目覚めると囲まれていた
いつからか眠っていたのだろうか。
凄まじい眠気に抗いながら、テオはその意識を覚醒しようとしていた。
瞼が縫い付けられたように重く、泥のように沈む思考の中で、筋肉に動けという命令を送ろうとしている。
眠い、眠すぎる、が起きなくては――
「ん、あっ……」
「起きましたか」
寝ぼけた声を出したテオに、冷たい声が投げつけられる。
その正体を確認すべく起き上がろうとして、金縛りにあったように動けなかったことに気づいたテオは、焦点の定まらない目で声の主を見た。
「おはようございます、テオフラトゥスさん」
「エレス、さん……?」
先ほどの可愛らしい雰囲気はどこへ行ったのだろうか。
テオの見上げた先には、氷のように冷たい目で見下ろす少女が、口角を吊り上げて冷笑していた。
そして周りにはエルフ達が囲むようにひしめき合っていて、その好奇な視線はテオに対して一身に注がれている。
その奇妙な雰囲気から逃げるように動き出したテオだが、体が動かないうえに、服が脱がされていることに気づいた。
「う、うごけないっ……!? 服もないっ……」
脚の高い木のベッドに縛られたテオがも必死にがく。
動かせるのは顔と手先くらいだろうか、かなり強固に張り付けられているらしい。
「あの、エレスさん……これは一体……」
「先ほどお話ししましたが、エルフの一族には女性がいないことはご存じですよね」
「は、はあ」
「そんなエルフが、長寿とはいえ繁栄するにはどうすればいいと思うかしら」
「……花の中から生まれる、とか……」
テオは自分でも何を言っているのかわからなかった。
そんな中、周りひしめくエルフ達は、「きゃー」とか「初めて見た」とか「ごつごつしてる」とか「胸がない」とか「固そう」とか、黄色い声を上げて騒いでいる。
冷笑していたエレスは口元で指を交錯すると、妖しく唇を舐めた。
「残念。間違ったので、貴方にはこれから私達の旦那様になってもらいます」
「え”っ」
その言葉に、周りのエルフが興奮したような悲鳴を上げる。
未だに理解の追いつかないテオは、ぐいっと迫る彼女達に焦るばかりだ。
「ちょちょちょちょっと! 旦那様って何を急に!」
「勿論、男ならば誰でもいいわけではありませんよ。まぁエルフという種族は基本的に自分よりも強い男性を好きになるものではありますけどね」
エレスの白い指が、テオの上半身を探るように撫でる。
不意打ちに声が出そうになったテオだが、なんとか口を結んだ。
「それに貴方からは英雄の匂いがして、とても心地いいのです。……私のお父さんの残した外套と同じ匂い……」
その指が腹から顎までを撫でていくと、エレスは不意にテオの胸元に頬を寄せ始めた。
「うふふ……懐かしい……」
「それって英雄がお父さんってこと……? って離れてもらえるかな!」
ウットリと病的なまでに白い肌を赤く染めて、エレスは陶酔するように頬をこすりつけている。
他のエルフの「きゃーっ」という歓声を浴びて、羞恥心を煽られるテオも赤くなり始めていた。
「それに結界に認められたということは、豊潤なマナと、それを受け入れる杯があるということ。それはもう結婚するしかないもの」
「申し訳ないけど、普通に人でもわかるように教えてもらえませんか……」
そこから結婚に繋がる理由が不明だ。
抵抗らしい抵抗もできず、テオはただ否定するだけの人形となっていた。
その姿を満足げに見ていたエレスは、喝采を求めるかのように両手を広げると、
「では、これから夫婦の誓いを示しましょうか。皆さん、お待たせしました」
「へっ……ちょ、っと! さすがにズボンはやめっ……!」
エレスはテオのベルトに手を掛けていた。
この様な衆人観衆に晒されながらいるのは無理だと必死に抵抗を見せるテオだが、四肢が動かない状態では身じろぐくらいだ。
「みなさんもご自由に男性を触ってみていいですからね」
もう待ちきれない、とばかりにエルフ達の目が妖しく光る。
まるで獲物を定めた蛇のように舌をだし、テオフラトゥスというエサを食いつこうとしているようだ。
「いやいや! 1人の男と愛し合うなんて、種族的にいいんですか!」
「エルフはそうして繁栄してきたと言いましたよね。……数百年待って、ようやく見つけたのですから抑えられませんよ」
微笑を浮かべながら迫るエルフ達が猛獣のように迫るのを、テオはそれでもと首を振っていた。
しかし、多数の女性が一人の男性を愛し合うという特殊な文化をもったエルフには、テオの倫理観は通じない。
「私達では嫌ですか?」
「そ、それは……」
――……あれ? 断らなくてもいいのでは?
ふとテオの脳裏に過ぎったの疑問だった。
エルフという生まれながらその美貌に恵まれ、マナに愛された強靱な体は人間と違うものだが、その彼女らが一身に愛を注いでくれるのだ。
悲しき男の性が、このまま旦那様になってしまえば楽園のような日々が待っているのかもしれない、と囁いていた。
「エルフは陰湿で嫉妬深いですが、受け入れてくださいね」
しかし、『嫉妬』という言葉にテオはハッとした。
嫉妬から連想した彼女――リンネとの約束を果たさぬまま、こんな場所に止まって良いのか、身請けしたアミティエはどうするのか。
刹那、テオは拘束具を無理矢理引きちぎり、脱兎の如く跳ね上がっていた。
「やっぱダメですごめんなさい!」
上半身裸のまま宙にとんだテオは、エルフ達の驚く視線を傍目に出口を探り、どこにあるかを確認する。
そのまま着地すると、まるで浮気現場を見つかった男のように逃げ出していた。
「みなさん、彼を捕まえてください。数百年ぶりの男性を逃がしてはいけません!」
「さっきの優しい貴女はどこいったんですか!」
「演技です」
エレスは茶目っ気混じりに可愛く言ったが、どこか背筋が凍るような怖さだ。
立ちはだかる女性の壁を、テオは跳躍して超えた。
「捕まるわけにはいかないので!」
まるで動物のごとく軽やかな身のこなしで、出口前に着地する。
まずはアミティエとリンネがどこにいるかを探さなければいけない。
出口を飛び出すと、そこは世界樹の下に建っていた家らしく、目の前には先ほどと何変わらぬ光景が広がっていた。
「さて……」
前方に二人の姿はない。
後方には、飛び込みたくなるエルフ達の波。
「旦那様ぁ!」「待ってください!」
「私達を捨てないでください!」
「旦那様はいてくれるだけでいいんです!」
いつの間に旦那になったのだろう、と反論しつつも心のどこかでは喜んでいるテオがいた。
ここにリンネがいれば鼻の下が伸びていると怒られていただろう。
振り払うように手を向けると、テオはその手に自身の能力を宿した。
「悪いけれど少し閉じこもっててね。――万象放擲」
その瞬間、小さな地鳴りと共に大地が隆起する。
瞬く間に盛り上がった土の壁が、後方の出入り口を塞いだ。
突如として現れた土の壁を挟んだ向こうで、エルフ達の慌てる声が聞こえてくる。
「姫様! 目の前に壁が!」
「閉じ込められてしまいました!」
「リンネとアミティエを見つけたら出してあげるから」
エルフ達の高い声を背に、テオは走り出した。
テオは周囲を探ってみたが、人影といえば湖で遊ぶ少女達や、木漏れ日の下で駆け回る幼子くらいだろうか。
闇雲に走り回っても無駄な時間を消費するだけだ、と『慧眼』を構えた時。
耳を劈くような轟音と、エレスの凜とした声が響き渡った
「逃がさないわ!」
振り向くと、テオの作り出した大地が真っ二つに切断されていた。
一刀の下に切り伏せられた岩の上部が崩れ、それが轟音を放ったのだとわかる。
「……鉄の扉でも造っとくべきだったかな」
「私の風魔法が、何度でも引き裂いてあげましょう」
その正体は、エレスの周囲で吹き荒ぶ暴風だ。
風のマナに愛されたエルフの魔法は高い練度を誇り、その威力は一介の魔導士をも遙かに凌駕する。
凜然と構えるエレスの顔には少女らしさが浮かび、今までとは違う様子にテオは鼻で笑ってみせた。
「さっきまでの美しいお嬢さんはどこいったのやら」
「これからその目に刻むといいわ」
「……く、口調まで」
もはや面影など、彼女のヘッドドレスと切りそろえられた金髪くらいだろうか。
じりじりと後ろに下がりながら、テオもまた身構えていた。




