その10、方針を決めて行動しましょう。
そんなはずない…小舟は!?あれは無事なはず!
そう思って小舟を置いたはずの場所へ走った。
でもそこにも何もない。
「…嘘でしょ。小舟すら無いなんて…!」
必死になって探した。もしかしたら岸壁の隙間とかにあるかもしれないと思って。いや、冷静に考えたらあるわけ無いんだけどね。
とにかく、諦めたくなくて探していたら岸壁の隙間に予想外のものを見つけた。
それは小型だけど私の小舟よりは2周りも大きいしっかりとした、でも薄汚れた舟。
………………。
「あいつかぁぁぁ!!!」
もう答えは一つしかなかった。
そう、あの暴漢者である。
「あいつなのね!私の船を盗んだのは!それしか考えられない!なんなのよ!あいつの所為でどれだけ苦労してるのよ私!!!」
あの事は思い出すと恐怖だったが、これだけの事をされれば最早恐怖など何処へやら。怒りしか沸かなかった。
「絶対許さない。…絶対捕まえてやる…待ってなさいよ…。」
「アリシア、戻れない、か?」
ぶつぶつと呪文のように繰り返し独り言を言う私の後ろにチェイスはいる。そして私はその言葉によって更に現実を見つめる事になった。
「…そうね、あれが無いと帰れない。そうよ、帰れない!帰れないのよー!」
海に向かって大声で叫ぶ。そんな事をしても何にもならないんだけど…ちょっとすっきりした。
「はぁぁ…。…悩んだって仕方が無いわよね。どうせ無いものは無いんだもの。幸いここには貴方に会いに来る人がいる。それまでに粗方ここの調査を済ませちゃいましょう。その人にお願いして船に乗せてもらうわ。」
そう、私は適応力だけは高いのだ。
…でもやっぱり、ちょっと落ち込んだ。大切な物だったから。…絶対捕まえて後悔させてやる。
「はぁぁ…。チェイス、ついでだから海沿いの地形と植物の記録がしたいわ。…貴方はどうする?家までの地図は書いたから私1人でも戻れるわ。…崖の蔦だけ残しておいてくれたらだけど。」
もう落ちて失神だけは勘弁だ。
「…アリシア、同じ、ここ自分、詳しい。」
「そう?良かった!正直助かるわ。私貴方以上にここに詳しく、逞しい人を知らないもの。よろしくね。」
そう言うとチェイスは頷きさっと歩き出す。私はまたもや走って追いかける羽目になった。
でも、立ち止まって私を待ってくれるところを見る限り彼は優しい人なのだと分かる。…この3日で随分と信用してしまったものだ。
こんな感じで私の無人島(の予定だった)長期滞在が決定したのである。
そして思った。
やっぱり神様居留守だわ。
誰が想像出来るのかしら、まさか半年もチェイスと暮らすことになるなんて。
********
そんなことを知るはずもない私とチェイスは海岸線沿いの険しい道を歩いていた。
いや、チェイスは跳んでいた。
「チェイス!貴方足痛く無いの!?」
今歩いているのは岩の多い場所だ。
もちろん私はしっかりした靴を履いている。それでも足裏に触る岩はゴツゴツしていて少し痛い。
なのに彼は裸足でその上を跳ぶように移動している。
「痛くない。」
そしてケロリと言ってのける。…どんな足裏してんのよ。
そうやってチェイスに先導してもらいながら地図には地形と目印を、別の紙には生えている植物の絵と簡単な説明を書いていく。
途中で持ってきた保存食で昼食をとる。が、チェイスがいてそれだけになるわけがなかった。
彼は手ごろな長く尖った流木を掴むと急に海に飛び込んで立派な魚1匹と数個の巻貝を軽く獲ってきたのだ。
高い場所から飛び込むもんだから私は悲鳴をあげた。だけど、あっさりと戻ってきた彼を見て早々に溜息を吐くことになった。
…段々慣れてきたわ。
乾いた流木で火を熾し、焼いた魚と巻貝を仲良く分け合って食べた後はまた探険だ。
こうして約半日海岸線を沿うように歩いているうちに折角だから今日は家に戻らずに調べられるだけ調べちゃいましょう!ということになった。
チェイスがいるだけでこれほど強気になるなんて自分でも予想外である。
そうして海岸線沿いの調査が終わった時には周りは薄暗くなっていた。
海風は冷え過ぎるからと、1度森へ戻り崖の外側の森で一晩過ごすことになった。
2人で大きな葉や枝を組み合わせて即席の小屋、というより屋根のある寝床を作る。風除けだ。
「…ちょっと狭いかしら?」
「…。」
やっぱり狭いよね。
寝床は1つだけ。しかも何故か同じ場所で休むこと前提で大き目のを作った。が、チェイスの体格を考えると狭い。
「…もう暗くなるし、いつも同じ部屋だしちょっと狭いけど何も変わらないわよね。…うん、チェイスもう休みましょう。」
「…(コクン)。」
私が何を憂いているかはきっと彼には分からないのだろう。分からないならそれでいい。というかその方が良い。
夕食は探険中チェイスが獲っていた鳥を丸焼きにしたものと、同じく探険中に私が獲った果物と木の実を分け合って食べた。なんかチェイスが何を獲ってきてももう驚かない気がする。
そして今例の寝床で横になっている。もちろん2人で。
チェイスは肩が触れるほど近くにいる。
…どうしよう、動悸がする!
流石に同じ部屋で寝る事と隣で寝る事は同じじゃなかったわ!失敗した、少し離した場所に2つ作るんだった!
そろりと、隣を見るとチェイスは意外な事に丸まって寝ていた。朝はピンと真っ直ぐ寝ていたのに。
「…アリシア、寝れない、か?」
「!!えっ!?あ、いえ、ちょっと考え事をしてたら寝れなくて。…チェイスまだ寝てなかったのね。」
てっきり寝ているものだと思っていた。びっくりした…。
「…近いの、懐かしい。考えてた。」
「えーと、近くで人が寝ているのが久しぶりで懐かしく思ったってこと?」
「そう。」
「…それは貴方がここに来る前の話?」
「そう。沢山の人、一緒に船にいた。」
「それは…いったい何の船?」
「…あまり、覚え、ない。…沢山の珍しいもの、船にあった。それだけ。」
「…そうなの。」
初めて聞く彼の昔話に心臓が先ほどとは別の痛みを訴える。
…これ以上は聞けないわ。
「そういえば、狼のお母さんと暮らしていた時はどんな感じだったの?」
「…母、他、兄弟いる。好きな時、外に出て、獣、獲って分ける。寝る時、みんな、固まって、寝る。」
私が分かりやすく話を逸らしても、彼は気にせず、たどたどしくも話してくれた。
「じゃあもしかして、その丸まって寝るのは狼達と一緒にいた名残り?」
「………そう。」
1度顔だけ起こしたチェイスは自分の寝姿を見て頷いた。もしかしたら無意識のうちにしてたのかもしれない。
「そうなの。そのうち貴方の兄弟も見てみたい。きっと綺麗でかっこよくて可愛いんだわ。」
銀色のお母さんはとても綺麗だった。兄弟がいるということはそれだけ歳なはずなのにあの美しさ。殺気立っている時は可愛いなどと思える余裕は無いだろうが、きっと会うことがあれば見惚れるに違いない。
「アリシア、大丈夫。でも兄弟、帰ってこない、いる。」
「…帰ってこない?」
「そう、密猟者?に狩られる。」
私の脳裏に浮かんだのは暴漢者の姿。奴は明らかに密猟者で綺麗な銀色の毛皮を確かに背負っていた。その姿が鮮明に思い出された。
「……本当にごめんなさい。奴の代わりに謝るわ。…チェイス、貴方の兄弟の仇私が絶対とるから。まずこの島を出てからだけど…待ってて。」
私は決意した。
絶対にとっ捕まえて懲らしめる。
そしてチェイスに報告しにまた戻ってこよう。
そうして私たちはいつの間にか眠っていた。




