小さな妃①
短編の上下巻をこのSSに統合し、本タイトルを『私の余命はあと一ヶ月らしい』に変更しました。
何だか部屋が騒がしい。起床の時間はまだのはずだ。
シェスティンは眠たい目を擦りながら、ゆっくりと瞼を開ける。おまけに大きなあくびもでた。
「ん……フィー?」
隣にいるであろう夫の姿を求めて手を彷徨わせる。すぐに目的の人に辿り着き、服を握りしめる。
体を起こしているようで、クリストフェルはシェスティンの手をするりと絡め取った。
しかしちょっと強く握りすぎではないかと、一言言おうと意識を覚醒させた。
「あら」
何故彼らがここにいるの?
シェスティンとクリストフェルの夫婦部屋であるここは、通常不可侵とされ、入室できるものはごく僅かに限られていた。
しかし今は、クリストフェルはもちろん、十二柱爵、医者のブエル、クリストフェルの従弟ストラスまでもが揃っている。
そして彼らはシェスティンを凝視している。その表情は皆一様に青ざめていた。
「フィー、私何かしちゃった?」
「……自覚はないのか?」
「自覚?」
こんな錚々たるメンバーに対してそんな大層なことをしでかした覚えは全くない。
うんうん唸って、ふと何気なしに自分の手を見た。
──あれ。
ペタペタと手で自分の顔を触る。ついでに布団を剥いで自分の足も見てみる。腰を触ってみる。自分を抱きしめてみる。
「私、小さくなってる?」
その言葉を合図に部屋にいた家臣たちが一斉に涙を流した。まるで滝のように。
「御方様〜!!」
「我らが必ずや元の姿に!!」
「御方様!体調の程は!」
「え、ええと、大丈夫よ」
あまりにも家臣たちが泣くものだから、シェスティンは自分がこの身になったことを嘆く暇もなかった。
「御方様、昨日は特別何かなされましたか?」
医者のブエルが神妙な顔で伺う。
シェスティンは頭の中から昨日の記憶を探った。ぐるぐると考えた上で、一つ思い当たる節があり顔を上げる。
「そう言えば昨日は魔力を限界まで使ったわ」
聞いてないと言わんばかりにシェスティンの手を握るクリストフェルの手に力が入る。
「ほう、それはどのようなことに?」
「森にある泉を綺麗にしようと思って」
「あの泉を掃除されたのですか!?」
「だって汚かったから……」
ブエルの驚きように、シェスティンはすぐさま自分の行いがいけなかったことを悟った。
城の周りを囲む森には泉があり、そこは魔力の塊が集まっているとされていた。
泉を掃除するとは箒で掃いて終わりというものではなく、自らの魔力を流し込み害悪なものを取り除かなければならなかった。
使う魔力は膨大な量で、だからこそあの泉の掃除は年に一回魔王陛下がその役割を担っていた。
「勝手なことしてごめんなさい」
「いえいえ、御方様が謝ることではございませんよ」
シェスティンにとって泉は特別な思い入れがあった。自分を救ってくれたきっかけになったのが泉だ。たとえ違う泉だとしても汚いままにはしておきたくなかった。
「……ふむ、これは魔力を限度まで使ってしまった弊害でしょうな」
「でも俺は限界まで使っても小さくなったことないぜ?」
「恐らく御方様に残ってしまった呪いの影響でしょう」
ブエルのその言葉にシェスティンは肩を強張らせた。
クリストフェルはそんなシェスティンを抱き寄せ、頭に優しくキスを落とす。
周りからあら〜〜と言う声が聞こえてきた気もするが、私はその温もりに感謝し、少し安堵した。
「これは治るのか?」
「何とも言えませんなあ。まあ数日様子見するしかないですな」
「……そうか」
クリストフェルの暗い声に私は申し訳なさでいっぱいになった。
取り敢えず着替えが必要だろうと、家臣たちは追い出され、侍女長が子ども用のドレスを持ってきた。
それを着て鏡を見るとシェスティンは確かに子どもになっていた。
「今はこんな服しかご用意できず、申し訳ございません。早急にお仕立て致しますので」
「いいのよ、これも素敵なドレスだわ」
こんな服と侍女長は卑下するが、このドレスだって布から最高級のものが使われている。もともと出自は低いシェスティンにとって、これだけでも十分な贅沢品であった。
それでは早速と、シェスティンはこの身体でどこまでできるか試してみることにした。
試してみることにしたのはいい。
「……で、フィーは何故私を抱き抱えているの?」
「危険だからだ」
いやいやいやとシェスティンは手を振った。
「こんな体になったとしても中身は変わらないんだから大丈夫だよ」
「ダメだ」
間髪入れず否定され、周囲に助けを求めようとキョロキョロと視線を動かすと、肩越しにマルバスと目があった。
「マルバス、陛下はお仕事があるのでしょう?」
「……ありますが、今御方様がこうのような状態では仕方ないです」
魔王陛下を諌めるための宰相でさえこれだ。今日はもう仕方ないかとシェスティンは早々に諦めた。
「じゃあ魔法がどれぐらい使えるか試したいのだけど、付いてきてくれる?」
微笑みながらクリストフェルの首に手を回してそう言えば、クリストフェルは嬉しそうに口角を上げた。
「勿論だ」
かくして起こったこの小さな事件が、大きな事件に発展していくことになることを今はまだ、誰も知らない。
小さな妃のお話がしばらく続きます。