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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.2 ラントバリ防衛戦
32/44

多面性氷柱男

 夜が訪れてなお、ラントバリは騒がしい。

 特に騒がしいのは、ラントバリ最大級の酒場『英雄達の憩い』だ。


 先ほどの異変に対して、深刻に悩む者がいれば、楽観視する者。

 その時の武勇伝を語る者や、それを茶化す者。

 他愛のないことを語る若者や、行く末を語る中年。

 誰しもが口を開く酒場にて、テオ達もまた、端の方でテーブルを囲っていた。


「待たせて悪かったねェ……、詳細に報告しろとうるさいものだ」


 そう呟いたのは、テオ達の対面に座るフィンブルだ。

 彼は愚痴をこぼすように苦笑しては、手にしていた火酒を楽しんでいる――と思えば、一気に飲み干した。

 その姿を見て、リンネは驚きに目を見開いている。


「んんー、やっぱりラントバリの酒は旨いねェ」

「ひ、火酒だけど大丈夫なんですかぁ……?」

「喉で味わうって言わないかい? お嬢さんにも飲ませてあげたいけど、そちらのお兄さんが怖いかもしれないしねェ」


 そちらのお兄さんとはテオだろう。

 火酒を飲んだというのに、フィンブルの肌はなおも青白い。


「はははっ、そんな神経質じゃないですよ」

「へぇ……そちらのお嬢さんを隠そうと必死に見えたから、厳しいのかなって思ってねェ」

「またまた。――失礼ですが、フィンブル様の目が怖いのですよ」

「……なるほどなるほど。そうだねェ。よく言われるよー」


 抑揚を欠いた低い声だ。

 テオは笑いながら、テーブルに置かれた料理に目を向けた。


 色んなものを混ぜ込んだ茶色のスープ、串焼きにした肉、野菜の漬け焼きなど、エルフの村とは違った濃い料理が美味しそうな匂いを放っている。

 敷き詰めた芋の上にトマトとチーズを乗せて焼いた料理は、特に目を見張る。

 

「それで今回はどのような御用で?」

「んー。まずは改めて、ご協力に感謝するよ。ありがとう」


 フィンブルの間延びした声が、ハッキリとした語調にかわる。


「今回の件はねェ、おそらく周囲の水のマナの影響なんだ」

「はい、聞いています」

「あっ、ステラ嬢から聞いてるんだっけ」


 テオの言葉に、フィンブルはへらっと笑った。


「その生物に関しては、草原の先、森のほうから現れたと聞いているんだ。僕らはそこを調査しにいって、洞穴を見つけたんだ」

「洞穴……?」


 エルフの村だろうか、とテオは眉一つ動かさず驚く。

 しかし、隣にいたリンネは反応してしまったらしく、彼女はハッとテオを見ていた。


「何か知ってたりするのかなァ?」

「あっ、いえ……」


 冷笑の上に動くは虫類のような目が、リンネを睨む。

 萎縮してしまったリンネに代わって、テオが発言した。


「自分らも薬草を採りに行ったとき、洞穴を見つけました。残念ながら大岩で塞がってましたが」

「なるほどねェ……まぁ僕らもそこに踏み入れたんだ。そうしたら何だったと思う?」


 問いかけてきたフィンブルに、テオ達は首を傾げる。

 すると、冷笑した男は吐き捨てるように言った。


迷宮ダンジョンだよ」

迷宮ダンジョン……?」

「そう、行っても行っても下に降りるばかり、先が見えなかった。

 しかも道中には、あの生物がいてねェ。思わず引き返してきたのが先日だ」


 先日といえば、テオ達が来たときだ。

 そこでステラに対して招集が掛かってしまったのだろう。


「その洞穴を凍り漬けにしようと思ったんだけど、凍らないんだァ。全魔力を持ってしてもダメだった」

「……六英傑と言われたフィンブル様にもですか」

「急に畏まるねェ。嫌みかな?」

「いえいえ」


 そんなことはないとテオは笑い、フィンブルも冗談だとわかって笑った。


「モンスターはでるわ、先が見えないわで迷宮ダンジョン……ですか」

「そういうことだ。それで二日後、僕らは大規模討伐任務を行う。最低限の戦力をこの街に残し、僕ら一個師団、ギルドの者、騎士達でだ」

「なるほど」


 テオは木色の天井を仰いだ。

 ――これは俺たちにもついてこい、という無言の意思なのかと。

 そんなテオに対して、フィンブルは口の端をにんまりと吊らせていた。


「強制はしないよォ」

「……本当ですか?」

「ああ、そこは君たちに任せよう。参加するもしないも自由だ。気が向いたら来てもいい」


 二杯目の火酒を飲みながらフィンブルは続けた。


「君にはここを防衛してもらってもいいんだ。さっきみたいにねェ」

「あの量が来たら、フィンブル様みたくどうにかできませんが」

「ハハハハ」


 テオの言葉に、フィンブルは作り笑いのようなものを口にしていた。

 その作り笑いには、こちらの発言を冗談と決めつけて笑っているようだ。


「ちなみにステラ嬢は僕らと共に迷宮ダンジョン巡りだ」


 卑怯な男だ。

 仲間を引き合いに出されては、テオも手伝わなくてはと思ってしまう。


「二日あるなら考えていいですか? 俺には連れがいるので、話し合わないと」

「さっきもいったけど、当日でもいいよォ。来なくても、もしもの時のラントバリ周辺防衛に回ってもいいしね」

「どのみち、手伝うのは確定なんですね」

「ごめんねェ」


 それだけは譲れないんだと冷笑を浮かべたフィンブルこそ、本来の姿なのだろう。

 一つ一つの変化に寒気を感じてしまう男だ。

 するとフィンブルは、またも意表を突くように言葉を発した。

 

「実はさ、事前に傭兵団に依頼してたんだよねェ」

「……」

「ようへいだん……」


 その言葉に反応したのは、テオだけではない。

 小さな少女――アミティエも呟くなり、テーブルから顔を見上げていた。


「ガステンキッド傭兵団っていうところでねェ。

 評判は悪いんだけど、その団長は勇将ヴァンガードともなる凄腕なんだ。副長の賢者ウィザードも水魔法の達人だったかな」


「……そんな人等がいれば、安心ですね」

「それがラントバリ前で連絡も途絶えてねェ。今現在、どこにいるのやら」

「それはそれは」


 動悸を抑えながら、テオは努めて残念そうな声を出して見せた。

 間違いなく、アミティエを輸送していた傭兵団のことだろう。


 その時、テオは自分の太ももに何かが触れたような気がして、反応した。

細く小さな腕が震えている。

 それがアミティエのだとわかり、テオは握り返した。


 幼いながらも、気丈な少女だ。

 目は伏せているが、震えを手だけに収め、それを隠そうとしている。


「まぁだから人手不足なんだ。急に申し訳ないけど、お願いするねェ」

「いえいえ。どうせ俺等の出番なんてないことを期待してます」

「まっ、ステラ嬢がいたのは幸いだねェ。彼女がいれば、傭兵団以上の働きをしてくれるだろう」


 火酒をまたも飲み干して、フィンブルは大きく息を吐いた。

 その青白い肌には、未だ紅潮する様子は見えない。

 代わりに、ため息と共に疲労の色が浮かんだ。


「ふぅ、今日はマナを使い過ぎちゃって疲れてしまったよ」

「お疲れ様です。ゆっくり休むのも大切だと思いますよ」

「そうだねェ……」


 呟くなり、フィンブルは膝元に置いていた帽子を被った。

 蒼白とした髪を、蒼穹を宿した瞳を隠し、口元を歪ませる。


「最後に一つだけ」

「?」


 怪しく笑った男は、人差し指を構えた。


「僕はね。ある意味ぃ、人間じゃない」


 突然の言葉に意味がわからず、テオ達は疑問を抱きながら耳を傾けた。


「言ってしまえば化け物だ。だけど、この世界は人間以外に優しくはない」


 帽子を深く被り直すとフィンブルは立ち上がる。

 すると細身の体を折り曲げて、テーブルを挟んだ相手にこう囁いた。


「だから君も、辛くなったら来るといい。いつだって僕は相談に乗るからねェ」


 誰に向けたわけでもない。

 その場にいた3人を誘うような優しい声でそう告げる。

 しかし、その言葉の意味を伝える気はなかったのだろう。

 当然、テオ達には意味を理解できず、その言葉を反芻しては首を傾げるだけだ。


「また会おうねェ」


 男はそのまま体を翻していた。 

 最後まで意味深でいて、よくわからない男だ。


 後ろ姿を訝しげに見つめながら、テオは肩をすくめた。

 その時だ。テオの隣にいたリンネが叫んのは、


「あああああ! テオさんテオさん!」

「え? どうしたの?」

「あの人……」


 酒場の扉をくぐり抜けてしまった男の姿を差しながら、リンネは言った。


「お金払ってないです!」

「……あ」


 机に置かれた二つの火酒。

 果実酒よりも二倍のするそれは、この中のメニューにおいて最も高いものだった。


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