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「来たれ神獣、我が名において神界の門を開け
召喚、スレイプニル」
ルドの口上とともに、木漏れ日の降り注ぐ空がどんどんと霞んで行く。まるで霧がかかっているみたい…
ぼんやりその光景を見つめていると、カッと一筋の光が眼前の地面を貫き、その眩しさに思わず顔をルドの胸元に埋めた。
うおっ、ルドってば胸筋も立派ですね…!?
むちむちの胸筋の感触に浸っていると、いつのまにか光は収まっていた。
名残惜しいけれどそっと顔を上げる。
「…おうましゃん?」
光の筋から現れたのは、キラキラと輝く白銀の毛並みの大きな馬で。
しかもこのお馬さん、本当ならば無いはずの胴体部分にも足がついていて、計8本の足があるお馬さんだった。
…おぅ、ファンタジー…!
2メートルは優に超えているだろうその巨大な馬を前にしても、不思議と恐怖感は湧かない。
神々しさで目が潰れそうだけどね。
それにしても、なんて綺麗なお馬さんなんだろう…
綺麗なアイスブルーの瞳を見つめていると、ポクポクと近寄ってきて覗き込むように首を下げてくれた。
あ、お顔が近くなって撫でやすそう。
「おうましゃ、いいこ」
そっとお馬さんの頬に触れて優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細める姿が可愛くて。
自然と笑顔になってしまう。
「嘘だろ、ロゼリアが懐いた…!?」
呆然と呟いたルドの言葉は、撫でるのに夢中だった私の耳には届かなかった。
しばらくすべすべの毛並みを堪能してからハッとルドの方を見上げた。
徒歩じゃ無いってことは、このお馬さんに乗って帰るのかな?
「るど、おうましゃんにのるの?」
「おうましゃ?…ああ、ロゼリアのことか。
こいつは神獣スレイプニルだ。普通の馬とはちと違ぇが、まぁそうだな。
ロゼリアに騎乗して砦に帰る」
声をかけると、しきりに私とお馬さんを見比べていたルドが頷いた。
なるほど、この子の名前はロゼリアって言うのね。名前まで美しいんだねぇ…。
ってか、神獣スレイプニル!?
ここでも異世界お約束が来ちゃったよ…!
通りで神々しいと思ったけど、まさか本当に神様関連とは。
「ろぜりあ、よろしくね!」
ニコッと笑いかけると、ブルッと短く返事を返して、鼻の頭で頬を撫でられた。なにこの子、賢い!
ルドはそんな光景に目を見張り、次いでふかーい溜息をついていた。
なんだかさっきよりも表情に疲れが見えるけど、ルドってば大丈夫かな?
「…言いたいこたぁ色々あるが、暗くなる前に森を抜ける方が優先だ。ミツキ、しっかり掴まってろよ」
そう言うと、私を抱えたままルドはひらりとロゼリアに跨った。
ひぁああ、高っ!元の私の身長よりも目線が高いよ!
とにかく落ちないようにルドの服をギュと掴む。背中側にルドが手を回して支えてくれているから、すごく暴れたりしない限りは落っこちないはず…!
この高さから落ちたら下手したら死んじゃうからね!
「うし、行くぞ」
ルドの声に反応してロゼリアがゆっくりと駆け出す。スピードはどんどん早くなっていって、景色が早送りをしているみたいに流れ出した。
「うぉー、はやーい!」
すごいすごい!こんなにスピードが出てるのにあんまり風を受けないのも何か理由があるのかな?
それにしても優雅だなぁー、心なしか見える景色もどんどん高くなって…あれ?
ジッと下を見下ろすと、先ほどまで周りにあったはずの木々がいつのまにか足元に来ていた。
え、これもしかして…空に浮いてる!?
「る、るど、るど!おそらとんでりゅの!?」
「あん?ちび、お前空中移動する騎獣に乗ったのは初めてなのか?
スレイプニルは空を駆ける。ま、周りに結界が張ってあるから落っこちゃしねぇよ」
ほへぇえ、まさか異世界生活2日目にして空を飛んでしまうとは…
すごいなぁ、あっという間に森が小さくなっちゃった。
少しするとスピードも一定になって、流れる景色は下を見ない限りは空の色一色になった。
体をルドに寄りかからせてもらってるから、耳がちょうどルドの胸に当たってトクトクと小さく心音が聞こえる。
…あぁ、人の体温って安心する。
ごちゃ混ぜになっていた気持ちが落ち着いてきて、なんだか瞼が重くなってきた。
だめだ、寝てしまいそう…
「我慢すんな、ミツキ。ついたら起こしてやるよ」
背中を撫でてくれるおっきな手の存在に安堵して、私の意識はふわふわとした浮遊感とともに落ちていった。
「おやすみ、俺のカワイイさん」
ふふ、カワイイさんだって。嬉しいなぁ。
暖かな体温と声のおかげで、とてもいい夢が見られそう…
おやすみなさい、ルドヴィック。