表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.1 『手始めに少女から』
7/44

その騎士の名

 テオフラトゥス・フォン・アウルハイムの前世。

 星衛要ほしえ かなめという名だった頃は、好奇心旺盛な性格だった。


 小さな頃から、祖父のすることを何でもしようとした。

 5歳の頃、祖父の剣道場で指南を受けた。その時に習った礼節が、思えば彼

をしっかりとした人間に導いたのかもしれない。

 8歳の頃、テレビで見たカバディにはまり込んだ。同年代では珍しい趣味だ

った。

 筋骨隆々とした男達のぶつかり合うカバディは認知度が低く、競技人口も低

いスポーツなのは間違いない。しかし、「カバディ、カバディ」と小さく呟き

ながら、小さなコートで男達が暴れ回る競技の熱さは見なければ伝わらないだ

ろう。その影響で、星衛要ほしえ かなめもやや筋肉質になるまでに至っ

ている。

 閑話休題。

  

 10歳の頃には、田舎の閑散かんさんとした学校で流行っていたドッジボー

ルを。

 14歳の頃には、天体鑑賞を。

 16歳の頃、――


 ――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――

 ――――――――――


「テーオーさーぁーんー」

「あっ」


 こちらを呼びかける猫撫で声のようなものに、、テオはハッとした。

 声の主、リンネを見ると、遠くの方を指さしている。


「そろそろ村に着きますよー。やっとですねーやっと着きましたねー」

「ははっ、リンネさんは元気だぁ」

「それはもう、こんなに気分が良いのは初めてですよ~」


 こちらを見つめながらくるくると回る彼女だったが、その視線にテオが気づ

くことはなかった。それを見て、リンネはまた頬を膨らませている。


「むーっ」

「ん?」


 振り向いて、少女の不機嫌さにテオは小首を傾げた。

 まだまだ元気そうな彼女だが、確かに思った以上に遠い距離だった。

 プリンシピオの街からネフティー村までは、大人の足で四時間ほどだと言われている。

 しかし、なだらかな坂が体力を想像以上に奪ってしまったのだろう。

 今では、夕焼け色に染まる中を二人は歩いていた。穏やかな風が心地よい暖

かさを乗せて、見上げれば近くの山から吹き下ろしているようだ。

 

「山が近いし……空気も綺麗だぁ……」

「住むなら、こんなのどかな場所がいいですネー」


 ネー、と同意を求めるような声を平然と無視した。

 正確には、関わればややこしいことになると危惧したからだ。


 山地と平地の境界にあるネフティー村は、果物の栽培が盛んだ。

 水はけのいい粘土質な土質がそれに適していて、豊富な水源を有している。

 小さな村に閉鎖的な環境もあり、生産物が市場に出回ることは少ないが一部

からの人気は箔付きだと聞いている。


 しかし、あくまでテオが聞き及んだ話だ。


「あれでしょうか……? 確か金髪の騎士さんがいるって話なんですが」

 

 その村の入り口に当たる部分。

 ネフティー村と書かれた看板が掛けられた両柱の下、騎士の甲冑に身を包む

人物が見える。

 悠然としたたたずまいの中に、騎士の誇りを携た気品が同居しているようだ。

 騎士の姿が見えるなり、杖を抱えたリンネは疲れを見せようともせずに足早

と向かっていった。

 

 しかし、リンネとは裏腹にテオフラトゥスは駆け寄ろうとはしない。

 依頼主が騎士というのは珍しいの一言で済むが、それが一人で依頼をした、

というのは初耳だ。

 護衛任務にしても、輸送する物品を多くの騎士で護衛し、僧侶はその癒やし手として呼ばれるのが普通である。

 疑念に眉をひそめるテオは、右手に握った仕込み杖を確かめるように触りな

がら、ようやくその後を追った。



          ――――――――――――



「初めまして、アーウィンと言います。この度は遠いところをありがとうござ

いました」


 男、だろうか。

 長い金色の髪を、襟元で一つに結んでいる。男性には珍しい髪型だ。

 際立つほどに眉目秀麗な男は温和に微笑むが、長い睫毛の下、切れ長の双眸そうぼうからは突き刺すような眼光を放っている。

 こちらを警戒するように、そして何かを見透かすように深い青色を宿した瞳

だ。


「遅れてすみません、私が依頼を受けたリンネと言います。こちらは……」

「テオフラトゥス・フォン・アウルハイムと申します。しがない無職ですが、

 身の回りの世話をすべくついて参りました」


 テオが軽く一礼してみると、アーウィンも恭しく一礼を返してくれた。

 その一挙一動に感じる上品さと気品が、これが騎士の一礼なのだと教示を示すようだ。

 騎士の象徴だと誇らしげに輝く白銀の甲冑を身に、腰にはきらびやか

な装飾の施された長剣がたずさえられている。

 初見では女性のように見えた彼だが、そのズボンは男物だ。


「こちらこそ、緊急の依頼を受けていただいて助かりました。積もる話もあり

ますが、陽も落ちて参りました。宿をとってありますので」

 

 どうぞこちらに、とアーウィンが村の中へと踏み入れる。

 しかし、その後ろには歓迎どころか、こちらを出迎える者はいなかった。


 冒険者を迎える村の多くは、その財布のひもを狙って、何とも賑やかに、華

やかに、そして言葉巧みに持て囃してくれるものだ。

 特にプリンシピオの街に近い村ではその傾向にあるが、ここではそれも見られないらしい。

 その例からすると、ネフティー村がいかに閉鎖的だとわかる。 


 陰鬱な雰囲気にリンネとテオが気に掛けたためだろうか。

 夕焼けを浴びながら、アーウィンは爽やかな笑顔を浮かべていた。


「お二人は僧侶のご友人同士なのでしょうか?」

「あ、はい……私はそう、です」

「自分は先ほど申したとおり無職です……あえていえば生産者クラフター

ですかね」


 はははは、と自嘲気味にテオは笑ってみせる。

彼にも適当に笑ってほしかったのだが、その意にそぐわず、切れ長の双眸は

絶えずテオを見定めるように注視していた。

 いや、笑ってはいるはずなのだ。


「そうでしたか。ですが、ご安心を。私が前線に立ち、お二人を全力で御守り

しますから」


 柔和な笑顔がどうにも作為的に見える。

 もっとも、テオの中の猜疑心が勝手に働いているだけで、彼自身は清廉潔白

な騎士であるのかもしれない。

 剣を撫でた男の姿が、声が、自然と頼ってしまうような雰囲気をしていた。


 ふとテオが横を見ると、人見知りと自負していたリンネが借りてきた猫のよ

うに背中を丸めていた。

 その姿は、初めて会った時の可愛らしい少女だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ