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「…まぁ、属性の説明はこんなものか。他にも細々とした注意点などはあるが、大まかな基礎さえ理解できればそれほど難しくもない。今日はまだ少し時間はあるが…」
そう言ってエドさんはチラリと壁にかかった時計に視線を向けたけど、すぐにその視線は私の背後にあるドアへと向いた。
「初日に詰め込むこともないだろう。それに、これ以上ミツキを独占したら五月蝿そうなのでな…オリュース」
「…承認」
少しの呆れを含ませながらもエドさんがドアに向かってツイと指をさすと、オリュースもポツリと何かを呟いた。
途端に背後のドアに金の線が走って、それを追いかけるように紫の線がドアを覆っていく。
昨日この部屋に魔力封印で来たときにも見たけど、やっぱり不思議だなぁ。
聞けば魔法塔部隊の部屋には全て魔法で鍵をかけていて、入るには魔法塔部隊の誰かの承認が必要なんだって。
ちなみに無断で入るとありとあらゆる魔法攻撃の雨嵐になるらしい。絶対1人でこの辺うろつかないようにしようと心に決めた瞬間でした。いのちだいじに!
「よぉ、研修は終わったのか?」
開いたドアから数時間前にお別れしたルドの顔が見えた瞬間、私は弾かれるように立ち上がって駆け出していた。
「るど!!」
「っと、どうしたミツキ?走ったらあぶねぇだろ」
そう言いながらも飛びついた私をよろけることなく支えてくれるルドは、輝くような笑顔で私の顔を覗き込んだ。
あぁ、やっぱりルドの腕の中は安心するなぁ…。
むふふ、話したいことがいっぱいあるのだよー!聞いて聞いてー!
「あのね、まほーってしゅごいふしぎなのね!」
「えらいご機嫌だな?魔法の授業は楽しかったのか?」
「とっても!えどしゃんもりゅーもすてきなしぇんしぇーだったのー」
やっぱり自分の知らない知識が増えるのは楽しいし、それが未知のものなら尚更だ。
魔法なんて前世じゃ絶対触れることのできない知識だったし、エドさんの説明もすごくわかりやすかった。
大満足です!と両手を上げて答えれば、少しだけルドの眉間にシワがよった。
「…るど?どしたのー?」
「いや、なんでもねぇよ。勉強になったならよかった」
なんでもないと言い張るものの、眉間のシワはなおらないんですが?
ほんとにどしたんだいルドさんや?
私が頭上に?マークを飛ばしていると、背後ではエドさんが笑いを堪えきれずに咳き込んでいた。
リューもこっちを見ないようにずーっと窓の外を眺めてるけど、窓ガラスに写ってるからお顔見えちゃってますよー、凄い笑い堪えてるの見えちゃってますよー。
あ、ほら!2人が笑うからルドの眉間のシワがどんどん深くなってる!!
「るどー?むってしちゃやーなの!」
ぐりぐりと眉間を伸ばすと少しだけ薄くなったけど、それでもなんだか不機嫌…というか、寂しそうな目でこちらを見てくる。
…これって、もしかして。
内緒話をするようにルドの耳に手を当てると、ルドも不思議そうにしながらも聞く体制に入ってくれた。
「あのね、るど?わたしね、るどとばいばいしたあとちょっとだけないちゃったのー」
「…ミツキ?」
「るどがいないとさびしくってないちゃった!…ひみちゅね?」
口に人差し指を当ててシーってすると、呆然としてたルドの顔が破顔して、今までにない満面の笑みになった。
うひゃ!その顔はやばいですルドさん!!!
ただでさえ綺麗なお顔立ちなの自覚して!!?
しかもこんなゼロ距離で微笑まれた日にはもう…私、この世界に来て一生分の美を目に焼き付けた気がするよ…!
眩しすぎて両手で目を覆うのも慣れてきたこの頃です。おかしいなぁ、私まだこの砦に来て2日しか経ってないはずなんだけどなぁ?
「機嫌は治ったか?ルドヴィック」
にっこにこのルドの顔を確認したからか、エドさんが若干まだ震えた声で訪ねてきた。
口角が上がってるし笑いを堪えきれてないんですが突っ込みませんよ!大丈夫、私は空気の読める女!
「…なんのことだか」
そんなエドさんのからかいに近い問いにも、真顔でサラッと流すルド。
それが余計におかしかったのか、エドさんの体の震えが強くなった。
なんだかんだ仲良しだよなぁ、なんてニヨニヨしながら見てたら、ルドに頬をぷにっと引っ張られた。理不尽!




