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解決方法は暴力だった

 私と明美は逃げるように教室を出た。明美が写真を剥がして、くしゃくしゃに丸めて、今はぎゅっと明美の手の中に握られていた。

 そしてホームルームが始まるというのに、屋上に居た。ここなら誰も来ないだろう。


「ゆかり、本当に付き合ったりしてるわけじゃないよね?」

「……それはないよ」


 気遣うような明美の目を真っ直ぐに見据えた。目を逸らさない。


 すると明美は「じゃああの写真はなんなのよ?」と強い口調で訊いてきた。


「それは、私が田中くんの晩ご飯を作ってあげてたからだよ」


 そこからは正直に経緯を話した。どういうきっかけで作るようになったのかを。

 カレーを作った日から、私はほぼ毎日、田中くんの家で料理をした。

 田中くんが材料を買って、私が料理する。そんなやりとりがたとえようもなく楽しかった。まるで夫婦のようだと思ったから。

 ハンバーグだったりトンカツだったり、案外子どもっぽいものが田中くんは好みだった。


 食事を終えた後は自分の悩みを打ち明けていた。部活のこと、委員会のこと。それから静ちゃんのことも話した。

 田中くんは独特というか、変わった視点をしていたので、参考になったりならなかったりした。でも真剣に真摯に話してくれるのは伝わった。


「ふうん。一週間、私にも黙ってそんなことしてたんだ」


 一通り話し終えると明美がジト目で私を見てくる。


「そんな目で見ないでよ。悪かったよ、明美に言わなくて」

「そんなことに怒っているわけじゃないの」

「……怒ってるんだやっぱり」

「うん。怒ってる。田中くんと関わっていることを内緒にしていたことに」


 明美は本当に田中くんのことを嫌っているみたいだった。嫌っているというか、怖がっているような、恐れているような感じがした。


「田中くんは虐められているんだよ? そんな人に関わると今度はゆかりが虐められてしまうかもだよ?」


 明美は心配そうな表情を見せた。だけどその言葉には田中くんのことを良く思っていないことを隠している印象を受けた。


「だから、関わっているのかもね」


 私は敢えて明美に反発するようなことを言う。すると明美は綺麗な眉をきゅっと引き締めた。


「また、正義の味方ごっこするつもりなの? もう高校生なんだから――」


 正義の味方ごっこ。そう言われて私は怒りと悲しみを覚えた。


「でもそのごっこで救われた人もいるじゃない。明美、それは自分でも分かるよね」


 言ってから言い過ぎたと思ってしまう。明美はばつの悪い顔をした。


「……うん、分かってるよ。だから私はゆかりのために言ってるんだよ」


 その言葉には決意があった。決して引かない意思表示があった。


「約束してよ。田中くんと――」


 言いかけたそのとき、学校のチャイムが響いた。多分予鈴だろう。十分くらいしたらホームルームが始まる。


「戻ろうよ、明美。もうすぐ授業始まっちゃうよ」


「……ゆかり、私はあんたのこと、信じているから」


 その後、私は明美と黙って教室に向かった。戻るのは率直に言って怖かったけど、戻らないわけにはいかなかった。


 教室に戻ると何だか騒がしかった。私の心もざわついていた。

 なんだろう、嫌な予感がする。

 そしてそれは的中した。


「おい、田中てめえ女の子を家に連れ込んでどういうつもりだコラ!」


 大声が教室中に響いた。私は急いで教室の中に入った。

 見ると田中くんを数人の男子――どれも山崎くんの友達だった生徒だった――が取り囲んでいる。


「なんとか言ってみろよ!」


 恫喝する生徒は小柄な男の子、大友くんだった。小柄といっても剣道部の次鋒を任されているほどの身体能力の高い選手だと噂で聞いたことがあった。

 だけど田中くんは何も言わずに黙って座っている。何も感じないようだった。

 あまりの光景に思考が停止しかけたけど、これじゃいけないと思って、私は「ちょっと待ってよ!」と大声をあげた。


 するとクラスのみんなが私を見た。

 その視線でゾッとする。好奇と軽蔑と憤怒が私に突き刺さった。


「おーおー、もう一人の主犯が来たよ」


 皮肉たっぷりに私に敵意を向ける大友くん。

 まるでいけないことをしたような口ぶりに私は傷ついた。


「主犯ってどういう意味!? 私は何もしていないよ!」


 やましいことは何一つしていない。そう信じているからこその発言だった。

 だけど大友くん――いやクラスの全員は思ってくれなかったらしい。次の言葉がそれを物語っていた。


「大志くんをあんな目に合わせたクズ野郎と仲良くすること自体、頭がおかしいんだよ! 分かってんのか?」


 ああ、だから明美は田中くんに構うなって言ってたんだ。こうなることが分かっていたから、関わらないようにしてと言ったんだ。


「どうなんだよ! 吉野、てめえは大志くんが可哀想に思えないのかよ! それともこのクズの味方なのかよ!」


 クラスどころか学校中に響くように喚く大友くん。クラスのみんなが私の言葉を待っている。

 明美も待っていた。隣でハラハラしながら私の答えを待っていた。

 田中くんはどうだろうか?


 ここで私は否定することができた。そうすればクラスを敵に回すこともないだろうし、それに田中くんだったら私が嘘を吐いているのだと気づいてくれるだろうし。

 でもここで嘘を吐いたら、田中くんに顔向けできないと思った。田中くんを好きで居続けることができなくなると思った。田中くんを裏切ることになると思った。

 それらを満たせば、静ちゃんに申し訳立たない。田中くんが愛したあの子に勝てなくなると思った。


 何より、私は田中くんを見捨てることができない。

 だから、私は選んだ。


「私は、私だけは、田中くんの味方でありたいんだ」


 教室中が静まり返った。みんなが信じられないという顔をしているのが分かった。


「なんだと? お前、一体――」


「田中くんは一人で戦っていたんだよ」


 大友くんの言葉を遮って、私は言葉を紡いだ。声は震えていたけど、伝えなければいけないから。


「田中くんは山崎くんに虐められていたときも一人だったんだよ。みんな助けてあげなかった。私もそうだった。見て見ぬフリをしていたし、関わることもしなかった。でも、それは間違いだったんだよ」


 私の心には正しさがあると確信していた。喋るにつれて、声の震えがなくなっていくのを感じた。


「本当は山崎くんがあんなことになる前に止めるべきだったんだよ。けれど誰もしなかった。私も止めようとしたけど、止められなかった。それがおかしかったんだ」


「じゃあ、大志くんが悪かったって言うのかよ! こいつには責任がないって言いたいのか!」


 どす黒い怒りを孕んだ目で私に睨みつける大友くんに私は「責任はあるよ」と冷静に答えた。


「田中くんの解決方法は良くない。もっと言ってしまえば悪いと思う。最悪だよ。でもそうさせてしまったのは、私たちが原因なんだよ。もしも虐めがなければ田中くんはそんなことはしなかった。違うかな?」


 そこで大友くんはグッと言葉に詰まってしまった。虐めに対する負い目みたいなのがあったりするんだろう。


「だから私は田中くんのために料理を作りに行ったの。やましいことはないし、下卑た想像みたいなこともしていない」


 堂々と私は田中くんの家に行ったことを認めた。何の恥ずかしさもなかった。恥じらいもなかった。

 明美の顔は見られなかった。先程あんな会話をしていたのに、約束はしてないけど破った気がしていたから。


「お、お前、自分が何を言っているのか、分かっているのか……?」


 うろたえる大友くんとどよめくみんな。

 もう何も言うことはなかった。私は田中くんの味方だって、田中くんの前で言えたから。


「ふ、ふざけんな! てめえ――」


 田中くんではなく、私に詰め寄ってこようとする大友くん。私は身構えた――


「やめなよ。もういいじゃないか」


 ようやく――口を開いたのは田中くんだった。

 大友くんは足を止めた。みんなの視線が私から田中くんに注がれた。


「女の子を吊るし上げるなんてくだらないことするなよ。他にやることないのかよ」


 その言葉、どこかで聞いた気がした。

 思い出す間もなく田中くんはさらに続けた。


「女の子を家に連れ込んで、料理作らせることの何が悪いんだよ。これだからモテないヤツは嫌いなんだ」


 相変わらず挑発するような声と口調。ハッとして田中くんの表情を見た。

 田中くんは本当にくだらないとばかりに憮然とした顔をしていた。


「なんだと――」

「くだらないよ。人一人居なくなったぐらいでごちゃごちゃ言って。終わった話をいつまでも。本当にくだらない」


 そう言って田中くんは椅子から立ち上がった。そしてカバンを持って教室の外へ向かう。


「おいどこへ――」

「帰る。面倒くさい。帰って寝るよ。もううんざりだ。馬鹿の顔見るのも飽き飽きしたしね」


 私は呆然としていた。田中くんがどうしてそんなに自分を追い詰めるようなことを言ったのか、分からなかった。


「待てよ! 逃げるのかてめえ!」


 まるで負け犬の遠吠えのように叫ぶ大友くんに何も答えることもなく、教室を出ようとした――

そのときだった。


「おいおいおい。なんでお前が犠牲になるんだよ。このまま逃げてもろくなことになんねーよ」


 田中くんの足が止まった。

 田中くんの目の前には大きな体躯――近藤あきらくんだった。


「お前は何も悪くねえじゃねえか。何をそんなに自分を悪人にしたいのか、理解できねえよ」


 軽口を叩きながら田中くんの肩にぽんっと手を置いた。


「どうして、ここに――」

「もう噂になっちまってるからなあ。それにおせっかいなヤツが一人居たりするんだよ」


 すると田中くんは悲しげな表情をした。


「あきらくん。僕はもう疲れたよ。人と関わるのがツラくなってしまったんだ」


 そして軽く笑って近藤くんに向き合う田中くん。


「まあ厭世的なところもあるけどよ。お前には味方が二人も居るじゃねえか。気にすんなよ」


 そう言って近藤くんは教室に入り、みんなを見渡した。そして――


「よくも俺の友達を虐めてくれたな、クズ野郎ども! てめえら全員ぶっ殺してやりたいが、吉野に免じて我慢してやる」


 身体中から発せられる殺気に、女の子は震え、男子は顔面蒼白になってしまう。

 大友くんなんて恐怖で顔が歪んでいる。


「いいか。これ以上こいつを虐めたら、今度こそ俺は黙っておかない。虐めた人間を一人一人壊してやる。日常生活を送れないようにしてやるよ。まあその結果、俺は退学になっちまうが関係ねえ。絶対に後悔させてやる」


 本能的に本気だってことが分かった。近藤くんはやるだろう。それが女の子だろうが関係ない。やると言ったらやる覚悟が出来上がっていた。

 高校生の発想や思考じゃない。どうしてそこまで殺意を持てるんだろうか。


「あきらくん、そこまでしなくていいよ」


 田中くんは近藤くんが怖くないのだろうか。普通に話しかけている。


「お前もなあ、なすがままになるなよ。自分が不利益になることを放置するなよ。そこにも俺は怒っているんだぜ?」


 怒りをころっと無くしたように呆れた調子で話す近藤くん。


「悪かったよ。気をつけるよ」


 教室中が恐怖で充満しているのに、そこだけ弛緩している。

 好きな人の悪口は言いたくないけど、不気味だと思ってしまった。なんなんだろう、この二人は。どういう人生を歩んでいるのだろうか。


 その後、近藤くんはみんなに念を押すように睨んでから自分のクラスに戻っていった。

 入れ替わるように木下先生が入ってきて「ホームルームを始めますよ」とのん気に言って教壇に立った。

 それで話が終わったわけじゃなかった。私に視線が集まっているのを感じた。

 田中くんも結局、教室に留まっていた。私以上に視線を感じているはずなのに、気にしていないようだった。


 今回の件で田中くんは変わっている人だと思ったけど、それでも好きな気持ちは変わらない私も相当だと思ってしまった。


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