その12、語らいましょう。
「へぇ、なるほどなぁ。偶然たどり着いたのがここかぁ。嬢ちゃん運いいなぁ。」
ちょっとだけ場が落ち着いてから一通りこうなった経緯をエドモンドに説明した。
「運?いえ、どちらかというとついてない気もするんだけど…。生きてるからOKかしら?」
「OKOK。だってよーこの家チェイスの許可ないと入れないんだぜ?しかも結構しっかり術かけたからなぁ。潜在意識レベルの許可。嬢ちゃんどうやったんだ?」
「え?普通に下の空洞で一晩過ごしてただけよ。チェイスに聞いて。」
2人の視線はチェイスへと向けられた。
相変わらず無表情だが、微妙に困っている気もするような…?
「いいや、後でこっそり聞くわ。それよりよー2人って何?デキてんの?」
「はぁ!?」
何でそうなるの!?
「だって一緒に寝てんだろ?」
「ちょっと勝手に変なこと想像しないでよね。…部屋は一緒だけど、チェイスがベッド貸してくれて彼は…床よ。」
「へぇ。もう尻に引かれてんだ。」
「違うって言ってんのに…!」
もう何を言っても聞いてくれない気がした。
とりあえず、3人で夕食を食べた。エドモンドは床に胡座をかいて。…流石にちょっと悪い気がしたわ。チェイスは涼しい顔してたけど。
その後また話し合う。というか、ただただおしゃべりしてただけなんだけど。そしたらエドモンドが「あ、そういやここで飲もうと思って酒持って来たんだった。」と言って私も良く知っている度の高い蒸留酒を下の倉庫から持ってきた。
「嬢ちゃん飲めるか?てか今更だけどよ、何歳なんだ?」
「ギリギリ飲めるわね。」
「は?」
「先月18よ。」
「…まじで?」
「…まじよ?って何でチェイスまで驚いてるの?え?待って、2人とも私何歳だと思ってたの?」
珍しい。チェイスは分かりやすく目を大きく見開いていた。ていうか、やな予感。
「…嬢ちゃん本当にお嬢ちゃんだったんだな。」
「で、何歳だと思ってたのかしら?」
「お、おいチェイス。お前何歳だと思った?」
「……歳、分からない。」
「そうよね、チェイスには歳の概念がないわよね。」
「おいおい、嘘つくんじゃねぇよ!嬢ちゃんも騙されてんじゃねぇよ!お前知ってるだろうが!!」
「…もう、何なの2人とも。別によく間違われるから言ったって怒らないわ。」
「…てっきり20前半24歳くらいかと思った。なんだよ、通りでちっちぇ筈だよな!」
「……………。」
「おい、怒ってんじゃねーか!チェイス!どうにかしろ!」
「今の、エドモンド、悪い。」
「はぁ!?」
「そうね。貴方って見た目も中身もデリカシーが無いのね。」
「おい!何で見た目まで貶されなきゃなんねぇんだ!」
「だって、なんで上半身ほぼ裸なの?そのベストの意味はなに?ていうか何で全体的に海賊みたいな風体なのよ!森で会ったら助かる気がしないわ!」
そう、彼は潮風で傷んだミディアムのボサボサ髪を後ろに流すような髪型に異国情緒溢れる謎のバンドを頭に巻き、無精髭。肌蹴たベストも謎の派手な柄。それにズボンだって派手な柄で腿から膨らんでいて裾がキュッと締められている。目鼻立ちはしっかりしているが、いかせん目つきが悪い。昔父さんと冒険をしていた頃に出会った海賊にそっくりだった。
「嬢ちゃん。まだ酒飲んでねぇよな?」
もちろん勝手に飲んだりしない。エドモンドは小さい声で「おかしいな、こいつ最初と態度違くね?」とか言ってる。
「失礼な事言うからでしょ。」
「??ていうかさ、チェイスなんてほぼ裸じゃねぇーか。こんくらいいいだろ。許容範囲だ!」
「チェイスは…見慣れたわ。それに意外に綺麗好きだし。」
「依怙贔屓ひでぇな。…まぁいいや、とりあえず飲もうぜ。チェイス!器3つあるか?」
「ある。」
座る場所が足りない為、テーブルと椅子を隅に寄せる。床に直接座るなんて東の国以来だが、チェイスはよくしているし、エドモンドも慣れてるみたいだから気にならない。
それより目の前に注がれた強い酒。父さんが飲んでたから知ってるけど…私飲めるのかしら。
「嬢ちゃん、見とけ。チェイスすっげぇ弱いから。」
コソコソとエドモンドが教えてくれた。
「…貴方何しに来たのよ。」
********
時間にして10分。
私がまだ1杯目を飲み終わるかという頃、チェイスは既にふわふわしていた。
「ちょっと、チェイス大丈夫?上行く?」
「いや、俺は嬢ちゃんの強さにびっくりだね。1杯飲めば弱い奴はもう潰れてるぜ。」
「うん、自分でもびっくり。きっと父さん似なのね。…チェイス?ねぇ、大丈夫?」
そんな事を言ってる間にもチェイスは寝てしまいそうだ。
「エドモンド…居る。上…行かない。アリシア……1人…だ、め…………。」
「あ、寝た。」
「えぇ。寝たわね。」
座ったまま寝るなんてどんだけ器用なの。流石に辛くないかと思ってそっとチェイスを横に寝かせた。
「本当に弱いのね。半分も残ってるわ。」
「な?言ったろ?昔から弱いんだよ。まぁ、酒のない場所だし強くなりようが無いけどな。」
そう言うエドモンドは器に残った酒をグイッと飲み干し次を注ぐ。
「嬢ちゃんもいるか?」
「…えぇ。ありがとう。」
傾けられた瓶からはコポコポっと良い音がする。
「…懐かしいわ。」
「ん?」
「父さんがよく飲んでたのこれ。私もいつの間にか飲めるようになったのね。」
「あぁ。レイモンド・スタンリーか。嬢ちゃんが何歳の時だ?偉大なる冒険家が永遠の旅に出たのは。」
「貴方ほんとデリカシー無いわね。よく言われない?」
「言われる。が、それが良いとも言われる。」
「…そう。」
聞いた私が馬鹿だった。
「もう4年も前よ。」
「…病だったか?」
「えぇ。体の中の。詳しくは分からないのよ?倒れるギリギリまで教えてくれなくて。倒れてからはあっという間だった。きっと相当無理してたのね。」
私の父さんは4年間に死んだ。
どんな場所に行っても風邪ひとつ引かずに怪我もしなかった人があっという間に弱って居なくなった。
私が生まれた時には一家は既に冒険家で生後すぐに家族で船に乗り世界各国を回っていたらしい。何処に行くにも一緒。母さんが船や基地で待っている時も父さんと一緒に冒険した。
母さんは昔かかった病のせいで身体が弱くて私が5歳の時に死んだ。その時は分からなくて成長してから凄くショックだった。でも父さんがいた。
レイモンド・スタンリーはとても海の似合う人だった。
青い空に無精で少し伸びた金色の髪。振り向いた時の優しい笑顔。
今でも思い出すと心が軋むように痛む。
「死ぬ直前に父さん「死んだら焼いてくれ。そして遺灰をこの家のある丘から海へ流して欲しい」って、そう言ったのよ?私本気で泣いたわ。会わせてもくれないのね。って喚いて、そしたら父さん「死んだら身体は無なんだ。心はずっと側にいる」って言うの。…結局父さんの言う通りにして、お願いされていた通りに家も船も売って…ただ、私を預かってくれるっていう家があるのは聞いてたんだけど、それだけは断って旅に出たの。その時まだ14歳だったわ。」
レイモンド・スタンリーはとても有名になっていて、家も船も物凄く高値で売れた。きっと父さんからの最後のプレゼントだと思った。
それだけじゃ無い。彼は冒険者の仕事を確たるものにする為に国との連帯の基礎を作った人でもあった。それがこの仕事を貰ってきた場所だ。
旅に出たはいいが、街を出る前に方向性が定まらなくて困っていた時に見知らぬ冒険家にそこを紹介されたのだ。とりあえず困った人に仕事をくれると。
そして窓口へ行くと綺麗なお姉さんが「アリシア・スタンリーさんですね?手紙を預かっております。」と言って裏へ通してくれた。そこで渡された手紙にはこう書かれていた。
『 私の愛するアリシアへ。
辛い思いをさせて悪かったね。でも君は私の子だ。もう旅に出ようとしてるだろう?この手紙を読んでいたら当たりだね。愛する君の事ならお見通しだよ。
そんな向こう見ずな君にプレゼントだ。
街で1番有名な造船所でお前の相棒が待っている。これから辛いこともあるだろう。それでもいつか風は吹いて船は出る。アリシア、君なら知ってるだろう?
大丈夫。父さんと母さんは絶対に君を守る。
大切な事は、いつか君が自分で決めた道が開けたら迷わない事だ。
君の風がいつか現れる事を願っているよ。
レイモンド・スタンリー
君を愛する父さんより。』
「14歳で独り立ちか。なかなか厳しい人生だな。」
「そうね。でも父さんは莫大な遺産と大切な船を遺してくれたわ。手紙を読んだ時はちょっと泣いちゃったけど、それからはずっと大丈夫。なんとかやってこれたわ。そして今があるの。」
そう、なるようにしてチェイスに出会ったのだ。もちろんエドモンドにも。
「あー、その、俺が言うのもなんだけどよ。この話チェイスには言ったのか?」
「いいえ、話してないわ。」
「先に俺に話して良いのかよ。お前チェイスが好きなんじゃねぇのか?」
「そうね、好きよ。でも今じゃ無いと思って。」
「まぁ、タイミングまでは口ださねぇけどさ、お前ずっとここに居るつもりも無いだろ?」
流石バトラー商会の息子。
「意外に鋭いのね。そうよ、私ここにこのままずっとは居られないわ。」
「…置いてくのか、こいつを。」
エドモンドは急に鋭い目付きになった。
「…えぇ。置いてくわ。」
「…お前こいつが誰か何でここに居るのか知ってるか?」
「いいえ、置いていかれた…いえ違うわね。…捨てられたって事以外知らないわ。」
「こいつな、記憶ちょっと無くしてんだよ。だって可笑しいだろ?8歳ってのが分かるくらい記憶があるはずなのに、自分が誰か何処に居たのかさっぱり忘れてやがる。」
それは私もずっと疑問に思っていた事だった。チェイスは言動が凄くちぐはぐなのだ。
「思い当たる事は沢山あるわ。だってこの人ベッドや料理の知識はあるのに名前が何か分からなかったの。説明したら納得してたわ。…この人の名前、貴方が付けたんじゃない?」
そう、初めて会った日。その時から感じていた違和感。本人には聞くに聞けなくて。
やっと謎が解ける。
「大正解。こいつな本当はアンソニー・マードックっていうんだ。」
そうして私は彼の本当の名前を知った。




