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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.2 ラントバリ防衛戦
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日和見


 荘厳とそびえる世界樹の下、エレスの魔法――暴風が吹き荒れていた。

 草木を荒々しく吹き倒しながら、暴風はテオに幾度となく襲い掛かる。

しかし、テオは踊り狂うように回避しながらも慌てることなく大樹の根に触れていた。


「借りてもいいかわからないけど……万象放擲クリエイト、フィフスワイヤー」


 テオの手が光るなり、根から木糸ワイヤーが生み出されていく。

 その淡く光る五指に、蛇の如く絡まっていくワイヤーが5本。

 奇妙な術を前にしたエレスは驚きながらも、勇ましく叫んだ。


「そのような細い糸、この暴風を前にしてどうするのかしら!」


 言葉と同時に、周囲から大気が失われるように暴風が一つに収束していく。

 慧眼でその流れを可視化したテオには、まるで風の大槌のように見えていた。

 ごうごうと渦巻く風が、今にも爆発しまいと威圧している。


「貴方には申し訳ないと思うけれど、エルフにとっては死活問題なの。大丈夫、世界樹の葉を数えていれば終わるわ」

「……数え終わるまでに数年は経ちそうだね」


 見上げてみれば、世界を覆うように広がる大樹の葉。

 テオは途方のない話だと失笑した瞬間、エレスの叫びと共に暴風は動き出した。


「穿て! ――ゲイル・テクス!」


 世界の風を全て味方につけたかのような、圧倒的な暴風の塊が放たれる。

 エレスの言うとおり、その暴風は地をえぐりながら穿ち進んでいく。

 思わず、放った本人であるエレスですら目を瞑ってしまうほどだ。


 その進行方向において何者であろうと阻むことは許されない。

 花も、草も、土も、そしてテオ影すらも、掻き消すように吹き荒ぶ。 

 ――暴風が走り抜けたのは、ほんの一瞬のことだ。

 しかし、目の前の障害を蹴散らすには十分すぎる時間だった。


「……やりすぎたかしら……」


 そう呟いたのは、頬の引きつったエレスだ。

 彼女の前には、跡形もない凄惨な光景が広がっている。

 加減を間違えた少女が、最後に魔法を使ったのは数十年前だったことを思い出す。有り余るマナを、旦那となる男に誇示しようと興奮してしまったらしい。


「テオフラトゥスさんは…………風に吹き飛ばされたみたいね」 


 探さなければ、とエレスが頭を抱えた時。

 目の前に、テオの上下逆さまになった顔がぶらぶらと揺れていた。


「ひぃっ!?」


 テオの生首に、エレスは悲鳴を上げて飛び退いた。 

 楽しそうに笑う生首の口元に、エレスの心臓が激しい動悸をあげていたが、よくよく見ればその上には体も繋がっている。

 ぶらぶらと、テオの体は宙を舞っていた。


「いやぁ……さすがに死ぬかと思いました……よっ、と」


 正確には、世界樹の枝から伸びていたワイヤーがテオの姿を支えていたようだ。

 そこから飛び降りたテオだったが、言葉とは裏腹に陽気な声だ。


「こっちがビックリして死んじゃうところだったわ! なによその糸!」

「伸縮自在なんですよ、コレ」


 便利だと笑うテオから、エレスは弾かれたように後ろへ跳んだ。

 地を蹴り、蹴った土がほこりのように舞う。

 細くしなやかな体からは想像できないほどの力強いステップだったが、その動きは空中でぴたりと止まってしまった。


「っ……動かないわっ……!」

「まずはお互い、ゆっくり話し合いましょう」


 伸びたワイヤーが、空中で少女の四肢を縛り上げている。

 地面に脚を着けることすら許されないエレスはじゃじゃ馬のようにもがいていたが、木糸は絡むばかりだ。

 ひとしきり暴れたエレスは諦めるなり、恨めしそうにテオを見つめていた。


「ワカッタワヨ……」

「落ち着いてくれて助かるよ。……ゴホン、とりあえず、俺は結婚する気はないってことを伝えたくてね」


 ぶら下がるエレスの視線を避けるように、テオはハッキリと口にした。

 いやうれしいけどね、と聞こえない声で呟く姿はやや未練がましい。


「そもそもまだ若そうに見えるけど、どうして今に?」

「若いって言ってもらえるのはうれしいけどね。……さっきも言ったけれど男自体珍しいの。それに」


 口を尖らせていたエレスは、その目で湖のほうを差した。

 

「最近、水のマナがおかしいから、いざという時に備えて男手と子孫がほしかったの」

「随分ぶっちゃけたね……。って、ここでも水のマナか」


 王都でも大わらわだという事件が、エルフの村にも蔓延っているようだ。

 テオの言葉に、エレスは小首を傾げた。


「その口ぶりは、外の世界でも異変が起こってるってことかしら」

「ああ、うん。世界的に今荒れてるってことで、こっちも騒がしいよ」


 テオは言葉を終えてから、何かを理解したようだ。

 ふと浮かんだ質問を、宙を舞っていた少女に投げかけてみる。


「もしかして、それで英雄譚を聞いてきたんですか?」

「そうなるわね。でも……二百年前とはどこか違うのよ」

「にひゃく……」


 長寿とは聞いていたが、人間の3倍以上生きるのかとテオは苦笑していた。

 そんなテオに対して、少女としか見えないエレスは「お姉さんなのよ」とやや胸を張っている様子だ。


「前は全部のマナが均等に綻んでいたのだけれど、今回は違う。水のマナ以外は普通なの」

「それはエルフ特有のスキルとやらで?」

「私だけが母親から継いだ『日和見』の力でしてよ」


 ややわざとらしい口調だが、エレスは自慢げである。

 世界のマナの流れを知ることができるという点では、テオの慧眼よりも優れているのは間違いなかった。


「っと脱線させてごめん。続きを聞いていいかな」

「……そのマナの乱れが、どうも作為的なのよね。一気に溢れ出るかと思えば、それが急に止まったりするのよ」

「なるほど……」


 マナの流れを人為的に変えてそのシステムを変革したという英雄の話をテオは思い出していた。

 ――なら、それを再び変えることも可能なのだろうか。

 多くの犠牲と月日を要し、英雄がようやく成したことをそう易々と出来るはずがないことはわかる。

 それでも一抹の不安がテオの脳裏に過ぎっていた。

  

「そろそろ糸を離してもらえるかしら」 

「……ん、ああ」


 思案していたテオを呼び起こしたのは、エレスの声だ。

 考えてみれば、他のエルフ達が心配そうに見守っていた中でずっとエルフの姫を縛り上げていたらしい。

 その動揺がテオを油断させていた。

 木糸から解放されたエレスは、その瞬間には飛び跳ねていたのだ。


「油断したわねっ!」

「ちょっ!?」


 飛び跳ねた少女の体を、テオは瞬時に支える。

 しかし、その足下にエレスの魔法と思わしき一陣の風が吹き荒んだ。

 まるで脚を払われるかのような一点集中の暴風。

 為す術もなく後ろに倒れたテオの腹上に、少女がなだれ込んでいた。


「ではでは事情をお話したところで、テオフラトゥスさんにはお手伝いをお願いしましょうか」

「急に初めて会ったときの口調に戻してなにを……!」


 馬乗りになったエレスの両手が、同じようにテオの両手を押さえている。

 か細い少女とは思えないほどの万力だ。


「もしかすると恋人さんがいたりするのでしょうか? でも大丈夫ですよ、頑張ればすぐに戻してあげますから」

「い、いないけど……それこそ君らも外の世界で恋をすればいいじゃないか……!」

「できませんわ」


 ググググっと、やや形勢悪くテオが押し返される。

 馬乗りになったエレスは万力を加えながら、ゆっくりと顔を近づけていく。

 白磁のようなエレスの頬が薄らと桃色に染まり、荒い呼気と、甘い匂いがテオをくすぐる。


 ――このままじゃなし崩しに……、そ、それもいいような……いやダメだ!


 様々な葛藤にテオは揺れているらしい。

こんな屋外でとか、愛し合っていないのにとか、少年らしいことを考えている。


 そして、エレスの淫らな雰囲気から逃げるようにテオが顔をそらした時だ。

 テオの眼前には、そこにいるはずもない少女――リンネの顔が映っていた。

 開ききった瞳孔からは光彩が失われ、冷笑を張り付けながら淡々と見つめていたらしい。

 ジロリと、その目が蠢く。

 

「いっ!?」「ひぃっ!?」

 

 テオとエレスの悲鳴は同時に響き渡っていた。

 気配もなく現れたリンネの眼孔に当てられて、背筋が凍るような寒気を感じて2人は飛び上がっている。

 純粋なる恐怖が、先ほどまでの淫靡な雰囲気を掻き消すようだ。

 

「テオさんテオさんテオさん」

「はいぃっ!」


 突然、リンネの冷笑からこぼれた名前に反応して、テオが声高らかに叫んだ。

しかし、リンネの言葉が止まらない。


「テオさんテオさんテオさんテオさん」

「あ、あの」

「テオさんテオさんテオさんテオさんテオさん」

「落ち着いて……」

「テオさんテオさんテオさんテオさんテオさんテオさん」

 

 ただひたすらに名前が紡がれていく。

 その言葉は愛の囁きのようにいつまでも紡がれたという。


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