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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Prologue. 独りぼっちの無職《ノービス》の出会い
3/44

狂気の無職《ノービス》

 ――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――

 ――――――――――


 華やかで白を基調とした外観のギルド。

 その中にある応接室は、の入った絵画や甲冑といった、己の財を誇示するかのような装飾が施されている。

 そこにやせ細った男と、金髪の青年が向かい合っていた。


「いやぁ~! 実は今、王都は人材不足でして……突然来たって言うのに助かりますよぉ」


 快活そうな青年――に模したテオフラトゥスの声。

 黒い髪は金色に染められ、その瞳には深い緑が宿っている。

 彼は客としてではなく、仕事を紹介する側として、この場にいた。


「こちらこそ王都の方が直々に来てくださるとは夢にも思いませんでしたよ。

 当ギルドは信頼を第一に仕事を紹介するギルドですから、ええ……。

 王都への人材派遣でしたら喜んで承りますとも!」

 

 痩せ細った中年の男が上品に笑う。

 その裏で、下劣な笑みだ、とテオは内心笑ってしまった。

 男の目尻の垂れた瞳が、机に置かれた[宮廷客員証明書]をなめ回すように注視しているからだ。


 上質な紙には、王都の中に身を置く人物という証明に加えて、朱印が押されている。特殊な朱印には様々な仕掛けが施され、偽造不可とされているものだ。

 だからこそ、この男も信頼してしまったのだろう。

 テオフラトゥスもご機嫌な声を作りながら、大袈裟に笑ってみせた。


「助かります助かります! ではでは、王都への人材派遣の方はよろしくお願いいたしますね。派遣費は、到着次第、確認してお支払いします」

「ええ、ええ。迅速に行います」


 十数人分のギルド員が書かれた紙を受け取ったテオフラトゥスは、金色に染めた髪を鬱陶しげに後ろへ流しながら、爽やかな笑顔を貼り付けた。

 もう一枚の紙、彼らの[ギルド運営許可書]の写しを手にして。

 ――これでここの作業は終わりだ。後は楽に終わる。


 だが、そのまま立ち去ろうとする彼に、痩せ細った男は立ち塞がった。


「どうですか、これから食事でもいかがでしょうか? 是非お話を伺いたいですねぇ」


 王都の者にコネクションを作っておきたいのだろう。

 それを隠そうともせずに、痩せ細った顔にとうとう下劣な笑みが浮かんだ。

 そして大袈裟な身振り手振りで呼び止めながら、小さな包みをテオへと手渡した。金属のこすれ合う音が、それが何なのかを示している。


「あははは、困りますよ。今日には旅立たないと、王都までは四日もかかりますから……」

「でしたら、我がギルドから選りすぐりの馬を出しましょう。その中で一つ、お話でもどうでしょうか」


 ああ、なんとおぞましいことか――

テオフラトゥスの額に、ぴくりと青筋が浮かんだ。

 普段は温厚な仮面を被るテオフラトゥスだが、元来頭に血が上りやすく、何よりも力を奢るような自己中心的な性格である。

 本来ならば、この場で種を明かすつもりはなかったのだが、彼の逆鱗に触れてしまったのだろう。


「……お断りします。犯罪すれすれの詐欺ギルド様」

 

 この場に似使わない言葉に、痩せ細った男は目を丸くした。

 それを余所に、スッと、テオは先ほどのギルド運営許可書を左腕で掲げる。さらに懐から上質な紙と朱印を取り出すと、それもまた掲げる。


「――万象放擲クリエイト


 突如、純白の光がテオの右腕を包みこむ。

 唐突な発光を受けて男は目をつむったが、爛然らんぜんと輝いた光はすぐに落ち着いていく。

 冒険者ならばすぐに何かの魔法だと警戒し、後ろに飛び去ろうものだが、王都の者と信頼していたからだろうか、無防備な姿だ。


 だが、すぐに王都の者ではないと理解できるだろう。

 恐る恐ると目を開けた男の前には、左手と同じギルド運営許可書が広がっていた。


「えっ……? 私の運営許可書が2つ……? こ、これはなんです……」

「ああ、いえいえ、ちょっとあの書類と、同じことをしただけですよ」


 [宮廷客員証明書]を指さしながら、テオフラトゥスは鼻で笑った。

 ――複製したというのか。この筆跡を、朱印を、寸分違わずにどうやって?

 記憶にある情報と照合した紙を握りしめ、痩せた男はわなわなと震えながら見比べるように凝視している。


「ど、どういうことだ……魔法? いや、なんの手品だというんだ……。」

「最初は、この証明書を使って、王都に犯罪者でも送り出すつもりだったんだ」


 痩せた男の発言を無視して、テオは続ける。


「……そうすればこのギルドでは犯罪者を送ったのか、って王都が怒り散らした後、ここに調査が入るだろうから」


 ふふっ、とテオは可笑しそうに笑う。

 このギルドでは、他にも名匠と謳った武具の複製を捌いたりと、掘れば掘るほど怪しい部分が出てくるはずだ。

 今までは言葉巧みに抜け道を作ったりと、そのしっぽを表していなかったのだろう。

 しかし、王都の調査を機に被害者も名乗り上げれば、運営停止、損害金の請求、とギルド崩壊まで持っていかれることだ。


「くっ……い、いくらだ」

「え?」

「惚けるな。…金貨で100枚だ」

「いや……」


 痩せた男の顔が、緊張に歪む。

 しかし、金額を出した瞬間、露骨に狼狽えたテオフラトゥスを見て安堵もしていた。金貨百枚もあれば、何十年と暮らしていける額だ。

 ――やつは金で心が動いたのだと。


「わかった! 金貨150枚だ……! もしも望むなら、このギルドの副長権限を譲ろう。そうすれば、こんな額では収まらないだろう!」 

「いえいえいえ、それより」


 しかし、そうではなかった。

 違う違うと、子供のように笑いながら首を振るテオフラトゥスはひどく不気味だ。


「君が少し悪さをしただけの人間なら、よかったのに」


 ふと、テオフラトゥスの眼光が、痩せた男に向けられる。

 鋭い矛先のような、今にもこちらを突き刺すような眼孔ににらまれ、痩せた男の血の気がさらに引いた。


「少し、不幸な人間を作りすぎたんじゃないかな」

「ひぃっ……!」

  

 もはや更正することもできないだろう、とテオは睨む。

 痩せた男をここまで成り上がらせたのは、いつだって直感だった。

 その直感が、逃げろ、逃げろ、逃げろ、と警鐘が鳴り響かせているのだ。

 金貨を何枚でも払ってもいい。この場を切り抜けるために、己の口を使って逃げろ、と。


「例え道楽であろうと、お金目的であろうと、君はやりすぎたんだ

「まて、まてまてまてっ……」


 懇願か、罵詈雑言か、何かを紡ごうとする男の口は続かなかった。

 一歩、また一歩とテオが近づくにつれ、動け、動けと心臓は叩くが、それでも痩せ細った男の足は動かない。

 そしてテオの影が重なった時だ。


「覚悟はしろ」


 声と同時、黒い剣閃が応接室を走った。

 剣閃は唸りを上げ、大気を裂きながら、応接室に一陣の風が通り抜ける。

 仕込み杖から解放された黒剣の形を、痩せた男には視認することすら許さない。黒く塗りつぶされた軌跡は尾を引きながら、男へと吸い込まれていく――


 テオフラトゥス・フォン・アウルハイムは笑っていた。

 彼は己の力に溺れるように、自己中心的な正義を貫いた満足感にひらすら笑うのだった。



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