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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.2 ラントバリ防衛戦
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夕暮れと終わり

「テオさん!」

「……大丈夫だった? ふぅ」


 ここまで全力で走ってきたテオは周囲を見渡しながら、呼気を整えていた。

 影と思わしきものは焼き尽くされ、残骸のような黒い煙が空に消えていく。


「リンネにアミティエも怪我がなくてよかった」

「おかげさまです! ついさっきあの変な影が現れて……なんだったのでしょうか」

「今、ラントバリの周辺にモンスターが現れてるんだ。その影響かもしれない」


 しかし、不可侵の村にどうやって入ったのかは分からなかった。

 周囲を見渡していたテオに、湖の方から、打ち付けられたエレスが歩み寄ってくる。最初に出会った時のように、お淑やかな笑顔だ。


「私達の危機に颯爽と現れてくださるなんて……さすがは旦那様ですわ」

「……エレスも元気そうでよかったよ」


 軽く流されて、「ひどいですね」とエレスやや不満げに目を細めた。

 吹き飛ばされた彼女だったが、目立った外傷は見当たらない。

 だが実際には打ち付けた背中が痛く、やせ我慢をしているのであった。


「……あら?」

「どうかした?」


 その時、不思議そうにエレスが小首を傾げる。

 こちらを覗いてくるテオフラトゥスに、あのときのような英雄の匂いが感じられないからだ。

 代わりに、甘い華のような香りがする。

 それが女性の匂いだと理解するなり、エレスは本能的に嫉妬を覚えていた。


「浮気者ね」

「え? う、浮気? どういう意味で……」


 そんな彼女の気持ちをテオが知ることはできなかった。

 その時、ドンっとテオは腰に伝わる衝撃に振り向く。

 見れば銀色の髪の毛――アミティエが、絡みつくように抱きついていた。


「アミティエも無事で良かった。肝心な時にいなくてごめんね」

「……ん”」

「あ痛たたた」


 そのままギューッと万力で抱きしめられて、テオは笑いながら少女の頭を叩いた。実際にはそれほど痛くもなく、微かに震えた少女に愛おしさすら感じる。

 テオにも見えていたが、後一歩のところだったのだ。

 リンネが杖から放った光線のようなものが無ければ、間に合わなかったのかもしれない。


「リンネ、さっきのは……魔法?」

「テーオさん、私も寂しかったんですよー」


 質問を無視して、アミティエとは逆方向にリンネが飛びつく。

 両手に花の状態になったテオだったが、自然と悪い気持ちはせず、苦笑しながらもそれを受け入れていた。

 

「まぁリンネもありがとう、ちゃんと守ってくれて」

「おお! テオさんに褒められました」


 そんなに褒めたことはなかっただろうか、と考えて、テオは確かになかったことに気づいた。

 そもそも、これまでは彼女のストレートな表現に対して適当に流していたはずだ。その小さな心境の変化に、今ふと気づいていた。


 水の精霊様が、自分の汚れた心でも浄化してくれたんだろうか。

 そんな風に考えたのもテオらしくはなかったが、やはり小さな変化だった。


「今のところ、さっきのモンスターが固まっているところは見てないから……多分もう大丈夫だとは思うんだけど」

「ひどいわ旦那様、もう行ってしまうんですか」

「うっ」


 確実に大丈夫とは言えず、とテオは狼狽える。

 そんな困り顔を見て満足だったのか、エレスは可笑しそうにクスクスと笑うと、普段通りの雰囲気で肩をすくめてみせた。


「いいわよ、行ってきなさい。いざとなれば私達は世界樹の中に隠れるから」

「……その中は安全なの?」

「唯一、過去の崩落で滅びてない堅牢な城よ」


 英雄譚でエレスが言っていた崩落から、あの巨木は現存していたという。

 それほどまでに強固なのだと、エレスは慎ましい胸を張って誇っていた。


「それじゃあ、悪いけど行ってくるよ。ラントバリの方も心配だから」

「ええ、こっちは気にせず行ってきなさい」


 エルフの族長様のありがたい送り出しに、テオは笑って応えた。

 ラントバリだけじゃなく、迷宮内ダンジョンの兵士達も放っておいたテオには心配事がたくさんだ。

 

「二人とも」


 指名されたリンネとアミティエが反応する。

 また、ここに残ってくれと言われるのだろうか。


「一緒についてきてくれる? 大丈夫、命にかけても守るから」


 だが、テオは二人を迎え入れていた。

 予想に反して歓迎された二人は、てっきり断られると思ったのか目を丸くしていて、振り返ったテオに不安の色が浮かんだ。


「あ、嫌なら待っててもいいんだけど」

「いえいえいえいえ、行きますよ! 私はテオさんを地の果てまで追いかけますから」

「……着いていくよ」


 どこか斜に構え、どこか一歩引いたテオが招き入れたのは、二人にとって違和感を感じたものだったが、嬉しさも感じていた。

 そうしてリンネは強く彼を抱きしめるのだが、それに関してはテオも苦笑していた。豊かな胸の感触には慣れていないらしい。

 根本的には変わっていないのだとリンネも安心し、また笑った。


 ――――――――――――

 ――――――――

 ――――――


 エルフの村を出た一行が、草原を進み、ラントバリに近づいた頃。

 またもあの街は喧噪に塗れているのだな、とテオは遠くを見ていた。


 ラントバリ城門には、一面氷がびっしりと貼り付いている。

 そして城門上では兵士達が雄叫び、喝采し、城門に立つ人物に向けて歓声を送っている。

 

「ぷっ……」

「? テオさんどうしたんですか?」

「い、いや」


 正門の下、右腕で剣を掲げたステラ。

 歓声に応えるように、勝ちどきを上げていたのだろう。

 その腕に、フィンブル。

 歓声の中にある英雄様は、どこか不満げに、そして恥ずかしげに顔を覆ってる。


 その光景が面白くて、テオは吹き出していた。

 同時に、フィンブルという人間が少し分かった気がしていた。

 恐らくその見た目や立ち振る舞いで誤解されがちだが、彼自身悪人ではないのだろう、と。


「どうやらモンスターは退治されたらしい。無駄足だったね」

「そうなんですか? でも安全になったなら良いことですよ」

「そうだね」


 今日は動きすぎた、とテオは体操するように肩を回す。

 歓声の先に歩いて行きながら、すっかり夕焼けに沈んでいく空を仰いだ。


 そして城門の下に歩み寄った一行を迎えたのは、最初に気づいたステラだった。


「テオフラトゥスさん、お疲れ様です。リンネさんにアミティエさんも一緒でしたか」

「私達はなにもしてませんけどね……」

「……うん」

「でしたら、ご無事で何よりですよ」


 剣を戻したステラが柔和に微笑む。

 ステラが一番体力が有り余ってるように見えたが、彼女も迷宮ダンジョンに入っていたはずなのだ。その底知れぬ体力に、テオは心の中で驚いていた。


「そういえばステラさん、まだいる兵士達は」

「フィンブル様の師団長がいるので大丈夫かと思いますが、私がこれから見てきますよ」

「あ、じゃあ俺も……」


 女性一人に任せるわけにはいかないと前にでたテオを、ステラが制する。


「テオさんはゆっくり休んでてください。よければ、街中の護衛という名目も兼ねて……」

「……ああ」


 ステラの目線が、まるで項垂れたように担がれたフィンブルに向けられる。

 マナを使い切った彼は、どうやら限界らしい。

 それでも城門一体のスライムを氷らせた彼の魔力は化物級だ。


「わかった。じゃあ任せるし、任されたよ」

「ええ、お願いします」


 テオとステラ。お互い頷いて、小さく笑い合う。

 そしてステラは城門を見上げるように仰ぐと、ぽつりと呟いた。


「今日のラントバリは騒がしくなりますね」


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