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小さな妃③

 





 それは嵐のようにやってきた。







「──人間?」

「ああ」


 シェスティンはその言葉の響き自体久しぶりに感じ、思わず聞き返す。

 その言葉を発した当人であるクリストフェルは相も変わらず無表情で書類の束を片付けていく。まるで興味が無さそうだ。


魔界(こちら)に迷い込んだらしい」

「先ほど見張りの騎士が連れてきましたので城の一室で滞在させています」


 マルバスの説明を聞きながら膝に置いておいた本をソファへと移動させる。


「珍しいね」


 魔界と人間界はお互い存在を認識しているものの、暗黙の了解で不可侵とされ、人や魔族の行き来は禁止されている。唯一相互が繋がる入り口も王でなければ開けないことになっていた。


「どうやら入り口に小さな綻びができていたようで偶然足を踏み入れてしまったようです。早急に対策が必要ですので陛下のご予定に合わせて人間を送り返し、すぐにでも修復していただきます」

「人間の方のご様子はどう?」

「戸惑っているようですが、大人しく待ってはいるようです」

「そう」


 シェスティンは飲んでいた紅茶のカップを置いて、ソファーからピョンとおりた。

 途端鋭い視線が飛んでくる。


「どこへ行く」

「書庫だよ。これ読み終わっちゃったから」

「俺も、」

「ダメ。お仕事がまだあるでしょう」

「じゃあ誰かに、」

「私が選びたいの」


 間髪入れず拒否するとクリストフェルは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 小さくなって早三日経ち、元に戻る様子はまだ無いが、城の者はこの姿に完全に慣れたようだ。むしろ慣れすぎてまるで子どものように皆が扱ってくる。

 もちろんクリストフェルも例外ではないが、クリストフェルの過保護さは一際目に余るところがあった。

 クリストフェルがシェスティンに常に引っ付いていては仕事にも支障がでる。だからこそ強く言うことも大切だ。


「すぐ帰ってくるから」

「何かあればすぐ呼べ」

「うん」


 クリストフェルはシェスティンが拒まない限り探知魔法で居場所を探ることもできたし、シェスティンが念を飛ばせばすぐに転移魔法で駆け付けでられる。そういう意味では護衛などつけなくてもシェスティンは安心できた。


 じゃあと執務室を出れば、騎士がどこへ行かれるのですかと尋ねてくる。背伸びして扉を閉めようとすればハラハラした顔で私が閉めさせていただきます!と譲らなかった。


 大丈夫だよ、と一人で歩きだせば突き刺さる視線の数々。


「御方様!お供いたしましょうか?」

「大丈夫よ、すぐそこまでだから」

「御方様!素敵なドレスが出来上がったのでまたお持ちいたしますね」

「ええ、ありがとう」

「御方様!このぬいぐるみ、御方様に差し上げたくて」

「まあ可愛い。とても嬉しい」


 これを見て本当に護衛がいるとお思いだろうかあの男は、と本と共にぬいぐるみやら花やらペンダントやらを小さな腕で抱えて廊下を歩く。

 書庫は執務室からそこまで離れていない。あまり人は通らないため閑散としているが、シェスティンはその落ち着いた空気が好きだった。


 少し薄暗くなってきたなと立ち止まって窓の外を見ていた時だった。



「ねえねえ!」



 急に肩を叩かれビクッと体を揺らし、持っていたものを落としてしまった。


「あ、ごめん!ビックリしちゃったよね」


 はい、どうぞと落ちたものを拾い上げシェスティンに渡した。

 シェスティンは呆然と目の前に現れた人物を見た。


 黒い髪に黒い瞳、ぱっちりとした目はとても可愛らしくキラキラと輝いている。大人ともいえるほど歳はいってないであろう少女はニコニコと他意のなさそうな笑顔を浮かべている。

 シェスティンの頭の中にある使用人の顔を一から思い出して見たが、誰とも一致しない。


 思わずシェスティンは一歩後ろへ退いた。

 本能的にこの少女に近づいてはいけないと思ったのだ。

 そんなシェスティンの様子を気にすることなく、少女は前のめりに口を開く。


「こんにちは、あたしはカナエって言うの!あなたのお名前は何て言うの?」


 少し膝を折って、カナエと名乗った少女はシェスティンと目線を合わせようとした。


「……シェスティン」

「わあ、可愛い名前!シェスちゃんって呼んでいいかなあ?何歳なの?」


 呼び名を拒否する暇もなく次の質問を投げかけられ戸惑う。

 しかしここで本当のことを言ってはいけないということはすぐに判断できた。本当の子どものフリをしているのが一番都合がいいだろうと言うことも。


「七歳だよ」

「七歳〜!?めちゃくちゃカワイイ!あたし妹が欲しかったんだよねえ!」


 あたしと九歳差だと、キャアキャア声を上げる少女を見ながらシェスティンは一つの考えに思い当たる。

 それを確かめるべくこてんと首を傾げ、純粋な瞳で尋ねた。


「お姉ちゃんはだあれ?」

「うわあ、超カワイイ…!あたし人間なの。なんか迷って魔界(ここ)に来ちゃったみたいでさ。あ、だったらシェスちゃんは魔族だ。全然人間と変わらないね!」



 少女は──人間。



 数刻前に会話に上がった人物が目の前にいる。それは予想だにしていなかった出来事だった。

 彼女は部屋にいるはずではなかったのか、ここはクリストフェルを呼ぶべきだろうかとグルグルと頭の中で考える。


「お姉ちゃんはここにいていいの?」

「あー、部屋で待ってろって言われて最初は大人しくしてたんだけど退屈で退屈で抜け出して来ちゃった!そしたらこんな可愛い子と出会えたんだもん。出て来てよかった〜」


 シェスティンは少女の考えが理解できなかった。

 待ってろと言われたなら待っているべきだ。何よりここは人間界とは違う魔界。魔族にとって人間など直ぐに捻り潰してしまえるのだ。


 危険はすぐ隣りにあるということを少女は全く理解していなかった。いっそ清々しいほどに。


 少女はとても明るくて、純粋で、──残酷なほどに無知だった。

 だからこそシェスティンは思った。クリストフェルに会わせたくない、と。


 そんなことを考えている時に限って彼はやって来てしまうのだ。



「シェスティン」



 ああ、来てしまったとシェスティンは後ろを振り向くと、確実に帰りが遅いからと心配して仕事を抜け出して来たであろうクリストフェルの姿があった。


 シェスティンは嫌な予感しかしなかった。


 恐る恐る再び少女がいる方向へ視線を向けて──顔を強張らせた。



 顔を真っ赤にさせ、クリストフェルを凝視している。まるで周りの音など聞こえないとでも言うように。


 数秒で少女は体を動かしたが、少女が恋に落ちたと理解するには十分な時間だった。


「……エティ?帰るぞ」

「えっ、あの子は」


 クリストフェルは私を抱き上げると少女の存在などまるで無かったように背を向けてしまう。


「放っておけ」


 クリストフェルのつれない態度に安堵したのも事実で、シェスティンは肩越しにクリストフェルに見惚れる少女を見て、静かに目を逸らした。

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