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ほくほく顔の服飾部隊員さん達に見送られ服飾部屋から退室した後、私はルドに連れられてある場所を訪れていた。
それは…
「…うはあぁぁーー!」
目の前の光景に思わず変な声が出ちゃったけど、しょうがないのです!
だってだって、私の眼前にいるのは見たこともないファンタジックな生き物たちで。
ルドに抱えられてぽかんと大口を開けた私の前には、虹色の羽をもつ鳥や雷を帯びた狼、空を泳ぐ宝石魚など、まるで夢の中にいるみたいな光景が広がっていた。
こんな素敵な光景見ちゃったら、そりゃあ奇声の一つや二つ、上げたくなっちゃうよね!?
「気に入ったか?」
私のへなちょこな奇声をどこか嬉しそうにしながら聞いていたルドが、抱えていた私の体をゆっくりとおろし、目尻のしわを深くした。
そんなルドに私も負けじと笑顔を返す。
「しゅごい!!しゅごいねるど!!このこたちはきじゅーしゃん?」
興奮冷めやらぬ私は鼻息を荒くしながらも、ぺしぺしとルドの足に思いのたけを込める。
まあ、ひ弱な私の力じゃルドには全然響かないんですけどね。それはそれ、これはこれ!
私のあふれるパッションを受け止めてくれればいいのだよ!
期待を込めてルドを見上げれば、苦笑交じりで頷かれた。
「おう、ここは部隊員たちの騎獣小屋だ。砦部隊の騎獣は普段はこの小屋で生活してる。ま、ここにいない騎獣もいるが…」
「ろぜりあもー?」
「あー…あいつはここにはいねぇな。騎獣っつっても神獣だからな、普段は神界にいんだよ」
おっとぉ??なんか聞き捨てならない言葉が今聞こえたような…?
「しんかい…かみしゃまがいるところ?」
「そう言われてるが、実際はちと違ぇな。神界っつーのは神の眷属が住まう場所なんだ。
そんで当の神がどこに存在してるのかは、誰もわかっちゃいねぇ」
「ほへぇ…ふしぎねぇ」
「ここにいんのは大体が地上に生息してる一般的な騎獣だな。
希少種はまた別の騎獣小屋にいるし、ロゼリアみたいにここにいない奴らもいるしな。」
ルドの説明をふんふん聞きながらも、視線はあちこち動き回る騎獣に釘付けになってしまう。
もふもふした毛やきらきらの鱗、中には風船のようにぽよぽよしている子もいて、みんなほんとに格好いいし可愛いしでもう最高!!
ここはなんていう天国なんですか!?
ルドからの生暖かい視線をスルーしながら、私はそっと一歩ずつ足を踏み出した。
いきなり近づいたら皆びっくりしちゃうだろうから、あくまでもそっと、少しずつ。
ルドも何も言わないから、多分近づいても大丈夫なはず…!
「…?」
ふと、小屋のずっと奥の陰になってるところから視線を感じた気がして、顔を上げた。
ぐっと目を凝らしてみても何にも見えないけど…
「だぁれ?」
「ミツキ?」
何かがいる、それだけはなぜか確信できてしまって、私は恐る恐る暗闇に向かって声をかけた。
その時、私の声に反応するかのようにきらりと赤い光が反射したのが見え、思わず後ずさった。
真っ暗闇に浮かぶ赤い光がふたつ、等間隔に並んで時々きらりと反射する。まるでその光は何かの眼みたいで…
「ひょわっ!!」
怖すぎて咄嗟にルドの足の後ろに隠れましたとも。情けない?何とでも言ってくれ!今の私は幼児!お化けに怯えたっていいじゃんね!?
「る、るど、るど!おばけぇ…!」
ルドのズボンをぎゅうっと握りしめ、赤い光を震える手で指さした。あそこにいるんですよ、奴さんが!!
自分の情けない声になんとも悲しくなるが、多分私は前世からこういうのが苦手だったんだと思う。
尋常じゃないほど体が震えて止まらないし、じわじわと涙まであふれ出してきてしまった。
そんな私をルドが慌てて抱き上げ、優しい手つきでそっと涙をぬぐってくれる。
ルドの腕の中に納まった瞬間体の震えが止まるとか、私ってばめちゃくちゃ単純すぎません??
「ミツキ、どうした?落ち着け。あれは幽霊なんかじゃねぇから、な?よく見てみな?」
「…おばけ、じゃないの?」
ほんとに?ほんとにあれお化けじゃない??
伺うように顔を上げれば、まだ少し涙の残る目尻に優しくキスを落とされた。
…む、涙が引っ込んでしまった。私が単純なのかルドが罪な男なのか、いい勝負だと思うのは私だけですかね??
イケオジ様のそんな心臓に悪い仕草になんとか平静を取り戻すと、もう一度暗闇で怪しく光っている赤い光に視線を向けてみる。
「あー、ちと赤くなっちまったな…後で冷やさねえと。おう、本当だ。あそこにいんのはこの騎獣小屋のリーダーだよ」
いまだに私の目元を気にしていたルドがそう言ってピュイと口笛を吹くと、赤い光がゆらりと動いた。
次いでゆっくりと暗闇の中から姿を現したお化けの正体を見た私は、さっきまで感じていた恐怖なんて忘れて、思わず口から言葉がこぼれていた。
「…きれー」
暗闇から出てきたのは、燃え盛る炎の鬣を揺らした、まるで炎の化身のような紅い獅子だった。




