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その5、現状把握に努めましょう(2)

 翌朝、あれだけ無茶な体験をしたにもかかわらず案外あっさりと目覚めた。もう熱も無いようだし、打撲や傷は流石に痛むが自分の頑丈さに感心した。

 そして己の順応さにも感心した。主に精神的な方の。

 今起きた場所はチェイスのベッドの上である。でも何も動揺しません。有難く使わせていただきました。決してマットは柔らかいものではなかった。それどころか、大きな布に枯れ草を詰め込みました! というような手作り感満載のベッドだったけど熟睡しました。本当にありがとう。それでも女子か、と思わないでも無いが冒険とはサバイバル。硬い土の上じゃないだけ有難いのだ。そもそもそれが無理なら冒険家にはならないだろう。


 よっこいせ、と起き上がってベッドから降りた瞬間、前言撤回。私は動揺することになった。


 グニュ。


 え!? と下を見たら鋭い眼光と目が合って私は動きを止める。


 チェイス、なぜそこに。


 ていうか踏んじゃったー!!!


 「ご、ごめんなさい! え!? 貴方もしかしてそこで寝てたの!?」


 あの時外に出たから他の部屋で寝たと思っていた。同室もしないなんて気にしてくれたのね。なんて事まで思ったのに、なぜ床に。

 だいぶ前から起きてたんじゃないかと思わせるほど鋭い眼をしたチェイスは綺麗に割れた腹から冷静に足を退けて、すっと立ち上がった。


 「アリシア、起きるか」

 「え、えぇ」


 それだけ聞くとチェイスはさっさと階段へと消えていった。

 なんだったの。と、またしても疑問が残ったがこの不思議な家の事も知りたい。私も階段へと向かった。


 階段は緩やかな左カーブを描き下へと伸びていた。虫喰いのように空いた小さな穴からほんの僅かな光が漏れ、それが足元を照らしてくれる。それでも少し心許なくて左側に手を添えながらそっと降りていると添えていた場所に浅い窪みを見つけた。指先で軽く撫でながら形を確かめていると、指に当たる物がある。


 「何かしら、これ。……本?」


 目が慣れてくるとそれが何か直ぐに分かった。手にとって光が漏れている場所で確認する。これは紛れもない本だった。表紙には国で有名な童話の名前が書かれていた。


 「あ、これも。これも……全部童話だわ」


 壁には10冊ほどの本が表紙を見せるように置かれていた。降りながら題名を見ると全て有名な童話だった。


 「なんでこんな処に」


 呆然と本を握りしめてチェイスがいるであろう部屋を見つめる。

 聞くことが沢山ありそうだ。


 階段はとても短いもので、思わぬ物を見つけなければ数秒で下の部屋に行けただろう。一冊の本を手に持ったまま部屋に入った。

 そこは寝室とは違って日差しが程よく入り、澄んだ空気に満ちていた。

 あといい匂い。

 ……え、いい匂い?


 「これ、食べろ」


 一人分の小さなテーブルと椅子らしき丸太の上にコトリ、と置かれた木の器はココナッツとスパイスの香りのするスープで満たされていた。


 「え、これチェイスが作ったの?」


 無言の彼は頷く。


 「ここで?」


 また頷く。


 「火は!? 危なくないの!? こんなとこで焚いたら大火事になるわ!」


 昨夜、蝋燭の火で恐怖を感じたほどだ。煮炊きするなんて自殺行為だと慌てふためく。


 「地面でしない。あれ」


 無表情のチェイスは自身の後ろを振り返えって指を差す。そこには驚くべきことに土で作られた竃があった。


 「チェイス、私ね、昨日から衝撃で言葉が出ないの」


 呆然としたまま立てた丸太に腰を下ろすと木でできたスプーンを持っておもむろにスープを口へと運んだ。

 所謂、現実逃避である。


 「……美味しい。……なんなの一体、さっきから。家はあるしベッドはあるし本もあるのおかしいし、何故か美味しいご飯が出てくるし、よく考えたら蝋燭もなんであるの生肉でも食べてそうなのに料理するとか意外すぎるし、意味わかんない」


 因みに、美味しい以外は小声です。


 昨日の「森の恵み」もそうだったが今自分が口にしている物は想定外の美味しさだった。ココナッツはあまり食べたことは無かったが、旅行や冒険の際に此処と似た気候の国で食べたことがあった為すんなりと受け入れられたし、中に入っている肉は特に臭みもなく柔らかだ。

 何故私は無人島で居るはずのない半裸の男に手料理を振舞われているのか。

 そんな事を考えながらペロリと完食した。……お腹が空いていたんです。


 「ご馳走様でした。チェイスは食べたの?」

 「食べた」

 「私が来るまでに?」

 「これ、食べる簡単」

 「そ、そう」

 「……(コクン)」


 そしてまた沈黙である。

 聞きたいこと聞いてもいいかしら、良いわよね。時は有限。


 「チェイス、聞きたいことが沢山あるの。いい?」

 「……(コクン)」


 いよいよだ。


 「まず、貴方はいつから此処に住んでいるの?」

 「ずっと」

 「ずっと? それって一体いつから?年数……は分からないわよね? うーん、と」

 「子供、時」

 「え、子供!? そんな小さな時からこの島にいるの?」

 「(コクン)」


 なんてこと。

 予想ではある程度大きくなってから何かしらの事情があって住んでいるんだと思っていた。だって。


 「貴方一体どうやって生き延びていたの?その時からこの大木に?」


 そう、子供が生きられる訳が無いのだ。

 この島にはおそらく、大型の肉食獣はいない。肉食が居ても中型から小型程度だろうと昨日の探索で予想していた。

 それでも、子供が1人で生きられる程安全な場所では無いはずだ。中型くらいの肉食獣なら余裕で子供を襲うだろう。それなのに今目の前には大きな体に育った半裸男、チェイスが居るのである。


 「始め洞窟、その後ここ見つけた」

 「……それは、ずっと1人で?子供の頃から。って当たり前よね、他に人間はいないもの」


 チェイスの孤独が想像以上に辛そうで思わず俯いた。……が。


 「母いた」

 「…え!? お母さんも一緒にいたの?」


 すぐに顔を上げた。


 「(コクン)」


 またしても予想外だ。


 「じゃあ、そのお母さんは今どこに?」

 「違う場所、会いに行くか」


 よ、良かった! 生きてるのね。聞いたらマズイかと冷や冷やしたわ。


 「会えるならお願い。他にもこの場所が島のどの位置なのかとか……この本のことも聞きたいことが沢山あるんだけど、 ひとまずチェイスに親切にしてもらっているし挨拶くらいしておきたいわ」


 「……シンセツ?」


 「……そうね、貴方は優しいってことよ」


 出会って二日目にしては信用し過ぎな気もするが、とりあえず良くしてもらっているのは事実。それにチェイスに聞いても分からないことでも母親なら会話も彼より出来る可能性がある。私はこの島の調査をしに来たのだ。船は気になるが、そう急ぐこともないだろうとこの時は考えていた。

 だが、今までの流れから思うに神様は居留守をつかっている。想像通りになることなんて無かったのだ。


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