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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.2 ラントバリ防衛戦
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新しい仲間?


 崩れた祭壇の前で、テオと現れた影は相対していた。

 だが、テオの振るった剣は影をすり抜けて空を斬っている。


「ウンディーネさんウンディーネさん、この影の対処法を教えていただけませんか」

『知らない』

「……」


 影が踊るように鎌を振るう。

 すると、鎌の通った軌跡から水の波動が放たれた。


「見た目が死神のくせに使うのは水なのか……」


 誰に呟くわけでもなく、それを難なく避けるテオ。

 水竜と比べて凄まじい一撃ではないが、物理攻撃が通らないのは厄介だ。


 そしてウンディーネ曰く、門番の出現はここだけではないということ。

 時間がないと考えたテオは、黒剣を胸元に掲げてから己の能力を具現した。


「あんまり時間がないんだ。もしかしたら、ここ以外にも被害が及んでるかもしれないし……万象付与エンチャント


 いつものように戦いを楽しもうとするテオの姿はない。

 黒剣を下から上まで優しく撫でると、そこに緋色の光が伝っていった。


「――業火フルブレイズ

 

 緋色の光が、導火線のように業火を誘導していく。

 業火に燃えさかる剣が完成すると、テオはそれを掲げ、振るった。


「さぁ、燃えろ」


 死神のように、振るった剣から炎を放つ。

 魔法の使えないテオに使える魔法という矛盾のような力だが、放たれた炎量は凄まじいものだった。

 死神が応戦しようと振るった水すら呑み込み、さらには洞穴すら喰らおうとする炎が爆散していく。

 

 燃えろという言葉は生易しく、塵一つ残さないほどのおびただしい炎だ。

 死神は声を上げる間もなく、蒸発するように、その身を炎に燃やし尽くされていった。


「あっ……やば」


 だが、テオは一つのことに気づいた。

 死神へ、そして祭壇へと目がけた炎の先――氷り漬けにされた竜が眠っている。


 慌ててテオはエンチャントを解除したが、一度放った炎が消えることはない。

 そのまま氷像にぶち当たり、仰々しい音を上げて氷を溶かしていってしまった。


 テオが「やってしまった」と頭を抱えるのも束の間、収束していく炎の奥から、竜の遠吠えが聞こえてきた。


「ォォ――……!」


 咆哮とは違う、洞穴を広がっていくような高い声。

 竜の肌は少しすすけていたが、その強靱な鱗が守ってくれたらしく、目立った傷にはなっていないようだ。まだ貼り付く氷を鬱陶しげにしながら、テオを見据えた。

 

「時間がないんだけど……万象付……ん?」


 構えたテオに、水竜が向かってくる様子はない。

 それどころかその巨躯を沈め、頭を垂れた。

 服従するようにテオの足下に鼻先を向けて、小さなうめき声を上げながらじっとしている。


「えっと……これは敵意がないってことかな?」

「ォっ」


 水竜は答えるように息を吐いた。

 テオの胸元ほどある大きい鼻から吹かれた風は、まるで突風のようだ。


「敵意がないなら問題じゃないか。それじゃあ、先を急ごうか」


 黒剣をしまって、テオは体を翻した。 

 こうしている間にも他は大丈夫だろうか――と思っていた時だ。

 ピンッと張った外套によって、テオの上半身がのけぞった。


「――ォ」

「うへっ……ちょ、外套を噛まないで」


 その原因は、外套を噛んでいた水竜のようだ。


「急いでるんだ。もう何もしないから、ね」

「ォッ、オ――」

「ちょっ」


 その瞬間、テオの体は宙を舞っていた。

 着地先は水竜の額の上。

 驚きに目を丸くしたテオを置き去りに、水竜は駆け出していた。


「ォォォオオ――!」


 咆哮と共に、地を蹴っていく。

 その一歩一歩は大きく、人間が走るより遙かに早いであろう速度だ。


「つ、連れてってくれるのか? ここからなんかないよな……」

『ちょっと私の門番が!』

「……雇い主として機能してなかっただろ」


 テオは竜のたてがみを掴みながら、テオは悪態を吐く。

 竜の速度は尋常ではなく、ものの数十秒で前方を行く人の影を捉えた。


 九階層の階段を多くの兵士達が昇り、列を作って待っているところだったらしい。

 その地響きに、そして後ろから迫る巨体と突風に、残っていた兵士達が悲鳴をあげたのは当然だった。


「うわぁぁぁぁぁぁあああああああっ!」

「竜が来たぞぉぉぉおお!」

「早くのぼれ! 押してでものぼれ! 今すぐにだ!」

「全員横にそれろ! 踏みつぶされるぞ!」


 その列を乱して、慌てふためく兵士達。

 最後列にいた騎士とステラ、それにフィンブルらは咄嗟に身構えていたが、その竜の額に載る人物を捉えて驚愕した。


「テオフラトゥスさん!? どうしてそんなところに!」

「……僕の最大の魔法だったのに抜け出したとはねェ」


 水竜は疾駆し、そして騎士達の前で停止した。

 同時に砂埃が巻き上げ、視界を奪う。

 尚更に悲鳴が沸き立つ中で、テオはそれを説明しようと飛び出していた。


「待った待った! 今は無害ですから!」


 宙を飛びながら、テオは叫ぶ。

 最後列で出迎えたステラが駆け寄っていく。


「どういうことですか?」

「……いや、俺もわからないんだけど……仲間になった的な?」

「この竜が……ですか……?」


 ステラが見上げてみると、水竜は腰を下ろして大人しいものだ。

 逃げ惑う兵士達を騎士が統制しながら、一斉に駆け上がっていく。

 この先は狭く、水竜の鼻先しか入らないだろう。


「モンスターが仲間になるのは不思議ですね……」

「ははっ……と、それより先を急ごう。早く街にいかないと」


 ステラの背中を押すように、テオは急かす。

 すると、またもや外套を引っ張られてテオはのけぞった。


「な、なにを」

「ォ」


 一言、水竜が不満げに声を漏らす。

 言葉が通じないテオは気にせずに行こうとするが、また引っ張られた。


「ォ」

「離してくれないかな。ほら、その体じゃ通れないだろう」

「ォォ――」


 テオは鼻を小突きながら言うが、水竜は力を緩めなかった。

 どうしたものか、と悩んだ時。

 フラフラと寄ってきたフィンブルが、竜の言葉を代弁するように呟いた。


「わたしを連れていけ――って言ってるねェ」

「え? そんなこと言ってるんですか?」

「言ってるねェ」


 胡散臭く笑うフィンブルに、テオは首を傾げた。

 怪しいと疑うテオを、竜は「行くな」と無言の態度を貫いている。


 しかし、彼を出すには問題があった。当然だが、この巨体では出口がない。

 

「けど、この巨体で出るのは……」

『元は精霊に宿った水のマナからできた門番よ。私みたく内包できるわよ』

「え?」


 テオの中でウンディーネが囁くなり、鼻先に触れていた手のひらに暖かいものが宿っていく。

 まるで魔法を使っているような気分だ。


『幸い貴方はやったらマナの器が大きいみたいだからね。勝手に入れてあげる』


 ウンディーネが言うなり、水竜が光に包まれていく。

 水竜が光の粒子となって四散していくなり、その手へと吸い込まれていく光景を、その場にいた三人は驚きながら見守っていた。


 そして完全に光が吸い込まれていった時、あれほど巨大だった竜は姿を消していた。


「……これは俺の中に入り込んだとか、そういうやつ?」

『ォ』


 その疑問に応えるように、明るい鳴き声がテオの頭に響く。

 どうやらそれで正しいようだ、とテオは苦笑した。


「君は色々と規格外だねェ」


 今見た光景に思考が回らず、フィンブルが頭をかき乱す。

 ステラもまた驚いていたが、いつも不思議なことを起こすのがテオフラトゥスという人間だ。彼女は何かを諦めたように肩を下ろした。


「と、とにかく今はここを出ないと」


 二人の視線を感じて、テオ自身も整理はついていなかったが、追求から逃げるように階段の奥を指さした。


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