その2、雨宿りをしましょう。
「……っ、うっ」
鋭い痛みで目が覚めた。
どうやら気を失っていたらしい。
むりもない。痛む体を無理やり起こして見上げると木々で分かり辛いものの十数メートルはあるんじゃないかという崖から落ちていた。
「よく生きてたわね、私。しかも……うん、骨折はしてない」
何という強運。崖から生えている細い木々に当たりながら落ちたのと落下した場所が蔓性の植物で覆われてクッションになっていたお陰で打撲と沢山の傷で済んだようだ。
おかげで宙ぶらりんだが。
「これだけで済むなんて……さっきよりマシだわ」
神様ありがとう。
思い出すと思わずため息も出るが、このまま居るわけにはいかない。体は酷く痛むけど、どうにかこの蔓地獄を抜け出さなくては。
何とか動かせる手を鞄に伸ばし中からナイフを取り出した。
……どれほど時間が経っただろうか。
落ちた時は感謝もしたが。
「なんなの!この蔓は!!全然進めやしないわ!」
最善の友、最悪の敵になること多し。……どこの諺だったけな。
そんな今まで思い出しもしなかった諺をふと思い出すほど、その「友」に私は腹を立てていた。
命を助けてくれた友ならぬ蔓、今はこれに体力を奪われている。
脚は取られ、ナイフで切るにも強度が高く時間がかかる。ただでさえ体が痛くて力が入らないっていうのに……それでも潜って跨いで切って進むしかないのだからやるしかない。
と、そんなこんなで蔓地獄から這い出た時には辺りは薄暗くなり始めていた。
冒険慣れした私でも流石に満身創痍の状態で雨が降り続く中、屋根なし野宿が出来るほど頑丈じゃない。
何とか雨だけでもしのげる場所を探して休まねば。今動きを止めてしまえば濡れた体は冷えて凍えてしまうだろうことは簡単に予測できた。
「運がいいのか悪いのか……考えても仕方がないのかもしれないけれど、神様、宿までセットにしてもらえたら助かるわ」
もう、ほんと切実に。
日頃頼りにしていた腕時計は落下の衝撃で壊れていた。
だから、どれくらいの時間歩いたのか正直分からないが、長いこと移り変わりのない同じような雑木林を歩いている。休めるような場所は何処にもなく雨脚は少しずつ酷くなって、森はとうの昔に暗くなっていた。
ちょっとこれ、ほんとにピンチなんじゃないの。
痛みによる冷や汗か、ただの雨水なのか、着ている服はべっとりと濡れ体に張り付く。既に疲れ果ててはいたが、それでも諦めずに脚を動かし、進んでいた。
そうして、ただひたすら歩いていると、ずっと続いていた雑木林の様子がゆっくりと変わっていった。相変わらず雑木林ではあるが、通り過ぎ、手をついたそのどれもが大きく立派で進めば進むほど茂る草も苔へと変わっている。違和感を覚えた私はいつの間にか下ばかり見ていた目線をふと前に向けた。その視線の先には見たこともないほど太い幹の大木があった。
「え……いつからあったの?」
大きすぎて景色の一部と同化してたのかもしれない。暗いことも理由の一つだろう。
あまりの大きさに驚き、幹に触れながら一周したところで私は物凄く良いものを見つけた。
「あぁ!なんてラッキーなの!」
大木で見つけたのは大きな広い空洞だった。
さっきから何だかんだで運がついてる。この後反動で死ぬんじゃないかと思うくらいには。
「うわ……すごい」
何これ……。
そこにはクイーンサイズのベッドが入るほどの空間が広がっていた。
よくこの木生きてるな、と驚きつつも冷静に分析していた。
していたら…体が冷えた。
当たり前ですよね。えぇ。
「と、とりあえず外で火を熾して服を乾かさなきゃ」
幸い大木の下は青々とした葉っぱのおかげて濡れていない上に枯れ枝が落ちている。空洞には剥がれ落ちた樹皮や木くず、枯葉が大量にあるし燃料には困らなさそうである。
翌日
結論、どうにかなった。助かったし、無事服は乾いて予備の服から着替えることもできた。
夕食も持ってきていた保存食があったし空洞は寒過ぎず暑過ぎず快適だったから熟睡できた。
でも、私は今途方に暮れている。
だって自分が何処にいるのかさっぱり分からないのだ。
未完成の地図は握りしめていたから破れかかっていても読める程度には無事だった。けども、なんせ未完成である。
しかも、まだこの島に入って一日目の午前中ほんの僅かに歩いた場所を記してあるだけで島の明確な地形や目印など皆無である。
「詰んだ、詰んだわ」
昨日は神様に感謝したけど、そもそもあの暴漢に会わなければ今頃一度戻った船で目覚めて今日の予定をのんびり立て、地図を完成させる一歩を踏み出していたはずなのだ。
なんせ、窓口で貰ってきたこの仕事はまだ誰も冒険していない離島の地図を作ること、期限はできたら2年くらいがいいな。無理ならいつまでも伸ばしてOKよ。でも報酬はもちろん地図を完成させてからね。
という、なんともダラダラとした物だったから。
「父さんの遺してくれたお金で好きな冒険家になって、のんびりかつ刺激的な生活をする予定だったのに」
思っていたよりハードモードに突入しそうだった。
とりあえず、身支度をしてここを出ることにした。といっても此処がスタートになるので大木は目印。
帰宅します。順応って大切。
「まっすぐ西へ向かいましょうか、どのくらいで海へ出るかしら…船無事だといいなぁ……」
なんともいえないこの不安を押し殺すようにポツリとつぶやいて私は歩き出した。
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どのくらいで海にでられるか。
そんなことを言った時もあった。
ずっと深い森が続き、たまに出てくる澄んだ湖や川、食べ物などを確認しながら目印を付けて歩くこと半日。どこに向かって歩いても最終的には崖があって行き止まり。
海なんて全然出てこない見えてこない匂いすらしない。
疲れきった体で知らない道なき道を歩くのだから大した距離を歩いていないのかもしれない。と、現実逃避をしてみる。
いったいここは何処なんだ。
「もう戻らないと」
うん、諦めも大事よね。泣きそうだけど。
でもここで変に粘ったら更に死亡率が上がる。
……やっぱり泣きそう!
大木へ戻りつつ確認しておいた湖で水を汲み、食べれる果実を食べて少し拝借。
大木に着いた時は日が沈むまでもう少しというところ。夕飯の準備をして空洞に入って食事を済ませ、火を片付けようと外に出たとき私は死を覚悟した。
先に言う。結果的には死にはしなかった。
でも、この時、神様はやっぱり私を見捨てる気なんだなと本気で思った。
だって、数メートル先に居るのはどう見ても野生動物ではなく、大きな体の男だったのだ。
しかもなぜか半裸。