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砦内の建物は床や壁も全て黒で塗りつぶされていたので、通された部屋も当然黒だと思っていた。しかし、出迎えてくれたのはただただ白く、何もない空間だった。
「ほぁ…」
白。壁も床も天井も扉の色も白。
窓はなく、柱に沿って壁の凹凸はあるものの目に見える範囲全てが白一色。
…なんだか病室みたいだなぁ、家具なんて一切ないけど。
この部屋だけ全く違う空間みたいでなんだか怖気付いてしまう。
本当に今から何するの?
「るど、おまじない、ここですりゅの?」
「…おまじない?」
とにかく何をするのか説明してもらおうと思ってルドを見上げると、私の言葉を聞いたエドさんがこてんと首を傾げた。
「るどがね、いってたの。おまじないすりゅって」
「しゃあねぇだろ。魔力封印のことわかりやすく伝えるにはこの言葉が一番手っ取り早かったんだよ」
「だからといっておまじない…いや、まぁ間違いではないが。
ミツキ、今からすることを説明する。
あまり時間がないから簡単にしか言えないが、これは君のことを守るためでもある」
肩をすくめるルドに冷たい視線を送った後、エドさんは私の前まで来て目線を合わせるために片膝をついた。
ほぁっ!美形のお顔が目の前に…!なんてふざけてる場合じゃないね、真剣に聞きます。
「まもりゅため…」
ジッとエドさんの綺麗な翡翠の瞳を見つめると、小さく頷いてくれた。
「ミツキの保有している魔力量は、この世界の誰よりも多い。それも規格外的な大きさゆえ、体内だけに留まらずに外へと漏れ出している状態だ。
これが少ない魔力量であったならば放出などされなかったし、多いとしても魔力操作ができていれば自分の内に留まらせることができたはずだが…ミツキはまだ小さい。
魔力操作があまりうまくできていないから多くの魔力が放出されてしまっている」
「まりょく、ずっとほうしゅつしてたら…どうなりゅの?」
「…強力な魔力が放出され続ければ周りに影響を及ぼす。
周りにいた生物の身体が突然変異をしたり、環境に魔力が干渉して天変地異が起きることもある。
…それに、ミツキ自身にも良くない。体調を崩し魔力障害を起こす。ひどければ…死に直結する」
1つ1つのことをゆっくりと、冷静に告げてくるエドさんの瞳は全くといっていいほど揺らがなかった。
子供だろうとその事実から目をそらしてはならないと、冷たい現実をきちんと教えてくれている。それが少し嬉しかった。
エドさんはどうせ言ってもわからないと放り投げず、ちゃんと説明をしてくれた。
でも、そっか…私だけに被害がくるだけじゃなくて、周りにいる人たちにも危害が及ぶんだ…。
このままだとルドやエドさんやリュー、砦のみんなに迷惑をかけちゃう…!
「みんにゃに、めいわくかけたくない…おまじないしたら、とめられりゅ?」
きっとルドが言ってたおまじないとか、エドさんが言ってた封印ってそういうことだよね。
私の魔力を閉じ込めて外に漏れ出さないようにできれば、周りに迷惑もかからないはず。
「…今の話を理解できたのか?」
エドさんが驚愕し、ルドとリューも目を見開いて私を凝視している。
確かに今の私は4歳くらいだもんね。
普通の4歳児は難しい言葉はわからないはずだし、きっと理解もできないと思うけど…なんてったって私、精神大人ですからね!
「うん…」
なんだか3人からの視線が突き刺さってる感じがして居心地が悪い…ちょ、そんなに見ないで!
視線から逃げるように俯いて頷けば、私の頭に暖かな重みが乗っかった。
「きちんと理解してんだな…偉いぞ、さすがは俺のカワイイさんだ」
優しい手つきで頭を撫でてくれるルドの声に自然と口角が上がる。
んふふ、くるしゅうない〜〜!なんちゃって。
「…今から行う魔力封印は、一定値の魔力以外を体の奥底へとしまい込む魔術だ。
封印された魔力はよほど強い力でないと封印解除はできないから、放出も半永久的に止められる」
「…いちゃい?」
魔力封印をしなくちゃいけないのはわかったし、否もない。
でもちょっと気になったのでエドさんの耳に口を寄せてたずねると、エドさんの口から吐息のような笑いがこぼれた。
「…ッ、フ、痛くはない。少し体が熱を持つくらいだ、心配ない」
平常心を装ったような顔で答えてるけど、肩震えてるのバレバレなんだからね!
いいじゃん、痛いの嫌いなんだもん!
封印魔術を受けるのは確定なんだから、もし痛いんだったら心の準備とか必要でしょ!?
むぅ、と恨みがましい視線を向けたら視線をそらされてしまった。
「簡単だが説明も終わった。そろそろ始めるが…準備はいいか、ミツキ?」
エドさんの問いに頷けば、部屋の真ん中に立つように指示されたので移動する。
中心に立った私を挟んで左右の壁際にエドさんとリューがそれぞれ立ち、両腕を前へと突き出した。
ルドは扉の前まで移動し、少し心配そうに私を見ている。
『展開』
エドさんがその言葉を発した瞬間、私の立っているところを中心に、音もなく床に魔法陣のようなものが展開した。
光で書かれたようなその魔法陣は淡い紫色で、床の白に溶け込むように広がっていく。
『我が命よ、我が安寧よ。
楔を打ちて今ここに封印せん。
我が心はここにあり。我が力はここにあり。
時来るまでゆるりと眠れ。魔力封印』
エドさんの高らかに歌うような呪文に連動して、足元の魔法陣がキラキラとその淡い光を反射させながら私を包み込んで行く。
何か真綿のようなものに包まれているような感覚は、紡がれた言葉が終わりを迎えた瞬間、ギュッと収束して私の胸のあたりに熱をもたらした。
暖かい、なんてものじゃない。熱い、すごく熱い。心臓が燃えているかのような錯覚を覚えるほど熱を感じて、思わず胸を押さえた。




