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暗闇の中で光っていた時はあんなにも得体がしれなくて怖かったのに、獅子の姿が見えた瞬間、私は惹かれるように獅子に向かって手を伸ばしていた。
「るど、おりたいのー」
どうしてもあの獅子に触れたくてルドに床へ下ろしてもらう。
ゆっくり近づこうと思ったけど、我慢できなくて私はとてとてと獅子に向かって走りだしていた。
決して、えっ、本当に走ってる?歩いてない?みたいな速度でも走ってるのだよ!
足が短すぎて歩幅がほぼ皆無なだけで、私的には精一杯走ってるんだよ!
「っ、ミツキ!?」
後ろから焦ったようなルドの声が聞こえたが、すぐさま追いつかれて隣で心配そうな顔で見守られた。
普通にルドに運んでもらった方が早かったとか、そんなことは考えない!
燃え盛る鬣に温度はないのか、特に近づいても暑さは感じない。
そっと獅子の頬に触れれば、獅子はすり寄るように頭を私の手のひらに押し付けた。
「かわいいねぇ」
その仕草がなんだか猫のようで、可愛さに思わず頬がへにゃりと緩む。
おーし、数々のにゃんこを液体化させた私の撫でテクを披露しちゃおうじゃないのー!
指をわきわきさせながら首元や眉間をかいていけば、獅子も嬉しそうに喉を鳴らし始めた。
あっ、結構な獣の鳴き声なんですね??
こんなに大きな獅子が気持ちよさそうに目を細める姿が可愛くて、思わず獅子の顔を覗き込めば、きらきらと光を反射する赤い瞳と目が合った。
その真っ赤な瞳の中にも燃え盛る炎が見えて、本当に炎の化身みたいだな、なんて見とれてしまった。
「ったく、さっきまでは幽霊だっつって怯えてたってのに…すっかりなついちまったな?」
呆れたようなからかい交じりのルドの声にちょっと耳が痛くなったけど、気にしない!
「このこがここのりーだーしゃん?」
「おう、炎帝獣プロクス…"地上の王"とも言われる幻獣だ」
「ぷろくしゅ…おうしゃまなんだねぇ、すごいねー!」
まさかの帝王ときましたか!しかも地上の王って…え、幻獣って希少種じゃないの??
なんて疑問はさておき、とりあえずすごい子だってことだけはわかった!
ハチャメチャな情報に驚きつつプロクスを見上げると、誇らしげにしつつもうっとりとした表情で喉を鳴らしていた。
いや、王様可愛いな?格好いいのに可愛いとはこれ如何に??
「なんでたてがみあちゅくないのー?」
「ん?ああ、プロクスの鬣は触れる奴によって温度が変わるようになってんだ。
普段は炎と同じ温度だが、心を許せば触れても火傷しない程度の低温になる。
逆に敵と見做した者には体が一瞬で炭になるほどの高温になるがな。ま、敵と見做されなかろうが初対面でおいそれと触れることはできねぇんだが…」
ずっと気になっていたことを尋ねると、ルドは淀みなく答えてくれた。
あれ、敵と見做されなくても炎と同じ温度ってことは、触れると大火傷しちゃうよね??
万が一心を許してくれても、低温になるってことは温度を感じるってことだし…
でも今も触ってても全然温度感じないんだけどなぁ…?
ルドの説明にうーん?と首を傾げれば、にやりと悪そうな顔を向けられた。
「…あとはごく稀にだが、プロクスが守護を与えた者は一切の温度を感じなくなる、ってのもあるな」
「ほぇ」
「気に入られたみてぇだな、ミツキ」
思わず間抜けな声が出ちゃったけど、まさかのプロクスさん、私の保護者認定ですか…?
いまだに私の手に顔を擦り寄せる幻獣様を信じられない気持ちで見つめれば、今度はざり、と舌で頬を舐められた。
「ひょっ!?」
ネコ科特有のざりざりした舌で頬を舐められるがまま、私は直立不動を決め込む。
視界の端に映る鋭い牙にちょっとだけドキドキしてしまうのですが、いつまでこうしてたらいいですかね…?
困惑しながらもルドに視線だけで助けを求めれば、すぐさま抱え上げられた。
「プロクス、そこまでだ。それ以上やっちまうと柔らけぇミツキの頬が傷ついちまうだろ」
ルドが少し咎めるように言えば、プロクスは不満そうに喉を鳴らしながらも、舐めるのをやめてくれた。
うっ、その不満そうなお顔も可愛い…!
「お前なぁ、猫が猫被るとか駄洒落じゃねぇんだから…いつものあの威厳はどこやったんだよ」
「ぷろくしゅ、いげんあるよ?」
今もバリバリの帝王感醸し出してるよ?
まぁ、確かにちょっとだけ猫感も出ちゃってるけども…
「こいつはこれでも幻獣だから、気位も高けりゃいつもはもっと態度もでけぇんだよ。
世話係の管理塔部隊員にも一向になつかねぇし、それどころか噛み付く始末だしな」
「かんじゃうのー!?」
あんなおっきな牙で噛みつかれたら即死じゃないです!??世話係の隊員さん大丈夫なの!?
思わず声を上げれば、死にゃしねぇけどな、とルドに笑われたけど…いや、それでも怪我ぐらいはするよね??
「もちろん温度だって炎の温度だからおいそれと近寄れねぇっつーのに…まぁ、ミツキにゃ懐くだろうとは思ったが、まさか守護まで与えるとはな」
どこか呆れを含ませながらルドがちらりとプロクスに視線を移せば、我関せずというふうに、今度は自分の体を舐めて毛繕いを始めていた。
確かにこの姿を見ると威厳っていうよりは…限りなく猫感しか感じないような…?
猫が猫を被る…なんてさっきのルドの言葉が、今更じわじわとツボに入ってきて思わず口角が上がってしまった。
っていうかこの世界…
「だじゃれあるのねー…」
思わず遠い目をしてボソリとつぶやいた声は、誰にも届かずに空に消えていった。




