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小さな妃②

 

「よし」


 シェスティンは気合を入れて、木に向けて攻撃魔法を放った。放とうとしたがポシュッという音がしたかと思うと、手からシューと煙が上がるばかりで何も起きない。


「やはり魔法が使えなくなっているな」

「じゃ、じゃあ造形魔法!」


 そう言って今度は左手を広げ右手は人差し指を立て、小さな氷の置物を作ろうとした。


「……」


 しかしそれもキラキラと指から何かが零れ落ちたかと思うと、それきり何の反応も起きなかった。


「それなら治癒魔法!!」


 とは言っても周りに怪我人がいるわけではない。どうしようかと視線をさまよわせていると、いきなりクリストフェルに抱き上げられた。急に視点が高くなったことで、反射的にクリストフェルの首に抱き着いた。


「ど、どうしたの?」


 クリストフェルは何も言わずに、トントンと自分の首筋を叩く。


「さすがにフィーを怪我させるわけにはいかないわ」

「……そうじゃない」


 それならなんだろうと首を傾げると、クリストフェルは真顔のままシェスティンにグッと近づいたかと思うと、シェスティンの首筋に口付け一気に吸い上げた。


「っ」


 チクリとした痛みがシェスティンを襲い、顔を真っ赤にしながらバッと自分の首を抑えた。

 含みのある視線を受けてシェスティンは頬を膨らませる。


 つまり、この魔王陛下はキスマークを付けて治癒魔法で消せと言いたい訳だ。


 クリストフェルはやれ、と言うように顎をしゃくってシェスティンが付けやすいように首を傾けた。

 シェスティンはクリストフェルの首から手をほどいて肩に手を置き、恐る恐る近づいて首筋に口付けた。そしてクリストフェルと同じように吸い上げ、顔に熱をもたせながらそこを見るも跡が付いていないことにムッとした。


 再び同じことをして確認してもなかなか跡は付かなかった。いつもならすぐにつくのにと躍起になって何度も何度も繰り返した。それこそ羞恥心などどこかへ行ってしまうぐらいに。


 ようやく付いたと達成感でいっぱいになって満面の笑みでクリストフェルを見上げた。しかしクリストフェルは自身の大きな手で自分の顔を覆ってしまっている。


「フィー?」

「何でも、ない」


 クリストフェルの表情が読めず何だかよくわからないが、とりあえずシェスティンは治癒魔法をかけた。

 しかし予想通りに失敗し、自分が完全に魔法が使えなくなったことは理解したシェスティンはガクリと肩を落とした。

 クリストフェルは何も言わずシェスティンの背中を撫で、髪に口づけを落とした。


 魔力を限度まで使用したことがあるのは幼少期といわれる時期に何度かあった。その時は成長期だったということもあって魔力を限度まで使い倒れても次の日には魔力量が増えるという仕組みを知っていたからこそ、特に何も思わなかった。

 その後は自分の成長が止まり、魔力量の限界値を理解し限度まで使うことがないよう調整してきた。むろん、使いすぎたなどという愚行は犯さなかった。昨日の、あの時までは。



「少し鍛錬場の視察に行く」

「はーい」


 クリストフェルに抱かれるがままにシェスティンは普段は足を踏み入れることのない、騎士団の鍛錬場へと向かった。




「クリストフェル、シェスティン」


 二人の名前を遠慮なしに呼ぶ存在、クリストフェルの従弟であるストラスがシェスティンたちの存在を目にとめ手を挙げた。


 白髪に青い目の美丈夫のストラスはまだ未婚の身であるので城内城外問わず、女性からとても人気がある。

 気安い性格で仕事も立派にこなすため部下からの信頼も厚い。

 もちろん部下だけでなく、王であり、唯一の親族であるクリストフェルとも強い信頼関係を築いていた。


 クリストフェルはストラスにシェスティンの名前を呼ぶことを唯一許していた。家臣が皆一様に口を揃えて言う「御方様」ではなく、自身の名前で呼んでくれることがシェスティンは何より嬉しかった。

 御方様呼びはもう慣れたため今更抵抗することもないが、もともと家臣はシェスティンの元の身分より高い者が多いため最初は難色を示してはいたな、とシェスティンは思い出す。


「どうだ、シェスティンの様子は」

「魔法は全て使えなくなっているな。体調の方は特に問題はないらしい」

「ふーん」


 そう言ってストラスはクリストフェルとシェスティンの首筋を見てニヤリと笑ったかと思うと、二人に背を向け鍛錬場の中に入っていき、休憩!と声を上げた。

 それと同時にああ!とシェスティンも声を上げた。

 結局治癒魔法が使えずあれからキスマークは残ったままだったのだ。しかもお互い隠すことのできない場所にバッチリと。

 体中が燃えているように居た堪れなくなり、シェスティンは涼しい顔をしているクリストフェルを視界に入れ、貴方のせいだと内心で悪態をついた。


 しばらくしてストラスは一人の男を連れて帰ってきた。その男は全身が鱗で覆われており、ストラスよりも体格がいい。

 その男はクリストフェルの前に来て礼を取った。


「陛下、このような場所へわざわざご足労頂き誠にありがとうございます」

「ああ、首尾は良いか」

「は、問題ありません」

「エリゴールが隊長になってくれてから仕事がしやすいんだよな。さすがクリストフェルは目利きが良い」


 ストラスは騎士団長であるために、普段は机とともに生活しているが、たまにこうやってやって来て騎士たちをしごいているそうだ。


 ストラスは不思議そうな顔をしているシェスティンを見て、ああ、と相好を崩した。


「シェスティン、こいつは一番隊隊長の」

「一番隊隊長!エリゴールと申します!御方様にお会いできて大変光栄です!!」


 エリゴールの勢いの良さに思わず笑みがこぼれる。

 大変素晴らしい敬礼を取ってくれたので、シェスティンはクリストフェルの腕から抜け出し、地に足をつけた。


「初めまして、エリゴール。シェスティンと申します。どうぞこれからもよろしくお願いしますね」


 にっこりと笑い、上を見上げた。

 するとエリゴールは引き締めていた顔を一気に崩し、デレッと笑った。


「おい、顔が崩れてるぞ」

「そうは言っても、団長。可愛すぎやしませんか……」

「それは、まあな」


 クリストフェルはその会話の内容に何も言わず、一度だけ首を縦に振った。

 それはどういう意味でしょうかクリストフェルさん、とシェスティンは苦笑した。



 その後もシェスティンが小さくなったことを周知させるためにクリストフェルと城中を歩き回ったが、可愛い可愛いを連呼され、シェスティンはくすぐったい思いをすることになった。


 クリストフェルもそうだが城の者たちは受けいれるのが早すぎると、シェスティンは思う。

 まあたまにはこんなことがあっても良いのかもしれないと、自身の受け入れの速さにも笑ってしまったが。





 シェスティンは信じていた。

 こんな風に数日過ごしていれば平穏無事に元の姿に戻ることができるだろうと。

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