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「…お前さん、名前は?」
どうしよう、どう説明したらいいんだろう。
ほんとのこと言ったってたぶん信じてもらえないだろうし…なんて私が言葉に困っていると、見かねた男の人が話題を変えてくれた。
「にゃまえ…みちゅき。あしゃか みちゅき。」
「あしゃ…?」
名前を告げると、こてんと首を傾げられた。聞き取りづらかったかな。ごめんね、この体とても舌ったらずなの…!
「んっと、みちゅきでいいの」
「みちゅき?」
「ちがう、みちゅ…ん〜!」
言えない!つがどうしても言えない!サ行も言いにくいけど、タ行もなかなかだよ!
私がもだもだと悶えていると、言いたいことを察してくれたのか、ああ、と男の人は大きくうなづいた。
「ミツキ?」
「しょう!!」
当ててくれたことが嬉しくて、思わずぱあっと笑顔になると、男の人もにぱっと笑ってくれた。
うおぅ、イケオジ様の笑顔、プライスレス!
「そうか、ミツキか。…俺はルドヴィック。言えるか?」
「る、どぅい?るぅ…んん、ごめんなしゃ…」
横文字難しすぎて言えません、ごめんなさい…
しゅん、と落ち込んでいると、頭にゴツゴツした大きな手が乗り、そのまま優しく撫でられる。
おおきくて、あったかくて、すごく優しい…
好きだなぁ、この手。
「落ち込まなくていい。ルド、なら言えるか?」
「いえりゅ!るど!」
「ん、それでいい。さて、ミツキ。この森はお前さんみたいなちびっ子がいるにはちっと危険すぎる場所だ。
…お前さん、行くあては?」
ジッと真剣な目を向けてくるルドに、私は思わず視線を下げた。
危険な場所。うん、わかってた。
行くあて…ないよ、ない。だって気づいたらここにいたもん。
私が行ける場所なんてこの世界にはどこにもないんだ。
ぐるぐると頭を巡るそんな考えを端へと追いやって、私は勤めて明るい声を出した。
「ん〜、にゃい!でしゅ……えへ」
勢い余って挙手までしてしまった。
少し恥ずかしくなって最後は愛想笑いでごまかしたけど、突っ込まないでね!
しばしの沈黙の後、頭の上に乗ったままだったルドの手にグッと力が入ったのがわかった。
ひぇ、呆れてる?そんな明るく言うことじゃねぇだろ的な?
未だに外れないルドの真剣な目から逃れたくて、思わずまたヘラリと笑って視線を外した。
ご、こめんよ〜ルド。でもね、この近距離での顔の整ってるルドからの視線はいろんな意味でしんどいから!
頭の上でため息を吐く音が聞こえる。
お、怒らせちゃった…?
「ミツキ、行くあてがねぇんなら俺んとこに来い。1人ぐらい増えたって平気だろうしな」
次いで頭上からかけられた言葉に、私は思わず顔を上げた。
え、今なんて言った?行っていいの?私、置いていかれない…?
自分でも絶対めんどくさい奴だっていう自覚あるよ!?だって私、親なし金なし記憶なしだからね!
たった今出会ったばかりのルドが面倒見る義理なんて無いのに…
「るど、の、ふたんにならない…?」
目の前の優しい人に縋ってしまう自分の弱さが嫌で、無意識に眉が下がっていく。
私今、すごい変な顔してる気がする…!
「…っ、ガキが何変な遠慮してんだ、阿保。お前さんみたいなちびっ子が負担になる程俺ぁやわじゃねぇよ。
来い、ミツキ。お前は俺が連れ帰る」
わしゃわしゃと髪を乱されたせいでルドの顔は見えなかったけど、優しい声と最後の言葉に思わず目の奥が熱くなった。
そっかぁ、ルドが連れ帰ってくれるんだ。
「っ、よろしくおねが、しましゅ…」
涙が出そうになるのをグッとこらえて、少し震えた声でお礼を言った。
泣いてないよ!泣いてないったら!
「さて、どうやって連れ帰るかだが…まぁ、抱えて帰るしかねぇわなぁ」
抱えて!?いやいや、それただのお荷物じゃん!
こんなちっさい私が何かできるかなんて思ってないけど、それでも負担になるだけっていうのは避けたい。ルドが優しいから余計に。
「る、るど、わたしあるけりゅよ…!」
進行おっそいけどね!
「ちび、またなんかくだらねぇこと考えてんだろ。ったく、ガキがいらん心配すんなっつーに…
安心しろ、抱えはするが移動は徒歩じゃねぇよ」
オロオロと必死に主張すると、ルドが微妙な視線を寄越してきた。
うぉ、ごめん…?てか、徒歩じゃ無いの?乗り物に乗るとかなのかな?
でもこんな森の中に乗り物なんて…
不思議に思いつつ首を傾げていると、ルドがフッとニヒルに笑って空を仰いだ。