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小さな妃④

 

「アレが何故出歩いている」

「申し訳ありません。騎士の目を盗んで抜け出したようです」

「騎士に相応の処罰を忘れるな」

「御意に」


 情の欠片も無い会話を聞き流しながら、シェスティンは妙に早い自身の心臓を気にかける。

 クリストフェルこそ気にもしていなかったはずなのに、なぜ自分はこんなにもあの少女を気にしてしまうのだろうとシェスティンは本をめくる手を止めた。


「……ちょっと疲れたから私部屋に戻るね」


 そのままパタリと本を閉じ執務室の書棚の元の場所へと返した。


「面白くなかったか?」

「ううん、興味深かったよ。疲れたのは本当」


 書庫に行く前に帰ってきてしまい手持ち無沙汰なシェスティンに、クリストフェルは執務室にある本を数冊渡した。それらは帝王学を始め、経済学、教育学など様々な分野の本であった。

 また読ませてもらおうとボーっと書棚を見つめていると、クリストフェルは急に立ち上がった。


「……何かされたのか」

「え!?何もされてないよ!」


 本当に何もされていないのだが過剰に反応してしまったせいか、クリストフェルの目が冷たい。

 その視線から逃げるようにドアに手をかけた時にマルバスがシェスティンを呼び止めた。


「お二人が揃われている時に報告させて頂く方がいいと思いましたので今申し上げます。人間を返すのは二週間後と予定しております」

「……そんなに忙しいの?」

「それもございますが、入り口の修復は強大な魔力を必要とすると共に緻密な作業となります。確実に修復するためにはそちらを得意分野とする御方様の助力も必要だと判断致しました」

「え、でも私魔法は使えないよ」

「だからこそ二週間後なのです。さすがに二週間もすれば御方様も元に戻られているでしょう。二週間程度なら入り口も問題ないはずです。明日元に戻られたとしても直ぐにというのは御方様の御身が心配ですので。人間を魔界に留まらせるのは本意ではないですが、仕方ありません」


 人族と魔族とでは価値観が全く違うため、魔界では人間はとにかく生きにくい。

 そんな環境で少女は大丈夫だろうかと、少女の顔がシェスティンの脳裏に浮かぶ。


 マルバスの言ったことは、この二週間あの少女に頭を悩ませなければならないということを意味していた。そして何よりシェスティンの姿が元に戻らなければ、少女もまた元の世界へ帰れない。


 物思いにふけっていると、トントンと扉がノックされる音が聞こえた。クリストフェルが声を発した後に、失礼致しますと侍女が入室する。


「人間に付けている侍女でございます」

「発言を許可する」


 その言葉に侍女は一礼すると口を開いた。


「報告させて頂きます。人間であるカナエ様からのご要望を承りました」

「して、その内容は」

「城で働かせて欲しいとのことでございます」


 シェスティンはそれを聞いて目をパチパチと瞬かせ、クリストフェルやマルバスも怪訝そうに顔をしかめた。


「何が目的だ」

「おいてもらうのに何もしないのは申し訳ないと申しておりました」

「そんなもの、」


 放っておけ、と言葉が続くはずだったが、扉の外が騒がしいと思った直後にそれはやって来た。


「お願いします!あたしをここで働かせてください!!」


 バンッと開く扉の大きな音と不躾に入ってきた侵入者に、ピリッと部屋の空気が張り詰めた。


 ──人間の、少女。


 シェスティンの心臓はドクンと嫌な音を立てて跳ねた。自然と足が動き、子どもの体を利用して少女が気付かない扉の陰に身を隠す。

 侍女はギョッとした後すぐに顔を真っ青にし口を手で押さえた。無断でこの部屋に入る行為がどれだけ不敬であるか理解しているからだ。


「なぜ貴様がここにいる」


 クリストフェルはシェスティンですらゾクッとするほどの冷たい声を少女に浴びさせた。


「直接言ったほうがいいかなーって思って」

「ここはお前のような者が入ってよい場所ではない。それくらい理解する脳も無いのか人間は」


 マルバスも静かに少女を糾弾する。

 二人の怒りを受けて立っていられる者などそうそういないが、少女は無視しているのか、それとも鈍感なのか顔色一つ変えない。恐らく後者であることはシェスティンにも判断がついた。


「お願いします!」

「出て行け」

「何で話ぐらい聞いてくれないんですか!?王様なんですよね!」


 少女はクリストフェルをギッと睨む。しかしその頬はほんのり赤く、シェスティンはすぐに少女の言動の目的を悟った。

 つまり少女はクリストフェルにアピールをしたいのだ。ただの人間という立ち位置ではクリストフェルに(まみ)える機会など滅多にない。それこそ帰り際の一瞬だけということもあり得る。

 だからこそ今自分ができることを精一杯考え、こうして行動に移したのだろう。


 シェスティンは目を細めて少女を見た。


 ああ、なんて健気なのだろう、と。


 シェスティンは少女の純粋無垢さを目の当たりにし、つい口を開いてしまった。


「働かせてあげたら?」


 シェスティンの言葉に驚いたのは少女だけでは無かった。

 マルバスや侍女、クリストフェルですら目を見開き、扉の陰から出て来たシェスティンを凝視した。


「わ、シェスちゃん!?こんなところにいたんだ!」


 陛下だけではなく御方様に何て口の利き方だとマルバスが憤慨しようとするのを目で制す。

 クリストフェルは真意を探るようにシェスティンを見た。


「ね、王様。お姉ちゃんを働かせてあげて?」


 子どものように振る舞うシェスティンのことは皆思うところがあったようで誰も触れない。


「シェスちゃん〜〜!ホントに優しいねっ。大好きだよー!!」


 感極まった少女がギューッとシェスティンを抱きしめる。その様子にもともと良くなかったクリストフェルの機嫌は地を這った。


「離れろ」

「え?」

「離れろと言っている」


 流石に少女もこの怒りは察知できたらしく、青ざめてシェスティンから距離を取る。


「いいだろう、働きたいのなら働くがよい」

「いいんですか!!」

「──但し余の手を煩わせることがあれば即刻城から追い出す。よいな」

「分かりました。ありがとうございます!一生懸命頑張ります!」


 クリストフェルか放った言葉は事実上の死刑宣告だということに少女は気付いていない。

 それはそれで良いのだろうとシェスティンは喜ぶ少女を見て思った。『但し』が起こらなければいい話なのだから。


 どうして少女を助けるようなことをしてしまったのか、シェスティンは今は考えないことにした。

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