翡翠翔の日記
様々な今までのCODEシリーズと日記シリーズが最も濃く接触している話です。
前もって、他の話を読んでいるとより面白いと思います。
僕は叔父と同じ名前であることに不服を感じていた。しかも、余計な能力まで受け継いでいた。
ヴィジョン。見知らぬ事象を脳裏や網膜で見ることのできる能力であり、コントロールはできずに、どんな情報をいつ見るのかもランダムであった。
大学に入ってすぐ、ある女性が男性に襲われる状況をヴィジョンで見た。そこで、すぐに大学近くでヴィジョンで見た路地を探した。しばらくして、ある建物が目に付いた。
そう、あのアールデコの建物は、まさに女性が襲われる現場である。そこの路地で腕を組んで待っていた。その情景がいつの場面なのかは分からないので、下手したら今日じゃないかもしれない。それでも、何故か待つことにした。
すると、モデルのような美しい女性が路地に入っていく。その先で大柄の男性が彼女の持つケリーバッグを奪おうとした。僕はすぐに飛び出そうとすると、なんと彼女は見えない波動の力で大男を弾き飛ばした。
彼はビルの壁に頭を打ち気絶した。彼女は何もなかったかのように歩いていく。驚いた僕は、すぐに彼女を追った。倒れている男性をこわごわ跨いで、歩いていく。すると、1本道の曲がり角なのに彼女の姿は消えていた。脇に入るドアもない。不意に上を見上げた。まさか…。
近くのビルの非常口をのぼって上に向かうと、踊り場に変な鍵が落ちていた。それを拾い上げて見る。古い西洋の屋敷の鍵のようなレトロなもので、気付くと自然にポケットに入れていた。
今日、講義に行く途中であの女性に会った。不思議な力で大男を倒し、さっと消えてしまった女性。すぐに話しかけた。
「あのう、昨日あのビルで…」
その言葉だけで、彼女は悟ったようにこちらに見直して言った。
「貴方が守りの主?何者なの?厭世縫鴎様に守られるなんて」
すると、後ろから最近友達になった我神棗がやってくる。
「彼は守る方だ。まだ、定めも知らないし、これからその力を得る」
彼の言葉の意味が判らなかった。
「どういうこと?何故、貴方がそんなこと分かるの?ただの救世主でしょ?」
「ただの救世主?救世主であることさえ、人間には凄いことなんだけどな。俺は最も上界に近い人間なんだぜ」
「さぁ、それはどうでしょうね」
「俺は厭世縫鴎から全てを任されている。ただ、傍観者としてだけどな」
「だから、教えてもらったのね」
「いいや、自分の力で知ったんだ」
そこで彼は鎖の形の指輪を見せた。
「それはあの方のオーバーコード。でも、どうして?」
「新しい守護者からちょっとな」
彼らの話は分からなかった。初めから話を聞くことになった。棗はSNOWCODEの血を引いているとのこと。その中でも濃く血を引いている者が救世主と呼ばれて、それが棗らしい。僕もその血を継いでいるとのこと。
「そう、この人も貴方と同じだから、貴方にも感知できたって訳ね」
どうも、救世主同士はお互いを感知することができるようだ。と、いうことは、僕も救世主ということになる。詳しいことはよく分かっていないが。何故か、この人達と関わっていてはいけない気がして、
今日はそのまま帰ることにした。家で夜に窓の外を眺めていると、幼馴染の如月五十鈴が近くの森に入っていくのが見えた。こんな時間に、と思い心配になって僕も行ってみた。この森は中心に神社がある。
鳥居をくぐると、彼女の悲鳴が聞こえた。僕にも特殊な能力があるはずだ。すぐに神社の社に行くと、五十鈴がパーカーを着てフードをかぶった者に追われていた。彼女を引き寄せて、2人の間に立ちふさがった。すると、彼は何か長い呪文を詠唱し始めた。その言葉は日本語でも英語でもなかった。
「翔君、あの人、ただ者じゃない」
彼女は昔から、霊感というよりも第6感が鋭かった。彼は詠唱を終わらせると、なんと、社の扉が開き、中に時空の穴が開いた。そこから現れたのは、巨大なドラゴンであった。それは大きく咆哮を上げて、炎を天に吐いた。
「これで、この紫燕の神圏地は破壊される」
何を言っているのか分からないが、それでもこの辺の住民が危険、否、僕と五十鈴の命の危機であることに違いはなかった。僕は不思議な力があるという、あの2人の話を信じて力を込めて拳を作った。
すると、手がポケットに触れた。中に入れると、あの鍵が入っていた。それを出して握り締めると、それは大きな剣に変化した。
「それはスペードの鍵?!運命のオーバーコードか。救世主だな、お前」
フードの男がそう口走った。訳の分からないことが、僕の周りで始まっているようだ。しかも、すでに巻き込まれている。僕は剣を握りながら、振り下ろした。
すると、真空の刃が放たれたが、ドラゴンの鱗に傷さえつけられなかった。能力に覚醒したばかりの僕に勝てる気がしなかった。とにかく、五十鈴だけでも逃がそうと思い叫んだ。
「五十鈴、逃げろ。ここは僕が時間を稼ぐ」
彼女は躊躇いつつも、すぐに駆け出していった。僕は息を飲んで意を決すると、そのままドラゴンに向かって駆け出した。ドラゴンに向かってもう一度力を込めて剣を振った。今度は光の刃が放たれるが、それでも腕を振ってそれは防いだ。波動を放ってドラゴンの頭上に飛び上がった。すでに脳裏にSNOWCODEの血が覚醒して、能力も分かり使えるようになっていた。ファイアブレスがドラゴンの口から放たれた。
咄嗟に波動を再び放ち、上空に急上昇して逃れた。頭上に来たところで、3度目の波動で剣を向けながら猛スピードで突進した。僕を見失ったドラゴンは左右を見回している内に、眉間に剣を思い切り突き刺した。
その剣に思い切りアストラルコードを放った。ドラゴンは1鳴きして、そのまま固まってしまった。剣を抜いて、さらに何度も突いた。緑の液体が飛び散り、剣と救世主の能力でドラゴンは倒れた。額の鱗は薄かったのが幸いしたのだ。飛びのいて、今度はフードの男に剣を向けた。
「まだ、終わっていない」
振り向くと、そこには少女がいた。
「紫燕?!」
フードの男は驚くが、それでもすぐに微笑み杖をドラゴンの死体に挿した。すると、死んだはずのドラゴンはゆっくりと涎を垂らしながら起き上がった。
「あれはカーズドラゴンよ。上界の者であれば、ここでは肉体は存在しないから、何かに宿るしかないし、死ぬこともない。でも、あれはこの世界と同等の次元の生物なの。しかも、倒すと呪いが掛かる。先にあのネクロマンサーを倒すのよ」
彼女は味方なのだろうか?先にフードの男を倒そうと思ったが、すぐに彼は姿を消してしまった。呪われても、ドラゴンゾンビを倒すしかなくなってしまった。再び振り向くと、もう紫燕の姿はなかった。
徐々に肉は腐っていくドラゴンゾンビをどうすれば倒せるのだろう。そこで、フードの男があれに刺した杖に視線を向ける。飛び込んで、敵の払いを避けてその杖を壊してみた。すると、さらに腐るスピードが上がった。そこで、腹に剣を突き立てて救世主の能力、アストラルコードを思い切り注いだ。ドラゴンの腹に思い切りエネルギー波が放たれて、内臓もろとも後ろに吹き飛ばされた。肉がどろどろに溶けて骨だけになる。
「呪いだろうが、構うか。これで最後だ!」
剣に特別な能力があると思われたので、思い切り剣にアストラルコードを込めて引き抜いて、ドラゴンゾンビと距離を取って思い切り剣を振り下ろした。凄まじいエネルギー波動の刃が放たれた。それが偶然、あれの急所の骨格の首の骨をほとんど砕いた。ドラゴンゾンビはそのまま粉々になって風に乗って散っていった。
ドラゴンゾンビを倒した直後、激しい痛みが体中に走った。呪いで死ぬのだろうか。しばらく、地面でうずくまっていると、次第に体が楽になった。剣は鍵に戻り、辺りは霧に包まれている。その中にあの少女が現れた。
「紫燕。そう呼ぶ人もいるわ。私は志田祢音。このテリトリを守ってくれてありがとう」
「俺はどんな呪いに掛かったんだ?」
「ドラゴンゾンビの呪い。同じレベルの異なる次元の生物で、本来はドラゴンスレイヤの能力でないと倒すことは難しい。もし、別の者が倒すと、ドラゴンと同じ性質を受け継いでしまう。精神力によって、皮膚を固くできる。炎を発して操ることができる。長すぎる寿命を得る。爪や牙を出して武器にできる。最大の能力でドラゴンに変化できる。跳躍力や爆発的な力を得る。その他にもあるけど、自分で発見するのね」
「そんな…」
長すぎる寿命というのが、自分には絶望に感じた。彼女は嘲笑うように消えると、霧が晴れた。とぼとぼと家に帰ることにした。
今日は棗の取っていない講義を受けていた。あれ以来、なかなか事実を受け入れずらくなり、棗にも壁を感じるようになっていた。講義を受けていると、異様な気配に包まれた。時間が止まったのだ。
これも何かの能力だろうか。振り返ると、老人が立っていた。手招きをするのでとりあえずついていくことにした。荷物をまとめて、教室を出ると老人はにっと笑った。
「残念ながら、呪いで救世主の力は失ったが、ヴィジョンの力は幸い残ったか」
気付くと老人は剣になる鍵を掴んでいた。いつの間に僕から盗んだのだろうか。
「わしの名はレストウォルト。上界の存在じゃ」
僕は大きな溜息をついた。
老人について、ある場所についた。そこは暗い喫茶店で、一癖ある人物達がバラバラに座っていた。カウンターに棗。そして、例の女性。おくのボックス席に大柄の男性。他にも色々な人達がいた。
おそらく、全員ある種の能力を持っているのだろう。皆、1つの目的を持っているようだ。そして、この店である人物を待っているように見えた。
その中で大柄な男性が歩いてきた。バンダナの隙から見える銀色の髪。サングラスの奥は三白眼である。まるで、人の心の奥を見透かすような目である。レストウォルトはにこやかに言う。
「彼は陣竜胆。運命を司る上界の者の能力、CODEを使用できるし、お前と同じヴィジョンの能力も持っている」
彼は無言でじっと僕を見ていたが、口をやっと開いた。
「これが最後の守護者か。で、主は?」
老人は首を横に振る。
「彼がキーマンだ。ヴィジョンで見つけるはず」
「気長に待てと」
彼は見下すように立っていたが、そのまま去っていった。ここにいる全員が守護者らしい。竜胆は他にも隠された能力や秘密があるように思えた。
あれから、大学で普通に過ごしていた。講義、講義。文系や数学科と違い、建築学科はかなり多くの講義を受ける必要があるので、大変であった。それでも、慣れるとそれなりに何気なく過ごすこともできるようになる。そんなある日、女性が急に校門の外で信号無視の車に轢かれるヴィジョンが目に浮かんだ。すぐに駆けつけて、ヴィジョンで見た女性が見つかる。
「ちょっと、待って」
彼女は振り向く。美しい女性であるが、明らかに訝しげな表情をしている。それでも、無視して進んで行こうとする。僕は意を決して、彼女に向かって駆け出した。校門を出るとすぐに暴走車が青信号の横断歩道を渡るその女性に突っ込んだ。僕は呪いの力で思い切り地面を蹴った。アスファルトの地面はめり込んだ。
尋常でない勢いで彼女を100km以上の車の手前で抱きかかえて向こう側の歩道に飛び込んだ。初めて、ドラゴンゾンビの呪いを受けてよかったと思った。彼女は唖然として小刻みに震えていたが、ゆっくり僕の顔を見て呟いた。
「貴方は、フレア?」
その言葉の意味は分からなかった。僕の助けた女性の名前は香住正子というらしい。元は上界の者を召喚できるフレアという存在だったらしいが、アパートの向かいに住んでいる細波覇音という人物のおかげで、
上界の者との契約は解除されて、その力はなくなったらしい。付きまとわれて話を聞かせて欲しいと言われたが、僕自身、訳が分かっていない。仕方なく、彼女をあの喫茶店に連れて行くことにした。
すると、あの店の中の1人が近付いてきた。
「香住?」
「覇音君」
なんと、その細波覇音がいたらしい。部外者を巻き込みたくないという守護者連中の意見があったが、
竜胆がサングラスを外して三白眼の金色の眼を細めて言った。
「お前、主か」
彼女はどうも僕達が守るべき存在であるようだ。これも偶然でなく必然なのだろうか。僕と竜胆、棗は正子についていくことにした。
「で、何に狙われているの?」
僕の質問に棗は答える。
「彼女は一度でも上界の最下層である者と契約を結んだ。そこで、契約を結んだ鳥の宿敵に狙われることになったんだ。とばっちりだな」
そこで、無口な竜胆は付け足す。
「正確には、大いなる戦いが終わっていないということだ。人間の陳腐な喧嘩と一緒にするな」
まるで、怒っているようなそのそっけない雰囲気に、僕は畏怖して少し距離を取った。彼女を狙う上界の者とは何なのだろうか。そこに、校門前にある青年が待っていた。同じクラスの鬼黄功である。
しかし、呪いをかかった今では、彼から嫌な気を感じる。勿論、棗や竜胆も同じ感覚を感じているようだ。
「やあ、君達」
無垢な笑顔が少し違和感を感じた。
「今日は何もしないさ。いずれ、またお手合わせをすることになるかもね」
軽くそう言って、手を小さく振って姿を消した。と同時に人形が校門の裏から現れる。軽く先ほど上界のことを聞いていたので、それが何であるのか検討はついた。
SNOWの人形だろうか。使者の魂が入った人形は仮初の命で僕達に襲ってきた。SNOWは敵なのか、味方なのか。何が目的でどういう存在なのだろうか。それはナイフを口から吐いた。しかし、僕のドラゴンの皮膚は簡単に弾いた。棗は思い切り両手に力を込めて波動を放った。それは壁に激突した。と同時に、竜胆は瞬歩で間合いを詰めて拳を放つ。それはばらばらに砕け散り、燃えてしまった。
2人とも相当の能力者のようであり、戦い慣れしていた。おそらく、いくつもの想像もつかない修羅場を潜り抜けてきたのだろう。
僕はヴィジョンである建物を見た。そこはアパートで、ある男性が戦っているシーンであった。すぐにそのアパートを探そうと、大学の講義が終わったらすぐに、そのアパートを探した。そのアパートは比較的大学の近くにあり、簡単に見つけることができた。
しかし、その入り口はオートロックで入れない。そこにある人物がやってきた。彼は不思議なことに、オートロックの機器に手をかざすだけで、ドアを開けてしまった。すぐにその後を追って中に入る。
すると、エントランスで振り返って彼は言った。
「何故、君はついてくるんだ?」
「ここで人が襲われるのを止める為に。貴方は一体…」
「俺は我神棗」
「それは違う。本物は大学で同じクラスで友人だ」
「そっか。そう、本当は上界の存在、冥王ラフェルの使者フェイクだ。つい最近までは、本当に自分が我神棗だと思っていたんだけどね」
「そのフェイクがここに何の用なんだ?ヴィジョンで見た強盗は君じゃないか?」
「俺のターゲットはその強盗の方だ。君が見たヴィジョンは細波覇音だ。2階のホールの側の部屋に住んでいる」
とりあえず、彼について2階に上がっていった。すでに、2階のホールにはある男性が怪物と戦っていた。
「あれはデスの下僕。使者はSNOWの人形を使っている。でも、運命と死は手を結ばない。カオスに属する者とローに属する者の定め」
すると、戦っていた青年、覇音は炎を放った。その人形は燃えて消え去った。
「炎の力?」
「彼は上界の者の力を使うジュエルを持っているからね」
フェイクがそう言うと、彼についていく。僕もすぐに後を追う。
「あの人なら、僕達が守らなくても自力で何とかなるんじゃないかな?」
「デスを見くびるな」
彼はそう言って、覇音を追った。アパートを出ると、デスの使者が4体現れる。僕達3人は構える。フェイクは冥王使者。冥王、ラフェルの力を使える。細波覇音はジュエルにより、上界の者の力を使える。僕はドラゴンゾンビの呪いにより、ドラゴンの力を使える。相手に不足はなかった。敵が襲ってこようとした時、女性の声が響いた。
「それに触っては駄目!屈んで」
振り返ると、そこには見知らぬ女性であった。彼女はナイフを取り出して手のひらを軽く切って、手を振った。血しぶきが僕と敵の間に散り、その血が光の柱を発した。
「簡易結界だ、長くは持たん。さぁ、行くぞ」
僕達は彼女についていくことにした。
3人と謎の女戦士の前にある巨大人形が立ちふさがった。
「何故、SNOWはデスに人形を提供する?他の上界の者にもだ」
棗の質問に、その女性は巨人に視線を注ぎながら言った。
「SNOWは先延ばしにしていた答えに結論を出したのだ。邪悪な人間を滅ぼし、善良な人間だけの世界にするという人類最後の審判をな」
「俺の力不足という訳か」
棗はオーバーコードの巨大なジャベリンを構えて無感情にそう囁いた。大きな人形もデスの手先だろうか。
「おい、フェイク。お前は冥王ラフェルの使者だろう?死を司るデスの手先を何とかできないのか?」
僕の質問にフェイクはうなだれてこう答える。
「そもそも、死と冥王は違う。デスは人の生から死を司る。死すべき者を死へと導くのが仕事でもある。
冥王はその死んだ人間を導くんだ」
「はい、話は終わり。今は食べすぎ君をどうにかするわよ」
女戦士は手のひらを開いて両手の指をつけ、叫んだ。
「鬼火」
すると、巨大な炎の塊が放たれた。しかし、巨大な人形は右手で払いのける。
「鎌いたち」
今度は腕を振る。真空の刃が人形に向かってとんだ。それは人形を真っ二つにしてしまった。
「狐火」
倒れた人形に小さな火をつけると、それは燃え上がった。
「さぁ、先を急ぐぞ。守護者ども」
僕達は顔を見合わせて微妙な表情をした。
僕達は守護者達の集まっていた喫茶店にたどり着いた。彼女はドアを蹴り開けると、すでに中は誰もいなかった。正子もいない。しかも、中はテーブルや椅子、カウンターが破壊されていた。
「遅かったか」
謎の女性は無傷であったスツールを拾い上げて、それに座って、肘杖をついた。
「君は誰なんだい?」
覇音はカウンターに座り、フェイクは床に座った。僕は彼女の前に立ちふさがって言う。
「私は南雲美貴。全ての上界の者の使者を撲滅させる為に、古武道と真言宗の融合である我家直伝の法術の使い手。だから、上界の者と関係しているあんたらに接近したわけ」
「で、この有様は?」
覇音が聞いた。彼女は面倒そうにすぐに答える。
「デスの使者に決まっているじゃない」
そして、タバコで一服して立ち上がった。
「じゃあ、追いかけるか」
僕は覇音とフェイクに顔を見合わせて溜息をついた。
美貴に連れられて繁華街の路地裏に入った。ビルの狭い間に、異空間が広がり妙な場所に出た。そこには老人が待っていたかのようにこちらに手招きをした。
「今日は影が騒がしいのう」
美貴が構えたので、その老人が上界の者であることが分かった。
「わしはレストウォルト。エレメントの要素を司る者だ」
「上界の者は全て敵だ」
そう言って飛び掛ろうとした美貴の動きを人差し指を向けただけで止めた。
「時間を止めた?」
フェイクが聞くと、覇音が変わりに答えた。
「いや、彼女を含めた周りの全ての時間が止まったんだ。俺達だけが時間に流されているんだ」
「で、その上界のレストウォルトさんが何の用ですか?」
「守護者と主はデスによってトラップエリアにおびき出されたのだ。君達はすぐに行かなくてはいけない」
そして、空間を操ってゆがめた。路地の奥に森が現れた。あの僕の家の近くの森である。あそこには、何かがあるのかもしれない。老人が姿を消すと、美貴が自由になった。
「彼は敵じゃない。さぁ、行こう」
覇音が美貴をなだめて森に向かって進むことにした。
森の中にある神社の社を見て、あのドラゴンゾンビの呪いを掛かったときのことを思い出していた。あのフードの男性はどうなったのだろうか。空間を移動できるということは、上界に関係しているのだろう。
「ここはどこ?」
フェイクが辺りを見回す。僕は大体の話をした。ここであったドラゴンとの戦いをも。
「死龍の呪縛だと?」
美貴が僕と距離を保った。そこに、ローブの男性が突如現れて、社の屋根に降り立った。
「また会ったな」
そして、詠唱を始めたので、召喚をしようとしていると分かり、あのネクロマンサーに向かって美貴が叫んだ。
「全員、炎系の技を放て。奴は炎系に弱いはずだ」
上界の者の使者はSNOWの人形に宿っている。そして、その人形は炎に弱いのだ。美貴が叫んだ。
「不知火!」
巨大な炎の弾が放たれた。
「ファイアショット!」
覇音は両手に強力な炎を溜めて凄まじいスピードで放つ。僕も呪いの力を使った。本能的に能力を理解できた。
「火炎弾」
すると、炎の弾が手のひらから連打された。フードの男性は詠唱をやめて、舌打ちをして避けて地面に降りた。そこに、地面に緑の炎が急に広がり、彼は苦しみながら燃え尽きてしまった。覇音は気付くと地面に手を当てていた。
「これは上界の炎で、邪悪なものしか燃やせない」
その言葉に、フェイクと僕と美貴は顔を見合わせた。
「皆と正子さんは、一体どこに?」
その質問に、フェイクが口を開いた。
「最下層だ。上界の者は下界では、肉体を持つことが出来ない。人形の中に閉じ込められていると、力を最大限に発揮できない。だから、上界に行く必要があるんだ」
「君も使者なんだろう?」
棗が軽く、無感情にそう言い放った。
「俺は人間の死体に宿っているから…」
その言葉に僕は絶句した。確かに、彼は人形には見えなかったが、生きている人間に宿る多重性格的なものだと思っていた。まさか、死んだ人間に宿っているとは。
「じゃあ、君も上界では今よりマシな訳だ」
「覚醒すれば」
そこで、美貴が苛々して話を割った。
「とにかく、目的の者達とその追っ手は上界の最下層にいるんでしょ?すぐに行くわよ」
そこで、彼女は手を地面に手を突いた。
「百々目鬼」
すると、鳥が数羽飛び立った。
「やはりね」
どうやら、彼女は千里眼に近い法術を使ったようだ。
「ここは、昔から時空の歪みがあるようだ」
そして、ある場所に向かって歩く。暗くなった森の中で彼女は叫ぶ。
「蓑火」
すると、火が周りに浮き始め、視界を確保することができた。森の奥は山肌になっている。その崖で立ち止まると振り返り、近くにあった道祖神に目をやって言った。
「山颪」
急に山から強風が風が吹きぬけて、道祖神を吹き飛ばした。そこには暗黒の時空の穴があった。
「どうして?時空の穴は、アランが消えた時に消えたはず」
覇音が独り言を言うと、棗が言った。
「あれは、アランが不安定にしていた時空の歪み。それがなくなっても、この世界にはところどころに、
こういう場所は多少はあるんだ。昔の僧侶は封印しているケースがほとんどだけどな」
僕達はその穴に入っていった。
偶然の次元の穴は入るものではないと後悔していた。覇音のおかげで上界の最下層なる場所に出ることができたが、化物だらけの森の中に出てしまった。どうも、その偶然の穴から出たかららしい。彼は昔はこの場所に出る能力があったらしいが、今は次元の穴の目的地をここに指定するくらいしかできなかったようだ。
「ここはモンスターベルトだ」
その言葉が何を意味しているのかは分かった。目の前にいるドラゴンを見てるだけでも分かるが。彼いわくリザードドラゴンでドラゴンよりはトカゲに近いらしい。何とか隠れながら森を抜けると草原が広がっていた。そこに炎の騎士が現れた。かなりの力の持ち主だということは、呪いにかかっていなくても感じられた。
「相手は炎だ。風の力を一斉射撃だ」
美貴の言葉で一斉に叫んだ。
「エアカッター」
覇音。
「鎌いたち」
美貴。
「ソニックブレス」
僕。
最後に棗が波動を放った。
炎の騎士はそのままふっとんでいった。アンクレットが地面に転がり、それを覇音が拾った。
「で、いつの間に棗が何で合流しているのだ?」
いつの間にか、我神棗が仲間の中にまぎれているのに気付く。ここに来る前からいただろうか。
でも、何故?皆が消えた秘密を聞くことにした。彼はもったいぶって、ゆっくりと話し始めた。
棗の話では、あの喫茶店が人形どもに教われたそうだ。しかし、応戦しているときに、突如人形が土くれになって崩壊してしまったそうだ。そう、SNOWが他の上界の者に人形を提供をしていたのは、実は罠だったのだ。人形に宿った者はその宿り主が消えれば、上界に帰すことになる。一気に下界の者を上に返したのだ。残ったのはSNOWとその使者だけ。そこにSNOWが現れて、彼らにある術を使ったそうだ。それが彼女が使えるものではないらしい。他のもので、彼女の味方の上界の者がいるらしい。しかも、かなりの能力で入れ知恵をしているらしい。
棗は咄嗟に姿を消したのだ。SNOWの後ろから出てきたのは、デスの使者だったらしい。何故、デスとSNOWが手を組んでいるのかは不明である。どちらかが利用しているのだろう。もしくは、お互いだろう。
そのまま、デスが時空に穴を開けて、麻痺をさせた彼らを見えない糸で引き込んだらしい。デスは自由に上界と下界を行き来できるらしい。棗はそのまま、僕達に合流しにきたとのことだった。上界にいるデスとSNOWを探す為に、この大きな世界で手がかりを見つけることになった。
「連れ去られたのは、おそらく正子に竜胆、おまけがいるかもしれんな」
棗はそう呟いて、西に向かって歩き始めた。美貴も僕も彼についていくことにした。覇音はフェイクと別行動を取ることにした。彼らは上界に詳しい。助っ人を探しに行くと言っていた。僕達3人はしばらく進んでいくと大きな湖にたどり着いた。
「この先に、おまけの気配がするんだけどな」
「おまけって?」
僕が聞くと彼は笑って言った。
「同じ救世主の細波和馬に矢戦要だ」
救世主は他にもいたのだ。しかも、彼らは互いにその気配を感じ取ることができるのだ。
「水蜘蛛」
美貴は手を水面につけた。すると、その部分だけ弾力のあるトランポリンになった。
「これで歩いていける」
無感情の美貴と軽い棗について、人間関係に不安を感じながら、弱気な僕がついていく。RPGゲームであれば、ナイスバランスのキャラだろう。しかし、この湖の果てはあるのだろうか。渡りきる自信はなかった。
湖を進んでいくと、巨大な魚が弾性のある水の中から飛び出した。僕はすぐに思い切りトランポリン状の水面を蹴って、強力になった腕力で、その魚を殴り飛ばした。しかし、魚は強力な鱗でそれを防いだ。その鋭い牙で尾で水面を蹴って僕に攻撃をした。しかし、ドラゴンの皮膚でそれを受けて牙を折った。
「龍気砲!」
両手に気を溜めて思い切り放った。多少威力には落ちるが、それなりに強力で早くチャージでき、しかも、スピードがあるこの技を放った。ドラゴンの息と呼ばれるその圧縮空気は、その魚を吹き飛ばして爆発させた。ドラゴンの息には、炎の要素が含まれているのだ。溜息をついて振り返るが、彼らは何もなかったかのように、僕を残してそのまま歩き始めた。美貴達にとっては、こんな戦いは大したことではないのだろう。
湖の上を高速移動する船を見つける。棗がこう言った。
「砂の箱舟だ」
本来は不入の大地という荒地や砂漠を走る船らしいのだが、何故か湖を走っているのだそうだ。僕としては、砂や大地を走るより、湖を走る方が船らしいように思えるのだが。それはこちらに迫り、中から大勢のリザードナイトが現れた。僕達が戦闘態勢を整えると、彼らはすぐに手を上げて話をした。どうも、彼らはデスにより故郷のカリス砂漠から追い出されたそうだ。そこで、巨大な城を構えて何かを計画しているとのこと。彼らの箱舟で、そこに向かうことにした。そこに残りの捕らわれの守護者達と正子がいるのだろう。
しばらく、凄まじいスピードで船は走り、貝のような複雑な城の前にたどり着くことができた。
そこで、彼らは僕達を下ろして消えていった。それほど恐怖を感じているのだろう。彼らは躊躇なく城に進んでいった。
覇音とフェイクのいないまま、僕達は城の門の前に行く。そこには、門番である巨大なサイクロプスが仁王立ちしていた。
「あれはリアイゴーストだ。目を見るな」
棗はそう言って、オーバーコードをジャベリンにして、飛び込んだ。すると、彼は杖にしていた棍棒を構えて、それを受けた。しかも、力負けして彼は後ろに飛んでいった。そのまま、バク転して着地すると、波動を足の裏から出して再び飛び掛る。彼はどうも敵の目を見ていないようだ。
「目を見るとどうなる?」
僕は美貴に聞いてみた。彼女はバンダナで目隠しして言った。
「ただ、操られるだけだ」
僕は目を瞑ったまま、ドラゴンスキンでガードをして彼らに任せることにした。美貴は叫ぶ。
「白夜」
すると、周りが眩い光に包まれ、リアイゴーストは1つの目を閉じた。棗はジャベリンにアストラルコードで波動をまとわせて突き刺した。巨人はそのまま体を貫かれて倒れた。そのまま、光と消えた。地面には、鎖が残っていた。棗は着地すると、それを拾ってズボンにつけた。
美貴は門を押すが、門を開けることはできなかった。内側に鍵がかかり、封印があり、門自体が凄まじい重さなのだと察した。
門の前で美貴は両手を前に出した。
「不知火!」
しかし、炎の弾は門に弾かれた。棗は波動を放つ。しかし、びくともしなかった。僕はドラゴンの呪いの怪力で思い切り門を押した。だが、封印の力には、ただの腕力は無意味であった。3人は途方に暮れていると、背後から巨大なドラゴンが現れた。
「あれは…ノガード?」
棗が言うには、あのドラゴンはドラゴンの中でも最も崇高な種族、エイシェントドラゴンの中の王であり、上界の中の最高位の四天王の1柱でもあるそうだ。その頭の上にフェイクと覇音がいる。何故、そんな崇高な存在を連れてこられたのだろうか。ノガードは炎の息を吐いた。門は簡単に消滅してしまった。頼もしい仲間が増えたようだ。僕達は中に入っていった。氷の庭を歩いて奇妙な城に向かって歩いていった。
そこで、驚いたことに竜胆が氷のナイトの彫刻にもたれていた。腕を組んでバンダナで白亜の髪を隠している。サングラスの奥の三白眼はこちらに向けられている。
「どうして、ここに?」
美貴がそう言うと、彼は言葉少なげにバリトンを響かせた。
「あまりにお前らが遅いんで、先に出てきた」
その後ろから正子と要が現れる。細波和馬が最後にやってきた。
「この人達、全員が救世主?」
僕が聞くと棗は首を横に振った。
「俺と和馬と要が救世主だ。その上の存在が覇音だ」
奥から多くのデスの使者が現れる。僕は力を発揮した。皮膚は固くなり、牙や爪が伸びて強力な力が湧き始める。しかし、ノガードが炎で1吹きして一掃してしまった。流石、上界で最高位の存在である。
ボスのデスと協力者のSNOWのいるであろう城の中に全員で向かった。こんなに心強い味方を大勢つけながら。エントランスから大きな通路を通り、巨大なホールに入った。そこには、大鎌を杖にして窓を眺めるデスがいた。
「お前達には負けたよ。手を出しても叶わんしな」
デスであろうとも、ノガードには手も足も出ないだろう。他の者もまだ、僕の知らない凄い能力を持っているかもしれない。ところが、そこにSNOWが現れて、しかも人間の女性を連れてきた。いつも、笑顔でおどけている棗の表情が一変する。
「美月…」
棗の知り合いらしい。
「そうか、人間に見限ったら、お前が掛けた美月の呪いを発動させる。そういうことなんだな」
棗の言葉にSNOWは憂いながらゆっくりと頷く。
「本当はこんなことしたくなかった。でも、変わらないじゃない。貴方の言葉は所詮、理想論」
「上界の者には、人間の心が分からないんだよ」
まるで、ゾンビのような美月は魔法のような力を高めていった。僕達は彼女を敵として対峙することができなかった。
「解呪をすればいい。SNOWの呪いを浄化すれば、美月は元に戻る。しかし、俺にはその力もないし、あっても、そこまでのキャパもない」
棗がそう言って、振り返りざまに波動を覇音に放った。彼の仲間への攻撃に僕は唖然として立ち尽くした。倒れて気絶した覇音は、すぐに立ち上がる。顔つきが神聖なものに変わっている。
「随分、手荒な召喚だな」
声も別人のそれで、すでに覇音ではなかった。
「覇音の体に入っているお前を呼び出すには、覇音の魂が邪魔なんだよ、小龍子」
僕は訳が分からなかった。ノガード以外は誰も理解していないようだが、大した問題じゃないように振舞っている。上界に精通している者は、下界での常軌を逸したことでも、それは小石が転がったようなものなのかもしれない。
すると、覇音のしていた指輪が光り、天使のような姿になった。金の髪に角が1本生え、白い衣をまとい、サンダルを履いて、羽根が背中に生えた。
最後に光の槍を構えた。すぐに、もう1段変化した。羽根が4枚になり、サンダルがブーツになり、白銀の帯の白い衣になる。髪が伸び、背が伸びた。少年から青年になった感じだ。
「龍気翔にも変化したか」
ノガードが懐かしそうに呟く。
「呪いを浄化するには、法のSNOWと同じ法の力、それもSNOWよりもはるかに強力な力が必要なのだ。
それに彼は変化しようとしていたのだ」
SNOWは焦りの表情を見せていた。
美月に向かって美貴が両手をかざす。
「神隠し」
すると、彼女はSNOWの側から突如姿を消した。気付くと、竜胆が羽交い絞めにしている。龍気翔はさらに変化を始めて最終的にドラゴンと人間の混じったような存在になった。ドラゴンゾンビの呪いを掛かっている僕には他人とは思えない。彼は冷たい視線を美月に向けて、浄化の光を注いだ。
すると、呪いはすぐに消えて、美月は苦しんで口からガラス球を吐き出した。それを握り締めて粉々にすると、瞬時にSNOWの前に移動した。
「で、言い残すことは?」
彼女は強がりを見せながら言う。
「私を消すと、運命の糸は下界から消えて、秩序が乱れるわよ」
「そんなことはせん」
彼はSNOWを光の三角錐で包んだ。
「その結界の中にいれば、CODEを下界に発動しながらも、悪さはできん。しかも、エターナルバリアだから、我しか外せん」
彼女はそのまま、座り込んでしまった。デスは怯えて距離を取るが、同じ結界で包んだ。
「これで、全てが終わったな」
ノガードが静かに呟いた。覇音は元の姿に戻り、気絶してしまった。もう1人の人格が引っ込んだといった感じである。
「終わったな」
竜胆はガラスのクロスを床に置いてそう呟いた。全員は城を出てみると、ガラスの庭は溶けて石の庭になっていた。そこを出ると、空間がゆがんで僕達は別の時空に飛ばされてしまった。棗は咄嗟に最大限の力を発揮して、暗黒の空間に移動させた。
「罠だ。あの城はデスのテリトリに指定されていたんだ。そこを出ると、別の次元に飛ばされるようにトラップがかけられていたんだ」
フェイクが小さい声でそう言った。
「そこで、俺は救世主特有の自分の空間に全員を一時非難させた。ただ、俺ができるのはここから飛ばされた別次元に出るか、ランダムの次元の穴を開けて飛び込むか、だな。その場合、下手したら次元の狭間を永遠に漂うことになるかもな」
全員が覇音を見た。彼なら元の次元に戻れるかもしれない。ところが、棗も徐々に力をなくして暗黒空間が狭まっている。覇音は変化をしたこともあり、力は使い果たしているし、気絶をし続けている。万事休す。
「一か八か。行くか」
棗は皆を見回す。全員は頷いた。暗黒空間に次元の隙間を作った。ここを通るとどの次元に出るか分からない。次元の狭間に閉じ込められるかもしれない。でも、このまま敵のトラップにはまり、おそらく地獄のような次元に飛ばされるよりマシだろう。その隙間の中に意を決して、全員はノガードに飛び乗って中に入っていった。
気付くと、荒地のど真ん中にいた。その先には砂漠が広がっている。
「ここは?」
僕が訪ねると、竜胆はぼそっと囁いた。
「いわゆる、パラレルワールドだな」
「上界と同じランクの、トートマ・ミムトだな」
フェイクが次にそう言った。
「ここは上界まではいかないが、魔法のような特殊な能力を持つ者が存在する、下界の中世のヨーロッパのような世界だよ」
「ロールプレイングのサーガの世界、か」
僕はそう呟いて、しゃがみこんだ。元の世界に戻る方法はあるのだろうか。流石に、ノガードでも、その能力はないだろう。棗はランダムな次元しか超えることができない。フェイクも使者であるのだし、そこまでの能力はない。竜胆は人間に特殊な能力があるだけであろうから、無理だろう。他の救世主も棗と同様だろう。覇音も道具で上界の者の力を得られるのだろうけど、ここでは、上界の者を召喚できないし、やりとりができないだろうから、今はただの人間だろう。
「この世界で、元の世界に戻る術を探すしかないな」
和馬がそう言い放った。とりあえず、情報集めのためにこの何もない土地から脱出することにした。西に向かって歩き始める。そこで、ノガードが叫んだ。
「ここは…、そうか。ここにいたことがある。ここは不入の大地と呼ばれるところだ」
「召喚されたことがあるのか。上界の不入の大地と同じ名前だな」
と、要。
「きっと、関連性があるのかもしれん。この先に大きな王国がある。まずは、そこに行こう」
偶然にも、何とかノガードのおかげで何とかなりそうだった。
荒地を突き進む。過酷な道のりであるが、僕と覇音以外はまるで、ショッピングモールを通り過ぎるように足早に進んでいく。覇音は棗から指輪を受け取ると、鎖をそれから放って先にある何かに引っ掛けて、
それに引っ張られるように先に滑っていった。救世主達はアストラルコードで体を波動で移動させていく。
ノガードは飛び立っていった。竜胆はCODEの力で足を動かさずに移動していった。僕だけが砂に足を取られて人間の力で歩いている。そこで、気付いた。呪いの力がある。僕は思い切り、血に流れるドラゴンの気を発揮した。蹴る1歩1歩は凄まじい力で地面がえぐれるほどの力で、猛スピードで進むことができた。
何とか、皆についていくことができた。不入の大地を1日掛けて何とか超えることができた。目の前に現れたのは、城壁で囲まれた巨大な王国であった。1つの大きな国が丸々城壁に囲まれているのだ。その中から、不思議な雰囲気が流れてきた。門を2時間で見つけると、すぐに駆けつけた。中に入れるように、美貴は交渉するが中に入れなかった。そこで、ノガードに交渉させた。すると、この王国にいたノガードを知っている門番は、畏怖とともに中に導いた。
僕達は、巨大な古代王国、ロ・エト王国に入ることになった。
王国の道を少し進み南に向かうと、大きな木をくりぬいた家があった。
「おい、ウッディ!」
ノガードが叫ぶが誰も出てこない。
「この世界で最も偉大なる魔道師、ウッディ・フォロウよ。姿を現せ」
すると、人間大のフクロウが頭を掻きながら玄関から現れる。
「なんじゃ、こんな朝早くに」
僕達はその姿にのけぞると、彼は笑って言う。
「以前に魔法を失敗してこの姿。以降、気に入ってこの姿のままにいるのじゃよ」
「そんなことはいい。我らをここに来る前にいた次元に戻して欲しい」
すると、ノガードの言葉にウッディは首を横に振った。
「いくらわしでも、自由に物や人を目的の次元に飛ばすことは叶わぬ。ただし、遥か北西の小さな島、ウィズにならそれができる者がいるかもしれん。何しろ、あれはこの世界で唯一の魔法使いのいる魔法王国だ」
「ここにいる者も魔法を使うではないか」
「こことは、ウィズは違う。さぁ、旅立つのだ。途中までなら、空間を飛ばしてやろう」
羽根を大きく振り上げて、2分間の意味不明な呪文を唱えて、振り下ろした。僕達は光に包まれて飛ばされた。その時、微かに巨大なフクロウの言葉が聞こえた気がした。
「あ、また失敗してしもうた」
僕達は気付くと山に囲まれた小さな谷にいた。山に囲まれたその場所の1箇所に穴があいていた。まるで、誰かが何か強大な力で穴を開けたような感じである。
「エルスだ。彼がこの穴を開けてここに入ったんだ」
僕達はノガードの言葉に面食らった。
「エルス・マーサ。彼はこの世界に魔法があることを知らしめた、最初の剣士だ」
「そんなことはいい。この穴を通ればいいのか?」
和馬が苛々しながら、言葉を放った。
「そうだ。北に出る。その先の是正された国の海の彼方に小さな島がある」
「それがウィズか」
要が割って入った。
「とりあえず、先を急ごう」
連山のトンネルの穴を通っていく。その長さに驚かされた。人の力であけたとは信じられなかった。先には、自然豊かな王国が広がり、羊や馬が走っている。ノガードが首を背中に向ける。全員に乗れという意味であった。彼の大きさであれば、充分全員を乗せられるだろう。全員を乗せると、大きな翼を羽ばたかせて大空を飛んだ。小さな大国の先には岬があり、そこに皇女が空を仰いでこちらを見上げていた。
海の上をそのまま、飛び続けた。果てしない先にある小さな島を目指して。
海を越えるとやがて小さい島がぽつんと見える。その先には、蜃気楼で新大陸が見える。ノガードの話では、南の大陸の世界の人間はこの大海原を超える手段がない為に、あの大陸のことは知らないそうだ。ノガードもいったことはないとのこと。ウィズの人間は、この島から出ることは規律で許されていないのだ。
だから、ウィズの人間も知らない。魔法で知りえることもできるが、結界が張られているようで、それも叶わなかった。ウィズに降りようとしたが、ノガードは凄まじいブレスを吐いた。
「結界か。外界の人間を拒む性質のようだな」
すぐに、3人の魔道師が現れる。交渉にはノガードが適任だった。話し合いの結果、その3人の監視の中であれば入島が許可された。最初は森の中の中心にある奇妙な建物に連れてこられた。そこで、次元を超えるための偉大なる人物に会うことになった。彼は256歳の老人であった。
その老人はこう言った。
「お主らの願いは、この最も崇高な魔道師であるバリエス・エンドレスの手にも余るものだ。ただし、不可能ではない。次元を超えるには、召喚の術と力が必要。お主の次元の『上界』なるものには、行くのは困難だが、下界の方ならそうでもない。この世界に何人か、その世界から来ているしな」
「下界に行くのは、問題ではない。やってくれ」
竜胆のサングラスの奥の金の瞳に、老人は3歩下がった。
「お前は…。まぁ、いいだろう」
魔方陣を書いて呪具を置いていく。その中に僕達は入る。長い呪文が老人の口から流れ始めた。ずっと、それを待つ。しばらくすると、魔方陣がオレンジの光を放ち、僕らを包んで光の柱を立てた。そのまま、オレンジの光のトンネルを上がっていく。まるで、強烈なGに潰されそうな感覚が襲い、気付くと気絶していた。眼を開けて立ち上がると、あの僕の家の近くの森の神社の境内であった。しかも、目の前に上界の者と思われる強力そうな魔道師が立っていた。少なくても、味方ではないことは見て分かった。
「さぁ、これからどうする?」
美貴が僕達に聞いた。
「あの2柱を上界の最下層に封印したし、美月も正子も助けたしいいんじゃない?」
棗の軽い言葉に全員は顔を見合わせて鼻で笑った。
僕は全員と別れを告げて家に帰ってきた。1日しかたっていないのに、1ヶ月以上もたっている感じがした。帰ったら、疲れのためにどっぷり眠ってしまった。それから、どのくらいたっただろうか。
突然、体を揺り動かされた。起きると、美貴と棗、覇音と竜胆がいた。
「ちょっと、気になることがあるの」
「他の人達は?」
「正確には、守護者は俺達なんだよ。能力があるから、要達も連れて来ていたがな」
と、棗。いつになく、おどける様子も見せないで真剣だ。
「まさか、あいつらが封印から抜け出したの?」
「ノガードを帰したついでにあの封印の城に行ったんだが、消滅していた」
無口の竜胆がそう言った。
「とりあえず、正子んとこに行こう」
棗がそう言った。時計に視線をやると、針は3時。とにかく、彼らについていくことにした。
正子はこの夜中にも関わらず、アパートにいなかった。携帯電話にもでない。不安になった僕達は、互いに顔を見合わせた。そのとき、ヴィジョンが見えた。
「分かった!」
僕の思わずの叫びに棗が飛びついた。
「ヴィジョンの能力か。見たのか?」
頷いて、詳細を伝える。
「大きなビルの屋上。近くに公園があって、立体駐車場があった」
「もっと、分かるように言え」
竜胆が無感情に言う。彼にもヴィジョンの能力があるはずなのに、少し、憤慨したが気にしないことにした。子供達の声がしたから、多分、小学校がある。でも、遠いかな。
そのビルのある敷地は荒廃していて、破損した木造の建物と池があった。
…学校?でも、ちょっと様子が変。そこで、覇音が叫んだ。
「A高校だ。最近、立て続けに死亡事故が起きて廃校になったんだ。その新校舎の屋上だ。急げ」
僕達はすぐに、そのA高校跡に向かった。
A高校の屋上に駆けつける。校門は鎖で封鎖されているので、柵を飛び越えて僕は校舎に一気に瞬歩で近付き、呪いの強靭な跳躍力で屋上まで跳んだ。竜胆は手を地に当てて、波動を放って屋上まで跳んだ。棗は学校の壁の凹凸を蹴って上がっていった。覇音は光の羽根を発して飛んでいった。美貴は叫んだ。
「鬼車!」
すると、羽根を発生させて屋上に上がった。僕達が屋上に来たら、正子は妙な魔方陣の中にいた。
「どうして?」
美貴がそう問いかけると、悪魔のような存在が現れて、屋上のフェンスの上に座ると口を開いた。
「以外に早かったね。上界の者の気でも辿ってきたのか?でも、気配は消していたしな」
彼はそう言うと、指を鳴らした。すると、巨大なゴーレムが現れた。金属製でロボット漫画のそれのような感じであった。
「ここは僕に任せて」
僕が立ちふさがると、他の人達は正子を助けに行く。しかし、一人一人に敵が現れた。美貴には、風船の狼。竜胆には、悪魔の人形。棗には、道化師の人形。そして、覇音にはローブの男性。戦いが始まった。
僕は強力な敵を前にして、またヴィジョンを見た。自分のドラゴンの力の全て。このドラゴンの能力、ブレスや肉体強化を使うのは第1段階。第2段階に進むことで、さらに強い力を手に出来るのだ。まるで、ロボットのような鉄のゴーレムを目の前に、僕は右手に力を入れる。すると、赤く変化して血管が浮き爪が伸びて皮膚が固くなった。レッドドラゴンの手に変化したのだ。それを使って、ゴーレムを切り裂いた。ゴーレムは右手を切り取られただけで、間一髪後ろに飛びのいた。
「変化するのは右手だけじゃない」
さらに力を込める。右手から右腕、左手、上半身下半身。髪が緑になり伸びて、瞳は赤色。角が2本耳の近くから伸びて、臀部に尻尾が生えた。最後に服を破り羽根が背から広がった。
ドラゴン人間になっているのには、体力と精神力がいる。強力な能力だけに維持に掛ける時間はかけられない。短期間、決戦にかけた。隣を見ると、覇音も天使のような姿になっていた。龍気翔という前世の姿だそうだ。すると、フェンスの上の悪魔はわざと驚いたふりをして言った。
「へぇ、ドラゴン人間に天使に変身するとはねぇ」
僕は彼を睨みつけた。羽根を羽ばたかせて高く上がると、ゴーレムの攻撃が届かないことを確認して、
鋭い牙をむき出しにしてファイアブレスを吐いた。金属のゴーレムはどろどろに溶けてしまった。
そして、悪魔のような少年のところに飛んでいった。彼はさっと僕の攻撃を避けて背後に飛びのいた。
次の瞬間には、人間の姿になっていた。彼は何者なのだろか。美貴に視線を移した。ちょうど、鎌いたちで風船の狼を切り裂き爆発させていた。少し彼女自身もダメージを受けたが、大したことはないだろう。竜胆はすでに戦いを終えていて、悪魔の人形は見るも無残な姿になっていた。かなりの力を持っているようだ。覇音は気付くと棗と道化師の人形と戦っていた。あの覇音でさえ苦戦している。
美貴や竜胆は手を出さずに高みの見物をしている。元の姿に戻り、僕も傍観者になることにした。ここで負けるような彼らでは、正子を守れない。それに最大の危機の場合は、竜胆達と総動員で助けるつもりだ。
棗は何故か道化師の人形との戦いに躊躇しているように見えた。まるで、かつて戦ったことのあり、因縁のあるような。
「クラウンか?」
棗が初めて敵に言葉を掛けた。すると、人形はその問いに返す。
「ああ。久しぶりだな」
「どうやって、この次元に帰ってきた?」
「エターナルコードって分かるか」
「なるほど。どっかの馬鹿がお前を飛ばしたのか」
「その時に、SNOWの目的地指定でここに舞い戻った」
覇音はさらに変化をして最終的に僕と同じような姿になった。そう、上界の四天王の1柱。彼は強烈な炎を放った。クラウンはすぐに高く飛び上がって、それを避けた。
「法召喚」
すると、高く飛んでいた覇音は四天王の1柱で上界の両極の1つ、法を召喚したのだ。彼は大きな声で叫んだ。
「ファイナルショット!」
彼は最大限に力を高めて、それを一気に体中から照射した。法の最大の技である。白い煙のような光が彼を中心に広がり始める。味方には、それは害をなさなかったが、クラウンは苦しみ出して、人形の肉体を失って消えた。悪魔の少年は流石に危機を感じて姿を消した。敵を撃退した覇音は人間の姿にもどり、屋上に落ちて気を失った。あの謎の少年は逃したが、何とか一段落した。
「あの悪魔は何だ?デスとSNOWはどうなったんだ?」
誰も答えられない質問を竜胆が言い放った。そこで、覇音が言った。
「あの悪魔が全ての元凶じゃないかな。で、デスとSNOWは操られているというか、うまく動かされているんだと思う。自分達は自分の意思で動いているようで、あの悪魔の手のひらで踊らされているんだと」
「じゃあ、とにかくあいつを倒せば」
僕が言うと、美貴がふと疑問を呟く。
「正子は何を意味している?どうして、あれは狙う?」
すると、今度は竜胆の質問に美貴が推測を言った。
「彼女はエターナルコードなんじゃないかな?」
エターナルコード。救世主よりも強力な存在。人間でありながら、上界の者と同等の神格を持つ存在。
可能性はある。だが、棗は首を横に振った。彼はSNOWCODEの血を感知できるようだ。とにかく、竜胆が彼女のボディガードになることで解散した。
それから、平凡な日が続いた。大学で講義を受けるが、すでについていけなくなっていた。構造計算は特に難しい。高校と大学の勉強は、かなりの溝があるようにレベルが違う。しかも、試験が始まってしまった。過去問題、ノートの入手、コピーが生徒間で戦争のように起こる。コピー機の並ぶ場所で、人が列をなしていた。だが、僕はすでにヴィジョンで試験の内容を知っていた。特殊能力は時に、かなりの役に立つ場合がある。試験は成績はオールSだったので、後に教授に疑われて呼ばれることになるのだが。試験が終わってほっとしているところで、棗が接触してきた。
「試験は大変だったな。ヴィジョンなんて能力もいいのか悪いのか」
「で、あれから変化は?」
「竜胆が部下に正子の警護を任せているけど、何も変化はないようだぜ」
「部下?」
「竜胆は人間でありながら、上界の運命を司る者の能力、CODEが使えてな。同じくCODEを使える奴を集めてCODEというそのまんまの名前の組織の頭なんだよ。元々は、奴の父親が作ったんだけどな」
「CODE?彼のお父さんも能力を」
「ジンもCODEだけじゃなく、ヴィジョンの能力を持っていたんだ。お前の爺さんと同じようにな」
僕は感慨深いものがあって、少し考え込んでしまった。
「まぁ、何かあったら、すぐに知らせるさ。ドラゴンの能力は有効だからな」
そう言って、彼は去っていった。僕はこの呪いが嫌いなので、皮肉に聞こえた。呪いを解くことができるのだろうか。
突然、大学の体育で校庭で地割れが起こった。すぐに、棗が3号館から棗が飛んできた。覇音もすぐに駆けつける。体育は副担任が担当していたが、彼は生徒を非難させて体育館に逃げ込んだ。霧井鈴がやってきて叫んだ。
「グランドクラック!」
すると、彼女がしていた鳥の形の指輪から、巨大な振動波が放たれた。地割れから大きなトカゲが飛び出した。
「SNOWの土人形に宿った上界のリザードだ」
棗が呟いた。土属性ということは、最下層の下級な存在である。簡単に勝てる相手だと思った。ところが、またあの悪魔のような少年が現れた。覇音の最大の能力から逃れるほどの存在だ。僕達は息を飲んだ。
悪魔の少年は指を鳴らす。すると、リザードが突然変化を始めた。感覚だけで分かるが、強力な力を得たことを空気から漂ってきた。それは視線を向ける。僕は急に怒りがこみ上げてきた。
どうも感情を高ぶらせる効力を持っているらしい。しかし、怒れば怒るほど能力が発揮できなくなった。
鈴も棗もどうようである。能力が使えなければ、僕達に勝ち目はない。気付くと覇音も憤りを感じているようであるが、頭に血が上り過ぎて我を忘れたようである。すると、彼の様子が急に変わった。周りの雰囲気がピリピリし始めて、すぐに天使の姿に変化した。
「馬鹿なことをしたな。人間の魂を高ぶらせ過ぎて、人間の我は、上界の魂の我にこの体を明け渡したんだ」
彼はどうも人間と上界の2つの魂を持っているようだ。彼はすぐに光の剣を出して、刹那、低空飛行をしてリザードを真っ二つにした。悪魔はそれを見て、すぐに姿を消してしまった。元に戻った彼は、そのまま校庭に倒れてしまった。
徐々に悪魔の少年の動きが活発になっていった。SNOWとデスはおそらく、まだ上界にいるのだろう。悪魔の少年に捕らわれているのか、利用されているのか、味方なのかは不明だけど。街中で大学の友達と街中で遊んでいると、急に停電が起こり、巨大な岩の化物が現れた。あの悪魔の少年は物質を別の形に形成することができるらしい。召喚の能力もあれば、SNOWの能力も存在も彼には必要はないだろう。
すぐに友人達を非難させて僕はドラゴンの力を発揮した。レベル1で、姿は人間のままで。しかし、それでは力は有効に発揮できなかった。高く跳んで思い切り拳を叩き込んだが、岩の化物はびくともしなかった。すぐにレベル2のドラゴン人間の姿に変化して、翼を羽ばたかせて上空からファイアブレスを放った。
それでも、焼け石に水であった。足を捕まれて、地面に叩き落とされた。
普通の体であれば、完全に原型を留めていなかっただろう。この姿でも、叶わないということなのだろうか。そこで、次のレベルに変化することにした。体力と精神が耐えられるか不安であるが。思い切り気を発散させて、一気に精神を集中させた。本物のドラゴンへと変身した。しかし、僕は未熟なために我を忘れてしまった。自分の咆哮だけが辺りにこだましていた。
ドラゴンになった僕は、町でも敵でもかまわず、大暴れを始めそうになったが、岩の化物が捕まえてくれたので、町を壊すことはなかった。そこで、ある声が聞こえた。
『意識を保って。貴方は呪いの力に飲まれるようなやわな精神の持ち主じゃないはずよ』
頭の中に声が響いた。上界の高貴な存在の男性のような感じであった。そこで、意識が戻って力が湧き始めた。きっと彼が厭世縫鴎という存在だろう。僕はエイシェントドラゴンのようになった。すぐに高温のフレアを放った。岩は徐々に解け始めていった。流石、レベル3のドラゴンの能力である。
しかし、この姿でこの能力は今の僕では1分ももたなかった。意識が戻って30秒、岩の化物が半分溶けてすぐに意識を失った。気付くと人間の姿に戻っていて、あの守護者の集まる店にいた。
ソファに寝かせられていて、側に棗がいた。
「よくやったな。だが、今のお前にはあの呪いの能力は早すぎた。しばらくは使うな」
いつもおどけている彼が真剣な表情なので、深刻な話であることが分かった。
「でも、敵の強さがかなり上がってきているな。悪魔の正体も気になるし」
僕は思考が鈍くなっていて、また眠りについた。
眼が冷めると、竜胆がいた。遠くのボックス席で指を額に当てて、まるで精神のアンテナを立てて何かを感知しようとしているようであった。
「起きたんだろう。もっと、能力を使えるように修行しておけ。あいつとの戦いは今までのように簡単にいかんぞ」
「あれは何なんですか?」
彼はサングラスを取って金色の瞳で言った。
「おそらく、上界の者ではなく、別の世界の存在。それも、上界と同レベルか、それ以上の次元の存在。
簡単に次元の行き来ができるし、体をこの下界でも持つことができる存在。かなり、厄介なことになるだろう。上界の四天王が束になっても、難しいだろうな」
「四天王の力を合わせて、しかも、僕の力や竜胆さん達の力を合わせれば」
すると、鋭い視線を向けられた。
「俺や救世主でも意味がない。上界の他の者でさえ、無意味だろう。軽くあしらわれて終わりだ。精々、ここに下ろす化物を倒すので精一杯だな」
「じゃあ、僕が修行して強くなっても…」
「お前はドラゴンゾンビの呪いに、救世主の血を持っている」
「救世主の力は、呪いを受けたときになくなったよ」
「いいや、能力を出しにくくなっているだけだ。エイシェントドラゴンに変化できただろう。あの姿である程度、時間を保てれば救世主の力を発揮できるだろう。そうすれば、上界の者、それも四天王の力まではいかないまでも、それに匹敵する力を得るだろう」
「ヴィジョンで見たのか?」
「いいや、勘だ」
僕は修行をすることにした。すぐに店を後にした。時間は13時40分を過ぎている。棗は講義の最中だろう。3号館のロビーのベンチで待っていると、やっと、彼がやってきた。
「どうした、大丈夫か?」
「僕に修行をさせてくれ」
すると、棗はうむと唸って一緒にいた鈴を見た。彼女は鳥の指輪を見て言った。
「私の鳥と修行すればいい。彼女だけの空間を作れるし、そこでは彼女の好きなように次元要素を操作することができるしね」
「つまり、その上界の者は、自分の空間を作れて、どこでは、時間も空間も思いのままか。漫画のような話だな。時間のない部屋で修行なんて」
でも、それしかないと思ったので、外に出ると、鈴の指輪で空間の穴を作ってもらい、そこに入った。
中には大きな鳥のような上界の者がいた。大きな鳥はバリトンの声で言う。
「この世界では、外の世界の1日がここでは1ヶ月だ」
「僕は何をすればいい?」
「簡単だ。変化して、とにかく技を繰り出せ」
そして、場面が岩場に変化した。まずは、化物のキメラが現れた。
「まずは、そいつを倒せ」
彼はそう言って飛び立ってしまった。僕は右手を変化させて、攻撃を始める。長くなる戦いで、体力と精神力を保つ必要があったのだ。それはライオンと鳥の羽根と蛇の尻尾を持っているので、空に逃げる。
しかし、高く跳んでキメラの羽根を狙った。そこにライオンの腕が襲い掛かる。左手を硬化させて防御する。力はドラゴンの怪力があるので、落とされることはなかった。両腕だけ変化させるだけで、倒すことができるか不安になってきた。今度はキメラが突っ込んできて、牙をむいてきた。
地上に戻って、岩の陰に隠れて態勢を整えることにした。キメラは岩を砕いて、襲ってきた。無意識に僕は腕を前に出した。すると、強烈な炎が発生してキメラを燃やした。地面に転げ回って、そのまま動かなくなってしまった。
次に岩が周りにそびえ立った。10mの岩に閉じ込められた僕は、地面を蹴って岩の上に行こうとしたが、岩は天をも隠してしまった。つまり、岩でできたドームである。飛び上がった勢いもついているし、
天井を思い切り蹴ったが、びくともしなかった。地面に着地すると、岩に腕を変化させて思いきり拳をふるった。少し岩がへこんだだけだった。そこで、あの鳥の声がした。
「ここを1時間で脱出しないと空気がなくなり死んでしまうぞ」
僕はドラゴンの気を手に溜めて一気に放った。
「龍気砲!」
勢いよくエネルギー波が放たれる。それでも小爆発で5cmしか岩は崩れなかった。僕はここから出る自信はなかった。まさか、龍に変化するしかないのだろうか。理性をなくして脱出できても、その後、元の精神に戻れなければ、という危機感が襲った。僕はドラゴンの姿に変化した。意を決して変化したのだが、
やはり、我を忘れてしまった。暴れるが、岩のドームはパラパラとしか破壊できていなかった。一点集中でないと、このドームは破壊できないのだろう。
「わー!」
僕は思い切り咆哮をして、何とか意識を取り戻した。エイシェントドラゴンに変化した僕は、思い切り波動のブレスを一点に集中して吐いた。徐々に削り始めるが、この姿では長くいられない。1mくらい削って、体力がなくなり元に戻った。そこで、考えた。僕は元々、救世主であった。それが呪いで封印されてしまった。つまり、呪いの力に勝つほどの力を発揮すれば、救世主の力も発揮できるはず。それを呪いの力と一緒に使えたら、かなりの力を発揮できるだろう。
まずは、救世主の力、アストラルコードを出せるようになろうと思った。呪いの力に打ち勝つほどのアストラルコード。自分に出せるのか自信はなかったが、ここにいられる時間もほとんどない。とにかく、アストラルコードを高めて、波動を放つ練習を始めた。
思い切り集中して力を高めた。アストラルコードが突然、封印が溶けて膨大な気が体の底から湧き始める。と同時に、エイシェントドラゴンの姿が光に包まれて、人間のような姿になった。髪が金色で2本の角がこめかみに小さく伸びる。翼はドラゴンのときのまま。白い光が体をまとっていた。
ドラゴンと救世主の融合能力を使えるようになる。しかも、今までと違い、力が無限に湧き上がる。
「龍撃波!」
エネルギー波は岩をどんどん崩壊し始める。10秒で5mのペースで前に進み、1km進んだところで岩のドームから脱出することができた。未だ、現在の姿を保つことができる。精神、感覚のバランスを保っているのが大変だけど。
次の試練を待った。
「今度はその姿で瞑想。1時間以上は保ってもたう」
例のバリトンの声がそう響いた。何もしないで、この姿でいることはきついので、ドームの残りの岩を破壊し始めた。
ドームを全て破壊する頃には、かなり能力に慣れ始めていた。この姿になるのは、かなり難しいけど、1回この状態に陥ると、逆に簡単に強力な力を無尽蔵に生み出す。とにかく、ドーム壊しに集中することで、
この状態を保つことができた。1時間は簡単に過ぎていった。
「なかなかやるではないか。しかし、次はそうはいかん」
不気味な森が地面から生えて、気付くと森の中にいた。そこに5匹のドラゴンが現れる。今の僕には、それもトカゲのように見えた。
「火炎弾!」
強烈な火炎の弾を連射した。それらは簡単に避けて飛び立つ。木々に火がついて、火の森の中にいる。羽根を思い切り羽ばたかせ、強風にて火を消そうとしたが、益々広がっていった。仕方なく、空に飛び立った。5匹のドラゴンが僕の3方上下を囲んだ。
ドラゴンに囲まれたが、僕には負ける気がしなかった。ドラゴンのブレスの力と救世主のアストラルコードの力を合わせて、思い切り体から気を発して口から光のブレスを放った。前にいたドラゴンは背を向けたが光の粉となって消えた。上下左右後方のドラゴンは一斉に炎を放つ。前にいたドラゴンの空間から脱出して振り返る。後方のドラゴンは空を燃やし、上下のドラゴンはお互いを焼き尽くした。焦げながら森に落ちていく。
残る2匹は鋭い爪と牙を見せて襲ってくる。今度は両手を前に出した。
「ソニックブレス」
超音波のブレスは2匹のドラゴンの平行感覚を失わせた。普通に飛ぶことができなくなり、変な姿で斜めに飛びながら落ちていった。
「流石にその姿は安定するようだな。それでは、次の試練だ」
今度はもう1人の僕の姿があった。本当にあの鳥の上界の者は、この彼の世界を自由に操作できるようだ。自分に僕が勝てるのだろうか。そもそも、勝負が課題なのだろうか。
自分との戦いを迷っていると、向こうから攻撃を始めた。応戦するしかなかった。光の波動が飛んできたので、それを跳ね返したが避けられる。突っ込んできて、それを腕で防ぎ踵落としで地面に叩きつける。もし、本当に自分そっくりであれば、同じ行動、思考もありえる。
頭の中を空っぽにして、適当に行動をする。格闘を始めるが、互角の戦いになった。思考を止めているのに、やはり、向こうも推測できるようで、なかなか、決着がつかない。これでは埒が明かない。2時間は戦っただろうか。2人ともぼろぼろで、息がかなり上がっていた。
鳥の上界のものは、一体何を考えているのだろうか。自分に勝てるはずはない。でも、あくまでも、向こうは偽者。完全にコピーできないはず。さっと、地面に降りて逃げると影で思い切り力を貯めた。アストラルコードに力をさらに高める。ドラゴンゾンビの呪いとの均衡が崩れるか不安だったが、現在の状態なら、安定しているので何とかなると思った。
一気に手にエネルギーを高めた。すると、救世主の力の中で最高の能力、自分の次元の創造を行う。上界の者が作った次元の中で、僕の次元を作ったのだ。ここでは、鳥の力も及ばない。もう1人の自分は急に姿を保てなくなり、さっと消えてしまった。元の次元に戻ると、バリトンの声が響いた。
「流石だな。そういう手もあったのか。それでは、少し休憩をやろう」
急に辺りが草原になった。すぐに横になって僕は眠った。
休んでいると、周りが騒がしくなり目を覚ました。辺りが崖の上になっていた。崖の先には墓場になっている。そこからゾンビが這い出しているのだ。崖の底からも這い上がってくる。
「これが次の試練か?」
しかし、鳥の声はしなかった。どうも様子がおかしい。空気が妙な感じがした。まさか、彼の次元が何者かに侵食されたのかもしれない。しかし、僕を狙う意味は?ゾンビ1匹ずつは、そんなに攻撃力はないようである。しかし、あの鳥の上界の者の世界を侵食して操作してしまう相手は、なかなか侮れないだろう。
すぐに精神を集中しようとした。しかし、ゾンビが近付いてくる今、そんなに冷静になれなかった。あの最上級の姿には、1回なってしまえば楽だが、なるまでがかなり困難なのだ。
とりあえず、レベル2に変化した。ドラゴン人間に変化して、炎のブレスでゾンビを焼き尽くした。しかし、崖の下から無尽蔵に現れる。空高く飛んで、強烈な炎を放った。崖の上の全てが一瞬で燃え尽きた。
それでも、ゾンビが現れ続けた。僕は思い切り息を吸って、力を両手に溜めた。そして、叫び声とともに崖に向かって技を放った。
「フレアブレス!」
凄まじい炎が崖ごと飲み込んで破壊した。すると、その下からフードをかぶった者が現れた。明らかにネクロマンサーである。すぐに彼に勝てないと肌で感じ取ると、レベル3のドラゴンの姿に変化をした。今までの修行で、ドラゴンの姿でも気合を入れれば、意識を保つことが可能になっていた。
咆哮とともに、エイシェントドラゴンになり、大きな口を開いた。
「ギガフレアブレス」
凄まじい白く眩しい高エネルギーの炎を吐いた。それでも、フードの主は両手でそれを防いでしまった。このままでは、勝てない。もう1度、アストラルコードを無理に呪いに勝つほどに高めて、あのレベル4になろうと思った。
すると、鳥の姿の上界の者が僕の前に現れた。あのバリトンの声で言う。
「待て、今の精神のままでは、救世主と呪いのバランスが崩れているから、先ほどの安定した姿になれんぞ。最悪、我を忘れて暴走する悪魔と化す」
「でも、今のままではあれに勝てない」
「私でも、この世界を破るほどの者だから、その強さは分かっている」
「じゃあ、賭けるしかないだろう」
僕は無理にアストラルコードを高めた。しかし、先ほどの姿にならず、光に包まれるどころか闇に包まれて、邪悪な混沌の魔王のような姿と化した。すでに意識は別の者になっていた。
悪魔の姿になった僕は、鳥の上界の者も構わず、大きな黒いエネルギー波を連発した。
「ブレスエクスプロージョン」
それは、崖の下の地面にぶつかり爆発した。そして、その場所は虫食いのように破損している。この技は次元自体を壊すようであった。下手したら、あの均衡を保った融合した姿よりも強力な力かもしれない。
やっと、ゾンビが途絶えると、次元の下の方は崩壊していた。流石に、鳥の次元を侵食したネクロマンサーは冷や汗を流した。
「お前、とんでもない者にドラゴンゾンビを差し向けたな」
鳥の上界の者が、ネクロマンサーにそう言った。
「ディメンションカタストロフィ」
無意識の僕がそう叫んだ。すると、ネクロマンサーの作っていた仮の次元はガラスのようにバラバラになった。鳥の作った次元に周りが戻った。3人はこの次元に移行することができたが、ネクロマンサーはかなり弱っていた。そこで、僕の存在が危険と思った鳥の上界の者は、次元を操り結界に封じ込めた。
しかし、それを簡単に破った。味方である彼とネクロマンサーと僕の三つ巴が対峙する形になった。
僕はネクロマンサーに巨大な黒い弾を放った。凄まじい暗黒のエネルギー弾は、四天王のカオスの最大の技、ラストワールドにも匹敵する。ネクロマンサーは逃げようとするが、得意の空間移行も鳥の上界の者に防がれた。ここは彼の世界であり、空間でさえも操作できるのだ。直撃した彼は黒い弾に吸い込まれて潰されて、そのまま小さくなって米粒大になった。
次の瞬間、大爆発した。ターゲットが消えた僕は、次に鳥の上界の者に視線を向ける。そこで、彼はこの世界を操作してドラゴンの呪いを高める死竜の気を充満させた。途端に、呪いの力が高まりアストラルコードは封印されて発揮できなくなった。悪魔の姿だった僕は元の人間の姿になり、エネルギーの使いすぎで気絶してしまった。
「今は休め」
バリトンの声が響いて、上界の者は再び姿を消した。
しばらく、ここで眠っていた。どのくらい眠っていただろうか。もう、この休憩を妨げないで欲しかった。鳥もこの世界の休憩を長くして欲しかった。ところが、すぐに休憩は終わった。大きな音に目を覚ますと、巨大なエネルギー弾が飛んできて、いたるところで爆発していた。すぐに防御態勢をとる。
だが、その爆発はやむことはなかった。すぐにエイシェントドラゴンに変化して、強烈なブレスを放った。エネルギー弾は全て爆発して、その発射源には亀がいた。亀は口からエネルギー弾を連発している。
僕はそれを尻尾で弾いて跳ね返すが、固い甲羅でダメージを与えることはできなかった。
「それが次の試練だ。防御に強い敵への対処法だぞ」
あのバリトンの声が空に響いた。僕は亀と睨めっこをした。僕は精神を集中させる。
「龍撃波」
強烈な龍の気を放つ。亀は甲羅の中に隠れて防御する。そこで、思い切りその甲羅をなぐった。ひび1つ入らなかった。
「ギガフレアブレス」
エイシェントドラゴンの最大の技を使った。強烈な炎を吐くと、甲羅は徐々に色を変えていく。赤くなり、そのうち手足、頭、尻尾の穴からエネルギー弾を放ち始める。それをよけながら、空に距離を取ると、
1つの賭けをした。悪魔にならないように、アストラルコードと呪いの力の均衡に注意しながら、あの姿になろうと全ての力を放ち始めた。光が僕の体から放たれ、あの姿になんとかなることができた。
僕は光の弾を放つ。すると、亀は大爆発をして消えてしまった。流石、レベル4である。
そこに、頭の中に声が聞こえた。
「おい、誰か。聞こえないか。いつも通る道なのに何故か迷っている。助けてくれ」
僕はすぐに地に手を当てて感知をする。
「まて、今調べている。…そこはパラレルワールドだ。迷って当然。知っている世界に似て非なる場所。今、地点と位相を感知する」
そこで、姿の見えぬ鳥の上界の者は言った。
「今からの修行は中断する。仲間を救いに言って来い」
僕は空に向かって頷く。深呼吸をして空気を肌で感じるように感知をする。
「…見つけた!高い、水のない場所でじっとしているんだ。相手は別のカテゴリーの次元の者。敵だ。勝ち目はない。それは、次元を操作できるほどのもの。レベル4で今までの敵とは大違いだカテゴリー汚呪だ」
僕は次元の穴をあけて、その者を助けに行くことにした。
元の世界に戻ると、すぐにパラレルワールドを感知始める。仲間の感知をする。どうも、あの悪魔に仲間の1人がこの次元を追放されたようだ。仲間の気を探る。別次元を感知するのは、相当難しい術である。
でも、今までの修行でかなりの能力、感覚を手に入れていた。あの次元で行ったことは、この次元では倍以上、内容もそれ以上に広がりがあるようだ。別次元で修行していたこと、自分の次元を作ったことにより、次元を超える感知などの能力に長けたようだ。
すぐに相手が覇音だと分かる。
「その世界に入ってきた場所は?違和感を感じた場所は?」
「さぁ」
「じゃあ、色のない場所は?少し、元の次元と違う場所は?]
「分からない」
「とにかく、動かないで」
僕はアストラルコードを高めて、悪魔にならないように均衡を保つように、精神を整えた。光に包まれてレベル4になった僕は、次元に穴を開けてその中に入った。
次元を超えると、まるで次元を超えていないかのような今までの世界とそっくりな場所であった。とにかく、覇音の場所を感知しようとした。ところが、人の気さえ感じることができない。ここでは、感覚を狂わせる要素が空気に含まれているのかもしれない。すぐに駆け出して、彼の行きそうな場所に向かった。
大学の校門をくぐると、何故か棗がいた。
「この世界の棗か?それとも…」
「俺もこの世界に来たんだよ。覇音の力でな」
「でも、覇音はここに自分の意思で来ていなく、気付いてもいないようだけど」
「上界の力を修行していて暴走して俺も巻き込まれたんだ。俺はすぐに気付いたが、あいつは鈍感だからな」
「で、彼は?」
「この中に入っていった」
訝しげに棗を見ながら僕は先を急ごうとした。ところがガラの悪い連中が道を塞いだ。
「この世界の住人も普通の人間だ。力を使うな」
棗の言葉で心を制御できるほど、僕はできた人間じゃなかった。
「おい、お前。金を貸してくれよ」
「断る」
そこで、棗が割って入る。
「双方とも、やめておけ。下手したら死ぬぞ」
そこで、連中のリーダーが言う。
「そこの兄ちゃんの言うとおりだ。大人しく財布を出せよ」
すると、棗は睨んで言った。
「死ぬって言ったのは、お前達の方だ」
僕は拳を握り締めていると、ドラゴンの気を帯びさせていた。
ふと、僕は疑問に思った。棗は救世主。しかし、次元に関する力は自分の次元を作り出すこと、次元の裂け目を作り出すこと。その先の次元の目標を指定することまではできない。僕でさえ、この呪いの力と融合させることで可能にしたのだから。すると、この棗は偽者?覇音をこの次元に落とした、あの悪魔の仲間?しかし、棗が実は次元移行能力をも持っているとも考えられる。迷っている間に、怒りはうせてしまった。
目の前の不良どもがそのとき、襲い掛かってきた。ドラゴンの怪力と固い皮膚の質に変化させた体には、
彼らも叶わなかった。あっさり、この5人を叩きのめしてキャンパスの中に入っていった。
「お、結構、荒い性格なんだな」
手加減できたのは、棗への疑問からだとおもった。2人で覇音の気配のある場所に急いで、4号館に向かった。校舎の中は誰も人がいなかった。ここは実験棟。科学、物理、化学、特殊実験など、主に一時的な講義の為の建物なので、元々、講義が終わればこの棟に人はいないのも不思議ではない。この世界は僕の世界のそっくりのパラレルワールドなのだから。…パラレルワールド。
全くそっくりであれば、一緒にいる棗はこの世界の棗かもしれない。今、向かっている相手はこの世界の覇音かもしれない。脳裏に混乱が生じ始めるが、それでも前に進むしかなかった。彼は知っている場所で迷子になっているということを、次元を超えて助けの声を上げていた。
上界の者の力を借りられる彼であれば、次元を超えて意思を伝えることも可能であろう。前世は上界頂点の四天王の1人であり、前世の魂を持ち、前世の姿に戻ることのできる彼であれば。1階の部屋を探すが、いなかった。肌では空気でこの建物の中にいるのは確かである。
2階に上がると、何故か3階であった。この建物は空間がゆがんでいる。危機感が溢れ始めてきた。
「とにかく、この3階を探そう」
棗が言うが、僕は首を横に振った。
「それでは、埒が明かない。二手に分かれよう」
彼はそれを訝しげに視線を落としたが、納得した。僕はさらに上の階に向かった。あの棗が信用できない今、一緒にいることも、本物の覇音に会うことも得策ではないと考えたのだ。さらに上に向かうと、何故か半地下階に来ていた。硫黄と塩素の匂いが鼻につく。
この次元は何なのだろうか。敵の目的は?とにかく、覇音を探した。
急に教室の1つが爆発した。中から、死人のような者が現れる。
「お前もあの悪魔の仲間か?覇音をここに引き込んだのか?」
しかし、意思がないように空ろに迫ってくる。
「ただの使いか」
僕はすぐにドラゴンの波動を放とうとしたが、そのとき、そのゾンビの向こうから叫び声がした。
「駄目だ、攻撃をするな」
見ると覇音がいた。
「ここは、すでに敵のボスのテリトリだ。自由に能力が使える。だから、この中の空間を曲げることもできるし、あらゆる攻撃も使える」
「放出系ではなく、変化系の能力も使えるという訳か」
僕はそう言って、一気にレベル3のドラゴンに変化した。覇音も天使の姿、逆転生の力で上界の者に変化した。
「この次元でも、上界の者の力が使えるのか?」
「いいや、俺の中の前世の魂の能力を使用できるようになった。ここにいれば、それだけの力はつく」
この次元は過酷のようだ。おそらく、鳥の上界の僕の修行よりも。彼は人差し指と中指を立てて光の刃を出して、聖なる力でゾンビを切った。それは浄化されて消えた。
「光系の法の力でないと、ここの敵は倒せない」
そう言い残して、出口を探すように周りを見回した。
「やはり、泥呪の呪連を倒すしかないか」
ボスの名前は呪連というらしかった。しかし、その覇音をも僕はまだ信用していなかった。知識がありすぎであったからだ。
2人でとりあえず行動をすることにした。呪連がいそうな場所を探して地下の部屋を探す。すると、また化物が現れた。今度は鬼のような存在である。今度は怪力だと判断したのか、覇音は大剣の光の剣を発して掴んだ。僕はレベル2の姿のままで様子を見た。
「こいつは2匹1対だから、同時に倒す必要がある」
彼の言うとおり、後から別の鬼が現れた。その知識はどこで得たのだろうか。疑惑はどんどん深まった。
とりあえず、爪を伸ばして態勢を低くして相手の攻撃をかわした。右手で鬼を弾いて左手の爪で鬼の首を狙った。しかし、屈んで避けた為に角だけを切ることになった。覇音は光の剣と鉄の金棒でつば競り合いをしていた。
「行くぞ、1度に最大技で首を狙うんだ」
覇音の声に頷くと、かれはカウントを始めた。
「3、2、1!」
僕は強烈な灼熱のブレスをドラゴンの気に包んで放った。鬼は後ろに引いてかがむが、それを見越していた。鬼の首が炎に焼きちぎられて天井に飛んだ。振り返ると、覇音は金棒とともに鬼の首を光の剣で切り放ったところだった。光の剣は彼の力で具現化しているので、力の込め次第で強化できるのだ。
「次の部屋を見てみよう」
今度は僕がそう言った。
次の部屋には、何も見えなかった。しかし、何かがいる。突然、僕は見えない何かに弾き飛ばされて壁に激突した。覇音は光の剣を小さな盾のような手甲のついた剣に変化させ、それを構えて見えない敵に警戒した。すると、かれも弾き飛ばされた。しかし、盾の手甲で防いで後ろに数m滑っただけで耐えた。僕はドラゴンに変化して、部屋全体に炎を放った。並んでいた机と椅子が燃え始める。その中で、炎と煙の中で何かが動くのが分かった。位置さえ分かればこちらのもの。ドラゴンの気を手の中に溜めた。
「龍撃波!」
それは黒板にぶつかり、黒板にめりこんだ。そこをすかさず覇音は波動で飛んで、剣を振るった。見えないそれは煙と貸した。おそらく倒したのだろう。ところが、歩兵の姿が現れた。姿を現せただけだった。
覇音は手甲で体当たりをして、歩兵がよろけているうちに剣を弾き飛ばして、首をはねた。それはそのまま倒れて光の粉と化して消えた。彼は光の剣を何パターン持っていて、どのくらいの威力を持っているのか疑問に思った。
次の部屋には、ドラゴンが存在していた。僕は異様な気持ちになる。ドラゴンゾンビの呪いの戦いを思い出す。覇音は大きな光の剣を1回出したが、すぐに人差し指と中指を立てたところから、光の刃を出す一番小さな剣に変えた。
「一番威力の小さい剣でどうする?ドラゴンはエイシェントでなくても強力だぞ」
「俺は剣の力は接近戦用のものだ。でも、ブレスのあるドラゴンでは近づけない。強力な剣を出したところで無意味だ」
僕は最大のブレスを放った。向こうはレッサードラゴン、一方、僕はエイシェントドラゴン。能力、攻撃力的にはこちらに分がある。しかし、嫌な予感がした。さっと、飛び立って近付くと敵の炎を食らいながら進み、灼熱のブレスを浴びせた。しかし、全然効いていなかった。どうも、違和感がある。
ドラゴンではないのかもしれない、そう思った刹那、背後から光線が放たれて僕の脇をかすめて敵の額を貫いた。ドラゴンは目の前から消えて小さな子鬼が光の刃に貫かれていた。光線と思われたのは、覇音の光の剣であった。
「この剣は細くて、短いと威力も弱い。でも、一点集中で威力を増加できるし、唯一伸縮自在の剣なんだ」
「それで、小さい剣を発したのか。しかも、子鬼の変化も見極めて、弱点も見抜いて。君は何者だい?」
これではっきりした。かれは本物、少なくとも僕の世界の覇音ではない。
「どうして、そう思う?」
「君が正常の意識なのに逆転生をしているからだ。前世の魂の意志が表に出ていない場合、ジュエルの力で上界の者の力を借りないと逆転生はできない。しかし、このパラレルワールド、しかも敵の結界の張ったテリトリの中で上界の力を借りるのは不可能」
「意外に賢いね」
「君が僕をここにおびき寄せた理由は?」
「邪魔だからだよ。あの方の目的のね。エターナルコードの君は」
覇音は巨大な光の剣を僕に向けた。僕はもう遠慮はいらないと思い、思い切りアストラルコードは全開に発した。以前のように悪魔の姿に変化した。偽覇音は驚愕の表情を見せる。
「まさか、お前はあの方の…」
次の瞬間、我を忘れた凶暴な僕は誰も止めることのできない強力な力を発した。黒いエネルギー弾を連発して、校舎どころか、結界、彼のテリトリをも破壊して爆破し始めた。
我を忘れた僕の暴走で、学校は一気に崩れ始める。瓦礫に化しても、僕、偽覇音は普通に対峙していた。
そこに棗がやってくる。
「お前、翡翠か?目を覚ませ」
しかし、僕は空間ごと壊し始める。3人が三つ巴で戦いはじめる。そこに、急にこの次元自体が壊れ始めた。気付くと真っ暗な空間にいた。これは棗が作った空間である。そこで、僕を波動で遠くに弾き飛ばして空間の隙間を空けた。偽覇音はそれに吸い込まれ始める。
「救世主などに負けてたまるか」
しかし、徐々に吸い込まれ始める。そこで、彼は手を伸ばして僕の足を掴んだ。空間の隙間に吸い込まれ、僕も吸い込まれ始める。しかし、そこで我に返り、レベル2の翼だけを出して、その翼に全ての力を集中させて足の手を振り解き異次元に吸い込まれずに済んだ。
全てが終わり棗の次元は消えると、僕は元の姿に戻った。気付くと、彼は僕を睨んでいた。
「お前、俺を疑っていたろう?」
「だって、救世主は目的地への次元移動はできないでしょ」
すると、彼は親指で後ろを指した。そこには美貴がいた。
「彼女は次元の先を確定する能力を持っているんだ」
そして、逆に棗が質問をした。
「俺はトラップに引っかかったお前の助けと、引っ掛けた奴をお前が倒すのを待つ為に来たんだけどな。
さっき、悪魔になったろう。もし、魂が悪魔とお前と2つあって入れ替わっていたら、さっきみたいに戻ることはなかっただろう。眠りから覚めたようだったからな。ということは、あの悪魔の姿で意識を保つことができれば、あの強力な能力を自由に使えるようになるぜ」
それを聞いて僕は、ドラゴンはレベル3、悪魔とアストラルコードと呪いの調和で生まれた強力な存在をレベル4とすると、悪魔で意識を保てれば、両方のレベル4を融合が可能になり、レベル5の存在になれるかもしれない。
また、修行に戻ろうと思った。棗と美貴の能力で、元の次元に戻ることにした。
鳥の上界の者の世界に戻って、また修行が始まった。今度は推測の中の理想、レベル5を目指すことにした。彼が出した課題は強固な密閉空間だった。どんなことをしても1時間で脱出すること。僕はすぐにエイシェントドラゴンに変化すると、レベル4の安定した姿になった。そこまでで、精神集中とエネルギーを使い、30分は費やしただろうか。次に無理にアストラルコードを高めて、わざとアストラルコードと呪いのエネルギーの均衡を崩して、悪魔になる1歩手前で意識を保ち続けて新たな領域に達するようにした。
アストラルコードを一気に高めて、しかも、意識を保とうと努めた。
「うわー!」
叫び声で気合を入れる。悪魔に変化しそうになる。それでも、今まではレベル3から悪魔になっていたが、均衡を保ったレベル4から悪魔の力、均衡をなくした状態になるのは初めて。それが功をそうしたのか、灰色のローブをまとった存在に神格を上げることができた。レベル5、グレイの賢者といったところだろうか。そこで、時間が後5分しかないことに気付く。砂時計はこの空間の頭上にある。僕は新しい力を試している場合じゃないことに気付くが、湧き出る力を感じて余裕を楽しんでいた。手を前に出して、白い弾を放った。空間の壁は簡単に大きな穴が開き、その密閉空間は崩壊した。相当な強さである。
おそらく、エイシェントドラゴンの王、ノガードに匹敵する力だと感じた。そこで、次に鳥の上界の者は僕の心を察したのか、幻のノガードを出現させた。試しに彼と対峙してみることにした。
僕はノガードに思い切りエネルギーを貯めて放った。
「龍撃波」
すると、両手から凄まじい光が放たれた。ノガードはホワイトブレスで防ごうとするが、直撃した。10m吹き飛ばされた。次に灰色の弾を放った。
「壊炎弾」
すると、灰色の弾が3つ放たれる。1つはノガードの近くに落ちて大爆発をした。すると、その後には次元の穴が空いていた。
「お主の力、竜王神に匹敵する強力な強さだ。無闇に使うな」
確かに、その通りであった。でも、最後に最大でどのくらいの力が出せるのか、試してみたくなった。
すると、バリトンの声が叫んだ。
「危険だ、止めろ!」
「これで最後、やらせてくれ」
「…知らんぞ」
僕は思い切り力を溜めて、一気に放った。
「界龍光!」
すると、体から光が放たれて、鳥の上界のものの次元はガラスが割れるように壊れた。元の世界に出てなお、周りに大きなクレーターが出来ていた。凄まじいエネルギーであった。
そこで、突如悪魔の姿が目の前に現れた。
「お前、力付けすぎた。邪魔になったよ。あの正子とかいう人間がターゲットじゃなくなった。今はお前がターゲットだ」
その瞳は赤く本気であった。僕はすぐに空に飛びのくが、背後に一瞬にして悪魔が現れる。僕は拳に気を乗せて放った。しかし、人差し指で押さえて、鼻で笑った。
「確かにかなり強くなった。でも、俺には叶わないぜ」
彼の恐ろしいエネルギー波が直撃して、地面に激突する。1mはめり込んだだろうか。
「ノガードより強くなっても、まだこれだけの差が…」
すると、覇音さっと現れた。
「あれは別次元の存在。位相も違う全く違うね。上界の全ての者よりも強いよ。だからこそ、上界の四天王と君が協力する必要があるんだ」
「でも、どうする?ノガードは?法と混沌をどう呼ぶんだ?そもそも彼らは上界の者の中で、別な質の存在だろう。上界の両極なんだし」
「任せてくれ」
彼は逆転生を数回行って、四天王の1柱と化した。そして、まず召喚術でノガードを召喚した。上界の者は下界では実態がないので、土を龍の姿に変化させてそれに魂を宿らせる。次に、彼は目を閉じて叫んだ。
「俺の中の前世の魂よ。俺はこれからお前に体を明け渡す。憑依召喚を頼む」
憑依召喚とは、自分の体の中に上界の者の魂を召喚する召喚術である。すると、覇音は表情が変わり、凛々しい佇まいになった。そこで、いつまでも自分の危機を待っているほど悪魔は馬鹿ではなかった。
攻撃を始める。僕は覇音の邪魔をさせまいと、ノガードと悪魔に立ち向かった。
覇音は難しい法の憑依召喚を始めた。元々、他の上界のものと違い意思のない、心理、法則ともいえるカテゴリーの法と混沌を呼び出すのは、かなり難しいだろう。しかし、法を召喚できても、混沌はどうするのだろうか。物質や力のない者に召喚はできない。とにかく、時間稼ぎでノガードと僕で悪魔の少年を前後に位置つけた。彼は凄まじい速さで黒いミニブラックホールを放ってきた。ノガードはさっと上昇して距離を取った。僕はそれを黒いエネルギー弾を放って、悪魔のそれを打ち消した。すると、大爆発が起こった。
その下で、長い詠唱の後に大声が響いた。
「法サマナー」
すると、彼の姿は白い聖なる礼服を着た聖人となって天に上がってきた。どうも、法の召喚に成功したようだ。
「だが、混沌がなければ、俺には叶わないぜ」
悪魔はせせら笑う。
「ファイナルショット」
法は最大の技、強烈な聖なるエネルギー弾を放った。しかし、それを悪魔は両手で受けて、厳しい表情を浮かべて天に弾き返した。
「もう少し時間稼ぎを頼む」
まるで、2人がユニゾンしているみたいな声で覇音が言った。とにかく、僕は悪魔の後ろに回り羽交い絞めにしようとするが、強烈な波動を食らって地面に叩きつけられた。空中戦の欠点は、地面に叩きつけられることである。ノガードはフレアブレスを吐いた。しかし、気だけでそれを防いで指を鳴らすと、ノガードは何かに弾かれて倉庫に激突した。彼の仮初の体は無事であった。埠頭に強烈な音が響いた。時間稼ぎにもならないこの僕達が悪魔を倒すメンバーとなるのだろうか。覇音は気付くとすでに詠唱を早々と終えて叫んだ。
「混沌サマナー」
すると、ノガードが思わず口を開いた。
「馬鹿な、法と混沌を同時に召喚だと?上界の両極の全く正反対の性質の巨大な二つを一気に憑依召喚するとは、考えられない。不可能のはず…」
だが、彼は自分の体に法と混沌を召喚した。これで、上界の最大の地位の四天王と僕が揃った。悪魔を倒すメンバーが揃ったのだ。だが、はたして、勝てるのだろうか。悪魔は笑みさえ浮かべていた。
だが、覇音がまた詠唱を始めていた。何をするつもりだろうか。悪魔は闇の刃を無数に放った。僕は次元の壁を発生させて、盾にした。それをバラバラに引き裂いた。ノガードは実力があるものの、所詮はエイシェントドラゴン。限界はあった。ブレスはことごとく弾かれていた。
現在の姿の僕にかなわないノガードに、僕がかなわない悪魔の少年にどうしようもなかった。突然、上空から光が降り注いだ。
「融合召還」
覇音は彼の中の前世の四天王の魂と法と混沌を体の中で融合をさせたのだ。なんという器だろうか。もはや、彼は人間のそれを超えていた。上界の者でも、そんなことができる者は存在しないだろう。四天王の3柱の融合体は、ノガードにまたがった。光の巨大な剣を発生させて構えた。僕はその脇に飛んで悪魔と対峙した。
覇音はノガードの額に手を当てる。すると、ノガードは我を忘れて口を開いた。光がたまり悪魔に向かって光を放った。別の次元に逃げようにしたので、僕はとっさにさらにアストラルコードを発揮した。さらに神格をあげることに成功した。ドラゴンと天使の混ざった姿になり、さらに強力な力を得た。
僕は悪魔の背後に刹那回りこんで、結界を張った。彼は次元どころか時空をも超えることはできなくなった。ただ、僕もその結界の中にいるので、覇音が最終技を出しあぐねていた。
「早く、打て。僕の力はそう続かないぞ」
悪魔は振り返り、僕をターゲットにして攻撃を放とうとした。その瞬間にノガードの口から四天王の合わさった最大の力が放たれた。聖なる光のブレスは、僕もろとも悪魔を直撃した。
「馬鹿な、この俺が…」
周りにまぶしい、でも優しい光が広がった。その光が消えると、悪魔も僕も姿を消していた。元の姿に戻った覇音は心配そうに、覚醒したノガードの上で周囲を見回した。
「翡翠!」
しかし、僕を見つけることはできなかった。
僕は真っ暗な空間に浮かんでいた。姿はレベル6の姿のままである。ドラゴンと天使の融合のような姿で、辺りを見回す。どうやら、覇音の技を食らうギリギリの瞬間でこの場所に無意識に逃げ込んだようだ。
自分が作った結界は次元を超えることはできないはず。その中で次元を超えたのか。否、いくら自分が作った結界だからといって、自分だけその性質を無視することはできないだろう。
それができたら、あの悪魔の少年も別次元に逃げることができただろう。では、ここは地獄だろうか。
そこで、あることに気づく。自分は悪魔の後ろにいた。つまり、悪魔が覇音の技を食らってから結界を瞬時に解いて、別の次元に無意識に逃げたのではないだろうか。考えられなくはない。
今の姿であれば、それだけの芸当ができるほどの能力を持っている。では、ここはどこなのだろうか。
予想はついていた。以前に似た場所に来たことはある。そう、棗が作った救世主の最大の技、次元創造である。彼らは暗黒の空間を作ることができた。無意識でここに来たので、この場所からの脱出方法は思いつかなかった。下手して次元の穴を開けたら、一生、次元の狭間をさ迷い続けるだろう。
レベル6は救世主とドラゴンゾンビの呪いの両方の力を持っている。法と混沌の相反する性質の。つまり、救世主より上の、今の最大の姿の覇音に匹敵する力を持っている可能性がある。この世界を作る、次元の穴を開ける以外の救世主よりも大きな力を持っている可能性は十分に考えられた。僕はそのとき、久々にヴィジョンを見た。ドラゴンの炎とアストラルコードの波動の融合波が新たな道を作る光景を。
僕はブレスと波動を同時に放った。すると、光の扉が現れた。それは言葉を発した。
「我は次元を司る者なり。上界よりもさらに上の世界の存在」
「僕を元の場所へ」
「求める前に契約せよ。さすれば、我は血の契約に従わん」
「契約を結ぼう」
「ならば、質問に答えよ。我が気に入れば契約は成立。気に入らねば地獄を見るであろう」
「望むところだ」
その扉はまばゆく質問を厳かにゆっくりと言った。
「では、この世で一番苦しいことは?」
僕はすぐに答えた。
「生きること」
すると、彼は少し溜めて厳かに答えた。
「よろしい。すべての存在に言える崇高な答えだ。ただし、『生きる』ことのできる存在だけだが」
金色のドアが開いて、中から黄金の羽根の生えた聖獣であった。おそらく、あの悪魔の少年と同じ次元の存在だろう。あの悪魔が上界でいう混沌であれば、この黄金の存在は法であろう。ドアの先に行くと、僕の元の下界に戻ることができた。すると、金色のドアは消えて、聖獣はこう言った。
「我はガイル。また、会おう」
彼は黄金に輝いて天に駆け上っていってしまった。覇音はノガードとすでにこの場にはいない。僕はまた、新たなる力を手に入れたようだ。
覇音とは、それ以来会わず普段の生活が始まった。正子の守護は、悪魔の少年が消滅した時点ですでに終わっている。これからは自由だ。
…のはずであった。しかし、忘れていることがあったのだ。悪魔が開放したデスとスノウである。彼らは大いなる戦いのために、また下界で人間を滅ぼそうとするのだろうか。しかし、今はなりを潜めているので、そっとしておくことにした。
久々に大学に行ってみると、騒ぎが起きていた。屋上に人影があった。すぐに校舎の裏に向かって、ドラゴンの羽根を出して一気に屋上に飛んだ。周囲を気にして誰にも見られていないことを確認すると、
すぐに吸引のブレスを放つ。フェンスの外に立っていた人影は上空に舞い上がり、僕の方にめがけて飛んできた。結構、強力な吸引ブレスだったので受け止めて僕自身転んでしまった。見ると、愛らしい女性だった。男性に振られたのか、単位が取れなかったのか。とにかく、彼女は何が起きたのか分からず、混乱をしていた。すぐに羽根をしまったが、背中の破れたシャツは彼女の興味を引いた。泣いていないところを見ると、なぜ飛び降りようとしていたのか想像もつかなかった。
とりあえず、階段で無言のまま手を引いて屋上から降りることにした。女性を慰めていると、彼女は僕が屋上に突然現れたことに驚いていた。
「どうして、あそこに?入り口は開かなかったし、私が来たときには誰もいなかったのに。それに、どうやって私をフェンスから引き寄せたの?」
僕はどう答えればいいのか、戸惑ってしまった。でも、僕は呪いのことも、救世主や上界の話をしてもしょうがないので、話を摩り替えた。
「質問はこっちだよ。何があったんだ?」
すると、今まで自分が屋上から飛び降りようとしていたことを思い出したように、すぐに俯いて考え込んでしまった。そこにヴィジョンの能力が脳裏に浮かんだ。彼女がサッカー部の主将に1ヵ月後付き合った後に振られる場面だった。恋愛経験のない僕には、どう言葉をかけてあげればいいのか分からなかった。
「…とにかくさ。いい男なんて沢山いるんだから、あんな奴のことを嫌いになってさ。忘れちゃえばいいんだ」
そこで、ふとまずい空気になっていることに気づく。
「どうして、私が失恋で落ち込んでいることを知っているの?貴方は何者なの?」
僕は立ち上がって尻の埃を払うと、わざと咳払いをした。
「とにかくだ。君はいい線いっているんだから、もっといい恋愛できるから。馬鹿な真似はもうするなよ。何かあったら、相談に乗るから」
そう言って、連絡先を渡す訳にもいかず、そのまま去ることにした。
今日、大学の講義の後に、校庭に大学を落ちたということを逆恨みした連中がバイクで走りまわっている。教授も准教授もおろおろするばかりであり、野次馬はいるが止められる者は1人もいなかった。
棗や他のスノウコードの血を引く者達は何をしているのだろうか。そこで、ふとヴィジョンが浮かんだ。最近、的確にヴィジョンを操れるようになっていた。レベルアップしてからである。これも、上界よりも高度な存在との契約の結果だろうか。そのヴィジョンはスノウコードのDNAが日本列島全体に結界を張られ、
この世界でアストラルコードを使える者がいなくなっていたのだ。図られた。きっと、スノウとデスの仕業だろう。どうやったのかは、不明であるが。もう、夢の力に打ち勝つ者もスノウコードの血を受け継ぐ者も、救世主も、微量なスノウコードで超能力を持った者も普通の人間になってしまったのだ。
今、力を持っているのは、上界の力を持った者達だけである。僕はとにかく、ドラゴンの力を使って誰にも見られないように灼熱のブレスをバイクに放っていった。連中はすぐにこぞって撤退する。
ほっと胸をなでおろすと、背後に気配を感じた。
「へぇ、まだ力のある人間がいたんだ」
振り返ると青年が立っていたが、明らかに普通の存在ではなかった。
「あんなにでっかいことすりゃ、鈍感な俺でもわかるぞ」
僕は謎の青年に警戒しつつ、少し距離をとった。
彼は瞬歩で間近により、悪戯っ子の笑みを浮かべ、手刀を瞬時に突いた。僕は咄嗟に右手をドラゴンに変化させて防いだが、それでも、ドラゴンのうろこに傷が入り、青緑の血がにじんだ。2mは後ろに飛ばされたが、それでも気合で留まった。
「へぇ、変化系か。でも、大したもんだね」
そうは言っているが、彼は勢いをつけず0距離からの軽い突きだったのだ。並の力ではない。これは、レベル6以上でないと対等に戦うことは不可能だ。アストラルコードを使うには、この結界の効力をなくす必要がある。そこである考えを思いついた。
「金色の扉の番人よ。次元を司る者よ。我との血の契約により、我に力を貸したまえ」
右手に金色の光が輝いた。それを力を注いで天を仰いだ。すると、僕の周りに輝きが広がった。青年は顔色を変える。
「まさか、絶界の使者と契約を結んでいるのか?」
僕は次元の質を変えることに成功した。輝きが届く空間だけ、結界の効力をなくした。そこで、僕はあの天使とドラゴンの融合の姿に変化した。これでも、対等に戦えるか疑問であった。
僕はアストラルコードを最大限に発揮して、レベル6に変化して聖なるブレスを放った。だが、彼は片手でそれを受けた。そのまま、消滅させたが、手のひらは焦げているのでダメージを与えることは可能のようだ。でも、すくなくとも、あの悪魔の少年よりははるかに上である。
「何者だ?あの別のカテゴリーの次元の悪魔の少年の仲間か?」
「ギルバのことか。あれはまだモノノアルだからな。能力のある人間でも、勝つことができても不思議ではない。しかし、俺はテトラノアルだ。2人がかりで倒したギルバとは訳が違う」
そこで、また僕は叫んだ。
「偉大なる次元を司る者よ。我に立ちふさがるものを我とともに打ち砕くことを望む」
すると、光の扉が現れて光のドラゴンが飛んできて、僕の体に鎧となってまとわれた。凄まじい力がさらにあふれ出した。流石に、敵はひるんで警戒した。余裕をなくして、気を高めた。
「これなら、1人でも十分、君を倒せるだろう?」
「嫌、強がってもトリノアルクラスだ。レベルが違うんだよ」
彼は手刀に空気の剣を発した。僕は灼熱のフレアを放つ。しかし、彼は空気の剣でさっとなぎ払った。
「その強さに免じて名乗ってやろう。我はノアルディメルから来た、スノウコード討伐部隊のレクアだ。この程度の世界なら、5人で十分だと思ったが、まさかギルバがやられるとはな」
「まだ、他にもいるのか」
「今頃、お前の仲間のところに行っているだろう。邪魔な能力者さえいなくなれば、ただの人間と化したスノウコードなど、赤子の手をひねるようなものだからな」
「どうして…」
「メビウスとアランの意思だ」
その言葉を聴いて言葉を失った。メビウス。上界の運命を司る者の1柱。だいぶ昔に次元を追放された。
アラン・スチュワート。人間から上界のものになった邪悪なる存在。それも追放したはずだった。
なぜか、彼らはノアルディメルに出ていたのだ。そして、どういうことがあったのか分からないが、味方をつくり、自分達に邪魔なスノウコードに攻撃を始めたのだ。彼と対峙しながらも、僕は危惧を感じずにいられなかった。
レクアは僕に光弾を放った。そこにそれをはじき返す者が現れた。銀色の紙を隠すバンダナに三白眼を隠すサングラス。巨大な体に無口なその存在感。
そう、陣竜胆である。
「正子が守護すべき者からお前に変更になった今、守護者はお前を守る」
彼は上界の運命を司る者の力、CODEを使える。僕ほどではないが、ランダムなヴィジョン能力もある。今の相手には、全然歯が立たないが、常人よりは能力を使える。右手を前に出して、思い切り波動を放った。
しかし、レクアの直前で簡単に消えた。
「上界の力か。否、論理とでもいうべきところか。そんなもの、俺には人間がスポンジを投げられるようなものだ」
そして、息を吹きかけると、竜胆は簡単に弾き飛ばされて50m先の木にぶつかった。そこに覇音が到着した。彼はすでにノガードとともに混沌、法と合成召還をしていた。これで、なんとか対等に戦えるだろう。
覇音と僕はノガードに力を込めて、その口からレクアに目掛けて最大出力のブレスを吐いた。彼は最大力のバリアを放った。それでも、レベル7の僕と覇音の力にはかなわなかった。バリアはすぐに破壊され、レクアは意外という顔を見せて両腕を前にかざす。
爆発とともに後ろに吹き飛ぶが、それでも致命傷にはならなかった。
「まさか、人間ごときに」
上界の四天王に絶界の者の鎧を着たドラゴンゾンビの呪いとアストラルコードの融合能力の者。この2人には、流石にかなわないだろう。そこに、もう1人の悪魔が現れた。大学の屋上に降り立つ。2対2になって形勢逆転になったようである。
「レクア、無様だな。人間などに上界の力を持っているとはいえ、そこまでの痛手を負わせられるとは」
「うるさい、サイル。1人は絶界の者と契約をしている」
「馬鹿な、上界の者じゃあるまいし」
僕の鎧を見たサイルは、すぐにレクアに向かって視線を注いだ。
「流石に、手負いのテトラノアルにペンタノアルでは、テトラノアル2人にはかなうかどうか」
対峙した僕達は大学の屋上で、次元を超えた戦いを始めようとしていた。
レクアとサイルはお互いに頷いて、攻めてきた。竜胆はCODEで波動を放つが、意味はなかった。覇音はノガードの口から四天王の力を放つ。手負いのレクアを残してサイルは上空に上がり、電撃を放つ。
それを覇音に当たらないように僕は鎧に力を込めてバリアを張ってかばった。レクアはありったけの力を使ってバリアを張るが、流石に手負いでもあり、背後から微力ながら竜胆が波動を放ったので、覇音のブレスに直撃して、バリアは破裂してレクアはそのまま地面にたたきつけられた。
校舎の裏なので、目撃者はいない。僕はそのまま、サイルに向かって光弾を放った。それを何とか耐えたが、彼は爆発に巻き込まれる。竜胆は校舎を飛び降りて、レクアに止めをさそうとCODEを放った。レクアは闇の粉となって散った。覇音はノガードに乗ったまま、サイルに特攻した。僕の攻撃で面食らっているところに、ブレスの連打が放たれた。それを半分は弾き返す。覇音はノガードから落とされて、そのまま屋上に叩きつけられる。僕は覇音に気を取られているサイルに最大のエネルギー弾を放った。
サイルは背後からの不意打ちに闇の粉となって散った。
「残るは2匹」
僕はそうつぶやいた。
大学から帰ると、ふと背後から強力な力が接近してくるのを感じた。ビル街の裏路地に入り、レベル6に一気に変化した。すでに、それだけの能力を手に入れていたのだ。次元を司る者の鎧を着て、近づく者を待った。来たのは、悪魔の姿の大きな姿の存在と黒い鎧の騎士の姿の存在だった。
「お前がターゲットか。エターナルコードだな。俺はペンタノアルのランドとルードだ」
僕は覇音も竜胆もいないこの場をなんとかしのごうと考えた。そこに、そらに金色のドアが現れて、その扉が開き中から大きな剣が落ちてきた。それを掴むと、僕は力を最大限に高める。それは精神力でも、アストラルコードでも、呪いの力でもない力。
絶界の者の使用する力をその剣により、僕も使えるようになった。絶界の存在との契約により、その力はすでに使えるようになっていたのかもしれない。僕はその剣を振ると、ランドは巨大な腕を振るが見えない刃がそれを切り落とした。今度はルードが前に出ると、騎士のように剣を額にかかげそれを僕に向けた。
しかし、今の僕に負ける感覚は微塵も感じなかった。
「ノアルディメルへ攻め込み、お前達の王と合間見えるしかないだろうな」
その言葉に、2人は顔を見合わせて考え込んだ。彼らには、ノアルディメルが上界よりは上のレベルだろうが、絶界よりは下のレベルであることを知っていて、その力と保護を受ける僕に勝ち目がないことを悟ったのだろう。
「ノアルディメルを崩壊させる原因を作ることになれば、我らはとんでもないことをすることになろう」
冷静なルードの言葉に、右腕を失ったランドはうむと唸って黙ってしまった。
「次元を司る者は絶界の中でも、上位の存在。我々の次元を消滅させることも簡単だろう」
「じゃあ、君達の世界に行って、メビウスとアランに会わせてくれ。スノウとデスも絡んでいるんだろう」
しかし、それについても、彼らは首を傾げる。
「僕達はノアルディメルを消滅させるつもりもなければ、害をなさなければ上界をも消滅させないし、メビウス達にも手を出すつもりはない。一方的に、上界の連中が下界に、しかも、僕に攻め込んでいるだけだ」
それを聞くと、彼らは頷いて僕をノアルディメルに導くことにした。次元の穴を開けると、彼らは僕とともにノアルディメルに向かうことになった。
ランド、ルードはノアルディメルで僕を自分達の城に招待した。どうも、この世界ではモノディメル以上の存在は、かなりの地位であるようで、他の力なき者は後ろにさがり頭を下げてひざを突いた。
城の玉座には、王、オクタノアルのベルードと、その隣にアランとメビウスがいた。ランド、ルードが簡単に説明すると、ベルードは僕とメビウス、アランを見比べて言った。
「こ奴らのせいで、このノアルディメルが崩壊されるというのか?」
「こいつらの話を聞いて、スノウとデスを使って下界を攻めたのはこの世界の者達じゃないか。その2人のせいだけではない」
僕が一喝をすると、ベルードはうむと唸った。
「確かに、こ奴らの話に乗り、スノウコード討伐を思い立った。人間を絶滅させようとした」
「なぜ?」
「彼らが上界の者だからだ。上界の意思は、下界は従う使命がある」
「それは、まともな上界の者であればな」
じろっと、僕はメビウスとアランを見た。
「なぜ、彼らが下界からも上界からも追放されたか、考えなかったのか?それだけの力を持ったこの世界の王の貴方が」
僕は怒りがこみ上げてきた。
「しかも、アランは元人間であり、自分の私利私欲のために上界の力で下界を汚した。その味方をした代償は多いぞ、ベルード王よ」
僕の言葉に、この世界の者達は畏怖した。
ベルード王はメビウスをノアルディメルの封印の間に収容した。そして、アランを消滅の間に連れていった。その後、彼がどうなったかは分からない。
「これで、済んだかな?」
「いえ、彼らだけが罪をおかした訳じゃない。この世界の存在、すべてだからな」
そこで、僕は思い切りアストラルコードを高めた。
「待て、我1人で責任を取る」
そう言ってベルードは玉座から席を立った。
「ノアルディメルは貴公に力を貸す」
僕は少し考えたが、すぐに頷いた。
「僕に、ではなく、僕達に、だ」
僕は仲間達にも契約を約束させた。アストラルコードを使用できる存在に。
「では」
スノウとデスの問題を片付けるために、早々に次元の扉を開けてこの世界から元の世界に戻った。下界のどこに彼らがいるのかは、すぐに分かった。そこに向かって僕は翼を広げて飛んでいった。
デスは東京タワーにいた。彼は常人には見えない。その彼をみつけると、今までの話をした。
「そうか、絶界が関係を始めるとはな。すると、大いなる戦いは佳境を越えたと言えるだろう。合い分かった。帰ることにしよう」
デスは絶界の言葉に素直だった。次に、東北の山奥の屋敷にたどり着く。そこに蝋人形が待っていた。そう、スノウである。
「私は大いなる戦いとは別に動いていたのよ。貴方が何を言っても無駄。いろいろなものを利用していただけ」
「それでは、すべての元凶はお前だな」
僕はすぐに絶界の次元の存在の力を借りて次元の封印結界を作った。彼女はその中で無表情で僕を見つめていた。
「私を封印しても、邪悪な人間は罰を受けるわ」
そう言って、彼女は次元の封印の中で光と消えた。スノウは上界で封印することにした。これで、すべてが終わったと思い、自分の部屋に戻って元の姿に戻った。
すべてが終わって、不思議な力を持ちながらも今も普通の生活を続けている。ヴィジョンの能力。ドラゴンゾンビの呪いの力。救世主、エターナルコードの力。絶界の契約の力。そして、ノアルディメルとの契約の力。さまざまな能力を手にしたまま。
すでに、覇音の最大レベルの状態でも、僕にかなわないだろう。そこで、ふと背後に肩を叩くものがいた。我神棗であった。
「すべてが終わったな」
「ああ、で、まだ何か?」
「いいものがあるんだ」
彼はチケットを取り出した。それはイギリスのあるツアーのチケットだった。
「今回はきつい戦いだったな。同じ同士に配っている。この慰安旅行は行こうが行くまいがその人の自由。ただ、行く先に何があるか、起こるかは…」
その言いかけて、彼は意味ありげに微笑んで去っていった。僕はチケットをきれいに折ってポケットにしまった。もう、SNOWCODEの血を引く仲間に会うのはごめんだった。
次の講義のために5号館に向かった。講義の中で居眠りをしてヴィジョンを見た。アランがノアルディメルの消滅の間から逃げて、この下界に逃げてきた状況であった。
すぐにすくっと起きるとアランを倒すため、彼の居場所を探った。しかし、感知することはできなかった。上界の者がここに来るには、寄り代が必要。それがある場所は?召還者は誰か?新たなる危機を感じて胸騒ぎを抑えられなかった。そこで、講義が終わったらすぐに、能力者を探した。
しかし、棗の配ったチケットで慰安のため、ツアーに行ってしまっているのか、誰も見つけることはできなかった。仕方なく、ノアルディメルの誰かを召還することにした。彼らなら、あの次元からアランがどこに逃げてきたか分かるかもしれない。そこで、ルードを召還した。
ルードは騎士の姿であるために、誰にも見られないように廃屋に連れてきている。そこで、彼に話を聞いた。消滅の間でアランは滅壷と呼ばれる大きな壷に放り込まれた。しかし、そこで魔術(上界の力)を使い、壷の中の暗黒の渦を次元の入り口に変えた。彼にそんな力はないはずなので、おそらく、何か後ろ盾がいるのだろう。彼は下界に消えたという。
ルードの感知能力で、アランが東北のある場所にいることが分かった。彼の子孫のエドワードの屋敷跡だろう。すぐに、2人でそこに飛んでいく。すると、そこは畑の中の荒地であった。元は屋敷が立っていたその場所も、今は何も存在していない。ここで、エドワードが上界の使者を初めて召還した。それが、この世と上界との因縁の始まりであった。
その策略はもっと前にすでに放たれていたが、ここで召還がなければ、上界の存在は地上に直接影響を及ぼさなかったかもしれない。それも昔の話である。辺りを見回すと、アランが姿を見せた。
「やはり、逃げることは不可能だな。エターナルコードよ」
僕とルードは構えた。アランは上界の力を全開にした。姿は以前の中世の宮廷人形師の姿から、悪魔と天使の融合した姿になった。僕はすぐにアストラルコードを全開にした。精神を集中させて一気にレベル5になる。そこで、アランがいきなり攻撃を始める。ルードが前に出てそれを受けてくれた。光の剣のつば競り合いの中で、僕はレベル6になったところで絶界の鎧をまとった。すぐに手の中に力を溜める。
すると、光のエネルギーが徐々に溜まっていった。白い光はある程度の大きさになると緑の光になって急に小さくなり、それもある程度大きくなると今度は黄色になって小さくなる。最後にその黄色の光がある程度大きくなったところで叫んだ。
「ルード、どけ」
彼は僕が言う前に高く飛んでいた。きっと、背中でエネルギーを感じていたのだろう。頼りになる存在だ。僕は強力なエネルギー弾を放った。アランは横に飛びのくがそれは追っていった。次にバリアを張るが、それも簡単に破れてアランを包んでそのまま大爆発をした。アランは上界の者なので死ぬことはないが、上界の者でも、封印や次元追放の他に『消滅』をさせることができる。
それは死よりも厳しいものであった。寄り代の土人形は粉々になり、アランの完全にダウンした存在は上界に上がろうとした。そこをルードが消滅の壷を取り出して、アランに向けた。アランの精神体がその中に吸い込められた。そして、消滅の壷で彼は消滅した。これで、全てがやっと終わった。ルードは帰り、僕は元の生活にまた戻ったのだった。
ルードの消滅の壷は、なんと消えていたという。彼は次元を超える力で壷に吸い込まれる直前で移行したのだろうか。しかし、そんな力は残っていなかったはず。ルードが下界に来て、アランを探そうと僕の前に現れたのだ。今度は次元を超えている。そう簡単には見つからない。
考えられることは、召還である。誰かがアランを召還したのだ。それにしても、人間が上界の存在になるという現実はありえるのだろうか。実際、彼はすでに人間ではない。上界の運命を司る者の1柱、メビウスと関わった為に上界の存在になった。確か、そういう話を聞いた。上界の存在に関わっている人間は沢山いる。実際、僕も関わっている。しかし、上界の存在にはなっていない。ドラゴンゾンビの呪いは別であるが。ドラゴン自体、上界の存在ではない別次元の存在だから、
別次元の存在の影響を受けたという事実はあることになる。覇音のように、上界の者から人間に転生した場合、上界の逆転生の力で人間から上界の存在になるケースなので、分からなくもないが。
とにかく、アランを人間に戻すことが倒すには必要だ。次元を移動でき、上界の存在である限り、倒すことは不可能なのだから。アランが上界の存在になった理由を知るために、僕は覇音に会うことにした。
彼が上界の存在になれば、何か分かるかもしれなかった。同じ大学に在学しているはず。大学で探すことにした。
僕がアランの上界転生の秘密を探る中、ルードはその間、アランを召還したもの、アランの居場所を探ることにした。彼は消滅の壷から気配を通じてアランを探している。僕は覇音を探してキャンパス内を探すと、彼の方からやってきた。精神は前世の上界の存在の魂のようだ。
「エターナルコードよ。アランについて聞きにきたのだろう?」
僕は頷いた。
「アランは上界の存在になった訳ではない。特殊召還しているだけだ」
そこでピンと来た。
「そうか、寄生召還と精神の乗っ取り…」
「次元を超えるほどの上界の者がアランに乗っ取られたのだから、後ろ盾がいるはず」
「メビウス?」
「奴にそこまでの力はない」
「じゃあ、一体…。法や混沌でも難しいだろう。彼らは加担しないはず」
「そう、上界の最上位の四天王も加担していない」
それは、上界と下界に関係していない者が上界に影響を与えているという、驚くべき事象を意味していた。そこで、僕は『絶界』という言葉が頭に浮かんだ。
僕は天を仰いで叫んだ。
「次元を司る黄金の者よ。血の契約により、我に教えたまえ。人間であるアラン・スチュワートが上界の者のような存在になった原因を」
すると、黄金のドアが現れてその向こうから声がした。
「下界の人間を上界の存在にしたのは、我が世界(絶界)の紺碧の渦だ」
「その理由は?」
「紺碧の渦が世界の天秤のバランスを保つためだ」
「上界が下界を大いなる戦いのために侵蝕し始めたので、下界に上界の者を増やすことでバランスを保ったということ?」
「否、あの人間を上界紛いの存在にすることで、荒廃し、法に傾き始めた上界のバランスを混沌に戻すことができた」
「でも、その為に下界にそのしわ寄せが来ている。人間に戻すことはできないか?」
すると、ドアの声は間を置いて厳かに言った。
「今、下界に紺碧の渦がアランを召還している。あれを倒せばあれは元の人間に戻り、と同時にあれはすでに寿命が尽きているので、すぐに冥界に行ってしまうだろう」
ということで、覇音、黄金のドアと分かれてルードと合流することにした。
ルードはすぐに居場所が分かった。上界、下界の者と明らかに違うエネルギーを発していたからだ。すぐにレベル6になり、空から感知をしていると、大学の近くのある廃校にルードはいた。彼のそばにいくと、こう答えた。
「アランと絶界の者はこの辺にいるはず」
「消滅の壷からの空気がここまで」
「しかし、この辺には見つけることはできない」
僕は高く飛んで辺りを見下ろした。すると、池の跡から微かに気配を感じた。池に地下施設が?なぜそんなものが学校に。池の跡に飛び込む。すると、そこには秘密の部屋があった。
そして、アランと煙に7本の足、ドラゴンの首を持つ存在がいた。それが紺碧の渦だろう。その力を感知して、勝てる気がしなかった。それは薄暗い黒い光を放っている。アランはその後ろでほくそえんでいた。
紺碧の渦は近づいてきた。すぐに次元を司る者の鎧を着て、エネルギーを両手に溜め始めた。彼は白い炎を吐いた。それは青白く変化しながら近づく。僕はすぐに左手で払いながら瞬歩で近づき、右手のエネルギー弾を0距離発射をした。しかし、それは煙の体を通り抜けて後ろのアランに当たった。
アランは吹き飛ばされて壁に激突して気絶した。すかさず拳を竜の顔に放つ。それもすり抜けていった。
どうも、実体がないようだ。上界の者が魂だけの存在で、下界に下りるには寄り代が必要だが、絶界も同様で魂だけの存在のようだ。
しかも、上界の存在と違って寄り代さえいらないようだ。すると、どうやって倒せばいいのだろうか。上界の者は寄り代を壊せば上界に戻せるが。そこにルードが飛び込んできた。
「消滅させればいい。次元を司る者の力で魂を相殺するんだ」
僕は絶界の力を高めた。僕は次元を司る者から輝く槍をもたらされた。すぐにそれを振り回し、構えて紺碧の渦に向かった。この絶界の武器であれば、対抗できるだろう。ただし、僕の力が続けばの話だ。
レベル6の状態でいることは慣れたが、絶界の鎧と槍の装備と力の行使は、もって5分だろう。すぐに槍を振るう。しかし、彼は高く飛んで避けて地上に脱出した。僕は羽根を広げてそれを追った。
廃校の校庭でこちらを向いた彼は、僕に向かって炎を吐いた。それを右に避けて槍を突く。それも無意味で簡単に跳び退かれてしまう。そこで、槍を回して上から振り下ろして、右に避けるとの見て槍の尻を右に振った。ドラゴンの頭に打撃できた。次に、少し回して上から打撃して、すぐに体を突いた。ところが、姿を消してしまった。そのとき、ルードの声がした。
「後ろだ」
僕は間髪入れず後ろを見ずに槍を脇から後ろに突いた。鈍い音と手ごたえがあった。振り返ると、光の槍で額に串刺しになった紺碧の渦がいた。それは青い光を体全体から発して散った。と同時に、地下いるアランの悲鳴が聞こえた。地下に降りると、アランの寄り代の土人形が崩れていた。ルードは僕の肩を軽く叩いた。これで全てが終わったのだ。
大学で普通の生活が始まる。そこで、棗がミステリー旅行に行ったことを知った。すでに期末試験は終わった。人数が極端に減っていた。変化の際には羽根を発生させるが、ドラゴンゾンビの呪いの力の為、
服を破ることはない。いわば、服ごと変化しているという状態であるのだ。それでも、服の背中が気になっていた。だから、なるべく空を飛ぶことを避けていた。しかし、講義が終わり外に出ると、屋上にある存在を見つけてしまった。思い切り地面を蹴って隣の建物と交互に外壁を蹴って屋上に上がる。その存在は振り返り言った。
「エターナルコードか」
それは上界の者で運命を司る者の1柱、最悪の存在の『道化師』であった。
「スノウとメビウスは開放した。上界にまだいるが、時期に下界に召還する」
「どうやって、次元を超えた?下界にいる?」
「全てはアランの仕業だ。消滅する前に俺をここに連れてきた」
「つくづくあれは最悪の存在だな」
「成仏さえしていないだろうな」
「お前の自由にはさせない」
彼は鼻で笑ってそのまま姿を消した。彼はクラウンの人形に魂を乗り移っていた。
上界の運命を司る者3柱のスノウ、道化師、メビウスが野放しになっている。これは最悪の状態である。スノウはともかく、クラウン、メビウスは人間を殲滅させるつもりだ。彼らは密接に下界に関係している。さらに厄介である。彼らの居場所を感知できるのは、スノウコードではだめだ。
CODEと呼ばれる彼らの能力、運命の理論・定理を使用、感知できるのは、CODEを使える竜胆である。
彼を探すが、棗とともに旅行に行ってしまっているらしくいない。そこで、上界の者を探し葬るには絶界の者の力が必要だ。僕は彼を呼んだ。すると、光る扉が現れて声がした。
「クラウンとメビウスを次元を移行させればいいのだろう」
「上界の者は死なない。見つけて寄り代を倒しても上界に魂が行くだけ」
「だから、次元ごと移行させる、だな」
「血の契約により、両柱を次元移行したまえ」
「了解した」
これで、次元を司る者、血の契約者の絶界の者はメビウスとクラウンを次元移行させるだろう。残されたスノウも残虐で邪悪な人間しか滅しない。しかも、今はデスとともに動くことはないだろう。これで一安心である。
絶界の者のおかげで安心して日常に戻った。…と思われたが、目の前にクラウンが現れた。大学が長すぎる夏休みに入り、あの廃校に気になって訪れたときである。
「なぜ…、次元を司る者は」
「メビウスは次元移行されたが、俺はそうはいかなかったぜ」
まさか、上界の者が絶界の者より能力が上のはずはない。どういうことか、僕は混乱した。すぐにレベル6に変化して灼熱のブレスを放った。運命関係の上界の者は、寄り代は人形、また、性質により火が苦手であった。しかし、あっさりと上空に飛び上がり避けると、強烈な波動を放ってきた。それを片手で弾いて、瞬歩で間合いを詰めると、クラウンは持っていた剣を振るう。それはドラゴンの皮膚に傷をつけた。
「その力、運命を司る者のものでもなく、上界の者以上の力だな。…後ろ盾に絶界の者が?」
彼はただ残忍に笑うだけであった。そして、いびつに歩み寄ってきた。
次元を司る者、絶界の者から逃れることができたクラウンは、少なくても、僕よりは上の力を持っている。勝てる気が全くしなかった。とりあえず、絶界の鎧と槍を装備して立ち向かった。彼の後ろ盾はどんな絶界の者だろうか。槍を振るう。それをクラウンは剣で弾いた。しかし、弾かれた反動で槍の尻を足に振るう。それをクラウンは跳んで避けて、剣を振り下ろした。槍先でそれを受けて、炎の波動を放った。
彼は50m後ろに飛んだ。しかし、無傷であった。その剣と見えない防壁は何なのだろうか。明らかに本気を出していない。彼は眼の輝きを変えて、剣を振り上げた。その剣に次元の輝きを感じた。次元を司る者は1柱だけではないのだ。彼も、僕と同じ様な者を後ろ盾にしている。緊張が走った。
クラウンの剣は短剣なので、僕には少しは有利であった。槍は間合いが広いので、懐に入り込まれない限り攻撃は届かない。それでも、波動はかなり厄介であった。通常の運命を司る者の波動より強力で、
絶界の鎧なのにひびが少し入り始める。衝撃も大きくかなり弾かれてしまう。ドラゴンのブレスは効かなくなってしまった。
「血の契約者よ。汝と同類の上界の道化と契約し者との縁を切りたまえ」
そこで、光るドアが現れて声がした。
「それには、貴方がその相手とも契約を結ぶ必要がある。いいのか?」
「ああ」
「それでは、我より口添えをしてやろう」
そこで、ドアから別の声が聞こえた。
「汝も我と契約を結ぶと。その対価は?」
「寿命を好きなだけやろう」
「汝の願いをかなえよう」
僕は槍で手を少し切って血を垂らす。すると、もう1柱の次元を司る者とも契約を結んだ。
「汝の寿命を半分もらった」
ドラゴンゾンビの呪いを受けているので、ドラゴンと同じ寿命を得てしまっているので、取られても数100年は残っているだろう。下手したら、それ以上の可能性もある。寿命をいくら取られようとも痛くも痒くもなく、逆に元の寿命に減らしてほしかった。
「血の契約により、もう1人、クラウンの契約を解消せよ」
「新参者よ。同じ契約者の為に別の契約者の契約を解消も、能力の貸与もできぬ」
そこで、つまり、クラウンは絶界の者の力で僕に攻撃ができないという事実を知った。これで、クラウンは僕の敵ではなくなった。槍を構えて絶界の能力を失ったクラウンに立ち向かった。
絶界という後ろ盾を失った道化師は後ろ図去りを始める。そこを逃すことのないように、槍を回して投げた。それは光の円盤になって僕と道化師の周りを回って逃げ場をなくした。彼は宙に浮き波動を放ち始めるが、僕は左手で裏拳で弾いていった。そこで絶界の炎のブレスを吐いた。それは広がっていき、道化師を包んでいった。彼の寄り代の土の人形は灰と化してしまった。魂となって上界に向かおうとした道化師に、
円盤の槍を受け取って投げた。
その魂は槍に突き刺されて木の幹に突き刺された。僕はそのまま槍の中に吸収して、その槍を消した。
これで全てが終わった。元の姿に戻ると、僕は溜め息をついて自らの呪いを恨んだ。
道化師を封印したのまではよかったが、メビウスはどうだろうと不安になった。何しろ、彼も道化師と同様上界の運命を司る者。今回も道化師と同様であったので、彼も絶界の者を後ろ盾にしている可能性がある。彼が僕の契約者によって、別次元に移行されたのか不安で、感知を始める。すると、なんとなく、違和感を感じた。すぐにそこに向かうと、あの廃校であった。ここに何があるのだろうか。そこにメビウスの気配を微かに感じた。次元を司る者に次元移行されたメビウスがここに来たということだろうか。
しかし、この微かな感じも気になる。この場所を数日調査することにした。今日はこの辺で調査を終える。
次の日、例の廃校が実は呪いで多数の死者が出たことで、その学校としての役目を終えているのだと聞いた。ここが特別な場所であることが理解できた。メビウスがいるかもしれない。すぐに感知を始める。しかし、ドラゴンゾンビの呪いやアストラルコードでは、メビウスのCODEを感知できず、次元を司る者の鎧を着て、絶界の力で感知を始める。しかし、やはり微かにしかメビウスの気配を感知できなかった。
何かあると思い、今度は灼熱のフレアを学校の敷地内に放った。そこで、やっと七色に変化する鎧を着た存在が地下から飛び出した。それは、絶界の者の鎧であった。メビウスだろう。やはり、彼もここに来ていた。
その鎧からはメビウスの気配がするが、この地からはクラウンの気配を若干、感じた。この地の惨劇はクラウンの仕業だと考える。すると、クラウンがここに執着する理由も分かる。
では、あのメビウスは?槍に封印しているクラウンを思いながら、絶界の槍と鎧を装備した。絶界の鎧に憑依しているメビウスに勝てるのだろうか。メビウスは絶界の鎧により、気配が微かにしか感じさせなかったのだ。僕はすぐに飛び上がり槍を振るった。しかし、その鎧は槍を掴んで簡単に奪われてしまった。
予想以上に強いかもしれない。僕はすぐに地上に戻り、距離をとって様子を伺った。今度はメビウスが槍の力を使おうとするが、僕はにやりと笑った。槍は電撃をメビウス自身に放たれた。
「その槍は手にしている者ではなく、所有者に能力の操作をゆだねる。つまり、僕の思いのままに操作できるんだよ」
彼は槍を手放す。それを受け取ると、構えてメビウスと天地で対峙した。
1つの仮説が考えられた。スノウ、クラウン、メビウスは元々1つの存在だったのではないか。だから、同じ上界の運命を司る者で、形が違えども人間を滅しようとするのだろう。筋書きを書けなくなったら、邪魔を消せばいい。彼らには、ただ、それだけなのだ。クラウンが深く残したこの地の傷に、メビウスが吸い寄せられたのも無理はない。善、弱さ、奇跡、純粋がスノウ、悪、ずるさ、強さがクラウン、そして、灰色、揺れ、惑わしがメビウスと分解されたのでは?
空の絶界の鎧に僕は槍の力を放った。槍から強烈な光弾が放たれる。勢いよくそれは鎧にぶつかるが、メビウスはよろめくだけですぐに反撃した。波動は僕を掠めて地面をえぐった。明らかに絶界の力を施行している。後ろ盾はどの絶界の者なのだろうか。僕は飛び立って彼の前に立ちはだかった。
メビウスは連打攻撃を始める。その波動を弾きながら、突き進む。そして、全ての力を槍に込めてそのままメビウスに特攻した。その鎧は見えない盾を張った。しかし、光の塊となった僕はそれを突き抜けて、
メビウスの宿る絶界の鎧を突き抜けた。穴の開いた鎧はよろめきながら地面に落ちた。最後に強烈な光の絶界のフレアを放った。その鎧は溶けて跡形もなくなった。
メビウスの魂(本体)が抜け出る。そこを槍を放った。メビウスは槍に串刺しになって、そのままクラウンと同じく槍の中に封印された。
「これで、一段落だな」
独り言をつぶやいて僕は力尽きて地面に降りると、生命維持のエネルギーさえ使いきり、そのまま意識を失った。
眼を覚ますと、ナイフをかざしている者がいた。すぐに飛び起きて、窓から外に着地した。振り返ると、病棟であった。どうやら、気絶して病院に運ばれていたらしい。あの廃校で僕を見つけたのは誰だろう。
それより、僕の命を狙ったのは誰だ?彼もデスサイズを構えて降りてきた。死神のようだ。
「デスの下僕か」
デスは文字通り死神。死すべき者の命を奪う。僕が死すべき者というのだろうか。病院の庭には、人が沢山いる。変化する訳にはいかない。レベル2しか使えない。病棟の影に入り、誰もいないことを確認して屋上に飛び上がった。屋上にまで彼は追ってきた。
「絶界の者よ。新たに契約をした者よ。我が空間の時間を操作したまえ」
すると、僕とデスの使者の周りの空間だけ、時間が急に進む。デスの使者は宿っている木の人形は、朽ちていった。僕はドラゴンゾンビの呪いがあるので、時間が経過しても平気だった。元の時間に戻して、朽ちた木の人形から本体が抜け出していった。しかし、レベル6になり、絶界の鎧を着ていないと槍を出せないので、封印できずに上界に逃がすことになった。
すると、金色の扉が現れる。そして、次元を司る者の声がした。
「今、お前に力を貸したのは、我々ではない。空間と時間を司るのは上界の者だ。時間は上界の老人が手助けしたのだろう。空間を司る者は若者だ。彼らは味方なので、心配はいらない」
しかし、なぜ上界の2柱が僕に味方してくれたのだろうか。僕は絶界の者に救いを求めたはずなのに。
今となってはその謎は分からない。
空間と時間を司る者が現れた。老人と青年であった。上界でもかなり上の神格のレストウォルトと今は人間の姿だが、本来はエイシェントドラゴンのノガードである。ノガードはブレスだけでなく、空間も操ることができる。レストウォルトは時間だけでなく、次元の要素であればその中の1つを操ることができるのだ。ノガードは上界の中でも最高の神格の1柱である。
「絶界に関われる者が現れるとはな。我々でも絶界に行くことや関わることすらできん」
レストウォルトがそう言うと、ノガードが続ける。
「それがしかも下界の人間だというのだから、皮肉なものだ」
「なぜ、僕を助けたんですか?」
僕が訊くと、老人が答えた。
「その貴重な存在を我々上界の者が汚してはならんと思ってな。お前はすでに呪いの力で人間を超えている。エターナルコードなのだよ」
そう言い残して、彼らは互いに見合って頷くと去っていった。2柱の寄り代だった人型の紙が風に吹かれて飛んでいった。全ての自分の旅の終焉を感じながら、屋上から景色をしばらく見下ろしていた。
完
この話はCODEシリーズの前後の情報の重要な話になります。
勿論、日記シリーズなので外伝ものですが。