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続・土下座(どげざ)とは、土の上に直に坐り、平伏して礼(お辞儀)を行うこと。

「おはよう!」

「――おはようございます」


 館の1F、大広間の長い机の端と端で私たちは挨拶かわす。各所にほこりが溜まり、蜘蛛の巣が散見されるが、調度品はどれも高級品ぞろいである。

彼は昨日とは違う――吸血鬼らしい黒いマントを羽織り、向こう側の椅子に座っていた。


「もっとこっちにおいでよ。とりあえずほら、ご飯食べながら話そう?」


 昨日ここに戻ってからというもの、当主であるヴァンパイアは言動が子供っぽくなっている。

いや――元々がこうだったのかもしれないが、それにしても――である。


「――それは?」


 彼の座る机の前には何やら黒い塊がドンと皿の上に乗っている。


「え、熊の肉のせ――パン、炭火焼風?」


 一瞬何だか判別できなかったが、それは雑に切られたパンの上にデンと黒炭のような熊肉載せられたものだったらしい。

炭火焼風というより、完全に炭にしか見えなかったが。


「昨夜、生肉は駄目で食欲ないっていったから特別にこんなの用意したんだけど、どうかな!?」


「どうかな!?」の部分をまるで少年のように声を弾ませながら訊ねてくる。

 昨日夕食にと出された熊肉の刺身とやらを私は断り、手持ちの保存食で飢えを凌いだ。

 出されたものを断るのは嫌だったのだが――正直言って、この状況で生肉を食べれるほどの豪胆な胃を私は持ち合わせていなかった。

しかし――彼は努力の方向性が色々と間違っているのではなかろうか?


「――いえ、お話を先に致しましょう」

「そうか――それで、どうかな!? 受けてくれる?」


 再び声を弾ませ彼は私に訊ねる。出来るだけ――冷静に努めて私は言葉を続ける。


「――一つ先にお聞きしても宜しいでしょうか?」

「ん? なあに?」

「お断りした場合、私は――殺されるのでしょうか?」


 彼の目を真っすぐに見据える。

若干遠くても彼の赤い瞳がこちらを射抜くのが分かる。

 そう、断ってはいそうですか、と帰してもらえるほど甘くないだろう――


「そんなことしないよ~」


 しかしすぐにそのまなじりを下げると、彼は朗らかな口調で返事をする。


「帰りたければ帰ってもいいよ? しょうがない、僕の目に狂いがあったということを認めて、素直に五体満足で街に送り届けようじゃないか」


 何とも物分かりの良い返答に私は眉を顰める。


「――では、記憶をいじるとか」

「レディにそんなことしないよ?」

「――それでは、制約魔法ギアスをかけて」

「これ以上呪われたいの? 僕だったら嫌だなあ」

「――何が」


 望みですか? と喉まで出かかって、私はそれが愚かしすぎる質問だと悟り、止めた。


「それならばやはり――お断りします」


 やはり私には荷が重すぎる。真意は分からないが、何処までが真実か見極めた方がいい。そう思い本心をぶつけてみると――


「――ふむ」


 そう言って彼は席を立ち、私の前まで歩いてくる。

 そして――


「お願いします! どうかその――せめて三か月――いや、一か月だけでも! どうか、お願いします。雇われて下さい!」


 ジャンピングしてから、土下座した。

 魔族としてのプライドが微塵も感じられない所作に逆に私が戸惑う。


「あのう……」

「ね? 昨日も不満が合ったみたいで、この食事も――その気に入らないと思うけど! 思うけど……出来れば、ええ……」


 語尾がだんだんと小さくなるたびに彼の背中の羽がしゅんと小さくなっていく。黒かったから気付かなかったが、よく見ればマントもほつれが激しく、ぼろである。


「……せめてその一週間……いや、三日でも、ぐすん――ね、お金! お金ならあるし?」


 そう言って彼は慌てた様子で懐から取り出そうとした金貨を誤って床にばらまく。

 拾い集めながら涙と鼻水を垂らして土下座するヴァンパイアというレアな光景が眼前で繰り広げられる。

そしてそれは――昔私がよく見た光景でもあった。

ああこれは――脛をかじっている貴族のボンボンの駄々(それ)だ、と。

 貴族のお屋敷でよく見られたその卑しい行為を誇り高き不死の一族と呼ばれたそれがしていることに軽いめまいを覚える。

 彼は実力は途轍もないかもしれないが――中身はとんだ子供だ。

そのあまりにも情けない光景に――


「……少し、考えさせて頂けますでしょうか?」


 私は――折れた。


「本当?!」

「ですが私が本当にここで上手くやっていけるか分かりません。――暫く、試用期間を一週間設けて頂けますか?」

「そんなことでいいなら、喜んで!」


 喜色満面――目的の為にぐずる、本当に子供のような駄々――。

しかし、その瞳には一点の曇りもなかった。そう、無さ過ぎたのだ。だからこれだけは確信出来た。

 ――本当にこの吸血鬼は、私を必要としている、と。


「それでお互い不満がないようでしたら、本採用ということで」

「ああいいとも! これからよろしくね――シルヴァ」


 私は久しぶりに『主人』に名を呼ばれる。そして――心のスイッチを切り替えた。


「よろしくお願いします。レニ――ご主人様」


 ひざを折り、頭を下げる。


「別にそんなことしなくてもいいのに。みんなフランクに付き合ってるから――」

「――私の問題ですので」


 暗殺も家政婦の仕事も同じだ。受けた以上、完璧を尽くす。これが私――シルヴァリア=コウガの生き方なのだから。


「では早速、取り掛からせて頂きます。まずは――」


『ぐう――』


「……朝食を、作らせて頂きましょうか」


 お互いの腹が鳴ったのを皮切りに、私のグラナーダ家での仕事は始まったのだった。


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