番外編。本の行方は窓の外
久しぶりのラブ
「できたー!!」
この数日間頑張って作っていた枯れ草マット。袋は早くに完成していたけど枯れ草を完全に乾燥させるのに3日かかった。その乾いた枯れ草を何重にも重ねるようにして詰め、マットはやっと完成した。
「これでチェイスが床で寝るのも最後ね!」
初めはマットのないベッドの端で寝ていたチェイスはいつの間にか床に敷いてあった毛皮の絨毯の上に寝るようになっていた。丸太を組んであるベッドではやっぱり寝心地が悪かったらしい。
出来たマットを何とか引きずるように3階へとあげ、もうお役御免になった古いマットを退けてついでだからとベッド周辺の掃除をすることにした。
「ん?何かしらこれ。」
それはベッドの下の隙間にあった。
「………こ、これって…!!」
聞いた事はある。が、見た事はなかった。ぱっと見普通の本に見えるそれは開くと分かる…セクシーな本だった。
「な、なんでこんなのがここにあるの!?」
あのチェイスが、何も知りませんって感じのチェイスが街の男達と同じような物を所持してるなんて!一体何でこんなとこに…と考えて即犯人はわかった。
……………。
「エドモンドー!!!!」
********
その晩、食事をとった後に私はチェイスを3階へと呼んだ。
「どうした?」
当然これから話すことが全く分からないチェイスはそう言い、新しくなったマットに触れながら「…ふかふかってやつか?」とか言っている。
「どう?これで気持ち良く寝れそうじゃない?」
「あぁ、前のよりも随分柔らかい。ありがとう。」
「いいえ。…で、なんでここに呼んだかなんだけど。」
「?」
いよいよ本題である。
「ベッドを掃除したら…こんな物が出てきました!」
「?……!!!」
私がジャジャーンと突き出すように見せたそれを目にしたチェイスの顔は一瞬で強張った。
「それは…。」
「あ、まず先に言うけど怒ってる訳じゃないの。」
「?」
「街じゃ男の人は1冊は必ず持ってるって言われるくらいコレはポピュラーな本らしいわ。貴方も男だし、持つのは構わないの。」
「?」
「ただ、普通に何故ここに隠してあったのかなぁと思って。」
本当に話したいのはこんな事じゃないけど、取り敢えず小手調べに聞いてみた。
「…エドモンドが、渡してきた。」
「はぁ〜…でしょうね。」
「その時に『コレは1人で読むものだ、アリシアが戻るまでに全部読めよ』と言われた。」
「…最低。」
ぼそりと思わず呟いた。
「後は『保管場所はベッドの下だ。これは譲れねぇ』とも言っていた。」
「なにそのこだわり。」
チェイスは「さぁ?」というさっぱり分からんという顔をしている。そもそもこの本の意味ちゃんと分かったのかしら。
私がそう思うのも仕方ない。
何故ならここに住み始めて1週間、なんと驚く事にまだ手を出されていないのだ。
初日ちょっぴり期待していた私を抱きしめたまま普通に寝たチェイス。昼間のあれはなんだったの!?と私は1人大混乱した。
「それで…この本は全部読んだの?」
「…(コクン)」
何故こんな恥ずかしい話をしなきゃいけないの!とも思うが、据え膳食わぬは男の恥とも言うのに食われなかった残り物の膳はどうしても理由を知りたかった。
「…じゃあ、意味は理解した、のよね?」
恐る恐る聞く。この本にはご丁寧に挿絵まで付いている…理解出来ないはずは無いと思うけど…。
「(コクン)」
「…ですよね。」
今更だが、この本の内容をチェイスが見ていた事に…この内容が他人事では無いという事に私はどうしようも無いくらいの羞恥を覚えた。が、問題はこの先なのである。
「じゃあ…なんで…。」
「?」
「なんで…手を出してくれないの?」
凄く、凄く言いにくい事だった。これじゃまるで私の方がずっと待ってました!と言っているようなもの…間違いじゃないんだけど。
「毎日そばにいるのにキスすら私たち滅多にしないわ。番になったのに1度も…その、その本みたいなことしてない!」
勢いで言ってハッとした。
その本は初心者向けからちょっと玄人向けまでの幅広い手法が書かれていた。挿絵付きで。
「あ、いえ、その本って言っても最初のページだけの話よ!?さ、流石に玄人向けまでは冒険したくないんだけど!…って私何言ってるのかしら……。」
焦って訂正するも目の前のチェイスは無表情で此方を見つめるばかりでなんのリアクションもない。それを見て冷静になった。
そして不安になる。
…もしかして引かれた?
「正直…。」
「し、正直?」
「自信が無い。」
「……えっ?自信が、無い?」
「(コクン)」
見つめ合う2人。
私はきっと間抜けな顔をしていると思う。何故なら意味がさっぱり分からないから。自信って…どういうこと!?
色々と言っているが私も初心者なのである。分かっていないのが丸わかりだったようで直ぐに答えは返ってきた。
「ずっと狼の常識で生きてきた。だから、人間は…細かくて難しい。…本を読めば読むほど分からなくなった。」
どうやら根っからの真面目人間チェイスは真面目ゆえに勉強して知識が増え逆に混乱するという悪循環パターンに突入したらしい。
「それと、キス、は…うっかりしていた。」
「うっかり?」
「狼の習性でキスは無い。その代わりに体を擦り寄せる。…知らなかったか?」
そう言われれば島に戻ってきてから前以上に距離が近いように思えた。しかも出かける前は必ず抱擁し(これは前もあったけど)、隣に並ぶ時には腕が触れ合っていた。…もしかしてこれ?
「…勉強不足でした。」
「いや、アリシアがこのことでそんなに悩む事を予想していなかった。先に言っておくべきだった。」
「…。」
「それに…したく無いわけない。」
「え?」
「キスだってしたいときはしている。ただ、挨拶になることは忘れていた。」
「なるほど…そういう事だったのね。」
「…番の行動も…正直、本能だけで動きそうになることもあった。だが、そんな時にその本が脳裏をよぎって体が動かなくなる。」
「…なんだ、悩んでたのが馬鹿みたい。」
チェイスの告白を聞いて私は手に持っていたセクシーな本を窓の外へと投げ捨てた。
そしてチェイスの胸を押してベッドへ座らせる。
「…アリシア?」
「あんなのがあるからいけないのよ。」
「…。」
「前に言ったじゃない、2人で経験していけばいいって。」
「…。」
「どうせ私もチェイスも経験ないんだし、今更よ!」
そう胸を張って言う私をチェイスは驚きの表情で見つめてくる。
「な、なに?」
「アリシア…経験ないのか?」
「な、ないわよ!」
何だかとても失礼な勘違いをされていた予感。
「…冒険家は奔放だとエドモンドが言っていた。」
やっぱり!!
「確かにそういう人が多いけど、私は耳年増なだけよ!!頑張って危ない時も逃げてきたんだから。」
「……。」
「な、なに?ちょっと黙らないでよ。」
「…良かった。」
「え?」
立ち上がったチェイスは私の腕をそっと取り優しく引いた。自然と彼の腕の中に捕らえられぎゅっと抱きしめられる。
「え?チェイス?」
「…不思議な感覚だ。狼は気にしないのに…やっぱり人間なんだな。」
そっと上げた視線のその先には今まで見た事のないふわりとした笑みを浮かべるチェイスがいた。その瞬間ボンッと自分の顔が赤くなったのが分かった。
「な、なにその顔…反則。って、きゃっ!!」
そうこう言ってるうちに気が付いたらベッドの上へ降ろされていた。
「え、え?チェイス?」
「…止めなくていいんだろ?」
至極真面目な…そして色気に溢れた顔でそう言われ、元々抵抗なんてする気がさらさら無かった私はあっさりと降参した。
「…アリシア…愛している。」
新しいふかふかのベッドで抱きしめられ、見つめられてキスをする…。なんて幸せなんだろう。
ただ、2人で経験すればいい、マニュアルなんて何も気にする事ないと思っていたけど1つ譲れない事があるのだけは伝える必要があると思った。
「チェイス、灯りは消してね?」
キスをぴたりと止めて目にも留まらぬ速さで燭台の火を消したチェイスを見て私は思わず声をだして笑った。




