多面性氷柱男
夜が訪れてなお、ラントバリは騒がしい。
特に騒がしいのは、ラントバリ最大級の酒場『英雄達の憩い』だ。
先ほどの異変に対して、深刻に悩む者がいれば、楽観視する者。
その時の武勇伝を語る者や、それを茶化す者。
他愛のないことを語る若者や、行く末を語る中年。
誰しもが口を開く酒場にて、テオ達もまた、端の方でテーブルを囲っていた。
「待たせて悪かったねェ……、詳細に報告しろとうるさいものだ」
そう呟いたのは、テオ達の対面に座るフィンブルだ。
彼は愚痴をこぼすように苦笑しては、手にしていた火酒を楽しんでいる――と思えば、一気に飲み干した。
その姿を見て、リンネは驚きに目を見開いている。
「んんー、やっぱりラントバリの酒は旨いねェ」
「ひ、火酒だけど大丈夫なんですかぁ……?」
「喉で味わうって言わないかい? お嬢さんにも飲ませてあげたいけど、そちらのお兄さんが怖いかもしれないしねェ」
そちらのお兄さんとはテオだろう。
火酒を飲んだというのに、フィンブルの肌はなおも青白い。
「はははっ、そんな神経質じゃないですよ」
「へぇ……そちらのお嬢さんを隠そうと必死に見えたから、厳しいのかなって思ってねェ」
「またまた。――失礼ですが、フィンブル様の目が怖いのですよ」
「……なるほどなるほど。そうだねェ。よく言われるよー」
抑揚を欠いた低い声だ。
テオは笑いながら、テーブルに置かれた料理に目を向けた。
色んなものを混ぜ込んだ茶色のスープ、串焼きにした肉、野菜の漬け焼きなど、エルフの村とは違った濃い料理が美味しそうな匂いを放っている。
敷き詰めた芋の上にトマトとチーズを乗せて焼いた料理は、特に目を見張る。
「それで今回はどのような御用で?」
「んー。まずは改めて、ご協力に感謝するよ。ありがとう」
フィンブルの間延びした声が、ハッキリとした語調にかわる。
「今回の件はねェ、おそらく周囲の水のマナの影響なんだ」
「はい、聞いています」
「あっ、ステラ嬢から聞いてるんだっけ」
テオの言葉に、フィンブルはへらっと笑った。
「その生物に関しては、草原の先、森のほうから現れたと聞いているんだ。僕らはそこを調査しにいって、洞穴を見つけたんだ」
「洞穴……?」
エルフの村だろうか、とテオは眉一つ動かさず驚く。
しかし、隣にいたリンネは反応してしまったらしく、彼女はハッとテオを見ていた。
「何か知ってたりするのかなァ?」
「あっ、いえ……」
冷笑の上に動くは虫類のような目が、リンネを睨む。
萎縮してしまったリンネに代わって、テオが発言した。
「自分らも薬草を採りに行ったとき、洞穴を見つけました。残念ながら大岩で塞がってましたが」
「なるほどねェ……まぁ僕らもそこに踏み入れたんだ。そうしたら何だったと思う?」
問いかけてきたフィンブルに、テオ達は首を傾げる。
すると、冷笑した男は吐き捨てるように言った。
「迷宮だよ」
「迷宮……?」
「そう、行っても行っても下に降りるばかり、先が見えなかった。
しかも道中には、あの生物がいてねェ。思わず引き返してきたのが先日だ」
先日といえば、テオ達が来たときだ。
そこでステラに対して招集が掛かってしまったのだろう。
「その洞穴を凍り漬けにしようと思ったんだけど、凍らないんだァ。全魔力を持ってしてもダメだった」
「……六英傑と言われたフィンブル様にもですか」
「急に畏まるねェ。嫌みかな?」
「いえいえ」
そんなことはないとテオは笑い、フィンブルも冗談だとわかって笑った。
「モンスターはでるわ、先が見えないわで迷宮……ですか」
「そういうことだ。それで二日後、僕らは大規模討伐任務を行う。最低限の戦力をこの街に残し、僕ら一個師団、ギルドの者、騎士達でだ」
「なるほど」
テオは木色の天井を仰いだ。
――これは俺たちにもついてこい、という無言の意思なのかと。
そんなテオに対して、フィンブルは口の端をにんまりと吊らせていた。
「強制はしないよォ」
「……本当ですか?」
「ああ、そこは君たちに任せよう。参加するもしないも自由だ。気が向いたら来てもいい」
二杯目の火酒を飲みながらフィンブルは続けた。
「君にはここを防衛してもらってもいいんだ。さっきみたいにねェ」
「あの量が来たら、フィンブル様みたくどうにかできませんが」
「ハハハハ」
テオの言葉に、フィンブルは作り笑いのようなものを口にしていた。
その作り笑いには、こちらの発言を冗談と決めつけて笑っているようだ。
「ちなみにステラ嬢は僕らと共に迷宮巡りだ」
卑怯な男だ。
仲間を引き合いに出されては、テオも手伝わなくてはと思ってしまう。
「二日あるなら考えていいですか? 俺には連れがいるので、話し合わないと」
「さっきもいったけど、当日でもいいよォ。来なくても、もしもの時のラントバリ周辺防衛に回ってもいいしね」
「どのみち、手伝うのは確定なんですね」
「ごめんねェ」
それだけは譲れないんだと冷笑を浮かべたフィンブルこそ、本来の姿なのだろう。
一つ一つの変化に寒気を感じてしまう男だ。
するとフィンブルは、またも意表を突くように言葉を発した。
「実はさ、事前に傭兵団に依頼してたんだよねェ」
「……」
「ようへいだん……」
その言葉に反応したのは、テオだけではない。
小さな少女――アミティエも呟くなり、テーブルから顔を見上げていた。
「ガステンキッド傭兵団っていうところでねェ。
評判は悪いんだけど、その団長は勇将ともなる凄腕なんだ。副長の賢者も水魔法の達人だったかな」
「……そんな人等がいれば、安心ですね」
「それがラントバリ前で連絡も途絶えてねェ。今現在、どこにいるのやら」
「それはそれは」
動悸を抑えながら、テオは努めて残念そうな声を出して見せた。
間違いなく、アミティエを輸送していた傭兵団のことだろう。
その時、テオは自分の太ももに何かが触れたような気がして、反応した。
細く小さな腕が震えている。
それがアミティエのだとわかり、テオは握り返した。
幼いながらも、気丈な少女だ。
目は伏せているが、震えを手だけに収め、それを隠そうとしている。
「まぁだから人手不足なんだ。急に申し訳ないけど、お願いするねェ」
「いえいえ。どうせ俺等の出番なんてないことを期待してます」
「まっ、ステラ嬢がいたのは幸いだねェ。彼女がいれば、傭兵団以上の働きをしてくれるだろう」
火酒をまたも飲み干して、フィンブルは大きく息を吐いた。
その青白い肌には、未だ紅潮する様子は見えない。
代わりに、ため息と共に疲労の色が浮かんだ。
「ふぅ、今日はマナを使い過ぎちゃって疲れてしまったよ」
「お疲れ様です。ゆっくり休むのも大切だと思いますよ」
「そうだねェ……」
呟くなり、フィンブルは膝元に置いていた帽子を被った。
蒼白とした髪を、蒼穹を宿した瞳を隠し、口元を歪ませる。
「最後に一つだけ」
「?」
怪しく笑った男は、人差し指を構えた。
「僕はね。ある意味ぃ、人間じゃない」
突然の言葉に意味がわからず、テオ達は疑問を抱きながら耳を傾けた。
「言ってしまえば化け物だ。だけど、この世界は人間以外に優しくはない」
帽子を深く被り直すとフィンブルは立ち上がる。
すると細身の体を折り曲げて、テーブルを挟んだ相手にこう囁いた。
「だから君も、辛くなったら来るといい。いつだって僕は相談に乗るからねェ」
誰に向けたわけでもない。
その場にいた3人を誘うような優しい声でそう告げる。
しかし、その言葉の意味を伝える気はなかったのだろう。
当然、テオ達には意味を理解できず、その言葉を反芻しては首を傾げるだけだ。
「また会おうねェ」
男はそのまま体を翻していた。
最後まで意味深でいて、よくわからない男だ。
後ろ姿を訝しげに見つめながら、テオは肩をすくめた。
その時だ。テオの隣にいたリンネが叫んのは、
「あああああ! テオさんテオさん!」
「え? どうしたの?」
「あの人……」
酒場の扉をくぐり抜けてしまった男の姿を差しながら、リンネは言った。
「お金払ってないです!」
「……あ」
机に置かれた二つの火酒。
果実酒よりも二倍のするそれは、この中のメニューにおいて最も高いものだった。




