洞穴のダンジョン
ダンジョンとはどんなものだろうか、
そう聞かれた時、テオは荘厳に構えた塔を想像する。
もしくは、不思議な装飾の施された扉をくぐると、世界が変わったように別の光景が広がるといったところか。
しかし、目の前に広がるのはそれとかけ離れたものだ。
ただの洞穴。
それ以上に形容できない、ただの洞穴だ。
やや大きく開いた入り口からは、ひやりとした風が吹いている。
無意識に前世の記憶と照合していたテオは、巨大な布袋を背負いながら肩を落としていた。
「先行の小隊が進んでからそろそろかねェ。僕らもいこうか」
9小隊100人が先行してから数十分して、フィンブルが呟いた。
ギルドの者や、ラントバリの私兵を合わせれば百人を超えるはずだ。
「君は名目上補佐だから着いてきてもらうよ。まぁ、でも途中でどっか歩てもいいけど死なないようにねェ」
「縁起でも無いことを言いますね」
テオとフィンブル、互いに微笑を浮かべながらも視線は交えなかった。
この場には、フィンブルの部下である騎士達と、テオフラトゥス、そしてステラの姿もある。
「それじゃあ僕らも出発しようかァ。皆、英雄の加護があらんことを」
胸元で印を結んだフィンブルの言葉に、周りにいた兵士達が復唱した。
先行するのはステラ達、騎士。
テオに小さく会釈をしたステラを筆頭に、フルフェイスの兜を被った騎士達が後を進んでいく。
騎士の兜の隙間から、テオを品定めするような鋭い視線が何度も向けられた。
だが、それも当然だ。
何の実績もなく、知名度もないテオが六英傑の隣にいることがおかしいのだから。
「テオフラトゥスくん、期待してるよォ」
耳元に絡みつくような低い声で囁かれて、テオはびくりと飛び跳ねた。
「……善処しますよ」
フィンブルはクックックと喉を鳴らしながら、その洞穴と足を踏み入れていった。
その後を、テオも追っていく。
洞穴に流れる風は湿っていた。
岩肌はじんわりと汗が浮かぶように濡れていて、あまり長いしたくない場所だ。
先行隊の進む光を見つめ、テオは用心深く周囲を探っていく。
その時、洞窟の奥から叫び声が反響してきた。
「――しっ!」
「――ゅうばん隊、問題なし!」
「十番隊、問題なしッ!」
まるで木霊するように前方から声が届いてくる。
「ん……声が」
「号令みたいなものだよォ。一番隊から点呼していって、各隊の班長が答えるんだ。数十分感覚で、まっ、安否確認みたいなものだねェ」
なるほど、とフィンブルの答えにテオが頷く。
「ここから数階は前回歩いたしねェ……まぁしばらくは大丈夫でしょう、しばらくは」
どこか意味深くフィンブルは呟いた。
洞穴の奥というよりは、下から重々しいマナを感じる。
それを事前に察知したのだろうか、フィンブルと同じようにテオも身構えていた。
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洞穴には、人工的にも見える地下への階段が備えられていた。
フィンブルによれば、以前、調査した時には4階まで確認したという。
しかし、あらかた敵を排除し終えていた討伐隊は、以前よりも難なく迷宮を降下していた。
迷宮、地下九階。
異変を感じたのは、この階からだ。
視界はハッキリしている。
9階層はやけに広く、天井が高い。
横に大きく広がった道は一直線へと延びていて、道もやけに平坦だ。
だが、フィンブルとテオは重々しく言葉を発した。
「っ……なんだろうねェ……、やけにじめじめしてるよ」
「……やけに水のマナが溢れかえってますね」
奥に進むごとに、体にのし掛かるような水気が襲い掛かってくる。
衣服が水を吸い込んだように重い。
先を進んでいたはずの傭兵や兵士達が、壁際でへたり込んでいる姿もちらほら見えてきた。
「っふう……干し肉は失敗だったな」
湿気ってしまった干し肉を囓りながら、テオは残念そうに言葉を吐き捨てた。
進むにつれ、湿気っていく干し肉と、脱落していくギルドの傭兵やラントバリの兵士達。
その中でも、さすがは王都の騎士達だろうか。
フィンブルの前方を歩く騎士達は、その重装備を身に纏いながらも、歩を緩めてはいなかった。
しかし、そんな騎士達にも愚痴を呟く権利はある。
「ふぅ……」
「この蒸し暑さはたまったもんじゃないなっ……」
「うむ、だがいつあの異形の者が出るかわからないからな」
「そうですな……」
一同に、今すぐ新鮮な空気を吸い込みたい気分だろう。
じめじめとした洞穴に似合った陰鬱とした雰囲気だ。
テオは額の汗を拭いながら、冗談っぽくフィンブルに問いかけた。
「フィンブル様が氷でも作ってくれると涼しそうですね」
「……できればねェ……」
洞穴を凍らせようとした時、フィンブルは失敗したという。
ごく少量の氷なら可能らしく、脱落組には氷のうを配っていた所まではテオも見ていた。
「フィンブル隊長」
その時、ステラがこちらに駆け寄っていた。
彼女の美しい金髪は、額に貼り付いていてもなお美しく見えてしまう。
「前方に祭壇のようなものを発見しました。ですが……」
「どうしたのかなァ」
「……そこで行き止まりでした」
ステラの言葉に、フィンブルは表情を険しくした。
討伐任務と謳ったにもかかわらず、敵とは一度も会えず、何の成果も得られなかった結末がフィンブルの中に過ぎる。
「まずはそこを調べてみるしかないねェ」
だが、祭壇があるならばそれを調べるだけだ。
足早に向かった一行を迎えたのは、まずは巨大な石造りの建造物だった。
両脇、そして中央には人工的な階段が通っており、その奥には4本の柱が構えている。
階段を駆け上がっていくフィンブルとステラを見送りながら、テオはふと地面に注目した。
「……なんだろ、遺跡の下に魔方陣?」
魔方陣と考えたテオだったが、その陣は子どもが書き殴ったように乱雑だ。
それがなぜ魔方陣だと思ったのかも不明なほどに。
階段を上った先、祭壇があるという建物の最上階は広かった。
それを囲っていたのは約50人ほどだろうか。
長い道中に敵はいなかったが、気づけば半分にもなっていたらしい。
「ここで、行き止まりです」
「……なるほどェ」
祭壇には、何もない。
円形に伸びた台座の上には何もなく、その周囲には四本の柱が囲うだけだ。
左右、奥は壁。
文字通り何もない。
「しばらくこの祭壇を探ってみようか。何か見つけたら教えてねェ」
諦めるわけにはいかず、フィンブルの号令に周囲の者が動き出した。
最悪、この祭壇を壊してみることになるだろう。
テオもまた、先ほどの魔方陣が気になって階段を降りていた。
見れば見るほど、これは魔方陣なのかと頭を悩ませてしまう。
テオは記憶を探ってみるものの、どれも思いつくようなものはなかった。
すると面倒くさそうに頭を掻きながら、にやりと笑う。
「……適当にマナを込めてみちゃいますか」
何かあるのなら見てみたい。
汗を拭いながら、テオは己の周囲に漂うマナを集めていく。
そして、魔方陣と思わしきものに手を触れようとした時、
――テオの姿は消えていた。




