後日談 前
シェスティンが不思議な光によって一命をとりとめた数日後。
十二の柱爵たちは謁見用に使用される比較的小さな部屋にクリストフェルによって集められていた。
今回の元凶である娘の父フールフール伯爵は処刑されており、柱爵の席が一つ空いている状態であった。
「フルフルもバカだよねー、あのシェスティン様に手を出しちゃうなんてさ」
「……あいつは驕ってしまった。無論その娘もな」
「御方様、無事で本当に良かったわねえ。そのおかげでまだ首の皮一枚繋がったかもしれない、てとこだけど」
「さて、儂等の処遇、どうなることやら……」
十二の柱爵たちの姿形は様々であった。
獣の頭を持つもの、蛇のような下半身をもつもの、全身甲冑のもの、淫魔、吸血鬼、鬼人、そうそうたる面が並ぶ。
――緩んでいた空気が今、引き締まった。
強大な魔力を察知した柱爵達は即座に膝をつけ首を垂れた。
クリストフェルが現れると、居たたまれぬほど張り詰めた不安が襲い、彼らは小さく息を呑んだ。
「マルバス」
クリストフェルは玉座に座ると、後ろに控えているライオンの頭を持つ宰相の名を呼んだ。
「は。この度の大事について、御方様たっての願いによりそなたら十二柱爵たちの罪を不問とす」
その言葉と同時に肩の力を抜く柱爵を見たマルバスは、冷ややかに告げた。
「御方様の恩情に感謝せよ。陛下に忠義を尽くす筈の柱爵の家系から、此度の事件が起こった原因を出してしまった重大さを今一度考えよ。ましてや、陛下の婚約者である御方様を危険の淵に立たせたこと、これは陛下に刃を向けたことと同義であり、ゆめゆめ」
「マルバス、もうよい」
「は」
クリストフェルに止められるや否や、マルバスは澄ました顔で再び主の後ろに控えた。
深い沈黙が落ちる。
クリストフェルが柱爵に対して煮え切らない怒りを抱いているのは一目瞭然だった。
クリストフェルの最愛、シェスティンをこの一ヶ月全く見つけられなかったこと、そして最終的に命の危機にまでさらしてしまったことについて。
何よりマルバスの言う通り、よりによって魔王の信頼で存在する柱爵が発端の事件なのだ。
この事件をきっかけに信頼は底に落ちたと言っても過言ではない。
処刑は免れたにせよ、解雇か、追放か、柱爵制度自体の解体もあり得た。そこまで頭が回らない者達も中にはいたが、大半がそれを危惧しており、猫のように身を縮め、息を殺していた。
「シェスティンを我が妃に迎える」
何か異議がある者がいれば今この場で申し出よ、と柱爵を見渡せば、反応するものは誰一人としていなかった。むしろ当然だというように、最高礼の形をとった。
クリストフェルはそれを一瞥するとドアへと向かう。
出る寸前にピタリと足を止めると、振り向かず言った。
「これからの動きで余に対する忠義、見せてみよ」
その温情ある言葉に、柱爵はみな感銘を受け、涙するものまでいた。敬愛してやまない陛下の御心を満足させてみせるという決意を胸に、彼らは深く深く頭を下げた。
「「「「――はっ」」」」
その反応にクリストフェルは小さく口角を上げた。
それから部屋を出るや否や仕事は終わったとばかりに、一直線に足を動かす。
否、そんな時間すら惜しく、転移魔法を使って一瞬にして、シェスティンのいる部屋へ移動した。
「うわ、」
うわとは何だと顔を顰めながら、シェスティンのいるベッドに近づく。顔色を確認し、ついでにと言わんばかりに唇を重ね、ベッドに腰掛けた。
「も、もうお仕事終わりなのですか?」
顔を赤くしながら、しどろもどろに言葉を紡ぐ姿を見てさらに襲いたくなる衝動に駆られる。
しかし今はまだ流石に良くないと、理性に抑止されなんとか思いとどまった。
「敬語、もう止めろ」
「え」
「もうお前は侍女ではない」
王妃になるのだからもう侍女として振る舞うのはもう良いだろうと告げたつもりだった。
それなのに何故シェスティンは呆然としたようにこちらを見て、悲しげに俯いた。
困惑して治癒魔法を出そうとすると、身体をグイと押された。
「少し、一人にして……ください」
「は?」
いいから!と行って扉の方を指差され、渋々ながら部屋の外に出た。
困惑したまま立ち尽くすこともできず、執務室へ向かう。そこにはマルバスがいた。
「シェスティン様の部屋へ行かれたのではなかったのですか」
「行ったが追い出された」
マルバスは額辺りを押さえると溜息をついた。
こういうすれ違いは今に始まったことではないが、今回については特に大事な件であるため、このまま放っておくわけにはいかないと判断した。
「それは陛下のお言葉がいつも足りないからですよ」
「どういうことだ」
「御方様は陛下が即位した時から御側で侍女として仕えてきた誇りがあります。それを魔王陛下である貴方様がいきなりお前はもう侍女ではないなど伝えたら、落ち込みご自身を責めるに決まっています。今までの自分が否定されたのと同義なのですから。陛下のことだから妃についてのこともお話していないんでしょう。いいですか、陛下。女性は言葉を欲しがるものです。自分だけで完結してはいけないのです。だからきちんと御自身の気持ちを率直に伝えてください。でないと、」
「もうよい、分かった」
クリストフェルが口数が少ないというならば、マルバスは多過ぎる。
獣の顔でありながら、愛嬌一つなく淡々と述べる癖も変わっておらず、恐らく未だに女はいないだろうとクリストフェルは踏んだ。
「……」
マルバスの言う通り、このままシェスティンに誤解されたままだと、触れることもできなくなってしまうと気づき、即座に踵を返して再びシェスティンの部屋に向かった。
部屋を力強く開けると、そこにシェスティンの姿は無かった。