土下座(どげざ)とは、土の上に直に坐り、平伏して礼(お辞儀)を行うこと。
あと一回今日更新予定です。
「ごめんて! ね? 機嫌治して!?」
私よりはるかに強い――不死の王の一角――ヴァンパイアが私に向かって頭を下げている。傍からみたら何とも滑稽な光景だが、当事者の私にしてみれば事態は深刻である。
「あの――」
「ね、給金は最初の更に倍――いや三倍払うから帰るとか言わないで!? ね? ね?」
上位種や魔族としてのプライドがまるでないかのように彼は下手に出て、玄関ホールの汚れた床の上に頭を擦りつけている。
「でも旦那~騙し打ちはよくねえべさ」とスケルトンが至極まっとうな意見を述べる。
「だよね~ お兄ちゃんはもうちょっと女心を知るべきだよ」と小柄なマミー。
「だ……」と発言に頷くだけのゾンビ。
「ふんがー」とツギハギ顔の巨人。
「お前たち!? 裏切りはよくないぞ?」
この家の当主であると名乗ったヴァンパイアのレニは涙目になりながら下級の不死者に抗議する。
「――ええと、別に機嫌が悪くて黙っているわけではないのですが」
「え、そうなの?」
私は状況についていけなかったから発言を控えていただけで、それをどうやらこの当主様は「機嫌を損ねて帰る気になっている」と捉えたらしい。
「彼らは――いえ、貴方も含め魔族でしょう? 人間を一人、こんなところに連れてきたら食われるか――それとも供物に捧げられるかと思うのが普通なのではないですか?」
至極まっとうな意見を述べてみたつもりなのだが、レニ――そしてそれに付き従う魔物たちは全員で右倣えとばかりに首を傾げた。
「――そんなつもりないよね?」「んだべ」「だね」「そだ」「ふんがー!」
「……」
そのあまりの間抜けなやり取りに、私は若干毒気を抜かれる。
「僕らは本当にメイドさんが欲しかっただけだからねえ……いやあ、てっきり死者を呼び寄せるって部分が嫌なのに、それを逆に僕たちが持て囃したから機嫌損ねたのかなって……な?」
吸血鬼の彼の言葉に一同が頷く。
「――確かにそれは嫌ですが、しかしですね……それを、はいそうですかと信じろと言われても無理があると思いませんか?」
「……あるの?」
あ、これ本気で聞き返してきたやつ――と彼の顔を見ただけで気付く。私は産まれてこの方、こんな間の抜けた顔の人間――いや、ヴァンパイアを見たことが無かった。
「常識がおありでない――いや、そもそも常識というものがない……」
私は聞こえないような小声で呟きながら、何か別の意味で頭痛がしてきた。
「そもそもですね、人間に魔物の世話をさせることを疑問に思って下さい。そもそも吸血鬼なのですから――血を吸った乙女や眷属を傅かせていた方が合理的ではないのですか?」
「え、やだ」
にべもなくレニは私の提案を拒絶した。
「だってさあ、血なんて――美味しくないもの」
ヴァンパイアとしてどうなの? と思える発言をして彼は胸を反らす。
「ああ、言ってなかったね。僕はヴァンパイア――半分だけね?」
「それは……ヴァンピール(吸血鬼と人間の子供)ということでしょうか?」
「そう呼ぶのかな? 僕の母は人間、でも吸血鬼としての力は父譲りで――多分そこら辺の吸血鬼よりは強いと思うけどね」
彼を取り巻く魔力――その圧は彼が半分だということを感じさせない。きっと――とんでもなく強い血統の吸血鬼だったのではないかと想像させる。
「でも味覚に関しては人間を色濃く継いでいて、人間として暮らした期間のほうが長いからね。……だから普通のパンとかのほうが好きだね」
「そ……そうなのですね。ですが、他の方は――」
私が他の不死者の群れに視線を動かすと、彼らは一斉に手を横に振る。
「気にせんでいいべお嬢ちゃん。わしら別に人食う気も襲う気もあらへんし」
カタカタと歯を鳴らしながらスケルトンが答える。
「そうそう、実はさ――家のことを色々していた婆様が天国に召されちゃってさ、困ってたんだよね」
マミーはやれやれと言う風に肩を竦めると、全員が「はぁ~」とため息を吐く。
「優秀なレヴェナントだったのにねえ……」
レニはそう言って天を仰ぐ。レヴェナントと言えば吸血鬼に間違えられることもある不死者の魔物である。たしか腐らない死体であり、心臓が動いていないが人間の見た目に近い――そんなものだったはずだ。
「――で、あるなら、やはり別の魔物の従者にでも任せたほうが……魔族の住処に人間がいるなんて聞いたこともありません。私の身の安全上ですね――」
私に任せる道理が何処にもない。いくら仕事とはいえ、私も取引先は選びたい。
「ああそれなら問題ないよ! ここ――元々人が治めていた場所なんで」
「え――」
「――元々人が沢山住んでたんだ。僕も一応『人』として暮らしていたって言ったでしょ? でも、戦が起きて皆亡くなったわけ。その成れの果て――不死者だらけになったこの街を僕が管理している」
その話は――にわかに信じがたい。彼が一度口にした『ダーシュ』という地名は私の記憶には無い。恐らく、人間の地図上には存在していないのではないか、と思われる。
「……そう言う問題では……ないような」
元々皆、人間だったからと言って今は魔族であることに変わりはない。結局世話をするのは魔族相手になるのだが――彼は全く気にしていないように見える。
「詳しく説明すると長いから――それに今日はもう遅い。部屋を用意してるから今日は泊って、また明日、話そう?」
泊れと言うのか――
私が視線を泳がし、返答に窮していると、彼は「ああそうか!」と叫んで笑顔で手をポンと叩いた。
「あ、ちゃんとご飯もあるよ! 一応人間が食えるやつ!」
そう言って誇らしげにマミーが言うと、ふんがーと唸ったゴーレムが外に出て――巨大な……「首のない」熊を一頭ゴロンと床に転がした。
ゴーレムに「足りる?」と可愛らしく首を傾げられて、顔が引き攣るのを自覚する。
私は――渋々と彼らの言うことに頷いて見せるしかなかった。