終酒
ラントバリは、しつこいくらいに騒がしい。
夜の帳が訪れて、街灯に照らされた街中にぽつりと一際輝いている建物がある。
喧噪と明かりに包まれた、ラントバリ最大級の酒場『英雄達の憩い』だ。
中には入りきらないのか、外にまでテーブルとイスが置かれていて、兵士から一般人まで皆が祝杯を挙げていた。
英雄達の憩いの屋内、この戦いの英雄と呼ばれたフィンブルは多くの人々に囲まれて、面倒くさそうにしながらも、口元には微笑を浮かべて対応していた。
それを傍目に、テオ達4人は盛り沢山の料理が乗ったテーブルを囲んで静かに会話している。
「テオさん、改めてお疲れ様です。こちらをフィンブル様から預かったので、お渡ししますね。報酬の金貨20枚だそうです」
「ん……っ、持ってきてくれたんだ」
果実酒を煽っていたテオが、ジャラジャラと金属音を響かせた布袋を見つめて驚いた。
後でギルドに受け取る予定だったのだが、手渡ししてくれるらしい。
「おおっ……ありがたくいただきます……!
受け取った金貨20枚の重みは、小麦の大袋のように重たく感じる。
テオフラトゥス自身、今までは小さな仕事をしていたのもあって、まとめた金貨を手にしたのは初めてだ。
「アミティエ、明日また服を買いに行こう! そうだな、気分を変えて別の店を探してみようか」
「……いいよ、これで十分だから」
「乙女がそんなこといっちゃいけないだろ。2,3着は買っておこう」
野菜を頬張っていたアミティエは面倒くさそうに眉をひそめたが、同時に申し訳なさも感じていた。
だがテオは乗り気らしく、身を乗り出した彼を見てステラは柔和な笑みを浮かべている。
「テオさんもすっかり保護者さんですね」
「これだけお金が貰えると、なんだかテンションが上がってしまって……あ、もちろんステラさんの依頼は忘れてませんよ」
大衆がいる中、名前で呼ばれたステラは小さく慌てたが、もう半ば諦めて困ったように笑うのだった。
祝杯を挙げる人々の中、このテーブルだけが静かに会話を続けていく。
「でもテオさん、これから王都にいくんですよ。きっと色んな服がありますし、そこで買えばいいんじゃないですか?」
「んーまぁ確かに。……けどお金はあるし」
「……いやらしい顔してますよ。お金に任せて、他の女性をたぶらかさないでくださいよぉ?」
「さ、さすがにそこまではしないさ」
リンネの睨むような視線から目を反らしながら、ハハハハとテオは乾いた笑いを漏らす。散財するつもりはないが、金貨20枚と聞いて今なら何でも買えるような気がしていた。
「お世話になってるリンネやステラさんにも何か送ってもいいんだけどね。二人は、何かほしいものとかある?」
「だったら、私はエンゲージリングが欲しいです。あっ、腕輪のでも指のでもどちらでもいいですよ! ばっちこいです!」
「それは却下で」
「ええ!」
エンゲージリング、つまりは永遠を誓う結婚の証だ。
そんなものは買えないと、リンネの要望は軽く流した。
「気持ちだけで結構ですよ。ですが……王都までの道中、しっかり守ってくださると嬉しいですね」
「それはもちろん」
よろしくお願いします、と微笑むステラだったが、ここラントバリから王都アイズシュテットまでは護衛するほど距離はないはずだ。
ふとテオは考えた。
王都アイズシュテットまでの護衛、という言葉に、王都アイズシュテットでのことは入るのだろうか。
そうなれば、王都に着いた先で何かが起こると言うことを暗に指している。でなければ金貨に見合わないだろう。
契約書でも作っておくべきだったか、と冗談混じりに苦笑してテオは果実酒を飲んだ。
「明日には出発するんでしょうか?」
「いえ、申し訳ないのですが少し事後処理が必要になりそうで……、もしかしたら夜の出発とかになるかもしれません」
ステラは低く頭を下げる。
だが、3人はそれほど気にはしてなかった。というのも居心地が悪くはなくて、テオやリンネからすれば戻っても依頼をこなす日々になるだけだ。
このように旅や観光が出来ることに感謝すらしているくらいである。
「いえいえ! 私達のことはほんとに気にしないでください」
「すみません……」
ステラとリンネ、二人が競うように頭を低くしていくのが、なんとなく面白くてテオは口元に笑みを浮かべた。
テオもまた、王都アイズシュテットには用事がある。
ウンディーネの言う土竜様とやらに会って、移動する魔方陣についてを聞きたいからだ。
もちろんエレスがいう、マナの変異についても調べてみる気はあるのだが、心の中では転移する魔方陣でいっぱいだ。
その目的は、現世への転移。――1人残した祖母への邂逅。
見た目の変わった自分では、祖父も混乱するだけだろう。それでも一目でいいから会いに行きたかった。
ややホームシック気味なのだろうか、棒がつっかえたような気分をテオは果実酒で流そうとしている。
「アミティエさんもごめんなさい」
「……? 私には気にすること、ない、と思うけど……」
「いえ、アミティエさんにだけは正式な依頼をしていませんから」
そんなこと気にしなくて良いのに、と心底不思議そうに首を傾げたアミティエにもステラは腰が低かった。
喧噪に塗れた酒場の中、果実酒を飲み終えたテオはわざとらしく大きな息を吐く。
そして隣にいる少女、アミティエの方を向いて囁くように声を掛けた。
「リンネ」
「はい?」
亜麻色の髪に隠れた少女の瞳が、チラリとテオを見据える。
穢れ一つ見当たらない瞳に捉えられて、テオは一瞬うっと気圧されてしまうが、意を決したようにハッキリと答えた。
「俺を連れ出してくれてありがとう」
「……びっくりです」
「え?」
「きっと迷惑かな、と思ってました」
出会いの事を考えれば、それを強く否定することができないテオがいた。
リンネはそれを察したのかクスッと笑う。
「いや、リンネがいなければ……適当に生きてたのかなって思ってね」
「少しでもテオさんの支えになれたなら私も嬉しいです。これも妻の務めですからね! いつだって頼っていいんですよ」
飛び込んでこい、と言わんばかりに両手を広げて迎えうつリンネ。
そんな彼女のアクティブさに、テオはある意味救われたのだと、あえて妻という言葉を否定せずに頷いた。
「うん、これからもよろしく。夫として、俺の事も頼っていいからね」
「…………ふぉぉお……」
同じように胸を張ったテオだったが、やけに甲高い声をあげた少女の姿にびくっと震えた。
トマトのように真っ赤な顔をしたリンネは、その頬を隠すように手で覆いながら「きゃーきゃー」と騒ぎ出す。
可愛らしいのだが、前髪に隠れた瞳がやや曇るのを見て、テオはゾッとと冷水に背筋が冷やされたような気分になった。
「テオさん! 私はいつでもいいですからね!」
「な、なにが?」
「いつ来てもいいように待ってますから!」
「な……」
「ふふふ、楽しみです……」
本当に何のことだとテオが聞き返せるような雰囲気ではなさそうだ。
捲し立てては喜ぶリンネは、喧噪に溶け込むように歓声をあげるのだった。




