よし、働こう
「……それで、どうしますか?」
果実酒と串焼きをちまちまと摘まんでいたテオに、リンネが問いかけた。
「んー……街に残ろうかな、って」
「テオさんの力があれば助かるって言ってましたよ?」
リンネの言葉に、テオは肩をすくめた。
ステラとフィンブルがいれば戦闘面では困らないだろう、と。
それならば街に残りつつ今いる二人を守り、悠々とその帰りをお待ちした方がいいのではないか、とテオは考えていた。
「いまいちあの人を信用できないから」
「……なんだかテオさん、あの人に対してすっごく警戒心強くないですか?」
リンネが不思議そうに小首を傾げる。
その拍子に長く伸びた前髪が揺れ、その大きな瞳を隠す。
テオ自身は丁寧に対応し、隠しているつもりだったが、どこか綻びがあったのだろう。いつも見ていたリンネには気づかれたらしい。
よく見ているんだな、と関心しつつテオは顎を撫でた。
「そう見えた?」
「ずっと厳しい目をしてましたよ。ぐいーって」
少女が指を使って眉間にしわを寄せたのをみて、テオは吹き出した。
「まぁ急にあんなこと言われたら信用できないし、裏があるかもってね」
「あんな有名な人がそんなことしますかね?」
「だからこそ、怪しいんだ」
なぜ英傑とまで呼ばれた男が気軽にこちらに詰め寄ってきたのか。
空いた串を加えながら、テオは唇をすぼめた。
とはいえフィンブルを疑う原因を占めるのは、アミティエの件だろう。
彼女を引き取ろうとした件については未だにわかっていなければ、どうしようとしたのかもわからない。
「まぁけどリンネが依頼を受けたいって言うなら、俺はついていくよ」
「テオさんが決めてもいいんですよ? 私も着いていきますから」
「いやいや、リンネが決めていいよ」
「たまにはテオさんにおつきあいしますよ」
「いやいや」
「いえいえ」
そこから先は堂々巡りだ。
互いに悪気があるわけではないが、譲り合ってしまう。
テオ自身考えてれば、今までリンネの後を着いていっただけな気がした。
いや、気がしたではなく真実だ。
優柔不断というよりは自分で決めようとしていない。
「……なんだか自分が情けなくなってきた」
「え?」
行儀悪くテーブルの上に突っ伏すテオに、リンネは目をぱちくりとしている。
どうしてその流れから落ち込んでしまったのだろう、と。
「そろそろ働く時かな……」
隣にいたアミティエを見て、テオはぼそっと呟いた。
食べ物を囓り、口元を汚す少女を見て、これからのことを考えてしまう。
美味しい食べ物にも、綺麗な服にも、いつか持つ趣味にも、お金は必要だ。
テオは自分が稼がなければいけないことを再認識した。
「よし」
テオは起き上がり、机を叩く。
喧噪の中に消えていく机の音に、二人の少女だけが驚いていた。
「働くか!」
「おー、ぱちぱちぃ」
わざとらしく喝采してくれたリンネの声を受けて、テオは決意する。
――活躍し、あの男から膨大な額をふんだくってやろうと。
ステラから受け取れる金額はほぼリンネに渡し、フィンブルからむしり取ったお金はアミティエに費やせば完璧だ。
よし、これだ、とテオは拳を握った。
「というわけで二人は待っていてもらえる?」
「ええ! なんでそうなるんですか!」
「……どういうこと?」
怒声あげたリンネに続き、食事をしていたアミティエまでもが怒気を孕んだ低い声で問いかけていた。
だが、テオにも考えはある。
「二人でエルフの村に行ってほしいんだ。もしかしたら討伐戦で傷を負った人が溢れて、薬草や、精錬した後の薬が高値で売れるかもしれないからね」
皆考えるだろうが、エルフの村ならば良質な薬草を大量に得られるかもしれない。
稼ぎ時なんだ、とテオは力説した。
「でもテオさんと離れるのは……」
「それにエルフの村なら安全だ。俺たち以外の進入を許さないって言うじゃないか」
数百年、侵入者を許さないエルフの村だ。
街よりよっぽど安全かもしれない、とテオは考えていた。
その時、テオは自分の袖が引っ張られるのを感じて振り返った。
アミティエが赤い瞳を揺らし、悲しそうに見上げている。
「……捨てないで」
「どこでそんなことを覚えたんだ」
だが、明らかに見抜ける演技だ。
テオはわしゃわしゃ頭を撫でると、いやがる少女も無視して続けた。
「まぁ発信源はリンネだろうけど……。いいからお姉ちゃんと行ってきなさい」
「撫でないで……!」
撫でている内に、凄まじい毛量の銀髪が指に絡んだ。
どうやらアミティエはそれが嫌らしく、テオはぽんぽんと頭を叩いて手を引っ込めた。
「私もテオさんと離れるのはいやです! 誓ったじゃないですか! 死がふたりを分かつまでって!」
「そんな記憶ない!」
「うぅ……私達を捨てないでください……」
おいおいと涙を流すリンネはなかなかの役者っぷりだ。
テオは苦笑しつつ、そのおでこを小突いた。
「あうっ……」
「信頼してるからこそ任せるんだ。リンネ、アミティエを任せたよ」
「……ぅぅ」
テオがそう言ってやると、リンネも押し黙った。
それもまた信頼の形であり、リンネがそれを反故するような人ではないこともわかったうえでテオはそう告げている。
「いじわるです」
悔しそうに呟いてから、仕方なくと言わんばかりにリンネは口を尖らせた。
百歩譲った無言の承諾。
意地悪に笑ったテオは満足げに頷いた。
「ありがとう。アミティエもしっかりと言うこと聞くんだよ」
「……」
無言で、そっぽ向く。
どちらも認めてはいなかったが、何とか納得してくれた形だ。
こうしてテオは、数週間ぶりに依頼を受諾することになった。
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後日、ギルドに足を踏み入れたテオを迎えたのは、氷のような男――フィンブルだ。
テオの姿を見るなり、彼もまた満足げに微笑する。
その手には依頼書が握られ、ギルドのカウンターへと提出される。
ただ一言「よろしくねェ」と言って去った彼の背を、テオは訝しげに見ていた。
【大規模討伐任務】
内 容:迷宮の特別護衛、および調査
依頼人:フィンブル・アルセナリ
報 酬:金貨10枚、および迷宮内での戦利品
対 象:テオフラトゥス・フォン・アウルハイム(職業:なし)
備 考:対象のみ
その依頼書を見た受付嬢は驚きつつ、テオを探るように見ていた。
六英傑直々の依頼、それも無職の男のみを対象とした依頼に。
しかし、疑うことはできても拒否する権利は彼女になく、テオは難なくその依頼を受けてギルドを跡にした。
――ステラの依頼がどれだけ非常識な報酬をしているかわかる。
六英傑直々の依頼を見つめ、テオは笑ってしまった。
テオは市街に並ぶ店で干し肉を、飲み水を、更に干し肉を買っていく。
装備はいつもの軽装に外套を羽織る程度。
これから迷宮に行くとは思えない姿は、夢見た若者が準備を怠っている姿に他ならない。
それでもテオフラトゥスの足取りは軽く、来たるべき明日の大規模討伐任務に向けて小さく胸を躍らすのだった。




