その3、身の安全を確保しましょう。
待って、半裸も気になるけど、なんで毛皮一枚腰に巻いてるだけなのか気になるけども、それよりもなぜ暴漢者とは明らかに違う男がこの島にいるのか。
この島は誰一人冒険した人が居ない無人島じゃなかったの?
確認されていないはずの一人、暴漢者が居ただけでもギルドに報告する必要があるというのに。
なんで二人目が出てくるのか。
もう私の頭はオーバーヒートしそうだった。
だけど、そんな悠長にしている場合ではない。半裸男は無表情で此方を見とめてゆっくり近づいて来る。
逃げたい! 逃げたいけれど私の体は昨日のことで既にズタボロだ。その上無理して今日歩いたせいで脚はガクガク手に力は入らない。
こんな事なら今日はゆっくり休むんだった、と思っても先に立たないものが後悔なのである。
「ま、待って! ちょっと待って! 少しでいいから待ってもらえないかしら……」
もう涙目である。もう恐怖を通り越して悟りの世界に突入しそうだ。
せめて死ぬ前に現状把握だけしたい。そうささやかな望みを口にすると男は無表情で止まった。が、そう甘くはなかったらしい。
また普通に近づいてくる。そうして目の前に来たときに私はとうとう覚悟を決めた。そして思わず口からこぼれ落ちた言葉。
「神様とはなんだったのか……」
「神、いない」
「……え!? 言葉分かるの?」
「言葉、久しぶり」
こぼれた言葉に返事が返って来た。
何てこと! 会話ができてる、半裸男なのに!
「え、と……あなたは危ない人?」
「違う」
「そう……そうなの、良かった」
私は糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
半裸男をそっと伺うと相変わらず無表情ではあるけれど、特に何かをしてくる様子もない。これはまた不幸中の幸いなのか……ちょっと回数多くないか神様。
あぁ、クラクラする。目が回る。
安心した所為なのか、もう立ち上がれる気がしなかった。
「あの、ここあなたが住んでるの? 申し訳ないんだけど少しの間休ませてもらえないかしら……理由は後で、話すわ。……聞きたい事が、あるんだけ、ど……」
「死ぬか」
「死なないわ、ちょっと、休む、だけーー」
それだけ伝えて私は空洞の入り口で気絶した。
一日一度気絶するなんて人生初体験。笑えない。
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鳩尾辺りに決して軽くはない衝撃がきたおかけで、うっすらと上昇した意識。担がれて移動していることだけはぼんやりと分かった。
どこに運ぶつもりなのだろう。覚醒しない頭で考えるのは難しくて、もういいか疲れたわ……と全てをとりあえず放棄した。
次目覚めたときに私は驚愕することになった。
「……あれ? え、ベッド!? 島は? 森は? ……う、うぇぇ、きもちわるい」
目を開けると小さな蝋燭1つ灯る部屋があった。薄暗いが、壁に多数ある小さな穴から少しだけの月の光と新鮮な空気が入ってくる。何となく経験した事のある匂いにその経験には無かったベッドの感触。
大いに混乱した。なんで大木の空洞と同じ匂いと空気に広さがあってそこにベッドがあるのか。確かに「クイーンサイズのベッド入りそう」とは思ったが、この島にあるわけ無いのだ。しかもクイーンじゃなくて使用感のあるシングルサイズ。
使用感のある……使用感の……使用感。
「半裸男は!? うっ、クラクラする」
立ち上がろうとしたが早々に諦めた。どなたのか分からない(いや、恐らく分かってる)ベッドで吐くのだけは阻止せねば。
上体だけ起こした状態でぼーっと時が経つのを待った。勝手に動いて良いものかも分からないし、まだ半裸男が怖いから……といって逃げ出せる体でもない。
多分風邪でも引いたかな。しくじったなぁ。この後どうなるかなぁ、船無事かなぁ、神様って居留守なのかなぁ。ふふ。
そんな事をつらつらと考えていると階段をあがるような音がした。
いったい此処はどこなのか、どんな仕組みになっているのか。聞きたい事が増えていく。
「生きてる」
ノック……は期待してませんでした。それどころか扉すら付いてなかった。
「生きてます。死にたくないです」
「そうか」
「はい」
それだけ言って半裸男は右手に持つ蝋燭の火に照らされた無表情の顔をそのままに口を閉じた。……沈黙辛い!
「ここは、もしかして大木の中?」
「そう」
「でも、私が休んでいたときはただの広い空洞だった、はず……ちょっと、タイム、きもちわる……」
「飲め、話、後」
うぇうぇ吐き気と戦っている間にいつの間にか目の前にいた半裸男は、ずいと木の器を私に差し出した。
正直飲むのを躊躇うような組み合わせ(半裸男と使い込んだ木の器、失礼なのは承知)からは甘く爽やかな香りがする。
「これは?」
「森の恵み」
クンクンと匂いを嗅ぐと意外な事に慣れ親しんだ香りがした。
「蜂蜜とレモン……ありがとう」
温かいそれを少し口に含むとふわりと柔らかな甘さと少し強めの爽やかな香りが鼻を抜けた。……美味しい。
「少しスッキリしたわ、ありがとう」
「……」
「な、何か?」
半裸男は何故かじっと私を見つめてくる。何かやらかした? 飲むにも森のマナーとかあった??
「……顏、濡れている、なぜ?」
「え?」
汗でもかいただろうか、と顏を触って驚いた。自分の体なのにそれまで分からなかった。
え、私泣いてるの?
「痛いか?」
「いえ、あ、いや体はあちこち痛いわ、でも違う……」
自分でも分からないが涙はポロポロとこぼれ落ちる。
「それは、痛い、他、でるか?」
「そうね、悲しいとか」
「それか」
「いえ、違うわ」
「他は」
「……」
自分の事なのに分かるのが遅いんじゃないだろうか。とも思うけど、今まで気を張り詰めていた所為だろう。
涙が出ても当たり前じゃないか、私は怖かった、凄く。それしかない、そしてホッとしたのだ。
自覚したらどんどん涙が流れた。
「……」
「ごめんなさい、ちょっとびっくりしてるの色々」
「それは、出るのか?」
「……そうね、私の場合は沢山、いっぱいびっくりしたからかしら」
「休め」
涙を拭って半裸男を見る。
長くほつれた濃い茶色の髪を一つに縛って、全身日焼けしている。顔はよく見ると精悍な顔立ちだと思う。口元が見えないくらい髭が伸びているから断定はできないが、そんな気がする。
今まで話してて一度も笑みを浮かべ無かったが、きっと、多分悪い人では無いのだろう。
「ありがとう……あ、まだ名乗っていなかったわ」
「?」
「私はアリシア・スタンリーよ、貴方は?」
「それは、何だ?」
予想外のところで通じないらしい。そうよね、ここじゃ名乗ること無いもんね。
「私が今いるこれがベッドと言うように、この手に持つものが器と言うように、私はアリシアと言うの。……これで分かるのかしら……」
「……あぁ、無い」
「え?」
「……チェイス」
「え、と、それが貴方の名前?」
あまり深くは聞かない方が良さそうだ。私の問いに半裸男……チェイスは軽く頷いた。
「チェイスありがとう、それときっと少しの間お世話になるわ」
……図々しいのは分かっている。
出来ることならば少しの間で済みますように。
半裸男、もといチェイスはこんな時でも無表情だった。