き受けようと思いなおしたかといえば――一つ単純なことを言えば『金』だ。

私は人殺しを生業にしていた頃、潜入ミッションをこなす際にメイドに扮したことが幾度かあった。

そして気付いたのだ。

『人に尽くすことの楽しさ』いや正確に言えば『正当な報酬を貰うことの楽しさ』を。

 最初の潜入任務の時に出逢った老齢の貴族。彼は私の仕事の結果ではなく――経過を評価した。

結果が思わしくなくともやった分のことを必ず金銭に換えてくれたのだ。

結果を是とする暗殺業の私にはそれがカルチャーショックだった。

殺せば貰え――殺せなければ飢え死ぬ。そう言う世界に身を置いた私に、彼はきちんと投資してくれていたのだ。

 暗殺業を辞めようと決意したきっかけは間違いなくそれである。

彼は更に、こうも言っていた。


『――一度引き受け、金を貰った以上はその分の仕事はする。評価を頂けたぶんの恩だけは返す。少なくとも私はそうしてきたからね』


 ――たとえ、裏切られようとも。

 

 そう付け加えて彼は笑った。

それが――私の初めての任務の失敗に繋がることになった。


「さあ、やりましょう」


感傷に浸っている時間はない。兎も角やれることをしよう

 彼は――レニは私にもう金を支払っている。

金貨一枚分――まあ贅沢すれば一週間で使い切る量だろう。その分ぐらいは返さねば――今ここにいる私の存在意義が霧散する。

彼が私を裏切ることがあれば、その時は遠慮なくこちらも出ていけばいい。

――まあ、その時私の命はかなりの確率で危ういだろうけれど。


「やることは三つ――さて、どれから手を付けましょうか」


 世の中の基本は衣食住である。この三つがあれば人間らしい生活が出来ると唱える者がいて、私もそれに賛同していた。

そして目下の危機は食だった。

朝食は酷いものであり、あの後朝食を作ろうとしたが、材料は更に悲惨な状況だった。

パンだけはあるが――逆にいえばパンしかなかったのだ。しかも彼が街で購入してきていた分だけで、在庫も危うい。

 加えて言うなら調味料も無かった。

塩すら無いのだ。しかし確かに――要らないよな、とは思う。なにせここは――


「だべな~」


 スケルトンが一体、目の前を通りすぎていく。

 大半の不死者に食が重要視されるわけがない。不死者の中で食がいるものなんて昨日のゾンビか同種の食人鬼グールぐらいだろう。


「あの」

「ん、なんだべ?」


 私はスケルトンに声を掛ける。


「旦那様やゾンビの皆さんは何を普段食しているのです?」


 彼らの主食はいうなれば「人」であることが大半だ。しかしここにはそれらしきものは見当たらない。


「食ってねえべな」

「食べて……ない?」

「んだ。そもそもわしらもだけど、霊体が骨に憑りついてるだけだべ? ゾンビってのは死体に憑りついてる霊体――ってことだべ。霊体がエネルギー源ならおかしいことないっぺ」

「た、確かに――」


 詳しく考えたことはなかったが、彼の説明を聞けば納得できる部分もある。


「でも、大半のゾンビは人を襲って、食べますよね?」

「んだな。でもおらは食わねえし、奴らも食わねえど? そんなに気になるなら――奴らに直接聞いてくんろ」


 そう言うとスケルトンはスキップしながら雑草の中に消えていく。

 すると入れ替わるように――『二体』のゾンビが草むらから現れる。ボロボロの服――正直裸に近いその二体は連れだって目の前を通り過ぎる。一体は女性のようで胸にふくらみがある。


「あの――」

「んが?」

 

 ゆっくりと彼らはこちらを向く。


「――なあ……に?」


 緩慢な動作でこちらを向くと、彼らは首をひねる。


「あの、アンケートみたいなもので、普段は何を食されているのかと――」

「――ああ――その辺の……動物とか、食ってたけど」


 そうか、動物でもいいわけだ。別に人肉に拘っているわけではないらしい。血肉が通えば何でもいいのかもしれない。

彼らはお互い顔を見合わせてから――そういえば、と気付いたように歯を見せて、こう言った。


「あんたぁ――美味しそうな匂いが――するねぇ」と。


     ◆


「やはり帰らせて頂けますでしょうか?」

「ファ!?」


 大広間――昼ご飯の熊ステーキを用意してから私はご主人様レニにそう切り出した。


「どして!? まだちょっとしか経ってないよ?」


 狼狽する主人に私は今朝のことを説明する。


「つまり、君が残るとゾンビがそのうち襲ってくる、と」

「その通りです」


 私は問題点を順次、彼に伝える。


「彼らは人肉を食べたことが無いから――ここに生きた人間がいなかったから食べなかっただけなのです。そんな彼らにとって私は格好の『餌』です」


 そう、確認しただけで十数体前後のゾンビは皆、時が経つにつれ――殺気を伴った赤い瞳を向けるようになってきていた。


「このままでは私は安全にこの領地を歩けません。ゾンビを排除しても宜しいのでしたら大丈夫なのですが――それはお望みではないのでは?」


 彼の顔が『どうしてそれを?』という表情に変わる。


「なぜなら――どうしてわざわざご主人様がゾンビに『防腐処理』やら『消臭』の呪文を掛けたのでしょうか?」


 そう、ゾンビが初日から臭わなかった理由がこれである。

私は彼らを観察して、その身体の一部に刻まれた二つの魔法陣に気が付いたのだ。時が経てば腐った肉は落ち――彼らはゾンビではなくスケルトンに変化する。

つまり、彼はゾンビにわざわざ肉を残してあげているのだ。


「ゾンビにわざわざそんな処置をしてまで置いておく理由は――彼らの意志なのか……貴方が彼らを大事に思っているからなのでしょう? なら私はそれを傷つけられません。でしたら――私が去ることが最も良いと考えます」


領民だからなのか、それとも何か思い入れがあるのかはわからないが、主人のものである以上私が勝手にどうこうは出来ない。

私は深々と彼に頭を下げる。


「約束を違えてしまい申し訳ございませんが――その代わりとなる者を探す努力はしてみます。ですから――」

「ちょっと待った!」


 話の途中でご主人様はそれを遮った。


「分かった! シルヴァちゃんが優しいことは十分に分かった! それに関しては僕が責任を持って何とかするから、どうか少しだけ待ってくれないか?」


 またしても涙目になり彼は私に懇願するように手を合わせる。


「わかりました――ですが、そういうことは目下にはせぬようになさいませ」


 私は部屋を出てから、深いため息を吐いた。

 こんな場所に住んでいれば何か問題が起きることは分かっているのだ。いちいち彼に報告せずに自分で解決すればよかったのだ、と。

ご主人様に頭を下げさせるメイドなどメイド失格である。

しかし、問題を報告しないメイドもまた――無能なのだとあの老貴族は言っていた。

私は未だ――未熟者であるのだと再確認したのだった。



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