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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.2 ラントバリ防衛戦
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清らかな乙女は嗤う


 英雄の話を終えて一息。

 雰囲気を壊すまいと待っていたのか、給仕と思われしきエルフが佇んでいる。

 その両手には食事の盛られた大皿があり、それを器用に持ったまま待機していたようだ。


「姫様、お食事をお持ちしました」

「あら、ありがとう」


 エルフはうれしそうに笑うと、その料理の数々を音も立てずに置いていく。

 見た目も鮮やかな料理の数々は、美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐるようだ。

 そんな中で姫様、という言葉にリンネが反応した。


「お姫様なんですか?」

「族長、のつもりなんだけれど、みんなにはそう呼ばれておりまして」


 困り顔で照れたエレスだが、お姫様と言われても何ら遜色のない見た目だ。

 彼女の絹のように美しい金色の髪に、細かな装飾の施されたヘッドドレスがそれを動機づけている。


「薬草パン、春野菜10種と鶏卵のサラダ、鶏肉の香草詰め、野菜くずの牛乳煮込み、果実と蜂蜜のジュースをお持ちしました」

「おいしそう! ……でもエルフってお肉は食べないのかと思ってた」


 テオの脳内では、エルフは野菜を食べて生活しているイメージだったらしく、その疑問にエレスはくすくすと笑った。


「どうしてそう思ったのかはわかりませんが、基本的には自然のものを、必要なだけいただくのが私達の食事のルールですね」

「はははっ……すいません勝手に」


 給仕の女性もお淑やかに笑う。

 この料理で余った鳥の骨なんかも、煮込みのダシや飼育動物のえさにもなり、野菜のくずも料理として全て使いきるのがエルフの流儀のようだ。

 目の前の食事もまた、その理念に沿っているものだった。


「それでは冷めないうちにどうぞ」

「わぁ……美味しそうですね」

「うん……」


 エレスが目の前の料理を差し出すようにすると、リンネとアミティエはその食事に目を輝かせてスプーンを手に取っていた。

 ただ独りテオはいつものように両手を合わせて、前世の言葉を口を紡ぐ。

 

「いただきます……、ん?」

「……」


 その姿を見られていたらしく、エレスはまじまじとテオを見つめていた。

 リンネやアミティエに言われたことはなかったが、食事前の作法が珍しかったのだろうか。


「ははっ……、俺が勝手にやってる食事前の作法なんですよね」

「いえ、ごめんなさい……」


 そう言って、目を反らしたエレスは眼前の料理を見つめた。

 均等に等分されたパンには、青々とした薬草が練り込まれている。

 その横に並ぶ10種類の野菜は色とりどりで、添えられた鶏卵はテオの大好物だ。

 野菜の淡泊な味に飽きないようにと、鳥の丸焼きの中に香草や野菜を詰め込んで焼いた料理も目を見張ってしまう。


「おいしい……!」

「私もこんなに美味しい野菜は初めてですー! シャキシャキで瑞々しい!」


 小さな口で貪り付くように鳥の丸焼きをかじるアミティエと、野菜の心地良い歯応えを堪能しているリンネの姿があった。

 満面の笑みに釣られるように、テオも野菜くずの牛乳煮込みを口に含んでから、納得するように大きく頷いた。


「うん、おいしい」


 鳥の骨と野菜の深いコクが絶妙で、舌が、喉が、とろけるような旨さだ。

 中に入っている野菜くずも、その名とは裏腹にしっかりした味と食感である。


「これはいくらでも食べられそうだね」

「久しぶりのお客様ですから、腕によりをかけました。まだまだありますので」


 目の前の料理に夢中になった3人を見つめて、給仕とエレスは微笑む。

 慣れないながらも小さく一礼をした給仕は、隠れている皆の下に戻るなり、黄色い声で飛び跳ねていたのが可愛らしく映っていた。


「とはいえ数百年も前ですから、……お口に合って良かったです」

「私はこういう素材の味を使った料理が好きですー……プリンシピオの街って味付けが濃いんですよね」


 確かに、とパンを咀嚼していたテオも頷いた。

 プリンシピオの街の味付けは主に塩辛く、全てにおいて味が濃いといっても過言ではない。


「アミティエも美味しい? そういえば野菜って大丈夫?」

「あむっ……子供あつかい、っ……しないで」


 美味しそうに頬張る彼女の姿を見て、すぐにわかった。

 テオの前世の記憶にあるハムスターのごとく膨らんだ頬が微笑ましいが、その口元には急ぎすぎたのか汚れも目立つ。


「口元が汚れてるじゃないか」

「むぐっ……」


 アミティエの口元にある汚れを拭いて、テオは自信の中にある父性が満たされるような幸福感を味わっていた。

 その横では、またもや小動物の如くスティック状の野菜を食べていたリンネが、


「このお野菜のスティックがオススメですよ、お二人とも」


 その野菜スティックを絶賛していた。

 細いオレンジ色の棒状の中に、小さな豆のようなのが包まれるように入っているのだが、テオ達は見たことのない野菜だ。


「私達の地で生育したアマリブドウという野菜ですね。中にある果実のような豆が茹であがると、とーっても甘くなるんです」

「なるほどぉ……こんなお野菜が食べられるなんて羨ましいですね」

「よければ持って行きますか?」

「いいんですか!」


 枝豆みたいな見た目で甘いのか、とテオもそれを手にとって囓ってみると、確かに塩気と甘さがうまく組み合わさっている。

 旬の野菜は瑞々しく、素材の甘みがギュッと濃色されているようだ。

 なるほど、これはオススメしたくなるとアミティエにも差しだそうとした。


「アミティエ、あーん」

「……?」


 鶏肉の骨をがじがじと囓っていたアミティエが振り向く。

 すると、アミティエの左右二つずつある耳のような髪が、興味深そうにピコピコと動いていた。


「はい口を開けて、あーん」

「あーん……?」


 食事をしている時のアミティエはとても素直だ。

 差し出されたアマリブドウを口の前に差し出すと、それをぱくりと一口でもぎ取ってしまった。


「んぐっ……私もあげるから目つぶって」

「え? ……じゃあ」

 

 何を貰えるんだろうかという期待を胸に目を閉じてみると、テオの唇に、ひやりとした何かが触れた。 


「食べていいよ」


 アミティエの言葉に、訝しみつつ口を閉じてみると。


「それじゃあ……あ、ん……いだっ?!」


 途中で止まった歯には鳥の骨が挟まれていた。

 その固さに悲鳴をあげたテオは、がじがじと骨を加えながら不満げだ。

 だが、アミティエは満足そうに口角を上げて、ニッと小悪魔的に笑っていた。


「おいしいですか、ご主人様」

「鳥のダシが聞いてておいしゅうございます」


 骨の先についた軟骨を砕きながら、テオも負けじと笑う。

 そして反撃に転ずるべく、少女の銀色の髪を乱雑に撫でまくってやった。


「これで間接キスだね」

「なっ、……ななな何を言ってるのよ」

「ハハハハハ、トッテモオイシイヨ」

「返してっ……!」


 その瞬間、少女が返せと言わんばかりに顔を真っ赤にしながら、テオの口にある鳥の骨を奪おうと暴れる。

 一転攻勢だ。

 トマトのように真っ赤なアミティエの猛攻を避けながら、テオはその骨を珍味のようにかみ続けていた。


「二人ともお行儀悪いですよ!」


 そこに、諭すようなリンネの声が響く。

 すると叱られた子供のように丸くなった二人を見て、エルフの姫は楽しそうに微笑んでいた。


「いえいえ、料理の作法とかはありませんから大丈夫ですよ。みなさんが美味しそうに食べていただければうれしいですから。さぁどうぞ」


 柔和な微笑みを向けて、エレスは中央の大皿を勧めるように押し出した。

 量こそ多くはないが、女性3人に男1人分としては多いくらいかもしれない。

 しかし、野菜とはいえ一つ一つがメインを張れるほどの美味しさとくれば話は別だ。


「いただきます」

「ありがとうございます、とっても美味しいですー」 


 3人は嬉々として、その料理を味わっていた。

 薬草パンのほのかな苦みも、牛乳煮込みに浸せば、文字通りとろけるような旨さだ。濃い鳥の丸焼きの野性味を味わい、口直しに瑞々しい野菜を運ぶ。

 テオ達は、まるでお腹の空いた子供のように料理の数々を堪能していた。


 だからこそ、テオ達は気づけなかった。

 

「……まだまだ、ありますからね」

 

 清廉潔白に見えた少女が、別人のように嗤っていたのを――


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