迫撃砲と、氷の男
「何があったかを答えられる者はいないだろうな。本当に突然現れて、今さっきラントバリに緊急の招集が掛かったんだ。その生物の目的も、存在もすべて不明さ」
兵士は肩をすくめてから、「しかも見たことのない生物ときた」と呟いた。
テオも記憶にはあったがこの世界で見たのは初めてだ。
「なるほど。それで色んな人がいたんですね」
「そうだな、ギルドの方にも要請されているはずだ。君にもぜひ力を借りたい」
「……はい、勿論です。しかし、この状況は」
兵士の期待するような視線を受けて、逃げるようにテオは周囲を見渡す。
ラントバリを囲むようにいるスライムの数に比べて、決定打となる魔導士の数が明らかに足りていない。
そのうえ数少ない魔導士の顔にも疲労が見え、とてもではないが対応できないと考えられる。
しかし、兵士は「大丈夫だ」と胸を張った。」
「いや、我々はここで食い止めていればいい。あの御方が時期に来てくれる」
「あの……御方?」
「そうだとも。この王都に来ている、六英傑が1人――フィンブル様だ」
毅然とした兵士の声に、テオはぴくりと反応する。
フィンブル――アミティエを本来雇った立場にして、ラントバリに来た夜に出会った氷のような男のことだ。
「……すみません、俺は六英傑ってわからなくて」
「王都アイズシュテットには行ったことがないかい? まぁ、少年だ。無理もないか」
騒然とした平原の中で、兵士は冷静に続けた。
「六英傑は、アイズシュテットの国において多大な功績を残した六人に与えられた称号だ。その中でも、フィンブル様は最年少でそれを授与された偉大なる御方さ。特に、常軌を逸した魔法の使い手でね。その御方が辺りのスライムを仕留めて回っているんだとも」
まるで身内の自慢をするように兵士は饒舌である。
兵士の目が絶望に染まらない理由もわかったテオは、それを頭の中で要約して、確認するように問いかけた。
「そのフィンブル様が今駆逐して回ってるんですね。それで皆さんは力を合わせて、抑えていた、と」
「そういうことさ。この不可思議な軟体生物は、壁を這ってでも昇る可能性があるからな」
「……なるほど、ありがとうございました」
テオは重々しく頭を下げて見せた。
とりあえず、現状が誰にもわからないなら切り抜けるしかない。
つられたように兵士も「こちらこそ助かったよ」と頭を下げ、まだまだ残るスライムのほうへと体を翻していった。
「……そのフィンブル様は間に合うのかな。周囲を回っているらしいけど」
テオもエルフの村のほうに放置していたリンネとアミティエの方へと走っていった。
少女達に目を向けると、誰かが叩きつぶし、分散したであろうスライムの破片のようなものと対峙している。
とはいえ鶏卵ほどの大きさとなれば、対峙する、というよりは貼り付いているだけだ。
「あっ、テオさん」
そのスライムを悠々と振り払いながら、リンネが気づく。
アミティエを守るように前に立っていた彼女は、それを全うしていたらしい。
「ただいま。どうやら緊急事態らしくてね、ギルドの人にも招集がかかっているらしい」
「そんな大変な状況なんですねぇ……」
ここまで小さくなれば、スライムも可愛いものだ。
飛びはね、肩に貼り付いたスライムを落とすリンネはやや楽しそうである。
「……私達はどうする?」
「リンネはアミティエを守ってあげてもらえるかな。ここに居ていいから」
「? はい、それは勿論ですけど、テオさんは?」
アミティエの言葉に、杖を大地にさしたテオはここで止まるように指示する。
リンネの疑問にも、問題ないからとテオは微笑んだ。
「俺は倒せそうなスライムだけを狙ってくから、その間よろしくね」
二人の少女を背に、テオは杖を握りしめる。
杖は大地に突き刺したまま、それを媒体として魔力を送り、血のように赤く染まった眼――慧眼はスライム達を見据えていた。
「派手にいくから耳を塞いでね。万象付与、大砲ッ!」
その瞬間、光り輝いた杖は大砲へと姿を変えていく。
もちろん実弾が出るわけでもなく、鼓膜を破るほどの轟音が響くわけでもない。
形は何でもよかった。
それを見たアミティエが一言、
「……? 大っきな水筒?」
大きな水筒だと言う。
おかしそうにテオは笑うと、その大砲を天に掲げた。
「一斉発射! なんてね」
刹那、大砲から何度かの赤い光が閃いた。
眩いほどの光ではないが、周囲にいた者達が驚きに目をやる程の光だ。
音もなく、形もなく、ただただ光だけが迫撃砲のごとく天に射出されていく。
その目標は、草原にはびこる複数のスライムだ。
放たれる赤い光の正体は、弾丸ではなく炎のマナ。
座標指定型にして、複数照準型の炎魔法だ。
本来、時間がかかるうえに、対象が動けば使いにくいような魔法を、テオは瞬時に放っていた。
それに晒されたスライムは皆、先ほどのように蒸発して崩れ落ちるのみ。
放たれたマナは20発。
この草原にいるスライムの数に対しては少ないものだが、十分な戦果ともいえるうえに、ここからの速射も可能だ。
周囲にいた騎士や兵達の言葉を代弁するように、リンネが騒ぐ。
「テオさんテオさんすごいです!」
「まだまだ、どんどんいくよ……!」
リンネの歓声に、余裕綽々とテオはさらにマナを込めていく。
おそらく数分もすれば、見渡す限りのスライムは一層することができるであろう。
しかし、マナを込めたテオの手は、一人の男の出現から止まった。
「待たせたねェ」
騒然としていた平原に響くはずもない、冷たい声。
しかし、冷たい声とは裏腹に、その草原にいた者達を惹きつけていた。
一人が弾かれたように、すると波打つように多くの者達が振り向いていく。
――六英傑のフィンブル。
冷笑に歪ませた男の姿が、城門沿いからレイピアを構えて現れる。
「フィンブル様だ!」
「全員で離れろ!」
「お前等ぁッ! 死にたくなきゃ走れよ!」
「周囲に人がいないか全員で確認してください!」
「スライムのほうには近寄るなよ!」
同時に、切羽詰まった声が草原に響き渡った。
それを待つように、フィンブルはは虫類のように鋭い目でスライムの姿を凝視している。
ひどく不気味な姿だが、テオは大砲のエンチャントを解除すると下がるように誘導した。
「二人とも下がろう。っと……一応これ着といて」
「え、テオさんの外套ですか?」
外套を脱いだテオは、リンネとアミティエを包み込むように着させた。
魔除けの外套。
ある程度の魔法なら、父から受け継いだこの外套が防いでくれるだろう。
「テオさんの匂いがしますぅ~」
「……くさい」
「嘘でもくさいとかいうのは止めて。最高に傷つくから」
嫌そうにするアミティエとは裏腹に、リンネはその外套を抱き寄せている。
しかし、アミティエの言葉が刺さったのだろうか。
くさくないよね、とテオは自身の匂い確かめては悲しい気持ちに陥っていた。
その時、城門の方からこれまで感じたことのないほどのマナを感じていた。
巨大なマナの正体は、レイピアを胸元に掲げ、詠唱を紡ぐフィンブルからだ。




