新しい仲間?
崩れた祭壇の前で、テオと現れた影は相対していた。
だが、テオの振るった剣は影をすり抜けて空を斬っている。
「ウンディーネさんウンディーネさん、この影の対処法を教えていただけませんか」
『知らない』
「……」
影が踊るように鎌を振るう。
すると、鎌の通った軌跡から水の波動が放たれた。
「見た目が死神のくせに使うのは水なのか……」
誰に呟くわけでもなく、それを難なく避けるテオ。
水竜と比べて凄まじい一撃ではないが、物理攻撃が通らないのは厄介だ。
そしてウンディーネ曰く、門番の出現はここだけではないということ。
時間がないと考えたテオは、黒剣を胸元に掲げてから己の能力を具現した。
「あんまり時間がないんだ。もしかしたら、ここ以外にも被害が及んでるかもしれないし……万象付与」
いつものように戦いを楽しもうとするテオの姿はない。
黒剣を下から上まで優しく撫でると、そこに緋色の光が伝っていった。
「――業火」
緋色の光が、導火線のように業火を誘導していく。
業火に燃えさかる剣が完成すると、テオはそれを掲げ、振るった。
「さぁ、燃えろ」
死神のように、振るった剣から炎を放つ。
魔法の使えないテオに使える魔法という矛盾のような力だが、放たれた炎量は凄まじいものだった。
死神が応戦しようと振るった水すら呑み込み、さらには洞穴すら喰らおうとする炎が爆散していく。
燃えろという言葉は生易しく、塵一つ残さないほどのおびただしい炎だ。
死神は声を上げる間もなく、蒸発するように、その身を炎に燃やし尽くされていった。
「あっ……やば」
だが、テオは一つのことに気づいた。
死神へ、そして祭壇へと目がけた炎の先――氷り漬けにされた竜が眠っている。
慌ててテオはエンチャントを解除したが、一度放った炎が消えることはない。
そのまま氷像にぶち当たり、仰々しい音を上げて氷を溶かしていってしまった。
テオが「やってしまった」と頭を抱えるのも束の間、収束していく炎の奥から、竜の遠吠えが聞こえてきた。
「ォォ――……!」
咆哮とは違う、洞穴を広がっていくような高い声。
竜の肌は少しすすけていたが、その強靱な鱗が守ってくれたらしく、目立った傷にはなっていないようだ。まだ貼り付く氷を鬱陶しげにしながら、テオを見据えた。
「時間がないんだけど……万象付……ん?」
構えたテオに、水竜が向かってくる様子はない。
それどころかその巨躯を沈め、頭を垂れた。
服従するようにテオの足下に鼻先を向けて、小さなうめき声を上げながらじっとしている。
「えっと……これは敵意がないってことかな?」
「ォっ」
水竜は答えるように息を吐いた。
テオの胸元ほどある大きい鼻から吹かれた風は、まるで突風のようだ。
「敵意がないなら問題じゃないか。それじゃあ、先を急ごうか」
黒剣をしまって、テオは体を翻した。
こうしている間にも他は大丈夫だろうか――と思っていた時だ。
ピンッと張った外套によって、テオの上半身がのけぞった。
「――ォ」
「うへっ……ちょ、外套を噛まないで」
その原因は、外套を噛んでいた水竜のようだ。
「急いでるんだ。もう何もしないから、ね」
「ォッ、オ――」
「ちょっ」
その瞬間、テオの体は宙を舞っていた。
着地先は水竜の額の上。
驚きに目を丸くしたテオを置き去りに、水竜は駆け出していた。
「ォォォオオ――!」
咆哮と共に、地を蹴っていく。
その一歩一歩は大きく、人間が走るより遙かに早いであろう速度だ。
「つ、連れてってくれるのか? ここからなんかないよな……」
『ちょっと私の門番が!』
「……雇い主として機能してなかっただろ」
テオは竜のたてがみを掴みながら、テオは悪態を吐く。
竜の速度は尋常ではなく、ものの数十秒で前方を行く人の影を捉えた。
九階層の階段を多くの兵士達が昇り、列を作って待っているところだったらしい。
その地響きに、そして後ろから迫る巨体と突風に、残っていた兵士達が悲鳴をあげたのは当然だった。
「うわぁぁぁぁぁぁあああああああっ!」
「竜が来たぞぉぉぉおお!」
「早くのぼれ! 押してでものぼれ! 今すぐにだ!」
「全員横にそれろ! 踏みつぶされるぞ!」
その列を乱して、慌てふためく兵士達。
最後列にいた騎士とステラ、それにフィンブルらは咄嗟に身構えていたが、その竜の額に載る人物を捉えて驚愕した。
「テオフラトゥスさん!? どうしてそんなところに!」
「……僕の最大の魔法だったのに抜け出したとはねェ」
水竜は疾駆し、そして騎士達の前で停止した。
同時に砂埃が巻き上げ、視界を奪う。
尚更に悲鳴が沸き立つ中で、テオはそれを説明しようと飛び出していた。
「待った待った! 今は無害ですから!」
宙を飛びながら、テオは叫ぶ。
最後列で出迎えたステラが駆け寄っていく。
「どういうことですか?」
「……いや、俺もわからないんだけど……仲間になった的な?」
「この竜が……ですか……?」
ステラが見上げてみると、水竜は腰を下ろして大人しいものだ。
逃げ惑う兵士達を騎士が統制しながら、一斉に駆け上がっていく。
この先は狭く、水竜の鼻先しか入らないだろう。
「モンスターが仲間になるのは不思議ですね……」
「ははっ……と、それより先を急ごう。早く街にいかないと」
ステラの背中を押すように、テオは急かす。
すると、またもや外套を引っ張られてテオはのけぞった。
「な、なにを」
「ォ」
一言、水竜が不満げに声を漏らす。
言葉が通じないテオは気にせずに行こうとするが、また引っ張られた。
「ォ」
「離してくれないかな。ほら、その体じゃ通れないだろう」
「ォォ――」
テオは鼻を小突きながら言うが、水竜は力を緩めなかった。
どうしたものか、と悩んだ時。
フラフラと寄ってきたフィンブルが、竜の言葉を代弁するように呟いた。
「わたしを連れていけ――って言ってるねェ」
「え? そんなこと言ってるんですか?」
「言ってるねェ」
胡散臭く笑うフィンブルに、テオは首を傾げた。
怪しいと疑うテオを、竜は「行くな」と無言の態度を貫いている。
しかし、彼を出すには問題があった。当然だが、この巨体では出口がない。
「けど、この巨体で出るのは……」
『元は精霊に宿った水のマナからできた門番よ。私みたく内包できるわよ』
「え?」
テオの中でウンディーネが囁くなり、鼻先に触れていた手のひらに暖かいものが宿っていく。
まるで魔法を使っているような気分だ。
『幸い貴方はやったらマナの器が大きいみたいだからね。勝手に入れてあげる』
ウンディーネが言うなり、水竜が光に包まれていく。
水竜が光の粒子となって四散していくなり、その手へと吸い込まれていく光景を、その場にいた三人は驚きながら見守っていた。
そして完全に光が吸い込まれていった時、あれほど巨大だった竜は姿を消していた。
「……これは俺の中に入り込んだとか、そういうやつ?」
『ォ』
その疑問に応えるように、明るい鳴き声がテオの頭に響く。
どうやらそれで正しいようだ、とテオは苦笑した。
「君は色々と規格外だねェ」
今見た光景に思考が回らず、フィンブルが頭をかき乱す。
ステラもまた驚いていたが、いつも不思議なことを起こすのがテオフラトゥスという人間だ。彼女は何かを諦めたように肩を下ろした。
「と、とにかく今はここを出ないと」
二人の視線を感じて、テオ自身も整理はついていなかったが、追求から逃げるように階段の奥を指さした。




