夏、受験、生首
椎名は突然やってきた。やってきたとき、彼は首だけだった。首から下が存在しない顔だけの男が、突然私の前に現れたのだ。そりゃあ、叫んで逃げたよね。運動会より速く走った。
夏の盛り、セミのうるさい川沿いの道。あの日、私は塾の夏期講習の帰り道だった。
脳がとろけそうな炎天下を、友達と制服をべたつかせて歩いていた。
「みんな東高受けるでしょ? 数学とか厳しいらしいよね」
前を歩く美奈が誰ともなく話しかける。まあねーと私が返し、隣の紀子が続いて応える。
「みんなスベリドメはー?」
「私は明学かなー」
一番後ろにいた香里がまっさきに応えた。
中学の三年間をずっと一緒に過ごした四人で、一緒に高校にも行くのだと少しも疑っていなかった。県内有数の進学校で、勉強の話をしてまた三年間を過ごし、そして大学に進むのだと。
帰り道、塾からも学校からも同じ交差点を通る。その交差点で、いつものように三人と分かれて、私は家まで少し回り道で帰る。
住宅の塀で囲まれた狭い路地。高い塀が日陰をつくって夏場はオアシスのようにありがたい。家まで遠回りになるのが玉に傷とはいえ、しばらく日陰の中を歩けるのは大きな利点だった。
「あぢい……」
ぼやく。日陰に入って、少しだけ涼しく感じたところでようやく一息ついた。
「ほんとにな。地面熱すぎて歩けねえっての」
突然、若い声がした。男の声だ。自分よりは明らかに年上の大人の落ち着きを帯びた、それでもハリのある軽やかな声。
心臓が跳ね上がって、胸の中でバウンドした。反射的に振り返って、いつも通りのなにもない路地を見て、心の底からほっとした。そしてつい、安堵からつい、本当に不覚にも、下を向いてしまった。
そうして私はそこに、首だけの男を見つけてしまったのだ。