小さな妃⑦
「御方様、夜会のドレスはいかがなさいますか?」
目の前にズラリと子ども用のドレスが並べられている。そこでシェスティンはようやく一週間後に城で夜会が開かれることを思い出した。
「……出席しても大丈夫なのかしら」
「陛下から妃は出席するとお聞きしておりますよ」
「そう、じゃあいつも通りなるべく動きやすいものがいいわ」
「承知致しました。では小物の方はそれに合わせて私共で選ばさせていただきますね」
シェスティンはドレス自体にさほど興味は無いが、機能性は重視している。いざという時に王を守れるようにするためだ。
クリストフェルに守りなど必要ないのは当然の事であったが、シェスティンは自身が最後の盾となる、それが妃の務めだと考えていた。
それにしても、とシェスティンは侍女が選んだドレスを試着しながら自身の姿を鏡で確認する。
「そろそろ戻ってもいいはずなんだけど……」
戻るどころか数日前から体調が悪い。特にお腹に捻られるような痛みが襲い、誰もいないところでうずくまる事が増えた。
少女の存在がストレスになっているのだろうか、とにかくあと一週間もすれば自然と治るだろうとブエルに相談しようとは思わなかった。
クリストフェルには一言言っておこうかと思ったが、最近は忙しそうに動き回り、言う機会を逃している。
シェスティンはまあいいかとお腹をさすり、次々に差し出されるドレスやアクセサリーを身に付けた。
「シェスちゃ~~ん!」
「お姉ちゃん、どうしたのー?」
廊下の向こうから走ってくる黒髪の少女。シェスティンはその姿を捉え、一瞬顔を強張らせた。
しかしすぐに子どもらしい笑みを浮かべ、少女を迎える。
「シェスちゃんって今度の夜会でる!?」
「うん、でるよ!おじ様が許してくれたの」
「やったあ!実はね、あたしも出られることになったの!」
「……え?」
それは使用人としてか参加者としてかで意味はだいぶ変わってくる。
「グスタフがエスコートしてくれるんだあ!」
完全に参加者としての発言だ、とシェスティンは内心でため息をつく。
グスタフと言えば厨房で働いてる使用人で、かつ貴族の息子だったはずだ。そのパートナー役として誘われたのだろうと推測していた時、少女がシェスティンの肩をたたく。
「ねえねえ、聞いてよシェスちゃん」
「なーに?」
少女は頰を膨らませてシェスティンに目線を合わせる。
「一週間経ったっていうのに肝心のお妃様に会えてないんだよ!?情報だって、そのお妃様が御方様って呼ばれてるぐらいしかないしっ」
城の者たちは絆されているといってもそこまでは口を割っていないらしい。それも時間の問題だろうとはシェスティンも見当がついていた。
「よしっ、こうなったらシェスちゃん!」
少女はガシッとシェスティンの腕を掴んだ。
「へっ?」
「いざ!お妃様探しにレッツゴー!」
待って!と叫ぶ前にシェスティンは少女に引きずられ、様々な場所へと連れて行かれた。
連れて行かれたのはいいが、勿論少女が大人の姿のシェスティンに会えるはずもなく、空振りを繰り返す。
そしてその場にいる使用人は皆少女とシェスティンの組み合わせを確認した瞬間、無口になるか、顔を強張らせるか、苦笑いをするかであった。
少女が次は厨房に行くというので、大人しく手を引かれついて行く。
厨房に顔を出せば、彼らは今までの使用人と同じような反応を示した。
「お、……お嬢様、カナエ、今日はどうしてこちらに?」
「今日こそお妃様に会いたいの!何か教えて!」
「……それは流石にカナエに教えられないよ」
チラチラと使用人の視線が飛んでくるが、シェスティンは気にしないように後ろから少女を見ていた。
「じゃあ名前だけでもいいから!」
「──御方様と呼ばれている、前もそういっただろう?」
「そうじゃなくて、本当の名前!」
「我々はその御名を呼ぶことを許されていない。口に出してはいけないんだよ、カナエ」
「……意味分かんないっ。いこ、シェスちゃん!」
少女の後ろをちょこちょことついて行きながらシェスティンは後ろを振り返ると、使用人たちがお辞儀をしてシェスティンを見送っている。
シェスティンは微笑むと小さく手を振った。
一区切りつき、何もなかったことにシェスティンは安心してしまっていた。
「もう、なんで名前ぐらい教えてくれないのよ」
ぷりぷりと怒りながら歩く少女の元にそれはやって来てしまった。
「あっ、グスタフだ!」
ひょろりとした細長い青年が廊下の向こうから歩いてくる。青年、グスタフはカナエを視界にとらえると頬を赤く染めて笑んだ。グスタフがカナエに恋をしていることは一目瞭然だ。
グスタフは嬉しそうに走り寄ってきてようやく少女の少し後ろにいたシェスティンの存在に気付き、目を大きく見開いた。
「あれカナエ、なんで──御方様と一緒なの?」
シェスティンは一瞬、息が止まった。
少女は信じられないことを聞いたように固まってしまい、シェスティンの方へ視線は向けなかった。
「……シェスちゃんってお妃様なの?」
「え、知らなかった……ってやべ!これ言っちゃいけないやつだった!」
御方様本当にすみませーん!!!!と謝りながら逃げ去っていた後、二人の間には凍り付くような沈黙が訪れた。
油断していた矢先の展開に、シェスティンはこの場をどう乗り切るか頭が上手く回らない、声すら出ない。
数時間経ったとも思える沈黙を破ったのは少女であった。
「……そっか、そうなんだ。シェスちゃんがお妃様だったのか。おかしいなあとは思ってたんだよね。どんなに聞きまわろうが探し回ろうが、全く会える気配がない。──いや、会えないも何もあたしってば既に会ってたんだもの、当たり前だね」
この状況にそぐわない明るい声で決して振り返ることなく少女は話を続ける。
「すっかり騙されちゃってたよー。だってシェスちゃんから魔力が殆どないのは分かってたから本当に子どもだって思っちゃうじゃん?何で子どもの姿なの?そんな魔法存在するんだあ」
びっくりびっくりと言いながら、少女はゆっくりと振り返った。
「でもさあ、魔力を感じられないってことは」
顔は笑っているはずなのに、
「シェスちゃん自身は魔法が使えないってことだよねえ」
その目は、全く笑っていない。
「──あたしを観察して楽しかった?オキサキサマ」
そう言って少女は笑顔をすべてそぎ落とした虚ろな顔で、人差し指をシェスティンに向けた。
シェスティンは逃げることも、クリストフェルを呼ぶこともできず、赤い光が見えた瞬間シェスティンは意識を失った。