閑話1〈ルドヴィック視点〉
自分の心がこんなにも揺れ動いたのは初めてだった。
視界に入れた瞬間、存在を認識した瞬間に血が沸騰するような熱が体に駆け巡った。
忠誠を誓う我らが総部隊長殿に出会った時でさえ、俺はどこか冷静だったというのに…
それは、ひどく小さな存在だった。
その日俺は大きな魔力を感知した砦部隊により、魔力の元となるものを偵察すべくヤグーナの森へ派遣されていた。
「でけぇ魔力なぁ…確かにこりゃヤベェな。
放出されてる魔力が多すぎて森が急成長してやがる」
あまり植物のない枯れた森だったと言うのに、視界を埋め尽くすのはデカデカと生えた植物たち。
魔力を吸って急成長したらしいその森は、今は地面すら緑で覆われていた。
「んな魔力の濃い場所への偵察なんぞ、砦部隊じゃねぇと無理だわぁな」
世界不可侵と言われる砦部隊は、いくつかの独立部隊で成り立っている。
小さな部隊だと言うのに戦力が桁違いに多すぎるからこそ、どこかの国に付いてパワーバランスが崩れるのを恐れた国々は、世界共通として絶対条約を作った。
それこそが、"世界不可侵"。
全ての組織から切り離され、どんな国への所属も認められない。どこの誰であろうと命令権を持たない、唯一の部隊。
もちろん法を犯せば裁かれるし、頼まれれば個人からでも国からでも依頼を受けることはある。(受ける受けないは総部隊長殿の好みによるが)
最強だの騒がれてはいるが、実態は種族の垣根を超えた、価値観がすりあったただの馬鹿どもが集まる部隊ってだけだ。
金にも権力にも執着しない、己の信念のために命をかける部隊。居心地のいいその場所を、俺は気に入っていた。
隊長格に上り詰めるくらいにゃあ執着もしている。
…ま、不可侵を約束する代わりに世界を揺るがすほどの異常には真っ先に駆り出されるけどな。
だから今回も、膨大なありえない程の魔力を感知したと言う知らせにより駆り出されたってわけだ。
偵察のみの任務だから1人でも平気だろうと単騎で森へと降り立った時、何か胸騒ぎがしたのは多分本能に近ぇのかもしれねぇ。
嫌になるくらいでけぇ魔力を感じる方角へと足を進めると、それに比例してか胸騒ぎもどんどん大きくなる。
肌を刺すような魔力のくせに、どこか心地いいと思ってしまう俺はとうとう頭でもぶっ壊れたのか?
森の中でも一際高く育ったであろう木の近くまで来ると、生き物の気配を感じた。
木の根元になんかいる…?
灰色の毛皮…アガードウルフか。この森にはここまでの上位種は存在しなかったはずだが…
「チッ、魔力を吸って上位種に進化しやがったのか…」
臨戦態勢になっているアガードウルフの視線をたどり、その姿が目に入った瞬間。
「動くな!!」
考えるよりも先に体が動いていた。
どれだけ焦っていたのか、よりによって風神魔法を放っていた。
発動と同時に突風が吹き、風の刃が瞬時にアガードウルフを粉微塵にして消し去った。
当たり前だが上位種程度に神聖魔法はやりすぎだな…くそ、何を焦ってんだ俺は。
少し冷静さを取り戻し、魔物に襲われていた存在に目を向ける。
ぎゅっと目を瞑り、身を固くしてその場に縮こまるそいつは、この世の何よりも俺の心をかき乱した。