浦島太郎(もうひとつの昔話14)
助けた亀の背に乗り竜宮城に行った、浦島太郎。
城の主、乙姫様の温かいもてなしを受けます。
この世のものとは思えぬ、ごちそうにお酒、タイやヒラメの舞い踊りと……浦島太郎はそこで夢のような時間を過ごしました。
ですが日がたつにつれ、村にいる年老いた母親のことが気になってきました。
「そろそろ帰ろうと思うのだが」
浦島太郎の申し出を、
「では、さっそく手配をいたしましょう」
乙姫様はこころよく受け入れてくれました。
乙姫様と別れぎわ。
浦島太郎は竜宮城にいる間、ずっと気になっていたことをたずねてみました。
「ここは、とてもこの世とは思えぬのだが」
「はい、あの世なのです」
乙姫様が小さくうなずきます。
――やはり、オレは死んでいたのか。
浦島太郎は思いました、
自分は船もろとも海の底に沈んだのだ。ここにいた間はうつつの夢であったのだと……。
「では、オレは死んでいるのだな?」
「さようでございます。このまま現世にもどろうとしても、海のもくずとなるでしょう。けれど、これがあれば生きて帰れます」
乙姫様はそう言って玉手箱をとってきました。しかるに、それを渡すか渡すまいか迷っています。
「年老いたおふくろが待っているのだ。いただくわけにはまいらぬか?」
「さしあげてもよろしいのですが、ただ……。ここでの一日は、現世では百年。たとえ帰ったとしても、あまたの歳月が過ぎておりましょう」
「ではすでに、おふくろは亡くなっていることに。なんとかならぬのか?」
「歳月の流れはあまねく決まっております」
「そうか……」
浦島太郎はがっくりとうなだれました。
「ですが、あなたは生きて現世に帰ることがかないます。たとえ歳月が流れておりましょうとも」
「で、いかほどの歳月が?」
「帰ってみればおわかりになります。それでもよろしければさしあげましょう」
「いただこう。帰って、おふくろの墓を守ってやりたいのだ」
浦島太郎は顔を上げて言いました。
「ところで乙姫様、箱の中にはいかなるものが?」
「流れた歳月です。今となっては取り返せぬ、過去の時間が入っております」
乙姫様はそう教え、浦島太郎に錦のヒモのついた玉手箱を渡しました。
浦島太郎は玉手箱を手に、亀の背に乗って竜宮城をあとにしました。
乙姫様の話のとおり、現世では数えられぬほどの歳月が流れていました。生まれた村はすでになく、むろん見知った者などひとりとしておりません。
――こんなはずでは……。
深い絶望感に、浦島太郎は見なれぬ町をふらふらとさまよい歩きました。
――たしか、これには流れた歳月が……。
失われた過去をとりもどそうと、たまて箱の錦のヒモをほどきます。
と、そのとき。
車道に座り込んでいる浦島太郎のもとへ、一台の車が走ってきました。
浦島太郎はふたたびあの世に行きました。
たまて箱のふたに手をかけたまま……。