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小さな妃⑬

 

 魔女の祖先は元々純粋なる魔族であり、魔界で暮らしていた。そう、暮らしていた(・・・・・・)


 約千年前に魔女の祖先たちは魔王の怒りを買い魔界を追放された。王自ら手を下すまでもない、魔素のない人間界へ渡ればすぐに弱体化し滅失するのも時間の問題だと考えたのが当時の魔王であった。


 当時の魔王が亡くなる際まで追放された魔族は死んだと信じられていた。

 しかし奴らはしぶとく生き残っていたのだ。それが判明したのはクリストフェルの御世になってからだった。


 人間を襲うというやり方で奴らは生きていた。処女の血に魔力があることに気付いてしまった奴らは、人間には持ちえない魔力で人間界を蹂躙するようになったのだ。人間と交わり細々と代を繋げ、人間界において魔女は影の支配者となった。



 クリストフェルは人間界の惨状を知り、魔女を消す算段を立て始めた。暗黙の了解で不可侵となっている人間界に行くにはなにかと準備が必要だったため時間がかかってしまったが、ようやくというところであの少女が来てしまったのだ。


 巧妙に隠された魔力に最初こそ少女が魔女だと気づかなかったが、クリストフェルから魔力を抜き始めた時からグレーだと当たりをつけ、魔女が得意な精神干渉の魔法を使った時点で確信した。


 仕事にカタをつけ、綻びを利用して人間界へ飛ぶ。そして元凶である魔女の元へ転移した。


 残り少なくなった血で全身を洗う者、人間の娘たちの死体の上で寝転ぶ者、生き血を飲む者、魔女同士で睦み合う者など、魔女の館であるそこには怪物が住んでいた。


 殺気を漏らすクリストフェルの存在に即座に気づいた魔女たちは顔を青ざめさせる。


「ひっ……!」

「あ、アンタは、」


 魔女たちは足が縫い付けられたようにその場から動くことができなかった。


「魔王、クリストフェル──!」


 一人で突然現れたクリストフェルの姿に魔女たちは目を見開いた。それらの瞳には恐怖と怒りの感情が見え隠れしている。


「何をしに来た、ここは私たちの城だ」

「いくら魔王であろうと言えど看過できん」

「それともなんだ?貢物にでもきたか?」

「なるほど、ようやく魔界の王も我らの力を思い知ったか」


 愚かにも張り合うつもりというのか。否、この女たちにとってはクリストフェルさえも見下す対象であるらしい。

 顔色を悪くしながらも自分たちは偉いのだと主張する姿は滑稽であった。


 クリストフェルは無言で近くにいた一人の魔女の首を掴む。すると再び魔女たちは恐怖を取り戻した。


「ヨネッタに何をする!」

「ヨネッタは下等生物の魔族が触れて良い存在じゃないわ!」


 クリストフェルは煩わしさを無くそうと手の中にあった首を握りつぶした。瞬間、頭と体が離れ、ゴロリと頭が部屋の隅に転がっていった。そしてそれを見届けることのないまま、クイッと指を曲げ女の身体を内側から破裂させた。


「な──っ!!」

「いやあああああ!!」


 広がる阿鼻叫喚図を無視してクリストフェルはまた前に一歩踏み出す。魔女たちは目に見えて怯えていた。次は自分が殺される番だと。


「何故!何故妾らが虐げられなければならない!!」

「我らは魔女であるぞ!!」


 それでも女たちはこぞって自分が魔女であると主張する。だから何だとクリストフェルは口を開く。


「魔界で犯した罪、否、今もか。貴様らが知らぬはずがない」


 魔女たちはその言葉に閃いたように声音を高くした。


「魔界のことなど知らぬ!」

「あれは私たちの代替品が勝手にやって出ただけの話!私たちには関係ないわ!!」


 必死に死から逃れようとする女たちにクリストフェルはクツリと笑う。


「子どもの責任は保護者が責任を取る。人間界で習わなかったのか?」


 次の瞬間には十二個の首が床に転がっていた。繋がる身体は全てクリストフェルが消し去った。それでも魔女たちはギョロリと目を動かし、口を動かし喚く者さえいる。


「魔族としても終われない愚かな生き物め」


 人間なら首を飛ばした時点で即死、魔族でさえ身体を消してしまえば死ぬ。しかし愚かな手法で魔力を得てきた魔女は中途半端に生き伸びようとしていた。


「なんて醜い」

「あたくしたちが醜いですって!?」

「この世の美を集めたあたしらを愚弄す、る──」

「煩い」


 クリストフェルは頭を潰してしまいたい衝動を抑え込み、身体の動きと五感の全てを奪う魔法をかけた。


 そして魔女たちは肉の塊となった。




 クリストフェルは十二柱爵から人間界に存在する全ての魔女を狩り終えたと連絡を受けると、そこらに転がる首を集め魔界へと戻った。

 








 *








 少女は懐から小ぶりのナイフを取り出し、走る勢いのまま叫んだ。


「死ねえええええええええええ!!!!」


 血走った目は小さな存在だけを映していた。

 殺意を向けられ、実際死に直面しているシェスティンはピクリともその場から動かない。ただ静かに少女を見つめている。


「死ぬのはお前だ」


 その言葉ともに少女は体を止めた。否、動けなくなったと言った方が正しいか。


「──」


 槍が、弓が、ナイフが、尻尾が、腕が、あらゆる角度より少女の体を貫いている。憤る十二柱爵は鬼の形相で少女を睨み上げている。


 十二の攻撃を受けたのだ、普通ならばここでとっくに息絶えている。なのに彼女はヒューヒューと息をし、シェスティンを睨みつけている。


 とどめを刺そうと一歩踏み出したクリストフェルをシェスティンは手で制した。そんなシェスティンをクリストフェルは一瞥すると、少し困ったように、けれどどこか嬉しそうに、口角を上げた。


「驚いたわ、こんなにも生命力が強いなんて」


 むしろ執念が強いと言うべきかしら?とここに来て初めてシェスティンは口を開いた。


「魔族から魔力を集めたおかげで貴女はとうとう人ならざる体になってしまったのね。特に魔王から吸い取った魔力の影響は大きかった」


 シェスティンの言葉通り、カナエの体は貫かれたために開いた穴をゆるゆると修復していっている。


「可哀想に」

「な、んな、のよっ、ただの、ゴボッ、魔族が……!気に、入らない、その目、が、気にくわないっ」

「魔女って、人間でも魔族でもない中途半端な存在、のことだよね?」


 シェスティン分かんないなあ、とわざとらしく首を傾げれば少女はカッと目を見開く。


「!!グッ、ぅぁあ……す、コロ、す、殺す殺す殺す!!!!」


 血走った目がシェスティンへの殺意をあらわにしている。目の前で少女がどんどん壊れていく様子にシェスティンは子どもの体を活かした最大限の笑みを浮かべた。


「お姉ちゃん、そんな怖い顔してたら王様に嫌われちゃうよ?」


 視線を十二柱爵に移せば彼らは武器やら腕やらを少女から抜き取り、一歩下がった。支えを失い、ドサリとその場に崩れ落ちた少女の身体が勢いよく修復されていく。


「っ、ざけるな、ふざけるなふざけるな!!あたしは魔女よ!!こんなことをして許されると思ってるの!?」

「……本当、可哀想に」


 シェスティンが憐れむ声を漏らしたその時、シェスティンの目の前に一人の男が現れた。


「お願いします、御方様!カナエを許してあげてください……っ!!カナエは明るくて優しい女の子です。極刑だなんて、そんな、きっと勘違い、そう!何か勘違いしてるんだと思います!だから、何卒ご慈悲を……っ!!」


 ガタガタと全身を震わせながら縋り付く視線を送ってくるグスタフをシェスティンは笑って受け止める。必死に庇っているグスタフを見て一時怒りを忘れた少女は信じられないような目で彼を凝視している。


 シェスティンはにこりと目を細めた。

 シェスティンのその何とも言えない優しげな笑みにグスタフは希望を見出しホッと息を吐こうとした。


「ねえ、グスタフ」


 グスタフこそ勘違いをしている。


「私はね何もこの娘をいたぶって遊びたいわけじゃないの」

「ならっ」


 なんて愚かな。なんて可哀想な。


 シェスティンはすうっと息を吐くと、表情を凍てつかせ、少女を見た。


「彼女は私を怒らせた。それだけの話よ」


 シェスティンがそう言い放ったと同時に泉の水がまるで生き物のように湧き上がった。そしてシェスティンを避けグスタフを泉の中に引きずり込んだ。


「な、なに──ゴボッ、た、たすけ、──!!」


 言葉を最後まで言い終える前にグスタフは泉に沈んでいった。束の間に訪れた泉の静寂を壊すような者は現れない。

 その光景を見ていた少女は呆然としている。何が起こったのか理解していないようで、ポツリと彼の名前を呼んだのは無意識なのだろう。


「ねえ、クリストフェルがグスタフを生かしておいたのは何故だと思う?」


 唐突なシェスティンからの問いかけに少女は頭がついていかないようだ。

 シェスティンは少女に近づいて囁くように言葉を落とす。


「貴女を殺すのに都合が良かったからよ」

「な、に、を」


 少女の震える声を遮るようにどこからか篭った声が辺りに聞こえ始める。それは地の底からのものでもあったし、木々の間からのものでもあったし、天からのものでもあった。


 憎い、痛い、奴らが憎い、殺す、殺す、殺す、、許さない、憎い、辛い、苦しい、許さない、許さない、許さない──。


 その声は段々と大きくなり、森全体を壊してしまうのではないかと思うほどの怨念に乗って少女の元に届く。


「この泉はね魔力の塊って言われてるんだけど、本当は少し違うの」


 シェスティンは少し前にクリストフェルに教えてもらったことを優しく説くように話し始める。少し前にエリゴールに教えてあげようと思っていたことだ。


「ここはね怨念の集まりどころなの。無念にも殺されてしまった人間の魂が集まる場所」


 言ってる意味分かるかな?と少女を覗き込めば少女は怨念の声に支配されて目は既に虚ろだ。


「それは勿論貴女たち魔女に殺された女性たちも例外ではないわ。むしろ彼女たちの怨念の強さに他の魂は驚いてるくらい」


 あ、あ、あ、と少女が錯乱し始める。


「怨念の塊の彼女たちがいつも言うの。『魔女を許さない』って。でもやっぱりただの魂には違いないから普通なら何もできないのだけど……一つだけ彼女たちに力を与える方法があるの」


 少女が聞こえていないにしてもシェスティンは話すことを止めない。


「人柱よ」


 少女は目を見開いた。まだ聞こえていたのかとシェスティンは少し感心した。


「さあ貴女に問題です。さっきのグスタフはどうなったでしょうか」


 彼女の全身が死の恐怖に塗りつぶされた瞬間だった。


「あ、あ、あああああ、いやだ、いやだいやだいやだ。しにたくない、死にたくない、死にたくない!!」


 少女は調子に乗りすぎた。



「私の男に懸想して楽しかった?お嬢ちゃん」



 次の瞬間、水の塊が少女に襲いかかった。水の塊から伸び出る女性特有の細い腕が少女の全身を掴み勢いよく引き摺り込んで行く。


 許さない、許さない、許さない、一生、一生、一生、許さない。


「いやあああああああああああああああああああ!!!!!!」


 少女の断末魔は泡となって消えていく。


 そしてクリストフェルが泉に近づいたかと思うと、忘れ物だと言って十二個の首を泉に投げ入れた。その時、今まで物言わぬ首であったものから突然甲高い悲鳴が上がったが、それすら泉に呑まれ、数分後には泉は静寂を取り戻していた。


 小さな妃はそれを見届けるとうっそりと、美しく微笑んだ。

ごめんなさい、もう一話続きます。

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