幼少期の二人
「おい、なんでついてくるんだ」
「シェスティンがおそばにいたいからですよ!」
「きえろ」
「え~~なんでですか」
へらりと笑い返せばクリストフェルは苛立ったように舌打ちをした。どんなに邪険にされようがしつこく食い下がり、シェスティンはいつも笑顔でいた。
シェスティンは小さい頃からひどく大人びた子どもだった。十歳児など、魔族から見れば赤子の中の赤子同然。しかしシェスティンは十歳児とは思えないようなしっかりとした自分の意思を持ち、クリストフェルの傍に居ようとした。
クリストフェルは歴代の王を遥かにしのぐ魔力を持って生まれ、その存在を恐れた魔族たちから敬遠され、常に孤独だった。肉親である父、魔王も息子の強大な魔力を忌避し、厳しく接した。そんな様子を見た貴族から侮られることもあった。乳母であるシェスティンの母は、その中でも優しく接してくれていたほうではあったが、度々クリストフェルの魔力による魔力酔いを起こしては倒れ、ある程度成長すると傍を離れざるを得なかった。
そんな環境で生きてきたため、他人不信に陥っていたクリストフェルは乳母兄妹であるシェスティンにも冷たく当たった。乳母のように魔力に中てられ何度も意識を失っている姿を見れば当然のことだった。
どうせこいつもすぐ離れていく。そう思って邪険に接して早数年。
シェスティンは一向に離れる様子はなく、むしろ魔力に慣れたのか倒れる姿を見せなくなり、傍にいる率は歳を重ねるごとに増えていった。
シェスティンの愛情は本物だった。自分勝手にクリストフェルに付き纏うようでいて、誰よりも彼を想っていた。クリストフェルが侮られれば憤り、蔑ろにされればまるで彼の代わりというように涙を流した。
クリストフェルが絆されるのも時間の問題だった。
「すきです」とシェスティンは言う。
「うるさい」とクリストフェルは言う。
クリストフェルの母である王妃が亡くなった。ますます魔王はクリストフェルに冷たく当たるようになった。
シェスティンは抵抗を見せるすらりとした華奢な体を抱き締めた。
「すきです」とシェスティンは言う。
「…知ってる」とクリストフェルは言う。
フィーと呼べとクリストフェルは言った。シェスティンはエティと呼んでくださいと返した。
敬語も無しだと不機嫌そうに言われた。シェスティンはこくりと頷いた。
「すき」とシェスティンは言う。
「俺も」とクリストフェルは言う。
魔王が亡くなった。寿命だった。
震える痩せていて弛んでいない身体を抱き締めた。クリストフェルも腕を回すようになった。
「好き」とシェスティンは言う。
「俺は愛してる」とクリストフェルは言う。
シェスティンは泣いた。クリストフェルは自ら彼女を抱き締め、宥めた。
クリストフェルはもう独りじゃなかった。
クリストフェルは王の崩御とともに即位することになった。
魔力の扱いを覚えた彼は最強だった。周りの貴族たちは今までの態度と打って変わって、自分を役職に、娘を妃にと媚びを売り始めた。
しかしクリストフェルはシェスティンを手離す気はさらさら無かった。
シェスティンは乳母兄妹と言えど、そこまで位の高い家柄の出ではない。だからこそ彼女のために全てを努力してきた。周りに有無を言わさないほど強くなるために。
強引に婚約を結び、それでも口を出してくる輩をあらゆる手で潰していった。
十三柱爵を創設したのもこの頃だ。
シェスティンはクリストフェルの特別で、唯一だった。
傍に居なければクリストフェルは機能しなかった。だからこそ彼女を専属侍女にして常に傍に侍るようにした。シェスティンの名前を呼ぶことを許さなかったので、皆御方様と呼ぶようになった。
呆れるほどの執着に周りも認め始め、むしろクリストフェルを宥められる唯一の存在として崇められるようになった。そして今ではシェスティンに手を出す馬鹿はほとんど存在しなくなっていた。
時折シェスティンは侍女の仕事に没頭するあまり、自分が婚約者の立場だということを忘れそうになっている。そういう時は夜に自室に押し込み、昼までベットから出られないようにするのが常であった。
クリストフェルの重い愛を受け止めるシェスティンを崇める人は、きっとこれからも後を絶たない。