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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.1 『手始めに少女から』
9/44

その騎士の力量


 闇夜の中、無数の剣閃だけが閃いていた。

 空を裂き、火花を散らし、闇をつんざくような音が支配する。


 ――この時間を一瞬たりとも終わらせたくない。

 力を測るつもりだった者もまた、気づけば戦いを渇望していた。

 絡み合うように、求め合うように、焦がれながら切り結ぶ剣舞を永遠に。


「まるで夢物語だ。ほんとうに、」


 呟くように、虚空へと投げかけられた声色は歓喜を含んでいた。誰かに聞いて貰うためではない。今まで抑えていた自分の欲望への労いとも言おうか。

 幾重もの白き剣閃を、屈み、反らし、翻り、テオは嗤う。


「――ッ!」

「ほんとうに」


 稲妻の如く走り抜ける黒い閃光が、

 閃くように夜を支配する白刃が、幾度となく呼応する。

 鍔迫り合う度、両者はその身に刻むように陶酔していた。


「剣を振るう貴方は、とても美しい」


 不意に出たテオの言葉は、逢瀬の末の包み込むような語気を孕んでいた。

 孤月を描きながら、答えるように白刃が振るわれる。手首を返し、その想いを黒刃の峰で受けながら、孤月の上に刃を走らせた。

 白磁のように透き通る指を目がけて、黒刃が疾駆する。

 だが、それを起点にアーウィンはひるがり、転回した。流水の如し美しい所作だ。


「……っふ……!」


 転回した反のまま、流麗なる全身全霊の一撃が襲う。

 鞭のようにしなり、軌跡を描く白刃。テオは辛うじて背中で受け止めるが、背中越しの衝撃を分散できるはずもなく、大きく吹き飛ばされた。骨の軋む音と、激痛から生じる痛みで脳裏に電気が走る。

 「かはっ……」と、肺に詰まった空気と無理矢理吐かされてしまう。

  極限まで突き詰められた集中の乱れを、アーウィンは見逃さない。


「――はぁッ!」


 引き裂くような気合と咆哮は、女性のように透き通るような声だった。

この闘いに終止符を打つかのごとく、白刃が閃く。

 刀身から覗く碧眼はどこか寂しげだが、それを切り裂くように、


「終わりですッ!」


 海老反りに身体の開いたテオへと、白刃が走る。

 甘美な時間を届けてくれた男への感謝と、迷いなき必中の一撃だ。

 終わりを告げる一撃。


 だが、横薙ぎに払われた白刃は――大きく虚空を裂いていた。

 瞬くこともできない、静止した時間の中。

 その刹那を動くテオの黒刃だけが、軌跡を描きながら、

 

「――――ッ!」


 アーウィンの首筋に触れた。

 甘美な一時に終わりを告げる一撃は、淡泊なものだ。

 それを合図にして、張り詰めた空気に亀裂が生じ、割れるようにして崩れ去った。時間にしてそれほど長くはないが、相対した二人にしてみれば何時間と激しい訓練をした後のようだ。

 ようやく、共に乱れた呼吸をさらしながら表情を緩めた。

 

「っ……完敗です。……見惚れてしまいそうな剣裁きでした」

「ふっ……はぁ……いえ、俺の台詞です……ほんとうに、本当に」


 共に息を切らしながら、感嘆の声を漏らす。

 逢瀬の末、恋慕の情を伝えるように、その声色は陶酔している。

 剣を収めながら両手を挙げたアーウィンに、テオもまた剣を下げた。 

 なんと素晴らしい時間だったろうか。

 テオは余韻に浸りつつも、目の前の男を脳裏に刻むべく見つめていると、

 

「ここで剣を収めてくれたということは、私を狙う賊ではないんですね」


 茶目っ気混じりに、アーウィンは微笑んだ。

 そんな気持ちは微塵もないと、彼にも分かっていながら。


「テオフラトゥスさん、本当は名のある方とお見受けしましたが」

「いえいえ……そんなことないです。本当に何もないですよ」


 勿体ないですね、と呟いた声が風に掻き消される。

 余韻を冷ますように夜風が吹く中、アーウィンは手を差し出した。

 お互いを認め合う握手だと、すぐにわかる。手を取らない理由はない。


「貴方のような方が居れば心強い。よろしくお願いします」

「……貴方になら護衛なんて必要ないでしょうけど、こちらこそよろしくお願いします」

 

 手を握り、互いに笑い合った。

 テオの言うとおり、彼に近接職の護衛は必要ないのだろう。回復手段を持つ僧侶を仲間に、いざとなれば守りながら奮起するつもりだったに違いない。

 彼の名前をこの胸に刻もうとした時、テオはふと小首を傾げた。


「アーウィンさんの下の名前って何でしょうか?」

「うっ……」


 ぴくり、と一瞬だけアーウィンの肩が震えた。

 何のことだろうか、と言わんばかりに笑うアーウィンはその身を翻すと、


「夜風が冷たくなってきましたので、お気をつけて。私はこれで失礼します」

「えっ、あ……」

「ではまた明日。おやすみなさい、テオフラトゥスさん」


 言いたくない、という無言の意思だ。

 テオの制止しようとあげた手が虚空を掴み、冷たい夜風がその肌を撫でた。

 火照った身体に貼り付いた汗が、とても冷える。寒さにぶるっと震わせながら、テオは宿屋の誇りという温泉を思い出そうとしていた。


「……風呂でもいこうかな」


 何のために夜の村へ繰り出したのか。貼り付いた汗を流したい一心で、その目的を記憶の片隅にしまおうとしていた。

 ご機嫌そうに杖を振り回しながら、闇夜の中を男は嗤う。

 膨大なマナと強力なスキルを持て余しながらも、今宵の男は非常にご機嫌だ。下弦の月を思わせる笑みを浮かべながら、男は名残惜しそうにその場を跡にした。


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